ーーー征服歴1498年 王都カルネアス 近衛第2師団練兵場ーーー
「それでは両者、決闘相手への要求を述べよ」
近衛第2師団の練兵場で、ショーンとアレクが対峙する。
この決闘の立会人を務める事になったショーンの叔父、バーナード・ジルベルト大佐が二人に確認する。
「私はウォーカー少尉に、近衛師団からの退団を要求します」
「……私はジルベルト中尉に、私を“貴族もどき”と言った事への訂正と謝罪を求めます」
ショーンは傲慢に笑い、アレクは虚ろな目で相手を見つめる。
その様子にジルベルト大佐は眉を顰める。参謀本部からスペイサイド州へ出向する予定の彼は、近衛第2師団の師団長である兄へ出向の報告をする為に駐屯地を訪ね、その際に甥であり剣の弟子でもあるショーンが、アレクに決闘を挑んだ事を知りその決闘の立会人を引き受けた。
それは様々な事情から性格が歪んでしまった弟子が、立場の弱いアレクを痛めつけるのを防ぐ為だった。既に互いに了承した決闘は、例え上官であろうと撤回させることは出来ない為、そうすることでしかアレクの身と、そして悪化するであろうショーンの評判を守ることは出来ないと彼は判断したのだ。
「両者、互いの条件には納得しているな」
「「はい」」
ジルベルト大佐の最終確認に、ショーンもアレクも間髪入れず答える。
ジルベルト大佐は二人にわからないように小さく溜息をつき、せめて自らの弟子が、決闘相手を無用に痛めつけないことを祈りながら決闘の開始を宣言する。
「それでは両者、構えろ」
ショーンとアレクが、同時に腰から下げたサーベルを抜き、構えをとる。彼らの持つサーベルは刃引きをした物だが、重さも長さも、実戦で使用するサーベルと変わりはない。
二人はどちらも、サーベルを片手でもち下段に構える。それはカルネアス流剣術における第二の
この型は、カルネアス流剣術の中で基礎の型であるラーヴェの次に開発された
主に細剣やサーベルなど、片手で振るう軽い剣を用いることを前提とした型であり、カルネアス流剣術の数ある型の中でも最も技巧に特化している。一撃の威力よりも、細やかな剣さばきを良しとする為、戦場での有用性は他の型に劣るが、一対一の決闘では相手を殺さずに制圧出来、見栄えも良いため好んで習得する者も多い。ただし、同じ型同士の対決では互いの技巧の差が如実に現れるため、余程自らの実力に自身が無いと使えない型でもある。
二人が構えを取ったことを確認し、ジルベルトが右手を掲げる。
ジルベルト大佐の宣言と共に、ショーンが地面を蹴り一息で間合いを詰める。そしてアレクの首へ向けてサーベルを振るった。
ショーンの顔に浮かぶ嗜虐的な笑みが深まる。例え首への斬撃をアレクが防いでも、自らの腕であればアレクのサーベルを絡め取り相手の手から弾き飛ばすことも容易い。そうすれる事でアレクに、そして周囲に自らの圧倒的な実力を示す事が出来ると確信していた。
「…あれ?」
だが、ショーンのサーベルは空振りした。アレクは無造作に半歩下がり、紙一重で己の首を狙う斬撃を躱して見せたのだ。
「っ…!」
ショーンが目を見開き、手首のスナップを活用してアレクの顔面へ向けてサーベルを切り上げる。だがそれも、僅かに頭を傾けたアレクに躱される。
「っ…おぉぉ!!」
ショーンが更に踏み込み、アレクに連撃を浴びせる。その剣捌きは彼の師匠であるジルベルト大佐も思わず感嘆するほど見事な物だった。だが、その見事な斬撃は一撃も、アレクに届くことはなく全て躱された。
「ふっざけ…!!」
頭に血を昇らせたショーンが、大振りでアレクに斬りかかる。
そこでこの決闘で初めて、アレクは自らのサーベルを振るう。
「なっ…え…?」
アレクは自らに振り下ろされたサーベルを受け流し、更に勢いを殺さないまま自らのサーベルでショーンの剣を絡め取り、弾き飛ばした。
バランスを崩したショーンは膝をつき、己の首への添えられたアレクのサーベルと、自らの右手から弾き飛ばされ地面に転がるサーベルを交互に見つめる。
その姿をアレクは、ショーンの首にサーベルを当てたまま虚ろな瞳で見据える。
「……ショー、ジルベルト中尉、降伏しろ。最早勝負はついた」
「っ…ま、待ってくれ叔父さん! ま、まだ勝負は…っ!」
潔く負けを認めようとしないショーンの首に、アレクはサーベルを押し付ける。刃引きされているとはいえその金属の冷たさ、そしてアレクのなんの感情も浮かんでいない虚ろな瞳に怯んだショーンは言葉を詰まらせる。
「ショーン…」
「…ま……参り…ました……」
アレクはゆっくりとショーンの首に当てていたサーベルを下げ、サーベルを鞘に納める。そして作法に則りお辞儀をすると、何も言わずにショーンに背を向け、練兵場から歩き去ろうとした。
その、決闘に勝ったことに何の感慨も持たないアレクの様子に、ショーンは憎悪を滾らせる。
「待て!!」
「……」
ショーンの叫びにアレクは足を止めるが、振り返ることはしない。その様子もまた、ショーンの神経を逆撫でした。
何故ならその姿が、己を決闘で秒殺し、何の言葉もかけることなく去っていったかつての婚約者候補に重なって見えたから。
ショーンは地面に転がっていたサーベルを掴む。
「調子にぃ……乗るなぁ!!!」
「っ!?…待て、ショーン!!」
アレクへ向けて駆け出したショーンの突発的な行動に、ジルベルト大佐の行動は遅れた。彼の名誉のために書いておくが、如何にショーンの人格が様々な事情で歪んでいたとはいえ、まさか決闘に負けた上に、後ろから相手に斬りかかるなど想像の埒外だったのだ。
そのことを、ジルベルト大佐は後々まで後悔する事になる。
「おぁぁぁぁぁ!!!」
「っ!?」
殺気を感じたアレクが振り向いた時、既にショーンは剣を振りかぶり、全力で振り下ろす直前だった。
「ショーン!! やめろぉ!!」
ジルベルト大佐が叫ぶ。せめて直前で思い留まってくれと祈りを込めた叫びは叶わず、ショーンはアレクへ剣を振り下ろした。
だが、事態はジルベルト大佐が危惧したようにはならなかった。
アレクは己へ斬りかかるショーンへ振り向くと、下手に下がれば追撃が来ることを察した。そして戦場で極限まで研ぎ澄まされたアレクの体は、半ば無意識に
後ろに下がるのではなく、むしろショーンとの間合いを自分から詰め、すれ違うようにショーンの横を駆け抜け彼の斬撃を掻い潜る。そしてすれ違いざまに抜き撃たれたアレクのサーベルが、ショーンの無防備な首へ吸い込まれるように振るわれ…
「あ…」
「ショー…ン…?」
ショーンの口から、間の抜けた声が漏れる。それはまるで、己の現状が理解できないと示すかのように。
そしてジルベルト大佐もまた、その甥の姿を見て固まる。
ショーンの首は、胴体から切り離され、驚愕の表情を浮かべた頭が地面に転がる。そして頭を失った胴体は、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ、その斬り口から血を吹き出す。
立会人のジルベルト大佐も、周囲で決闘を観戦していたショーンの仲間達も、同じく野次馬として観戦していた無関係の士官や兵達も青い顔で何も言わない。
彼らは軍人として、大半が人を殺したことも、仲間が殺される姿を見たこともある。だが、安全なはずのこの練兵場で、しかも刃引きしたサーベルで仲間の首が刎ねられるという事態に、理解が追いつかず固まっていた。
「これは……これはどういうことだ…」
練兵場の入口から聞こえた声に、アレクを含め全員が目を向ける。そこには、顔面を蒼白にしたこの師団の師団長、フィニアス・ジルベルト少将が呆然と立っていた。
そしてフラフラと、彼は虚ろな目をして愛する息子だったものへと歩み寄る。
「ショー……ン…?」
服が血に汚れるのも厭わず、息子の頭を抱き抱える。
「ぁ……嗚呼あぁぉぁぉ!!!!!」
ジルベルト少将が、厳格な師団長として敬意を払われていた彼は恥も外聞もなく慟哭する。
そして涙に濡れた目に憎悪を浮かべて、血に濡れたサーベルを握るアレクを睨む。
「お前達、何をしている!! 殺せぇ、その男を…息子の仇を殺せぇ!!!」
その憎悪に塗れた叫びは練兵場を越えて、駐屯地中に響き渡った。