※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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26話 本物の英雄

ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州 主要街道ーーー

 

 ジルベルト大佐の話を聞き終えたエリカは、烈火のごとき怒りを宿した瞳で、自らの師であった男を睨み据える。

 

「つまり師匠(せんせい)達は、あいつの家族を人質にして、死ぬ(逃げる)事すら許さずにあいつを戦わせ続けたと…?」

「ああ…そうだ」

 

 エリカがジルベルト大佐の襟首を掴む。

 ギリギリと首を締め上げるエリカに抵抗すること無く、ジルベルト大佐は平然と言葉を続ける。

 

「あれは我々の予想を越えて働いたよ。命令違反ばかりの不良兵達や山賊崩れの補充兵を力尽くで纏め上げ、捨て駒同然に放り込まれた最前線で生き延び、あまつさえ周りの部隊を糾合して前線を押し返した。そして野戦任官で中尉に昇進した後は、臨時の中隊長として、そして931大隊の実質的な参謀として破格の働きをし続けた」

 

 ジルベルト大佐は皮肉げに唇を歪めながら、エリカすら把握していなかったアレクの隠れた功績を、そしてそれをエリカですら殆ど把握していなかった理由を語る。

 

「あれの功績の大半は、王都の参謀本部へ届く前に握りつぶされた。情報部と、奴らの背後にいる革新派の一派の手によってな」

「…なんで、師匠(せんせい)達はそれを黙認していたの?」

「お前も何となく察しているだろう? 私の仕事は、あれの功績を握りつぶそうと作動する愚か者達の動きを把握し、オンタリオ陸軍中将(軍団長)と王都のグランツ大佐に伝える事だった」

 

 そしてカレウスから王党派の高官達へ、敵対派閥の失態は伝わっていた。

 

「アイツを()にして、革新派で軽挙妄動する連中を釣りだしていたのね」

「ああそうだ、そしてあれは、我々が想定した以上に餌としても役立った。既にあれの功績を潰す為に動いた者達はスペイサイド方面軍内の者も王都の者も全て把握されている」

 

 特にスペイサイド方面軍でアレクに対する陰謀に関わったものは、ラバナキア平原で行われる予定の決戦で、最前線に立たされる事が決定している、とジルベルト大佐は事もなげに語った。

 それを理解したエリカは、そこでふと違和感に気付く。

 

「…待って。じゃあなんでアイツはまだ、最前線で戦おうとしているの? アイツはもう十分過ぎるくらい功績も挙げた。それにアイツを貶める革新派の奴等も殆ど炙り出された! だったらもうあいつが戦う理由なんて…!」

()()()()()()

「っ…!」

 

 バーナードは己の襟首を掴んだままのエリカの手首を掴むと、ギリギリと力を込め、エリカの手を引き剥がす。

 そして底冷えするような冷え切った目で、己の弟子を見下ろす。

 

「2年前から、既に前提条件が変わっている。あの時は、ジャッカード大尉に対抗する英雄としてあれを影響下に置く必要があった」

「…まるで()()必要がないような言い草ね」

 

 痛みに顔を歪めながら、エリカは師を睨み返す。

 

()()()()()()()王党派(我々)には新たな、そして汚名を背負ったウォーカー大尉よりも見栄えの良い英雄が生まれたからな」

「……まさか」

「そのまさかだ、エリカ(白銀の戦姫)。お前がスペイサイド州(ここ)へ来た時点で、あれに求められる役割が変化した。

英雄の“予備”として生き延び続けるという役割から、新たな“英雄”を守り、その“英雄”へと功績を譲るという役割にな」

「な…っ!」

 

 ジルベルト大佐はエリカを突き放し、エリカは放心したように、馬車の座席に座り込む。

 

「お前がスペイサイド州(ここ)へ来たのは確かにお前の意志だ。だが、お前がスペイサイド州(ここ)への転属を望んだ時点で、グランツ大佐と先代リガール辺境伯(お前の祖父)から私へ極秘の指令が届いた」

「お祖父様…まで」

「当たり前だが、我々はウォーカー大尉に関わる陰謀の全容をリガール家に既に伝えていた。そして二人は()()()()()、あれの能力を利用する事に決めた」

 

 そこからジルベルト大佐が語った内容に、エリカは顔面を蒼白にして、吐き気を抑えるように口元を抑える。

 

 

 ジルベルト大佐を通じてアレクへ伝えられたグランツ大佐と、王党派の上層部、リガール家の意向。

 危険な前線で新たな英雄(エリカ)を守り、可能な限りエリカに功績を挙げさせること。それで足りないようなら、アレクの戦功をエリカへ譲ること。

 

 アレクは忠実にその指令を実行した。そしてその果に、アレクはエリカが安全にスペイサイド州から帰還できるように、そして己の存在が、新たな英雄(エリカ)の栄光を霞ませない為にラバナキアの地で戦い、そして死ぬ事に同意した。

 

「私はそんな事…望んでなんかいない」

「お前の意志が介在する余地など無い。これは、お前の血に刻まれた()だ」

 

 ジルベルト大佐は冷たく、突き放すように弟子に言葉をかける。

 その言葉に、エリカは唇を噛み締める。英雄の末裔として生きる事に納得はしている。その道が決して綺麗で華々しいだけではないことも理解している。だが、だからこそ分からないことがあった。

 

「なんで…なんでアイツはそれを納得してるのよ。こんな、こんな何も知らない馬鹿な私なんかの為に、なんで文句も言わずに犠牲になろうとしてるのよ!!」

 

 エリカは血を吐くような悲痛な声で、己の師へと問う。

 

「さてな。だが、少なくともラバナキアへ向かうことを伝えた時、あれはこう言っていた」

「…?」

「“リガール中尉には()()がある。死地に向かう理由としては十分だ”と。何の借りかは言わなかったがな。

…少なくとも、あれはボウモア家(人質)を害されないために無理矢理、ラバナキアへ向かった訳では無い」

 

 エリカにも、その借りが何なのかは分からない。だが少なくとも、アレクはこのあまりにも理不尽な境遇の中であっても、エリカを恨むこと無く死地へ赴いたのだと理解はできた。

 

 

()()()()()の時間は終わりだ。お前はもう、故郷()に帰れ』

 

 エリカは、アレクにかけられた言葉を思い出す。あの時は、その物言いに激昂した。だが今になって考えれば、自分のスペイサイド州での行いは正しく()()()()()でしか無かったのだろう。

 そしてそんな愚かな自分を、それでも恨むこと無く送り出し、そして守るために死地へ向かったアレクを想い、エリカは湧き上がる悔し涙を抑え込み、己の師を睨む。

 

師匠(せんせい)、私決めたわ」

「…何をだ?」

 

 つい先程まで憔悴し、座席に座り込んでいたエリカの眼に輝きが戻った事に、ジルベルト大佐は僅かに気圧される。

 

「私は、ウォーカー大尉を助けに行くわ」

「あれは、獣国軍の本陣へ斬り込むつもりだぞ?」

「ええ、分かってるわ。前は成功したかもしれないけど、今回は十中八九、その前に殺される」

「お前が行ったところで、結果は変わらんぞ?」

「そうかもしれないわ。でも…それでも私はアイツに死んでほしくない。私なんかの為に、アレク(本物の英雄)を、死なせるわけにはいかない」 

 

 エリカは晴れやかな顔で、不敵に笑う。

 

「ねえ師匠(せんせい)、お祖父様達が私を英雄に仕立て上げようとしているのは分かるし、それが必要なのも理解できる。これはただの我儘かもしれない。けど…私は初代カナンの騎士(英雄)の末裔として、そして新たな“英雄”として、仲間を助けられなければ、()()になんてなれない!」

「作り物の英雄では満足出来ないか?」

「ええ、出来ないわ。私は誇り高いリガール家の娘よ。だったら、完全無欠の“英雄”でなければ意味が無いわ!」

 

 金色の瞳を輝かせ、エリカは己の艷やかな銀髪を払う。

 

 その姿に、弟子の成長を感じたジルベルト大佐は、観念して溜息をつく。

 

「……いいだろう。ただし条件がある」

「…?」

「まず一つ。お前の今の任務はスペイサイド州から脱出する難民の護衛だ。これを放棄することは許さん」

「なっ…!」

「そしてもう一つ。お前が率いていいのはお前の中隊だけだ。他の部隊を巻き込むことも許さん」

「……分かりました」

 

 師の断固とした決定に、エリカは納得し、小休止で馬車が止まったタイミングで馬車を辞し、己の部隊へ合流した。

 

 

──────

 

「…私が行くまで、必ず生き延びなさいウォーカー大尉」

 

 エリカは愛馬に跨りながら、後ろを振り返る。

 その遥か先にいるであろう、ラバナキア平原へ向かったアレクに想いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて第二章は終了です。
次回はR-18シーンを挟んで、ストックが溜まってから第三章決戦篇開始予定です。
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