ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 獣国軍本営ーーー
スペイサイド州の完全制圧と、その先の豊かな連合王国中央地帯へ侵攻するため全力出撃した獣国軍の本隊は、スペイサイド州を東西に横断する主要街道に築かれたカクトラム要塞を相応の犠牲を払いつつ攻略した後、連合王国のスペイサイド州における最後の拠点であり、連合王国軍のスペイサイド州方面軍司令部のあるグレングラントへ向けて進軍する前に、南北の前線に散っていた部隊を集結、再編していた。
獣国軍の当初の戦略として、本隊がカクトラム要塞を攻略する際、南北に伸びる前線に飽和攻撃を仕掛け、前線後方に配置された遊撃部隊の処理能力をパンクさせることで迅速な前線突破と連合王国軍の主力部隊の撃滅を図ろうとした。
南部に送られた部隊は、援軍である帝国軍と共に迅速に前線を突破した後、撤退する連合王国軍を追撃し大きな打撃を与えることに成功した。
だが、北部では本来なら取るに足らない砦一つに手こずったことで軍全体の足並みが乱れ、前線から撤退する連合王国軍をほぼ無傷で取り逃がした上に、最後に残った砦を守っていた部隊にも、援軍に騎兵中隊が加わったとはいえ反撃されみすみす取り逃がすこととなった。
そのせいで僅かではあるが連合王国軍に余裕が生まれ、北部及び中央部の前線は被害を出しつつも組織的な撤退に成功し、突出して孤立しかけた獣国軍の南部前線部隊は反撃され後退に追い込まれた。
この時点で、当初の戦略通りの迅速なスペイサイド州制圧と連合王国中央部への侵攻は困難と判断した獣国軍司令官ゾート・ガッフェル将軍は、軍を再編し最大兵力で確実に連合王国の主力軍を叩き、スペイサイド州を完全制圧する方針に切り替え、南北の前線へ派遣していた部隊を呼び戻した。
「嫌だー!!死にたくない!!助けてくださいー!!!」
陣地内に悲鳴が響き渡る。
獣国軍の陣地で、綱紀粛正の為の公開処刑が行われようとしている。
処刑されるのは、スペイサイド州北部前線地帯の連合王国拠点を唯一攻略できなかった千人将と、彼の配下の参謀達だった。
連合王国の砦、アレクサンダー・ウォーカー中尉の守る拠点を、3倍の兵力で攻めながら攻略できず、それどころか援軍を得たアレクに反撃され無様に敗走した彼らは、当初の戦略を乱され激怒した総司令官ガッフェル将軍に“戦意不十分”及び“敵前逃亡”の罪状で処刑されることとなった。
泣き叫び命乞いをする彼らの首を、処刑を担当する兵達が忌々しい顔をしながら刎ねてゆく。
その様子を、獣国軍総大将ゾード・ガッフェル将軍は苦虫を噛み潰したような表情で眺めている。
「情けない。せめて“顔無し”に殺されていれば、名誉の戦死として讃えられた物を。無様に逃げ帰るからこうなるのだ」
ゾードが吐き捨てるように呟く。
周囲の参謀達は、ゾードの怒りに晒されることを恐れて口を噤み、神妙な面持ちで処刑される千人将達を見つめている。
そんな彼らに、無遠慮な声がかけられる。
「随分無体な事を言うな、ガッフェル将軍。それだと私も情けない男になるのかな?」
「っ…!? け、決してそういう訳では」
つい今しがたまで怒りの表情を浮かべていたゾードが、しどろもどろになりながら、彼らに声をかけた男、獣国軍の援軍として帝国から派遣された将軍であり、帝国の第7皇子でもある藍劉貭に弁明する。
獣国の大貴族出身であり、獣国軍の八大将軍の一角であるゾードであっても、超大国であり獣国を実質的に属国としている青麟帝国の皇族には媚びへつらうしか無いのが、獣国の悲しい現状だ。
「ああ、別に責めている訳では無いさ。ただ、折角私の率いる軍は予定通り南部の前線を突破して攻め込めたのに、君達の無能のせいで後退する羽目になった事については、多少なりとも気にしてはいるがね」
「…重ね重ね、申し訳ありません。部下の不手際により殿下と殿下の軍勢にご迷惑をおかけしたこと、謹んでお詫び申し上げます」
ゾードが悔しそうに頭を下げる。獣国の大貴族として他者に傅かれる立場の彼にとって、例え格上であっても頭を下げ謝罪しなければならないのは苦痛でしかない。
「ははは、構わないとも。それにあの“顔無し”相手なら仕方ないだろう? それに厄介なリガールの騎兵もいたようだしね」
「…はい。忌々しくも“白銀の戦姫”などと呼ばれている小娘にしてやられましたが、次に我らの前に現れるようなら必ず生け捕りにして、殿下に娼婦として献上致します」
「まあ、君達ごときに“剣のリガール”の直系が捕まえられるとは期待してないけど、その時は頼むよ」
劉貭は蔑むでもなく、興味なさげにゾードの申し出を受ける。事前に連合王国と獣国の事情も確認している彼は、連合王国において“七大貴族”と評され“剣”の異名を賜るリガール辺境伯の係累が、獣国軍如きに捕らえられるなどあり得ないだろうと考えている為だ。
「ああ済まない、ここには世間話をしに来た訳じゃないんだ。連合王国軍の主力との決戦だけど、僕らの助力はいらないのかい?」
「はい…、殿下と殿下の麾下の帝国兵には我らの後方を守って頂きたく」
「これ以上、私に功績を挙げられるのは迷惑かな?」
「決して、そのようなことは…」
ニヤニヤとゾードを嘲笑うように劉貭が問い詰める。
帝国軍が中核となった南部戦線では連合王国に大きな被害を与えたのに対し、他の戦線で獣国軍は当初の目標を達成できず、むしろ帝国の足を引っ張ってしまったのだ。これ以上劉貭と彼の軍に戦果を挙げられれば、獣国軍の名誉が傷つくだけでなく、せっかく手に入れたスペイサイド州の利権を帝国に奪われてしまう恐れすらある。
「まあいいさ。兄上…藍剴馮大将軍閣下からも我々の軍はあくまでも補助だと釘を刺されているしね。君達に華を持たせてあげよう」
「有難う…ございます」
ゾードは悔しげな表情で頭を下げる。
その様子を満足気に眺めながら、劉貭は唯一の懸念事項を確認する。
「でも大丈夫かな? 下手をすると二年前みたいに“顔無し”が本陣に斬り込んで来るかもしれないよ?」
「…あのような不手際は金輪際ありません」
「そうか。でも心配だから僕の直属兵を君の下に付けてあげるよ」
「それは…いえ、謹んでお受けいたします」
「それは良かった。ではスバルテイン、君に黒狗隊300騎を預ける。頼んだぞ?」
劉貭は、自分の後に控えていたスバルテインに声をかける。
スバルテインは無言で頭を下げる。
「で、殿下…黒狗隊というのはまさか…」
「ああ、知っての通り皇族直属の精鋭部隊だ。相手が“顔無し”だろうとリガール家自慢の騎兵だろうと遅れはとらないよ」
冷や汗を流すゾードに、劉貭は楽しそうに笑いかける。
皇族直属特務兵“黒狗隊”。青麟帝国に服属した大陸北方の騎馬民族を母体とする、帝国最凶の騎兵軍団の一つ。その精強さから、皇族または彼らの任命する監察官のみが指揮権を持ち、その実力は大陸最強と名高い連合王国のバランタイン公爵家やリガール辺境伯家の騎兵達とも互角に渡り合うと噂されている。
そのような危険な部隊を側に置くことに心強さよりも恐怖を覚えるゾードだが、彼に拒否権などなど無い。護衛として、そして彼の、ひいては獣国軍のお目付け役として監察官スバルテインと共に、“黒狗隊”は獣国軍の本陣の護衛に着くこととなった。
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部隊の再編を終えた獣国軍は、後方の安全確保のために劉貭率いる帝国兵3万に加えて2万を後方に残し、合計7万の兵数でスペイサイド州連合王国軍が陣をしくラバナキア平原へと進軍した。