繋ぎ回なのでちょっと短いです
ーーー征服歴1498年12月31日 スペイサイド州北部エーギルン郡 カデント要塞正門ーーー
散発的な爆発音が響く度に、河の中州に建造された一見すると堅固な要塞が崩れ、小雪のちらつく闇夜を業火が場違いに明るく照らす。
「おいリオルもっと下がれ!」
「まだ中に仲間がいる。僕は千人将だ、全員が無事に戻るまで下がれるか!」
「兄さん、この橋もいつまで保つか分からないんですよ!」
短時間で炎が周り、各所で崩落を始めた要塞から辛うじて脱出したリオルの部下達は、突入した時の300人足らずから大幅に減っていた。地下倉庫の爆発に巻き込まれた者は兎も角、上層階の制圧に向かった者や、伝令として各所に散った者を中心に100人以上が未だに戻っておらず、仲間を助けに戻ろうとするリオル達と、彼を止めようとする部下達が正門と対岸を繋ぐ橋の上で始まった混乱は次第に殺気立ったものとなっていった。
「無茶だリオル、多分この炎は連合王国の奴等が仕掛けた罠だ。来なかった奴等はもう諦めるしかねえ!」
「炎は地下と砦の外周は強いが中央部は無事だ、もう一度伝令を出して…」
「それが無理だってんだ。煙が酷すぎて中がどうなってっか分かんねえんだよ!」
開かれた正門の中は煙が立ちこめ、その奥を覗くことは出来ない。もしも生き残りがいたとしても、煙に巻かれ途中で力尽きていると、リオルをとめる部下達は自身の安全ではなく敬愛する
そんな部下達の言葉に、ようやくリオルが冷静さを取り戻したところで、正門を見張っていた兵士が叫んだ。
「お、おい誰か出てくるぞ! おいこっちだ、急げ!!」
煙で霞む正門の奥から、よろよろと人影が現れる。
足を引きずり、何かから逃れる様な必死さでリオル達の下へと近づいてきたその人影は、煙の奥からみとめた仲間達の影に向かって叫ぶ。
「逃げろ、逃げろお前ら…奴が、奴が来──」
人影の命懸けの警告は途中で途切れる。
煙から現れた人影は顔に恐怖を張り付け、声の出ない口を何度も開け閉めしながら、力尽きた様子でその場に膝をつく。
垂れた頭はそのまま支えなく地面に落ち、人体の反射によって両手で受け止められる。
頭部を喪った事をまだ理解していない首元から血が噴き出し、紅く照らされた要塞により朱く鮮やかな雨を降らせた。
「ジーゲア…!?」
リオルは呆然と、正門の前で不吉なオブジェと化した仲間の名前を呼ぶ。当然、断頭された彼が呼びかけに反応する事は無い。
そして再び、煙の奥から人影が現れる。
「総員警戒しろ!!」
叫んだリオルすら、何故そう叫んだのか理解出来なかった。
正門から出てくるなら味方のはず。よしんば連合王国兵が要塞から脱出するにしても、獣国の陣が敷かれたこちら側に来るはずなどない。理屈では分かるはず無のに、リオルの本能がそれを易易と否定した。
煙の中に映る
身長は高いが、見上げるほどの巨漢ではない。
ゆっくりと、焔の燃え盛る要塞から現れるには不釣り合いに自然な歩みで武器を構えたリオル達へと近づいてゆく。
不意に、肌を刺すほどに冷たい風が
現れた
顔立ちは分からない。
大陸北方で主に使用され、連合王国陸軍の冬季装備にも採用される毛皮で作られた円筒型の帽子を被り、煙を吸わない為か口元も赤いマフラーで隠れている。マフラーが覆っていない顔の大部分は包帯が巻かれ、唯一見えている黒い瞳は、新月の夜を映すかのごとく昏く一切の感情を読み取れない。
その立ち姿に威圧感は無い。
血塗れのサーベルから血が滴り、よく見ればマフラーの赤は元々の色ではなく返り血で染まった斑の深紅であるにも関わらず。
「顔の無い…男?」
「亡霊…?」
不意に誰かの口から溢れた言葉こそ、その男の実像を端的に現している。
それは最も過酷な戦場に現れ、誰よりも多くの敵を屠る不撓にして不屈の狂戦士。
それはどれほど傷つこうと、例え味方が全滅したとしても敵を屠り尽くすまで止まることなく鏖殺を続ける最強の戦士にして最恐の復讐鬼。
それは寄る辺となる故郷も、家族も、仲間も、そして己の貌すらも失いただ人間を殺す事のみに研ぎ澄まされた殺戮者。
この亡者には、もはや戦う理由は無い。人間性は恩讐の炎に焼き尽くされ、過去は彼の敵となった。それでも、彼に死という安寧は許されない。
立ち止まる事の許されぬそれは、只管に他者の恩讐を背負い鏖殺を続ける虚ろなる英雄である。
「68」
それの通った路に生者は残らない。
空虚な故にこそ律儀な亡霊に、不要な慈悲を期待する意味など無いのだから。
挿絵のイメージ元はローグ・ワンのラスト5分またはマンダロリアンSeason2最終話