ーーー征服歴1498年 王都カルネアス 近衛第2師団駐屯地ーーー
「師団長閣下は?」
「今は落ち着かれている。一人にして欲しいと、自室に籠もってしまったがな…」
清掃が行われている練兵場の隅で、この日行われた決闘の立会人だったジルベルト大佐と、近衛第2師団の参謀長が今後の方針を話し合う。
「一応ウォーカー少尉は独房へ隔離したが、罪状はどうするんだ?」
「…もしもウォーカー少尉の使用したサーベルが刃引きした物ではない真剣だった場合は、“味方殺し”という事になる」
「武器を確認したのはお前だろう? 本当に刃引きされていたのか?」
「…確かにそう確認した、筈なのだがな」
士官学校の同期であり、階級も同じな二人はこの事件の後始末に頭を悩ませる。
師団長の息子が、身分を傘に来て地方出身の武功を挙げた士官を近衛第2師団から追い出すために決闘を挑み敗北した。それだけならば増長した愚か者として嘲弄の対象になり師団長や叔父のジルベルト大佐の評判が落ちることはあっても、そこまで大きな問題にはならなかった。無様に敗北した挙げ句、剣を納めた相手に後ろから斬りかかるという決闘を汚す行為を行った
たが、そこに恥を晒した張本人が返り討ちで殺されるという要素が加わった事で事態が複雑化した。
もしもこれが
決闘の一部始終を見ていた憲兵隊長はアレクに同情的だったが、上官の命令には逆らえず、また錯乱した師団長がアレクを害するのを防ぐためにも迅速にアレクを拘束し、独房へと隔離した。
「有りえないことだが、ショーンや兄上に恨みを持つものがウォーカー少尉を唆した…ということも有り得る」
「確かにそうだが…回りくどくないか?」
「俺も無理筋だと思っているが…
「それはそうだが…」
参謀長は渋面で長年の友人の憔悴した顔を見つめる。問題も多かったとはいえ可愛がっていた剣の弟子でもある甥が殺されたのだ。父親である師団長程でなくとも、この友人も平静ではいられないのだろうと彼は納得した。
そんな二人へ、現場を検分していた憲兵が声をかける。
「師団長閣下!! それにジルベルト大佐殿!!」
「どうした?」
彼らのもとに、困った顔をした憲兵達がアレクが決闘で使用したサーベルを携えて向かってきた。
そして彼らにどう話したものか…と全員が逡巡するかのように目を泳がせる。そして縋るような目で隊員たちから見つめられた人の良さそうな分隊長が、代表して参謀長とジルベルト大佐へ彼らの調査結果を告げる。
「それが…ウォーカー少尉の使用したサーベルですが、間違いなく刃引きされています」
「……おいおい、冗談だろう。どうやって刃引きしたサーベルで人の首を刎ねられるんだ?」
「で、ですが確かにこのサーベルは刃引きされています!
確認のために、私は自分の肌を試しに切ろうとしましたが、全く切れませんでした!!」
どうやら実直そうな顔の憲兵分隊長は、顔の通り真面目に職務を全うしたらしい。だがその結果は、その場の人間達を困惑させた。
「……貸せ」
「は…はい!」
ジルベルト大佐がサーベルを受け取り、ためつすがめつ検分する。そしておもむろに左腕を袖を捲り上げると、右手で持ったサーベルを左腕に押し当てる。
「お、おいバーナード!?」
参謀長が慌てた声を上げるが、ジルベルト大佐はそれを無視してサーベルの刃を滑らせる。
参謀長や周囲の憲兵が目を剥くが、刃引きされたサーベルはバーナードの皮膚を切り裂く事はできず、単にジルベルト大佐の腕に赤い跡を付けるだけだった。
「おいおい、本当にこれがウォーカー少尉が使ったサーベルなんだろうな?」
「はい、間違いありません。血糊も付いています」
「それはそうだが…」
参謀長の問に、憲兵分隊長は背筋を伸ばして答える。
「……」
そのやり取りを無視して、ジルベルト大佐は練兵場に置かれた訓練用の丸太に向かう。
木刀等の打込み用に設置されたその丸太は、成人の腕程の太さがあり、使い古され傷だらけだった。
ジルベルト大佐はサーベルを構え、その丸太にサーベルを振り下ろす。
だが、“ザンッ”という音と共に、丸太が切り裂かれる。
「刃引きは…してあったよな?」
「ああ。たがやろうと思えば、丸太位なら斬れる」
ジルベルト大佐は顔を顰めたまま、困惑している参謀長に解説する。
「自分で言うのも何だが、私ならこのサーベルで
「それは…お前なら出来るだろうが…」
その剣の腕を見込まれて、七大貴族の一角“リガール家”の剣術指南役を務めたこともあるジルベルト大佐なら不可能では無いと、付き合いの長い参謀長は頷く。
「だが…自分に切りかかってくる相手の首を、咄嗟に斬り飛ばすなどという芸当は
そう言ってジルベルト大佐はサーベルを憲兵に返す。
「お前で無理なら、今のこの国の剣士の殆どが無理にならないか?」
「私の師か…あるいはリガール家の嫡男なら、と言ったところだな」
ジルベルトが例に出したのは、現在の連合王国で最強と名高い二人の剣士だ。
「…つまりウォーカー少尉はその二人に匹敵すると?」
「わからん。偶然かもしれん…だが、奴は明らかに自分にとって
連合王国最高峰の剣士の眼は、アレクの実力の一端を、そして彼がそこに至るまでに辿った地獄の道程の一端を見抜いていた。
「それに歴史上、刃引きしたサーベルどころか木剣で敵の首を斬り飛ばした剣士もいないわけではない」
「それ、“3代目カナンの騎士”の伝説だろ?」
“神殺し”と恐れられ、歴代でも剣技に限れば最強だったと伝えられる“3代目カナンの騎士 グラッパ・ザーレ”。
剣にまつわる逸話の多い彼の伝説の一つに、木剣のみで暗殺者を撃退した、というものがある。彼は木剣で一人目の襲撃者の首を斬り飛ばすと、怯んだ他の襲撃者を木剣のみで打ち殺したと伝えられている。
「リガール家に残っている資料だと、事実だそうだ。しかも木剣で全員の首を刎ねたらしい。誰も信じないから当時の資料は本家の書斎に死蔵してあると、先代のご当主が苦笑していたよ」
「そいつはまた…」
参謀長も周囲の憲兵達も、意外な伝説の真実に驚き、そして考える。“では、ウォーカー少尉の実力は?”と。
「正直、立会人の私からすれば、サーベルがすり替えられていたなどより、ウォーカー少尉が実力でショーンの首を刎ねたという方が丸く納まるのだが…」
「…そうだな。あとは殺意があったかだが」
「殺そうと思えば決闘中に殺せた筈だ。後ろから斬りかかられて咄嗟に…ということなのだろう」
甥に対して薄情かもしれないが、決闘の経緯から決着後まで、悪いのは一貫してショーンだったのだからそこはジルベルト大佐も庇えない。
努めて淡々と、ジルベルト大佐はこの事件を収める為の結論を出そうとする。そしてその結論は、一応参謀長や憲兵にも受け入れられた。
だが、ジルベルト大佐の努力は無に帰すこととなる。
「参謀長殿、大変です!!」
「どうした!?」
練兵場に、先程アレクを拘束した憲兵が駆け込んで来た。
「じ、情報部が、ウォーカー少尉の身柄の引き渡しを要求しています!!」
「何だと!?」
それはたった一太刀の斬撃から始まった事件が、さらなる混沌を巻き起こす事が決定した瞬間だった。
完全に当初のプロットから外れ始めたので、ちょっと時間を置いて話を練り直します。