ーーー征服歴1500年 スペイサイド州グレングラント 連合王国軍駐屯地ーーー
「大尉殿、準備完了でさぁ」
「ああ、ご苦労だった」
アレク率いる臨時編成の大隊は、元々アレクが移動の準備をしておくように先任曹長のバグラムに指示を出していたため、特段の混乱も起こさず出立の準備を整えていた。
新たに率いることになったクラディール中尉の中隊から移動した小隊と、同じく他の部隊から補充された騎兵小隊、そして元々アレクが率いていた中隊の合計4個小隊は、払暁の薄明かりの中、移動を開始しようとしていた。
アレクが自分の愛馬であるベルガへ騎乗しようとした時、後ろから声がかかる。
「おーい、アレク!」
「ウーサーか、まだここに残っていたのか」
アレクが振り向くと、彼の旧友でありスペイサイド方面軍の兵站部で扱き使われているはずのウーサー・ウェインズ中尉が慌てたように小走りに駆け寄ってきた。
「ああ、まあお前にこれを渡すよう頼まれてな。渡したらもうカユシコワ州行きさ」
「これは…ジルベルト大佐か」
ウーサーがアレクへ、高級そうなシガレットケースを渡す。ケースの中には、士官の給料だと普通は手に入らない高級葉巻が入っていた。
「詫びだとよ」
「成る程」
事前にジルベルト大佐からの要請を受けてリガール中尉を気絶させたことか、それとも自身を死地へ送り出したことか、あえて口に出すことなくアレクはケースを懐へ仕舞った。
常と変わらない、少なくとも2年前にこのスペイサイド州の戦場で再会してから変化のないアレクの様子を見て、ウーサーは躊躇いながら問いかける。
おそらく今聞かなければ、この先彼に会うことは叶わないだろうから。
「なあ…アレク」
「なんだ?」
ウーサーは迷いながら、彼と再会してから今日まで聞こうとして聞けなかった問をアレクに投げかける。
「なあ…お前は俺を、恨んでるか?」
「……」
アレクは無言で、ウーサーの言葉の続きを促す。
「2年前、俺は野戦病院で、名前を捨ててソレム伯爵を殺す為に戦ってたお前が“アレクサンダー・ウォーカー”だと上に報告した」
「ああ」
2年前のアベラワー防衛戦で、当時“ベル”と名乗り一兵卒ながら落伍兵を纏め上げ獣国軍の本陣へ特攻したアレクは、瀕死の重症を負いながらも本陣にいたソレム伯爵とその護衛を殲滅し、そして客将として参戦していた青麟帝国の第7王子を負傷させ、敗走した連合王国軍を救った。
一兵卒でありながら絶大な功績を挙げた“ベル”へ勲章を授与する為に、彼に面会したウーサーは、元々の顔が分からないほど負傷したその兵士が、かつての学園でのルームメイトだと偶然気付いた。
「あの時は驚いたな…正直、
「顔もそうだが、声も掠れて昔と変わってたからな…だけどお前、そのペンダントだけはまだ付けてたからな」
「ああ…そういうことだったのか」
アレクが首から下げた、簡素な木彫りのペンダントを触る。
「大切な物なんだろ?」
「ああ、
アレクは懐かしそうに、そしてどこか寂しそうに語る。
「…アレク、俺はあの時、お前に勲章の授与と…
「…そうだったのか?」
「ああ、あれだけ功績を挙げたんだ。士官なら兎も角、兵士なら勲章と年金貰って兵隊稼業なんざ辞めたほうが良いだろうって、オンタリオ中将の意向でな」
それはウーサーがこの日まで伝えられなかった、当時の裏話。
絶大な功績を挙げた兵士への、命を救われた彼らの出来るの最大限の報恩だった、筈だった。
たが、ウーサーが彼の出自を上層部に伝え、それが王都の参謀本部へ伝わった事で事情は変わった。兵士“ベル”は士官“アレクサンダー・ウォーカー”となり、近衛師団への入隊を要請された。
だが、アレクは王都でとある事情から決闘で相手を殺し、スペイサイド州の最前線へと舞い戻り、再び地獄の戦場へと身を投じた。
「あの時俺が、お前を“アレク”じゃなくて“ベル”のままで扱ってれば、お前は王都に行って
「……」
「それにオンタリオ中将達は、アベラワーの再現を狙ってる。成功するかどうかは兎も角、お前が獣国軍の本陣を狙えば、それだけで時間は稼げるだろうって…」
「……」
アレクは無言のまま、血を吐きそうなほど苦しそうに言葉を継ぐ旧友に背を向ける。
「お、おい!」
そしてアレクは自らの愛馬に跨がり、ウーサーから顔を背けたまま、彼の疑問に答える。
「ウーサー…俺はお前に感謝してる」
「っ…!」
「お前があの時、俺の名前を呼んでくれなければ、俺は“ベル”のまま、誰にも知られないまま戦場で野垂れ死んでいた。もしあの時、退役を勧められてもきっと、俺は戦場に残って戦ってただろうからな」
「それは…」
アレクは首から下げたペンダントに触りながら、悲しそうに自分を見ているであろうお人好しな友に別れを告げる。
「ウーサー、改めてありがとう。達者でな」
「お前…お前は…!」
「ああそうだ、約束通り俺の遺族年金は
「……わかった」
そして振り向くことなく、アレクは彼に従う兵達と共に戦場へと向かう。
「アレク!!」
死地へと向かう友の背へ、ウーサーが叫ぶ。
「お前に、カナンの騎士の加護があらんことを!!」
アレクは振り向くことなく、ヒラヒラと手を振って友からの激励に応える。
「ああ、ありがとう…友よ」
アレクの呟いた言葉はウーサーにも、そして周囲の兵士達にも聞こえることなく、消えていった。