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ーーー征服歴1500年 スペイサイド州 グレングラントーーー
スペイサイド州が正式に連合王国に組み込まれた時代、連合王国が一番初めに着手したのは、隣領であるカユシコワ州から、スペイサイド州の東端までを繋ぐ街道を整備することだった。
北方草原地帯の騎馬民族を臣従させた建国初期の連合王国は、大陸中央部の諸国に比較して大量の“馬匹”を手に入れることに成功した。これは、建国初期の連合王国首脳陣が想定していた以上の恩恵を連合王国に齎した。
内燃機関など影も形もない時代、馬は軍事力だけでなく、農業や物流において欠かすことのできない家畜であるが、その維持管理には大きなコストと専門知識、そして何より良馬を育成できる土地が必要だった。
期せずして良馬の産地である北方草原地帯と、その地を支配する有力氏族を支配下においた連合王国は、軍事力として強力な騎兵軍団を手に入れただけでなく、優秀な農耕馬や荷馬の供給先を手に入れることとなった。
連合王国の初代宰相ソーヤ・ラーズは、農政大臣であったマナト・ケルビムと共にその恩恵を最大限活用する方策を初代連合王国国王ジョージ・ヴィーテに奏上した。
それは、大量に得られた余剰の馬を用いた農業生産力の拡大と、街道を整備し馬を用いた大量輸送による国内経済の活性化だった。
元々、国の財源確保のため東方貿易を拡大しようとしていた連合王国は、この献策により外需だけでなく、内需も大きく拡大しその国力を急速に発展させてゆく事となる。
他国では敵国の侵攻を警戒してあえて街道の整備をおざなりにする中、逆に街道を整備し主要街道に至っては4頭立ての馬車が余裕をもってすれ違える程の広さの舗装された道を作るこの方策は、当初こそ賛否両論だった。
だが、他国よりも遥かに多量の馬匹により、騎兵だけでなく馬車を用いた大量輸送により他国の侵攻に対して迅速に対応出来ることが判明すると、反対派だった軍部が逆に積極的に街道整備を行うようになった。
また、街道の要所に整備された王国直轄の宿場町はそのまま軍の駐屯所としても機能し、他国の侵攻や支配地の反乱に対する防壁として十全に機能し、征服歴1496年に始まった大戦でもその役割を果たした。
国力拡大の基本方針である国内の街道整備は後世にも引き継がれ、連合王国が新たな領土を得るたびに繰り返されてゆくことととなる。
当然、スペイサイド州でも街道は整備され、征服歴1412年に州都アベラワーから隣州のカユシコワ州の州都ゲーラムまでを繋ぐ街道が開通し、州の発展に大きく寄与する事となった。
スペイサイド州の西部に位置する都市グレングラントは、スペイサイド州とカユシコワ州を繋ぐ中継点として栄え、スペイサイド州では州都に次ぐ規模を誇っていた。
だが、今のグレングラントにかつての賑わいは無い。長く続いた戦乱で住民の多くはカユシコワ州へと疎開した。都市機能の維持や、都市に駐屯する軍人相手に商売を行う一部の商人達以外の住民は殆ど居なくなった。そして残った都市の住民達、そして周囲の農村から避難してきた難民達は現在、軍に誘導されながら殆ど身一つで都市からの脱出を図っている。
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「運が良かったですね。なんとか避難と、決戦を行うだけの準備をする時間が捻出出来ました」
「ええ。また
30台半ばの気弱そうな男と、白い髭を蓄えた老人が話している。
「避難の進捗はどうですか?」
「順調…と言いたいところですが、獣国の侵攻までにはいささか時間が足りないですな」
「やはり、ラバナキア平原での決戦は避けられませんか…」
「せめて3日、欲を言えば5日程は必要でしょうな…」
都市の中心部に建てられた市庁舎から住民が避難する様子を眺めながら、スペイサイド州副知事ラジム・マブルーフ子爵とスペイサイド方面軍司令官アーカイム・オンタリオ陸軍中将は現状を確認していた。
「私は難民を護衛する兵を除いた全軍で時間を稼ぎましょう。副知事殿は住民と共に避難を…」
「…いえ、私はグレングラントに残ります」
「それは…」
「ストレグス伯爵閣下はアベラワーに最期まで残られました。スペイサイド州を放棄するのに、責任者が逃げるわけにはいかんでしょう?」
マブルーフ子爵は気弱そうな顔にそれでも気丈な笑みを浮かべる。
スペイサイド州州知事ストレグス伯爵は2年前、州都アベラワー防衛戦で最後までアベラワーに残り、住民と連合王国軍が撤退する時間を稼ぐため市庁舎に火を放ち、燃え盛る市庁舎と運命を共にした。
マブルーフ子爵とオンタリオ将軍が生きているのも、州都が陥落しながらも2年間、スペイサイド州全土が獣国の手に落ちなかったのも、ストレグス伯爵の献身と、落伍兵達を纏め獣国軍の本陣へ特攻した一人の騎兵のお陰だと言っても過言ではない。
「私と、都市に残ることを希望する一部住民はここへ残ります。まあ、多少なりとも時間は稼ぎましょう。
…既に部下へ引き継ぎと、住民の台帳は託してありますので、問題はありませんよ」
「承知しました。ただし、我々が住民を避難する時間を稼げたら、あなた方も避難を」
「…ありがとうございます。しかし、大丈夫なのですか?」
齢60歳を越える老将は、息子ほどの年代の副知事へ気遣いを見せる。
「なに、住民の護衛に割り当てる1万程を差し引いても残り3万、それに難民から募った義勇兵も5000程は集まりました。何とか時間は稼げるでしょう」
「獣国は、10万を越える大軍です。いささか厳しいのでは…?」
「あちらも占領地の維持のために幾らか兵を割いている筈です。それに事前に準備した野戦陣地の建築も間に合いそうです。なんとかなりましょう」
「そう…ですな。どうか、カナンの騎士の加護があらんことを」
「ええ、お互いに」
二人は握手をして最後の別れを告げる。
お互いに、二度と再会することは叶わないと、今話したことが気休めであると理解しながらも、穏やかな顔で。