ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡 河上要塞カデント 要塞長執務室ーーー
任務を終えたアレクは、作成した報告書を提出するため要塞長アーメル中佐の執務室へと赴いていた。
「ご苦労だった。予定外の戦果もあったようだな?」
「はい。
「良いだろう。貴官の
「ありがとう御座います」
一礼したアレクが、アーメル中佐の副官に書類を渡す。
その書類を受け取ったアーメル中佐は、激務で痩せこけた頬の筋肉を動かすこと無く、落ち窪み隈の浮いた目をギョロリと動かし書類を一読し判子を押す。
「改めてご苦労だった。そしてご苦労ついでに、溜まっている仕事を即座に片付けてくれ」
「………………承知しました」
事もなげに執務室から続く会議室を指差したアーメル中佐の指示に、この部屋に来て初めてアレクは顔を顰め、彼にしては本当に珍しく心底嫌そうな感情を込めながら首を縦に振った。
さもありなん、閉じられた会議室の扉からは怒号やうめき声、時には啜り泣き等が漏れ聞こえてくる。アレクは死んだ目で、扉からどんよりとした陰鬱なオーラが漏れ出て来るのを幻視した。
今すぐ踵を返し
「タスケテ…タスケテ…」
「オワラナイ…仕事オワラナイ…オウチカエシテ」
「おいこの書類纏めた奴は誰だ計算間違ってるぞ!!」
「ふざけんな死ね! まともに眠れてねぇのにその量の計算間違え無しで終われるはずねぇだろ」
「うるせぇ眠りてぇなら書類を直してから死ね!!」
"バタン"と扉を閉めたアレクは全力で逃走を試みるが、いつの間にか明け放たれた扉から伸びた
助けを求めるように伸ばされた手の先で、6徹目に突入し目どころか顔から生気の抜けている副官がサムズアップする。
「ウェルカム」
「ガ〜ッデム!!」
心温まる遣り取りの果てに、アレクもまた地獄へと引きずり込まれた。
「それで、なんで俺が味方の撤退支援に駆け回っている数日でこんなに仕事が溜まったんです?」
「それなぁ…話せば長く「手短に」あのド腐れ中佐が仕事のノルマを倍にしやがったんだよクソがぁ!!」
「獣国軍が精鋭を出してきたから時間制限が縮まったということですね」
山脈のごとく積み上がった書類を残像すら置き去りにする速度で処理しながら、アレクは後方勤務希望の癖に書類仕事があまり得意ではない
「つーか何でこの要塞に関係ない戦域の経理とか報告書とか、あと何故か酒保商人の売買記録まであんだよ…要らねぇだろ」
「これが無いと他の戦域からちょろまかした物資の
「俺の土下座で辛うじて生き延びた奴らがほざきやが…やめろ俺の机に追加の書類を置くな!? あー…まあ経理はそうだけど何で戦闘記録とかまで…」
「こっちも同じ理由と、後は今対峙してる獣国軍の分析目的でしょう」
話しながら要塞長アーメル中佐主導で行われている
各戦闘での戦果と戦死者、そこに
「なのでサボらないで割り当てられた資料分は整理してまとめてくださいよ」
「だったら悠長に解説してねえでお前も働けよ!?」
「もう終わりましたので」
「へえ…へ?」
いつの間にか割り当てられた机に積み上げられた書類の山脈を全て処理済みの箱に丁寧に収めていたアレクは、目を点にするハワードに呆れた顔で溜息をつく。
そして空いた机で、先程までと異なり丁寧な手つきで数枚の書類を書き上げるとさっさと席を立つ。
「では中隊の仕事と…まあ大隊の仕事もできるものは戦務参謀と終わらせておくので少佐殿は安心してください」
「ちょ、待っ…」
命乞いするかの様に手を伸ばし少しでも自分の仕事を肩代わりさせようとする
「……思ったよりも早かったな」
「他の仕事もありますので」
会議室から出てきたアレクに声をかけたアーメル中佐の執務机には、先程アレクが処理した書類の山脈が可愛く見える量の書類山脈が築かれている。
手が残像を生む速度で書類を処理しているアーメル中佐の前に、アレクは先程書き上げた書類を置く。
「ご指示通り書き上げました。念のためご確認下さい」
「ご苦労。次の任務まで待機せよ」
「了解しました」
アレクはお手本の様な敬礼を行ったあと踵を返し、いつもよりもかなり早足で執務室から立ち去った。
「ふむ…」
途切れなく書類を捌き続けていた手を止めて、アーメル中佐はアレクの作成した2枚の
そこには獣国語と帝国語でそれぞれ、細部の内容こそ異なるが"近日中に連合王国軍がカデント要塞から撤退する"と記載されていた。
仕事できるけど絶対に自分の分しかタスク熟さない人っていますよね…