ーーー征服歴1255年 連合王国西部 コルトレーン要塞ーーー
王都カルネアスの西方を守るコルトレーン要塞を、ガルアーク聖王国の若き名将ピスキス率いる12万の大軍が包囲している。
要塞には、連合王国宰相デルフ・ジャッカード公爵率いる連合王国軍5万が籠もっていたが、士気は低く要塞の命運はもはや風前の灯火だった。
連合王国の建国からおよそ50年。北方の騎馬民族“ガスク氏族”を臣従させた建国王ジョージ・ヴィーテは、その軍事力を背景に大陸中央地帯の小国家群を征服し、現在の連合王国の国土の原型を作った。
北方にはガスク氏族、臣従後は族長家に“バランタイン”の姓を与えられた騎馬民族達を、東方はギールマ山脈のウィルムス盆地に初代“カナンの騎士”ロイ・リガールを封じる事で国境を安定させ、連合王国は南と西へと急速に領土を拡大した。
後に“7大貴族”と称される王党派の有力貴族達の中で、南方の港湾都市を領する“ミスト侯爵家”や西部の鉱山地帯を有する山岳民族だった“マーグレム侯爵家”、貴族派の領袖として権勢を振るうこととなるトランバレム公爵家が連合王国に臣従したのもこの頃だった。
急速に領土を拡大し、更に街道を整備することで交易、特に東方の絹や陶磁器等の物産の取引を活発化させることで膨大な利益を上げ国力を増してゆく連合王国は周辺国家から危険視され始めた。
当時、大陸西方の超大国だったガルアーク聖王国は連合王国の膨張を危険視し、連合王国と境界を接する国々を支援するという名目のもと、連合王国へ宣戦布告した。
連合王国は、宰相であり連合王国西方で最大の勢力を誇った大貴族デルフ・ジャッカードを総大将とする10万の軍勢で聖王国を迎え撃った。
連合王国建国時、その礎となった“連合軍”のスポンサーの一つであり、建国王の旗揚げ時には彼の母方の親族だったケルビム侯爵家と共に連合王国に真っ先に臣従したジャッカード公爵家、当時は小国の王家として大陸最大の淡水湖の南岸を支配し後に“7大貴族”の一つに数えられることとなるこの一族は、連合王国の中でも当時最大の権威と権力を有していた。
王家からの信頼も厚く、第3代国王ジョン・ヴィーテへ娘を嫁がせ、王家の外戚として権勢を振るっていたデルフは、嫡男のイジム・ジャッカードと共に連合王国を、そして自らの領地を守るために出陣し、聖王国の名将ピスキスに敗北し率いた王国軍の半数と、自らの領地の大半を含む王国西方地帯を失陥した。
二度の会戦でどちらも完敗を喫したデルフ率いる連合王国軍は、多くの脱落者を出しながら辛うじてコルトレーン要塞へ辿り着き、この要塞に立て籠もった。この要塞が失陥すれば王都は目と鼻の先であり、
連合王国に臣従して日の浅い貴族達は大半が日和見を決め込み、要塞には援軍の宛もなく、要塞の陥落は時間の問題だった。
聖王国軍の総攻撃が開始された日、連合王国軍の総司令官デルフ・ジャッカードは死を覚悟しながらも最後まで王国を守るため、そして死んだ嫡男の敵討ちの為に自らも剣を取って戦った。
そして聖王国軍が要塞の正門を突破しようとした時、東方から援軍が現れた。
『我は
国王陛下より授かったこの仮面に誓って、連合王国に仇なす侵略者を討ち滅ぼす者である!!
連合王国の勇士たちよ、我と共に侵略者を討ち果たせ!!』
二代目“カナンの騎士”リシャール・グランツ。初代“カナンの騎士”ロイ・リガールの孫にして、彼の瞳と彼の妻エリーゼの髪色を受け継いだ男は、王国存亡の危機において、国王とバランタイン公爵、そしてリガール辺境伯から推薦され、“カナンの騎士”の称号を受け継いだ。
後に“コルトレーン要塞の戦い”と呼ばれた戦いで聖王国を打ち破り華々しい戦果を挙げたリシャールは、聖王国に奪われた領土を奪還し、連合王国史に英雄として名を刻むこととなった。
ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 カラマス砦ーーー
「まるで“コルトレーン要塞の戦い”の再現だね」
「まぁ、銀髪金眼でおまけに絶世の美女が颯爽と助けに現れるなんて、興奮するなという方が無理でしょうなあ…」
「“白銀の戦姫”様か。“白銀の梟”と呼ばれた二代目様にあやかったのかな?」
リゼルとバグラムは互いに苦笑しながら、部下達の様子を眺める。
アレク率いる中隊の残存兵力は、援軍に駆けつけたエリカ率いる騎兵中隊と共に獣国と帝国の合同軍を打ち破り、獣国軍を一時的に後退させた。とはいえ、既に限界を越えて消耗したアレクの中隊と、同じくかなり無理をしてここまで駆けつけたエリカの中隊は、無理に粘らずさっさと撤退することに同意し、準備を進めていた。
エリカが正式な撤退許可の命令書をハワード少佐を通して司令部から発行させた為、大手を振って砦から撤退できるようになった為だ。
前日まで悲壮感の漂っていた砦は、この日だけはまる収穫祭のパーティーのような盛り上がりを見せていた。
連合王国人なら子供でも知っている英雄の戦いを、その英雄と同じ瞳と髪色の美女が再現する。そんな一生に一度あるかないかのシチュエーションに、アレクの中隊の兵達だけでなく、エリカに率いられた騎兵たちもまた興奮し、互いの健闘を称え合っている。
「…水を差すのも野暮だし、ちゃんと撤退の準備もしてるみたいだから自由にさせておけと中尉殿も言ってたしね」
「まあ頑張りやしたからな。怒鳴りつけるのは明日になってからにしやす」
二人はまた苦笑して、自分たちの仕事に戻った。
───────
「どうかしら、感謝してくれていいのよ?」
「ああ、助かった。お前は俺達の命の恩人だ。ありがとう」
砦に設けられた中隊長用の天幕で、アレクは立ち上がり、どや顔で豊かな胸を張るエリカに頭を下げる。
「……」
「…どうした?」
怪訝そうに目を見張り絶句するエリカに、アレクが声をかける。
「いや、貴方が素直にお礼を言うとは思わなくて」
「…お前は俺をなんだと思っているんだ?」
「えーっと…目的の為なら必要無い物は何もかも切り捨てる冷血漢?」
「お前…」
「あはは、冗談よ。でもまあ、もっとおざなりにお礼を言われるものだと思ってたからびっくりしたわよ?」
「そうか」
「そうよ」
アレクは溜息をつくと椅子に座り直し、エリカが来るまで書いていた書類の続きを書き始める。
その様子をエリカは興味深そうに眺める。
サラサラと迷いなく書かれていく文書の筆致は、戦場で全身返り血で血塗れに成る程の剣腕を誇る人物とは思えないほど流麗で、そのまま公文書として採用されてもおかしくないほど見事な筆跡だった。
「…貴方軍人よね。なんで下手な王都の文官より綺麗な字なのよ?」
「…元々文官志望だ。剣を振るうより、こっちの方が性に合っている」
「そう…」
アレクの言葉に何か思うことがあったのか、幾分遠慮した態度でエリカがアレクを見つめる。
アレクはそんなエリカを最早居ないもののように扱い、書類を書き続けていたが、流石に疲労が重いのか時折目を擦る。
「…疲れてるんだし、撤退して落ち着いてからでもいいんじゃない?」
「十中八九大丈夫だろうが、追撃されたらまた書類仕事が増える。終わらせられるものは可能な限り早く済ませるものだ」
「まあ、そうだけど」
「そもそも、お前も中隊長の業務があるんじゃないのか?」
こんなところで油を売ってていいのかと暗に問いかけるアレクに、エリカは自信満々に答える。
「私の部下は有能だもの。面倒くさい書類仕事は私がいなくても片付けてくれるわ!」
「…だったら、そこにいる准尉は無視してもいいんだな?」
「…え?」
天幕の入口に、ニコニコと温厚な、だが目の奥に鋭い光を宿した老年の紳士が佇んでいる。軍服よりも執事服の似合いそうなその男は、アレクですら注意しなければ気づけない程に上手く気配を隠して天幕へと入り込んでいた。
ゆっくりと振り向いたエリカは冷や汗を流しながらその紳士、彼女の副官であり、平時はリガール家の執事として彼女の教育係も務める人物に言い訳をする。
「ま、待ってエバンス!! べ、別に書類仕事が嫌だから逃げてきたわけじゃなくて…」
「ええ、ええ。わかっておりますとも。お嬢様…いえリガール中尉殿は昔から机に座っての勉学は嫌いでしたが、きちんと道理を理解すれば真面目に取り組むお方です。まさか疲れたからと馬の世話が終わったら書類仕事を後回しにしてお休みになるなどということはございますまい」
穏やかに、だが言葉の端々に棘を込めてエバンス・フィデック准尉がエリカの言い訳を一蹴する。
「あー、えっとぉ…」
チラリとエリカは助けを求めるようにアレクを見るが、アレクはそれを無視して書類を書き続けている。
「リガール中尉殿? 中尉殿が書かなければいけない書類が溜まっております。勿論、すぐに片付けていただけますね?」
「…はい」
味方がいないことを悟ったエリカは項垂れながら天幕を出てゆく。
「お疲れ様、ウォーカー中尉。疲れてるんだから早く休みなさい」
「お前もな。疲れてるならさっさと仕事を終わらせろよ」
「ぐ…わ、わかってるわよ! さ、行くわよエバンス!」
「承知致しました」
エバンスもまた頭を下げ、天幕を出ようとしたところで、何かを思い出したのかアレクに近づく。
「…どうした?」
「ウォーカー中尉殿、お疲れのようでしたらどうぞこちらを」
フィデック准尉が、懐から水筒を取り出し机に置いてあった空のカップへと優雅な仕草で注ぐ。
「リガール家に伝わる疲労回復の薬湯でございます」
「…ありがとう」
「いえいえ。お嬢様…リガール中尉がご迷惑をおかけしたお詫びでございます」
「そうか、では有り難く」
「ちょっと、なんで納得してるのよ!!」
エリカの抗議を綺麗に無視してエバンスは優雅に一礼すると、文句を言おうとするエリカを引き摺って去っていった。
「………美味いな」
意外と飲みやすく味も良い薬湯を飲み干したアレクは、さっさと休むために書類仕事を再開した。
翌日、準備を整えたアレク達は悠々と後方のカルメリア基地まで撤退した。
ストックが尽きてきたので、区切りの良いここまでで一旦連続投稿は終了します。
第2章完結はもうしばらくお待ち下さい。