ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 ラバナキア平原ーーー
連合王国軍3万5000と獣国軍7万がラバナキア平原で激突してから3日、未だに連合王国軍はこの地を死守し続けていた。
北側を標高500メートル程度の山、南側をほぼ手つかずの原生林に挟まれた東西に細長いこの平野は、10万規模の軍勢が展開するにはやや狭く、獣国軍の大軍の利が活かし辛い地形だった。
また、獣国軍が軍の再編に手間取ったことで連合王国の野戦築城が間に合い、平野の西側の出口に容易に突破できない陣地を築かれてしまった事も、獣国軍の不利に働いた。
そして、獣国軍にとって更に想定外の事態によって、獣国軍はこの地に足止めされることとなった。
後にラバナキアの会戦と呼ばれる事となるこの地の会戦の初日、一日でこの地を突破し、難民を捕虜にしつつカユシコワ州へ攻め込む橋頭堡を築く事を企図した獣国軍の総大将ゾード・ガッフェル将軍は、7万の軍のうち自身直属の1万を除く6万を2万ずつの三軍に分割し、その三軍を交代で連合王国軍の陣にぶつけることで、自軍の消耗を避けつつ連合王国軍を翻弄し、一気にラバナキア平原を突破しようとした。
三軍の指揮官はそれぞれガッフェル将軍の信頼する有能な将軍であり、彼らがガッフェル将軍の意図通りに動けば、確かに連合王国の陣地も突破できる筈だった。
まず1つ目の想定外は、固く陣地を守るだろうと予想していた連合王国軍の一部が打って出てきた事だった。
三軍に分割された獣国軍の第一軍が連合王国の陣地に攻撃を仕掛けようと接近すると、逆に連合王国軍の陣から約5000の部隊が獣国軍へ突撃した。
彼らは連合王国軍の正規兵に比べると装備も年齢層もバラバラで、中には老人の姿も見えた。
第一軍の指揮官は彼らが難民から徴収された義勇兵と当たりをつけ、大したことのない戦力だと見切り正面から粉砕するよう部下に命じた。たが、彼の予想に反して連合王国の義勇兵達は獣国軍に食らいつき、むしろ一時的とはいえ獣国軍を押し返した。
連合王国軍の義勇兵達は、槍で腹を貫かれればそれを引き抜かれないよう握り、その隙に他の兵が仲間を貫いた獣国兵を殺し、例え倒れても敵兵の足に縋りつき動きを鈍らせ、支給された槍が折れ瀕死の重傷を負っても、素手で敵兵に襲いかかってきた。
家族を侵略者に殺され、今故郷から追われようとしている彼らにとって、もはや勝敗も自らの生死すらも関係なく、ただただ憎い侵略者を一人でも多く道連れにする事だけしか頭に無かった。また、事前にここで彼らが獣国軍に打撃を与える事ができれば、難民として逃げた彼らの家族の生活は保証すると伝えられていた為、彼らは文字通り死兵となって戦った。
予想外の打撃を受けた獣国軍だが、ガッフェル将軍が選抜した将軍はその信頼に応えるだけの有能さを発揮した。第一軍の指揮官は死兵となった義勇兵の勇戦を見て、彼らとまともに戦り合わないように軍の両翼を敢えて広げ、目の前が開けた義勇兵達が第一軍の本陣目掛けて突撃してくるように仕向けた。そして精鋭の本隊が義勇兵の攻撃を受け止めている間に、広げた両翼の兵達が義勇兵の横腹を突いた。
まともな訓練をしていない義勇兵は、正面からの戦いならば士気の高さから獣国軍を圧倒したが、側面を突かれて混乱し勢いを失った。それでも兵の一人一人が致命傷を負いながらも獣国兵を道連れにするような戦い方をするため、半ば混戦状態に陥った。
義勇兵を助けようと出撃した連合王国軍の一部部隊は、獣国軍の第二軍に阻まれ、獣国第一軍は混戦になりながらも義勇兵達を包囲し、そのまま彼らがすり潰されるのも時間の問題だった。
第一軍の指揮官にミスがあったとすれば、混乱を抑えるために本隊を下げず、むしろ自分の存在を目立たせる事で味方の混乱を抑えようとしたことだった。
義勇兵達がせめて一矢報いるために、捨て身で本陣に突撃しようとするが、彼らの攻撃は指揮官を守る本陣の精鋭に阻まれた。だが、義勇兵の攻撃を防ぐために指揮官の周囲が一時的に手薄になった。
混乱の中で、獣国軍の兵の大半は、少人数で自軍の隙間を掻い潜る敵兵達を見逃した。その兵達は獣国の混乱を利用し精鋭たちの壁をすり抜け、僅か100人程度で第一軍の本陣に迫った。指揮官まであと僅かというところで、指揮官の護衛達に捕捉されたが、彼らの先頭に立つ
半ば勝ちが決まった段階で指揮官をいきなり殺された獣国第一軍は混乱し、陣地から全力出撃した連合王国軍に大打撃を受けた。
第三軍が援護に入り混乱を収めることに成功はしたが、連合王国軍は無理せず義勇兵の残存兵力を回収すると陣地までさがり、その日の戦いは終わった。
連合王国は義勇兵達を中心に5000近い死傷者を出したが、獣国もまた同数近い死傷者と、更に第一軍の指揮官と彼の幕僚を殺される大損害を被る羽目になった。
そして2日目、損害を受けた第一軍を除く第二軍、第三軍が交代して連合王国の陣を攻め立てたが、固く陣地を守る連合王国軍を突破できず、戦況は膠着した。
ガッフェル将軍は戦況を打破するために自身の直属兵と第一軍の残存兵力を含む約2万を投入し、一気に連合王国軍の陣を押し切ろうとしたが、その横腹を北部の山に隠れて機を伺っていた連合王国軍の伏兵に突かれた。
奇襲してきた兵は500程度と少数であり、ガッフェル将軍の護衛として帝国軍の藍劉貭将軍から貸与されていた精鋭部隊“黒狗隊”が迅速に対処したため混乱は最低限で済んだが、兵達が萎縮し、結局その日も連合王国軍を突破することは叶わなかった。
会戦3日目、第三軍の一部を南北の警戒に残し、ガッフェル将軍は損害度外視で連合王国軍の撃滅を指示した。前日に戦意不十分な部隊の指揮官を公開処刑した効果もあり、獣国兵達は全力で連合王国軍に襲いかかった。
だが、連合王国軍は小細工無しで固く陣地を守り切り、獣国軍の猛攻を凌いだ。
両軍共に大きな損害を受けつつも、連合王国軍は陣を守り切り、3日目の戦いも終わった。
会戦4日目、両軍はラバナキアの会戦