※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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20話 英雄の末裔

ーーー征服歴1500年 スペイサイド州 主要街道ーーー

 

「っ…うぅ…ん」

 

 “ガタン”という揺れに、暗闇に沈んでいた意識を無理矢理覚醒させられたエリカが、ゆっくりと目を見開く。

 

「ようやく目覚めたか」

「…ここは?」

 

 エリカの眼の前には、彼女の剣の師であり、現在は彼女の所属する大隊を統括する立場にあるバーナード・ジルベルト大佐が座っている。

 

「馬車の中だ。カユシコワ州行きのな」

「どうりで…揺れるはずだわ」

 

 王都と連合王国内の大都市を繋ぐ大街道に比べると、スペイサイド州の街道は作りが悪い。また戦乱のせいで管理が行き届かなくなり、士官用の軍用馬車とはいえ揺れが大きい。

 

「驚いてはいないようだな」

「…まあ、薄々こうなるんじゃないかと思っていたもの」

 

 身体を起こし、アレクに一撃を入れられた鳩尾を擦りながら、エリカは尊敬する師へ金色の瞳を向ける。

 本来なら敬語で話さなければならないのだが、馬車の中には自分とジルベルト大佐しかいないため、軍人ではなく“エリカ・リガール”として、気安い口調で剣の師と話す。 

 

「私はリガール(英雄)の末裔だもの。絶望的な戦況なら兎も角、逃げる余裕のある戦場なら真っ先に逃がされる…そんなことは分かっていたわ」

「その割には、かなり聞き分けのない様子だったが?」

「分かっていても、納得は出来なかった。一緒に戦った仲間の筈なのに…皆私が真っ先に逃がされる事に疑問を抱かなかったから」

「お前以外の931大隊の者達も、後方にさがるぞ?」

「私の()()()でしょう? 本当ならウォーカー大尉以外の人員も、決戦に使いたかったんじゃないの?」

「…否定はしない。お前だけをあの大隊から引き離すのは正直反発が強いからな。相変わらず、ハワード少佐(あいつ)は運がいい」

 

 ジルベルト大佐は皮肉げに、悪運だけは強かった士官学校時代の後輩の顔を思い浮かべる。

 

「頭にきたわ。仲間が死地に向かう横で、自分は無事に助かると喜んでた大隊長にも、心の何処かで同じように“ホッ”としてた私自身にも!」

「だからあれだけハワードの奴に反発していたのか」

「ええ、ウォーカー大尉(アイツ)が止めなかったら思いっきり殴ってたわよ」

「それはまた…」

 

 自分の弟子が後輩を殴っている場面を想像したのか、ジルベルトは苦笑する。

 エリカはその場面を思い出し、眉を顰める。

 

「気に入らないのはウォーカー大尉(アイツ)達もよ。使い潰されるって分かってるのに、恨み言一つ言わずにあんな命令に従うのよ!?」

「……奴等にとっては故郷の仇だからだろう。敵わないと分かっていても一矢報いたいと願うのは人として当たり前の事だ」

「ええ、そうね。少なくとも()()()()()()()以外は郷土愛と、そして復讐の為でしょうね」

「………ウォーカー大尉は違うと?」

「ええ、()()()

 

 エリカは挑むように、輝く金色の瞳でジルベルトを睨みつける。彼がほんの一瞬だけ浮かべた驚愕を見逃してはいないのだと、その瞳は雄弁に語っている。

 

「……奴の目的は復讐だろう? 故郷を焼き、奴の一族郎党と領民を皆殺しにしたソレム伯爵と、獣国軍総大将ゾード・ガッフェルに、そして獣国軍そのものに対する」

「ええ、私もそう聞いたわ。アイツの友人のウェインズ中尉とか、部下のバグラム曹長にね」

「…ならばやはり復讐なのだろう? 事実奴は味方すら時には囮にして、何度も獣国軍の指揮官を殺している」

 

 アレクが多くの戦功を挙げながら、味方に忌み嫌われている理由の一つが、味方の犠牲を無視して、それどころか時には囮として活用して敵の中枢を叩く戦術を多用しているからだ。味方の命よりも、一人でも多くの獣国兵を殺し獣国へ損害を与える事を目論む“復讐者”。それがスペイサイド方面軍におけるアレクの評価だった。

 

「そうね。でも、あいつが戦場で選択した戦術は結果的に味方の犠牲を最小限に抑えているわ。そのことは師匠(先生)()()()()()()()でしょう」

「っ!……」

 

 エリカの言動に、無表情を保っていたジルベルト大佐の顔が僅かに歪む。

 

「この間の最前線砦での防衛戦もそうだった。あいつがただの復讐鬼なら、あれだけ身体を張って味方の犠牲を抑えながら持久戦をするより、さっさと犠牲覚悟で夜襲でもかけた方が相手の指揮官を殺せる目はあったわ」

「……あの時の奴の仕事はあの場で持久することだ。敵の指揮官を潰すことでは無い。偶然だろう。それに奴は野戦任官でそこまで専門的に戦術を学んだわけでは…」

「少なくともアイツの知識は並の学園や士官学校卒の士官より遥かに上よ。それこそ大隊の戦務参謀どころか、連隊や師団の幕僚でも問題なくこなせる位に」

 

 エリカが931大隊に配属された後、驚いたのは実戦での大隊の運営を大隊長のハワード少佐ではなく、アレクと戦務参謀が行っていた事だ。大隊長が置物なのは兎も角、野戦任官の中尉が平然と、自分達の大隊だけでなく周囲の味方の動きまで含めた広域の視野で戦術を決定してゆく様子に、包帯の下に別の顔が隠れているのではないかと思わず彼の包帯を剥ぎ取った程だ。

 

「アイツの目は復讐で濁ってはいなかった。そしてアイツは、故郷が最早取り戻せないことも守りきれないことも理解している。アイツが戦う理由は別の何かよ」

「…復讐でもなく、郷土愛でもないなら何だと言うのだ?」

「分からないわ」

 

 エリカは堂々と宣言する。

 それを見たジルベルト大佐は、呆れたように顔を顰める。

 

「ならば何故今更そんな事を言い出す? どんな理由があろうと、奴はラバナキア平原へ行き、最も困難な任務に就くことに納得した。その果に奴が死のうと、お前には関係ない筈だ」

 

 ジルベルトが冷たく言い放つ。事実、エリカとアレクは単に数ヶ月の間、同じ大隊で共に戦った同僚に過ぎない。その期間とて同じ戦場で戦うことも殆ど無かったのだ。

 

「ええ、無いわ。でも、私はアイツに死んでほしく無いの」

「何だ? 婚約者候補を全員蹴散らしたお前が、今更色恋に目覚めたか?」

 

 ジルベルト大佐が揶揄するように笑う。

 

「どうかしら? 少なくともアイツは、お父様や師匠(せんせい)が連れてきた凡百なつまらない婚約者候補よりも遥かに強いし、イイ奴よ」

「…ほぅ」

 

 彼女の婚約者候補には彼の()も含まれていた事を思い出し、ジルベルト大佐は僅かに眉を顰める。

 

「アイツの剣の腕は本物よ。私どころか師匠(先生)よりも、ゴードン兄様よりも、アイツは強いわ」

 

 エリカは自分に天賦の才があると自覚している。女でありながら剣も槍も馬術も、同世代どころか現役で戦える者達と比較しても上位に位置すると自負している。だが、彼女が本気で戦っても3回に1度勝ちを辛うじて拾えるかどうかというほどの剣腕を誇る剣の師も、彼女が知る限り現在の連合王国で最強の戦士である彼女の長兄よりも、アレクは強いと、幼少期から数多の猛者達を身近で見続けてきた彼女の勘が告げている。

 

「それだけじゃない。アイツは学園の士官課程をちゃんと修了してもないのに、参謀としてやっていけるだけの能力も持ってる。それに人格も…まあちょっと捻くれてるけど信頼できるわ」

「………」

 

 基本的に他者の能力について辛口な評価を下す傾向にあるエリカが手放してアレクを称賛する姿に、ジルベルト大佐は何も言葉を返さず、渋面を保つ。

 

「だから教えて師匠(先生)。アイツが戦う理由を」

「……私は奴の大隊を含む独立大隊群の指揮官だが、たかだか1中隊長の事情など知らんぞ?」

()()()師匠(先生)なら知っている筈よ」

 

 エリカは挑むように、輝く金色の瞳で自らの師を射竦める。

 

()()()()()()()()()()

「っ!!」

 

 呟くように彼女の口から放たれた名前に、ジルベルト大佐は身体を強張らせる。

 

2()()()、訓練中に()()()した事になっている師匠(先生)の甥である近衛中尉…でも本当は、決闘に敗れた挙げ句、後ろから自分を負かした相手に斬りかかり返り討ちにされた」

「……」

「ショーンを殺した相手の名前はアレクサンダー・ウォーカー。そしてアイツが本来なら所属する筈だった近衛第2師団の当時の師団長はフィニアス・ジルベルト少将。師匠(先生)のお兄さまで、殺されたショーンの父親」

「………その話は箝口令が敷かれている筈だ」

「私、これでも友達が多いの。王都の貴婦人達の人脈って馬鹿にできないのよ、師匠(先生)?」

 

 学園ではその家柄と美貌、そして面倒見の良さで同学年の女王として君臨したエリカの人脈はかなり広い。彼女が本気で自らの持つ人脈と、リガール家の令嬢としての影響力を駆使すれば、隠蔽されているとはいえさほど厳重に隠されてはいない事件の情報を手に入れるのは難しくない。

 

「アイツは確かに味方を殺したわ。でも元々は決闘を汚したショーンの方が咎められるはず。なのにアイツはまるで懲罰みたいにスペイサイド州の最前線に送られ、今も何の文句も言わずに死地に送り込まれた」

「……」

「カルメリア基地の基地長として、麾下の部隊の人事権を持っていた師匠(先生)なら、何でアイツがこんな理不尽な状況を唯々諾々と受け入れているのか知っている筈よ。むしろ、師匠(先生)位しか、本当の理由を知らないんじゃないかしら?」

 

 ジルベルト大佐は眉間のシワを更に深くし、咎めるようなエリカの視線から逃れるように顔を逸らす。

 

「…理由を知ってどうする?」

「それが納得できる、正当な理由なら文句は言わないわ。でも、もしもそれが理不尽で、アイツの名誉を貶めるものなら、私は一人でも、アイツを助けに行くわ」

「たかだか野戦任官の大尉風情の為に、リガールの直系のお前が何故そこまでする!?」

「私がリガール(英雄)の末裔だからよ!!」

 

 憤慨するジルベルト大佐に、エリカは叫び返す。

 

 

『ありがとう……済まない』

 

 エリカを一撃で気絶させたアレクが、彼女にだけ聞こえるように呟いた感謝と謝罪。それは、既に死を受け入れ他者との関わりを最小限にしていたアレクが晒した、エリカへの最大限の信頼の証。

 故にエリカは、例えアレクがそれを望まなかったとしても、己へ向けられた信頼に応えなければならない。何故なら…、

 

 

「私はリガール(英雄)の末裔であることに誇りを持っているわ。確かに柵も多いけれど、それでも私はこの体に流れる血に、この銀髪と金色の瞳に誇りを持って生きてきた!」

 

 エリカは尊敬する師へ、己の矜持を示す。

 

「だから私は、私が認めた仲間が理不尽に晒されるのを許さない! もしも貴方達が、アイツの名誉を踏みにじって、アイツを殺そうと言うのなら、私は私の誇りのために戦わなければならない。そうでなければ、私は胸を張って英雄の末裔なんて名乗れないわ!」

 

 ジルベルト大佐は立派に成長した弟子の姿を眩しそうに見つめ、そして罪悪感にその誇り高い姿から目を逸らす。

 そして懺悔するようにゆっくりと、エリカへ確認をとる。

 

「これから語ることは…多分に私の主観が入る。それでもいいな?」

「ええ」

 

 そしてジルベルト大佐は、2年前の事件について語りだした。

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインを曇らせる予定だったのに、何でこんな事に…?
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