※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

231 / 231
165話 宿星百人斬り⑩ 決戦前夜

 

ーーー征服歴1498年12月 スペイサイド州北部エーギルン郡 獣国軍本営ーーー

 

 カデント要塞の周囲を固める砦を全て攻略したゴーロン将軍率いる獣国軍は、要塞への総攻撃を開始する為に本営をカデント要塞の正面まで移動させた。

 ここまでの経緯から連合王国の熾烈な妨害を警戒していたゴーロン軍だが、カデント要塞に籠る連合王国は不気味なほど沈黙を保ち、牽制程度に繰り出されるゴーロン軍からの攻撃を迎撃する以外は、後方との輜重の遣り取りとその護衛に注力している様に見えていた。

 

 この段階までに多大な時間と物資を消耗した獣国軍は、一刻も早くカデント要塞を攻略しこの要塞に蓄えられた連合王国軍の物資を手に入れ冬営の準備に入らねばならなかった。実際、本営の移動と並行して冬季で水量の減っているカデント河の渡河地点を探り、周囲の森林から木々を伐採して攻城兵器を組み立て余った木材で渡河用の筏を作ったりと、連合王国軍からの妨害が少ないのもあって夜を徹して総動員体制で攻城準備に励んでいた。

 末端の兵士達が慌ただしく動き回る中で、軍団の中枢を担う参謀や上級指揮官達の集う大天幕では悲痛な怒号が響いていた。

 

「巫山戯た事を抜かすな貴様ぁぁ!!」

「それは私ではなく、征伐軍総司令官への罵倒と受け取るが?」

「なっ、ぐぅ…」

 

 軍団の主要な指揮官達が揃う中前で、その指揮官の一人に怒鳴られた獣国中(・)央(・)方(・)面(・)軍(・)、即ち獣国軍七大将軍第2席ゾード・ガッフェル将軍の使者は爬虫類じみた怜悧な顔立ちに冷笑を浮かべる。

 

「私はガッフェル将軍閣下の意向をゴーロン将軍に伝えに来ただけだ。どうやら北方方面軍の無教養な連中には上手く聞き取れなかった様なので改めて伝えよう。傾聴するがいい」

 

 嘲りと傲慢さを過剰な程に添えながら、使者は改めて携えた書状を読み上げる。

 

「"北方方面軍は友軍の窮状を無視して過剰に蓄えた物資を即座に供出せよ。貴軍がこれ以上全軍の事情を無視して兵糧と防寒具を独占するならば指揮官ゴーロン及び参謀団は更迭し、改めて総司令部より適任者を任命する"。以上だ。供出するべき具体的な量については別書に記載してある。1週間以内に総司令部の置かれたアベラワーへ送れ」

「馬鹿な事を言うな! 我らの備蓄は冬営に備えたギリギリの量なのだぞ! そこから5000人分の兵糧と防寒具を送るなど、貴様らは我々に飢えと寒さで死ねと言うのか!!」

 

 余りにも理不尽かつ一方的な要求に激発した指揮官の一人が、剣の柄に手をかけながら叫ぶ。

 だが使者は顔色一つ変えることなく、その指揮官に蔑みの目を向ける。

 

「ほう、つまり貴様は連合王国主力と死闘を繰り広げる我ら中央軍に飢え、そして凍えた中で死ねと言うのだな?」

「な!?」

「哀れだな。こんな僻地で弱兵相手に戦争ごっこをしている貴様達には分からんだろうが、我々は乏しい物資を数えながら強敵と戦っているのだぞ? そして我々が敗れれば貴様らは適中で孤立し飢える前に死ぬ。そんな単純な理屈すら分からんとは、この軍の質が知れるな」

「言わせておけば貴「待て」」

 

 静かだが重厚な声が、激昂し剣を抜こうとする指揮官の言葉を遮る。

 居並ぶ指揮官たちの中央、使者の正面に座った老将軍は老いてなお壮健な肉体に見合う威厳により怒りに燃える部下達を抑え込む。

 

「ガッフェル将軍の要望は軍の総司令官として当然のもの。恙無く我が軍の物資を融通する」

「流石は"百賢"ゴーロン将軍ですな。では、期限までに輸送をお願いします。ああ勿論、敵軍に物資を奪われるなど無様な言い訳はいたしませんな?」

「問題ない、"輝星隊"を護衛につけよう」

「ほう、それは安心ですな。無様に物資を奪われ続けた"灯星隊"(無能)や壊滅した"蓋星隊"(低能)共とは違う本物の精鋭が護衛とは」

 

 せせら笑う使者を同席していたリオルが睨みつけるが、コレリアに袖を引かれ顔を逸らした。

 

 慇懃な態度で天幕から使者が去ると、参謀や指揮官達がゴーロンに詰め寄る。

 

「何故ですかゴーロン将軍!! 何故あんなガッフェルの腰巾着等の言葉に唯々諾々と従うのです!!」

「今からでも拒否すればよいのです。これでは敵と戦う前に我々が飢え死にます!!」

 

 激昂する部下達を前に泰然と座るゴーロンは手振りで部下達に着席を促す。

 

「そなた達の怒りはよくわかる。だが、我が軍には他の軍と比較すれば余裕があるのも事実じゃ。というよりも、他の軍に余裕が無いのじゃよ」

 

 穏やかだが疲れた声で溜息をつくゴーロンの言葉に、先程まで怒りで身を震わせていた指揮官達も冷静さを取り戻す。

 

「……6月に行われたアベラワー攻略。あのとき、本陣を攻撃され、このスペイサイド州の地理を識るソレム伯爵を討たれ、帝国の第七皇子も負傷したのは痛恨だった。我が軍の混乱に乗じて連合王国軍の主力は撤退するだけでなく、アベラワーに備蓄された物資を焼却した」

 

 当時その戦場にいなかったゴーロン将軍は、そうであるが故にかつて己を失脚させた政敵の軍略の拙さを冷静に評価する。

 

「そして収奪を繰り返した中央軍の占領地に残る民に、冬を越えるだけの蓄えなど無い。無いならば、あるところから融通するしかあるまい?」

 

 好々爺然とした顔に皮肉げな笑みを浮かべた老将軍は、話の間に副官が机の上に広げたエーギルン群の地図を指し示す。その指は、これから彼らの攻める要塞を指し示している。

 

「幸い、我らには失(・)っ(・)た(・)物(・)資(・)を(・)補(・)充(・)す(・)る(・)当(・)て(・)が(・)あ(・)る(・)」

 

 そしてゴーロン将軍に促された彼の副官が、連合王国軍の捕虜から得た情報を改めて説明する。

 

「カデント要塞の指揮官、アーメル中佐…我が軍ですとニ千人将相当ですかな。この男は連合王国軍のスペイサイド方面軍本営からの撤退指示に反抗して我が軍との徹底抗戦を主張し、あらゆる手段を用いて要塞内に物資を貯蔵しています」

「副官殿、それは我らからの略奪など、ということでしょうか?」

「アオリア千人将か。そうだな、それもあるが…他にも私財や略奪品の売却によって得た資金により商人から物資を買い上げたり、補給書類を偽造して過剰な物資を蓄えたようだ」

「…はあ、書類で、ですか」

 

 連合王国に留学経験のあるゴーロン将軍や若い頃から彼の薫陶を受けた副官等は、アーメル中佐(と彼に巻き込まれた一部の部下達(アレク達の様な被害者))の行った手管の周到さと苦労を理解し、その優秀さと執念に畏怖を抱いているが、そうではないリオルなど若い指揮官達はアーメル中佐が連合王国軍の軍制上でどれだけ無茶かつ無謀な仕事をやり遂げたのか上手く理解できてはいない。

 

「まあ集め方は兎も角、あの要塞には我らの軍を3ヶ月は養える食料と防寒具が備蓄されている。向こうの軍からすればむこう一年は戦える量だ。それが理解できればよい」

「は、はい」

 

 有能な副官は手早く前提条件を纏め、本題を提示する。

 

「ここまでは昨日までに捕虜への尋問などから得られた情報だ。そして先程、使者殿が来る前にカデント要塞に潜入している間者より届いた内部情報によると、現在要塞内で反(・)乱(・)が(・)計(・)画(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)」

「なっ!?」

「それは真実なのですか、ゴーロン将軍!?」

 

 副官の発言を、ゴーロンは頷くことで肯定する。

 

「元々、要塞長であるアーメル中佐の方針に反対し早期に撤退を主張していた一部の将校と、玉砕を恐れる兵士達が結託したようだ。彼らは我が方の間者と結託し、自分達の安全な撤退と引き換えにアーメル中佐と彼の方針に賛同する将校の拘束及び要塞内の備蓄の無傷での引き渡しを提案してきた」

 

 要塞に出入りする商人を経由してゴーロン将軍に届けられた書簡をテーブルへ広げながら、副官はその内容を解説する。

 歓喜に湧く天幕内で、リオルやコレリアなど一部の指揮官が抱いた疑念を尋ねる。

 

「しかしゴーロン将軍…これは余りにも我々に都合が良すぎませんか? 万が一ですが罠の可能性も…」

「ああ。勿(・)論(・)罠(・)じ(・)ゃ(・)よ(・)」

「「……え!?」」

 

 事もなげに、質問したリオルすら一瞬固まるほどあっさりと罠であると肯定したゴーロン将軍に副官以外の全員が目を剥く。

 そして彼らの視線を受けて、副官が二(・)枚(・)目(・)の(・)書(・)簡(・)をテーブルに広げる。

 

「こちらは、要塞内に潜入している白(・)鴉(・)隊(・)から齎された情報です。我が方の間諜は事前に買収されており、連合王国軍は要塞を明け渡すと見せかけて、要塞に引き込んだ我々諸共溜め込んだ物資を焼却し、更に混乱に乗じて我軍の後方─具体的に言えば兵糧を焼き討ちする計画であると記されています」

 

 青麟帝国の誇る諜報機関"白鴉隊"の名は、帝国に反感を持つゴーロン軍にすら畏怖と共に鳴り響いている。彼らの諜報力と、"白鴉隊"を統率する帝国第四皇子の策謀こそが、この戦争において連合王国を追い詰めているのだと。

 故に、白鴉隊の符丁と共に暗号で記された連合王国軍の作戦詳細、そして連合王国の作戦を逆手に取る作戦を、ゴーロン軍の幕僚達は疑いなく信用した。 

 

「これより3日後、即ち大晦日の夜に連合王国軍の作戦は実行されます。奴等は我々に内通していると装う兵が正門を明け放ち、十分に我が方の兵士を引き込んだところで要塞各所に仕込まれた油に着火し要塞ごと我々と物資を焼却しようとします。白鴉隊は事前に避難および我々への奇襲のため要塞から兵士がいなくなった隙に、連合王国軍の罠を発動させる人員を排除するとのことです」

「なるほど、これで我々は労せず連合王国が集積した物資を手に入れられる訳ですな」

「使者殿の理不尽な要求を受け入れたのも、こうして敵軍の物資を無傷で手に入れる手段が既に整っていたからとは!」

 

 指揮官達が口々にゴーロンを褒めそやす。

 

 そしてゴーロンは、一人だけ未だ疑り深く"白鴉隊"からの密書を睨むリオルへ指示を下す。

 

「アオリア千人将よ、貴殿は"灯星隊"の精鋭を率いてカデント要塞の城門が開いた際に"白鴉隊"と協力して物資の保全及び、仕組まれている罠(・)を排除せよ」

「…! 承知しました!」

 

 危険ではあるが、信頼されていなければ任されることのない重要な任務を受けたリオルは、周(・)囲(・)の(・)視(・)線(・)に(・)気(・)付(・)か(・)ぬ(・)ま(・)ま(・)見事な抱拳礼で命令を受諾した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

─同刻 カデント要塞 秘匿地下牢(拷問室)─

 

「うぇ、ひっでえなこれ。もう頭と内臓しかまともな部分残ってねえぞ?」

「何を言ってるんですかハワード少佐、もうまともな言葉も話せないから頭の中身もダメですよ」

「尚更怖いわ! むしろなんで生きてんだよ!?」

「見る影もないですが一応"白鴉隊"の号持ちですから…確か漆(・)号(・)だったような。まあ、思ったより頑丈で口も硬かったので面倒でしたよ」

「…なあウォーカー中尉、俺も今しがた聞いたんだが、お前こいつと獣国軍の間諜の筆跡模倣して密書偽造したんだよな?」

「ええまあ。困った事に指示を受けた時にはもう使い物にならなくなってたので、別に捕まえた"白鴉隊"にこれを見せて」

「いや尋問の詳細はいいわ、煙草が不味くなる。取り敢えず、お手紙作戦は成功って事で良いんだな?」

「さあ?」

「えぇ…」

「手は尽くしましたが、失敗する時は失敗しますよ」

「おいおい、昨日までの俺等の苦労は徒労か?」

「まさか。今回の策はこの要塞に籠もっていた部隊が追撃を受けることなく安全に逃げる為の派手な陽動です。あっちが策を見破ろうが見破るまいが、連中が物資(エサ)に食いついた時点で我々の勝ちですよ」

「さよかい」

 

 腐敗した血肉と糞尿の悪臭に満ちた地下室で、ハワード大尉は短くなった煙草を踏み消す。

 

「じゃあまあ、俺はとっとと逃げるから、お前さんも死ぬなよ」

「ええ。精々景気よく、忌々しい書類ごと要塞を焼き払ってやりますよ」

「それ単に不正の証拠隠滅なんじゃねえかなぁ」

 

 最期だけわざとらしいほど感情の籠もったアレクの言葉に裏の意図を察したハワード少佐は、ボヤきながらも3日後に背負う新たな苦労に溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【R18】大人の知識を持ったまま中学生に戻った俺は好き勝手に生きていく(作者:柊咲)(オリジナル:現代/恋愛)

誰しも一度は思ったことがないだろうか、”大人の知識を持ったまま人生をやり直したい”と。▼ただ何の考えもなく一日一日を過ごしていた無駄な学生時代も、もしも大人の知識を、もしも35年の人生経験を持っていれば、大きく変わっていたんじゃないだろうか。▼友達の延長線上の交際しかしなかった幼馴染のあの子や、高校生なのに大人びた雰囲気のある近所のお姉さん、浮気していること…


総合評価:6772/評価:8.68/連載:257話/更新日時:2026年09月18日(金) 23:22 小説情報

【R18】未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)(作者:SIS)(オリジナル:SF/戦記)

※理由もなく短編追加しました。▼ 人類は、異星生物との未曾有の大戦争の只中にあった。▼ 文明を持たず、社会を持たず、言葉を持たない異星生物に一切の交渉は不可能であり、戦争はどちらかが滅びるまで続く絶滅戦争の体を成していた。圧倒的な物量で迫りくる異星生物に、人類は人権をかなぐり捨てて社会を戦争に傾倒させる事で辛うじて、戦線を維持していた。▼ そんな戦争の中、三…


総合評価:4423/評価:8.95/完結:87話/更新日時:2024年12月02日(月) 18:04 小説情報

【R18】リスタート:過去へ戻って孤高な女達を手駒にして現在の危機を打破する(作者:霧江)(オリジナル:現代/ミステリー)

自他公認、ろくでもないダメ人間の牧田瑛二。▼酒飲みの帰り道、殺人事件の容疑者になる。▼これで人生終わったと絶望していたところで、再び転機が訪れる。▼牧田は自分の人生をやり直す事が出来るのか?▼※基本平日投稿です!


総合評価:2469/評価:8.59/連載:116話/更新日時:2026年09月28日(月) 11:26 小説情報

【R18】男女比1対100の彼女たちの世界で(作者:ののじん)(オリジナル:現代/恋愛)

男女比が 1対100。▼男が希少な存在として扱われ、恋愛もパートナー関係も、女性が主導する世界。▼前世の記憶を持ったままこの世界で生きる少年・天城隼人は、多くの男性が抱く女性への忌避感を持たない“例外”だった。▼彼は、この歪な社会を受け入れながら、沢山のパートナーを作って楽しく暮らしていこうと決意する。▼※本作品はカクヨムにも掲載しています。


総合評価:1861/評価:6.82/連載:238話/更新日時:2026年08月18日(火) 18:00 小説情報

【R18】未亡人と勝ち気女子高生の爆乳母娘が金持ちイケメン大学生に揃って美味しくいただかれる話(作者:れみ)(原作:雨のバケモノ)

亡き夫と共に始めた居酒屋を守る未亡人、新藤渚とその娘の葵▼その美貌と爆乳で様々な男から狙われる母娘であるが、そこに一人の男が加わった▼遠野章一朗、女遊びの激しい大学生である▼一目見て彼女たちを手に入れようと決意した遠野はあの手この手で画策していく▼果たして新藤母娘は無事でいられるのか…▼肉助様の同人ゲーム▼雨のバケモノ▼を原作としています▼NTRはいいぞ。上…


総合評価:2265/評価:9/連載:13話/更新日時:2026年07月05日(日) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>