ここ一週間程でブックマークが倍増してテンションが上り続けてます(笑)
ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州ラバナキア平原 獣国軍本陣ーーー
両腕と首を失った獣国軍の総大将ゾード・ガッフェルの体が地面へと落ちてゆく。
体から吹き出した血が水溜りを作り、その中に驚愕の表情で固まったゾードの頭が浸っている。
周囲の獣国兵達は有り得べからざる事態に放心し、アレク達を遠巻きに囲いながら身動きが取れない。
アレクはサーベルに付いた血を拭い、血溜まりに転がるゾードの頭を、常と変わらない冷めた眼で見つめる。そしてサーベルを持っていない左手が、無意識に顔の包帯を、その下に隠された傷痕を撫でる。
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『塵芥屑風情が…誰の許可を受けてこの私に剣を向けている』
四年前、顔面を切り裂かれ、無様に敗北した記憶。
『ハハハハハ、ざまぁないなぁウォーカー家のクソガキ!!
貴様の兄のせいで私の息子は死んだんだ!! もっと無様に泣き叫んで私を愉しませろ!!』
首だけになった兄と祖父、そして家臣や領民達の前で全身を死なない程度に切り刻まれ、裏切り者の伯爵に嬲られた屈辱の記憶。
『ギャハハハ、こいつまだ生きてやがるのかよ!』
『可哀想にな~、折角逃げられたのにわざわざ帰ってくるなんてよぉ』
援軍を要請するために、領地を護るために戦う兄達を残して連合王国軍の基地に向かった。だが彼らもまた、獣国軍の侵攻から基地を守るのが精一杯で、援軍など送られなかった。
たった一人で、それでも故郷を、家族を護るために戻った先で見たモノは、燃え上がる自分が生まれ育った屋敷。そして故郷の街の広場に積み上げられた首のない死体達と、首だけになった兄と祖父、そして領民達。
敵の将軍に斬りかかり、返り討ちにされ、全身を膾切りにされ、ゴミのように打ち捨てられた。
『おい伯爵様のご命令だ。このゴミも纏めて焼いちまえとよ』
『ギャハハ、そうだいいこと思いついたぜぇ、せっかくだからよぉ、寂しくないように家族と一緒にしてやろうぜ!』
最早まともに動かない体の上に積み上げられてゆく兄の、祖父の、そして護れなかった領民達の体の重さの記憶。
『ちゃんと油まいとけよー』
『わーかってるっての。おーおーよく燃えるなぁ』
『あーしかし勿体ねぇよなー、女子供は屋敷に籠もってて自分達で火ぃ付けたんだろ?』
『ホントだよな、ここの領主の奥方は美人だって話だから期待してたのによぉ』
『ギャハハ、奇跡が起こってもお前にゃまわってこねぇよ』
『『『ギャハハハ』』』
炎に焼かれ、薄れゆく意識の中で響く、下卑たクズどもの声の記憶。
『殺してやる…全員…兄さんを、義姉さんを、お祖父様を…皆を殺した奴らを全員…必ず殺してやる…!!』
焼かれた死体の山から這い出し、喉を潤すために泥水を啜り、飢えを満たすために屍肉を食らった怨嗟の記憶。
『おいおいズタボロだな…名前は…“ベル”か。志願するのはいいが、あー、死なねぇようにな?』
名前を捨て、過去を捨てて、うだつの上がらなそうな中尉に軍への入隊を志願した記憶。
『おい“ベル”!! 勝手に前に出るんじゃねぇ!! 死にてぇのか…ってお前にゃ言っても無駄か』
戦場で山賊の親玉のような顔の軍曹に怒鳴られながら、敵を殺し続けた記憶。
『ヒャッハー、“ベル”ぅお前強くなったなぁ!! そら飲め飲め、獣国軍の奴らから分捕った酒だ!』
『煙草もあるぜぇ、あいつら好き勝手略奪してやがったみてぇだな』
野盗と変わらないような野卑な兵長達と共に嗜んだ酒や、煙草の記憶。
辛い記憶だけでは無かった。穏やかな記憶も確かにあった。
だが、復讐の炎が消えることは無かった。
『ヒィィ、もう駄目だぁ…こんなのもうどうしようも…ごふぁ!?』
アベラワー防衛戦。スペイサイド州の州都を守る戦いで敗北し、敗走する軍の中で、震え上がって役に立たない気弱そうな少尉を殴って馬とサーベルを奪った。
『
千載一遇の好機だった。今まで影すら踏めなかった憎い相手が、勝ち戦に油断して近づいてくる。例え一人でも、死んだとしても、必ず殺すと誓った相手が。
『な、なんだ貴様…どうやって!? お、お前達私を守れぇ!!』
『伯爵様を守れ!』
『ひ…こいつ矢で撃たれてるのになんで…!?』
周りの落伍兵や逃げようとする敗残兵を纏め上げて獣国軍の本陣に斬り込んだ。ガッフェル将軍は前線に出ていてその場にはいなかった。だが
『や…やめろ、来るな…来るな!! 化け物ぉ!!!』
血塗れになり、何本もの矢で体を貫かれながら、それでも奴の護衛を皆殺しにした。途中で豪華な鎧を着た男も斬ったが、殺す前に逃げ出した。
『か、金か? それとも女か!? た、頼む、何でもやるから見逃してく…ギャァァァァ!!』
味方を見捨てて逃げようとする
『ガぁ…ぶふぇ…わ、私を誰だと思っている!! お、おのれぇ…』
『……2年前、ウォーカー領でのことを覚えているか?』
無様に地面に転がる
『ウォーカー…? ああ、あのいけ好かない男の領地か、何故それ…を…いや、お前はまさか…』
『……』
『いや、お前は死んだはずだ。死体の山の下で、焼かれて死んだはずだ!!』
驚愕かそれとも恐怖か。必ず殺すと、自分の経験した地獄を全て体験させると誓っていた相手の顔が無様に歪む。
『た…頼む、見逃してくれ!! 謝る、あのときのことは謝るか…ら…?』
『……もういい』
怒りも憎悪も、達成感もなく、ただ機械的に首を刎ねた。
例えこの男をどんなに痛めつけたとしても、この憎悪は、怒りは、最早何処にも行かないのだと分かってしまったから。
『もう…どうでもいいか』
二年間、復讐の為に走り続けた先で、復讐を果たして、そしてもう何もやりたい事が無くなってしまった記憶。
『お前…アレクか!?』
『ウー…サー…か? 相変わらず…腹が出ているな…』
『うるせぇ!! てかお前何で…ともかく生きてて良かった、本当に…良かった…!』
生き残り、運び込まれた野戦病院で、懐かしい友に再会した記憶。
『アレク君!? ああ…生きていてくれて良かった…本当に…』
『この二年間、ご心配とご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした、従叔父様』
友のはからいで王都へ戻り、生きていた唯一の親族、祖母の実家であり、ウォーカー家のかつての主筋でもあり、家族ぐるみの付き合いのあったボウモア家に、二年間の経緯を説明に向かった記憶。
早世した父の従兄、自身からは従叔父にあたるボウモア子爵の屋敷で、彼がウォーカー領の生き残りの住民を支援してくれていたこと、王都のウォーカー家の屋敷を守っていてくれたことを知った。
『これは君が貰った報奨金だろう、我が家が受け取るわけには』
『いえ、受け取って下さい。借金の補填に足りない分は、僕が必ず…』
復讐の為の戦いで、ボウモア家に借金まで背負わせてしまった。だから復讐で得た報奨金など惜しくは無かった。
最早何も無い自分でも、せめてこの心優しい一家を護るためなら、まだ生きていていいと、そう思えた記憶。
『アレク君、もうすぐレナも帰ってくる。ずっと君を心配してて会いたがっていたんだよ?』
『そう…ですか。ですが僕は…』
『大丈夫、顔が変わっても君は君だろう?』
ボウモア家の一人娘、幼い頃は体が弱く、ウォーカー家に預けられていた少女。幼少のみぎり、彼女から送られた手作りのペンダントだけは、何があっても手放す事は無かった。
『お父様、アレク兄様がここ…に…?』
『レナ…?』
『だ…誰? 嫌…っ来ないで、
全てを捨てて、それでも尚捨てられなかった想いを抱いていた少女に拒絶された…記憶。
『アレクサンダー・ウォーカー少尉、貴様に決闘を申し込む!
貴様が負ければ、この師団から出てゆくといい。ここは貴様のような下賤な貴族もどきが我が物顔で所属して良い場所ではない!!』
何もかもどうでも良くなった先で挑まれた決闘。理不尽だったかもしれない。だが、“利用できる”と内心思ってしまった。
勝とうが負けようが、また前線に戻って、今度は殺すためではなく、何かを残すために戦って死ねると、そう安堵した記憶。
『お前達、何をしている!! 殺せぇ、その男を…息子の
決闘の結末はつまらない物だった。だが、その先で咄嗟に決闘相手を、名前も思い出せない誰かを殺して、自分こそが
『何だだんまりか、つまらん』
『英雄なんて持て囃されてても所詮
冤罪で情報部に拘束され、憂さ晴らし同然の拷問を受けた痛みと失望の記憶。
『例え地獄のような負け戦だろうとも、無様に敗死することは許さない。君には我々が用意した“英雄”として、華々しくなくとも生き抜いてもらうよ? 少なくとも、
己の全てを見透かされ、死に逃げる事すら許されない契約を結んだ。それでも、まだ自分は
『俺に逆らうのならば好きにしろ。だが、命の保証はしない。俺に従うのならば、お前達を勝たせてやる、そして生き延びさせてやる。選べ』
再び戻ったスペイサイド州の最前線で命令に従わない不良兵共を斬り殺し首を晒して、無理矢理部隊を従わせて戦った記憶。
『ベル…じゃなかった、ウォーカー少尉殿、なんとか生き残れやしたな』
『ヒャッハー、アンタに付いていけば獣国の連中をもっともっとぶっ殺せるぜぇ』
かつて共に戦った柄の悪い兵達を今度は部下として従えて、泥沼の戦場を戦い抜いた記憶。
『リゼル・エクトル少尉です、よろしくお願いします中尉ど…ひぃぃあ、あのときの…!?』
かつて殴った情けない少尉が部下になり、自分を怖がりながらも真面目に仕事をするようになり、少しだけ仕事の負担が減ったと溜息をついた記憶。
『いいのかアレク、これ全部換金すれば一財産だぞ?』
『構わない。借金返済分以外は上官への付け届けと、あとは部下に配る酒に充ててくれ、ウーサー』
ボウモア家の負債を返済するために、獣国軍の連中から何度も物資を略奪した。そして思いの外簡単に、借金を返済できてしまった記憶。
『ウォーカー中尉、新しい
『…貴方が直接伝えると言うことは、グランツ大佐絡みですか?』
『ああそうだ。喜べ、もう“英雄”としてのお前はお役御免だ。代りに、我らがリガール家の姫君のお守がお前の仕事だ。丁度あれもお前と同じ大隊を志願したようだしな。ああ安心しろ、もうこれで貴様が死んでも、我々は貴様の家族に不利益は与えん』
下らない天上人共の権力争いから、今更になってようやく逃れられると、そう肩を竦めた記憶。
これでようやく、好きな時に死ねると、そう思ったはずなのに。
『なんだ、結構いい顔してるじゃない』
『……この顔を見てそんな反応をされるのは初めてだな』
傲慢に決闘をとり仕切り、面倒事を増やしたいけ好かない小娘。何故か勝手に馬の世話を手伝い始め、勝手に自分の言葉に罪悪感を感じて、そして勝手に人の顔の包帯を剥ぎ取って、奇妙な事を言い始めた女の、なのに何故だが忘れることの出来ない、大切な記憶。
『…貴方野戦任官の中隊長よね? 何で普通に大隊参謀の仕事もしてるの?』
『…そこの役に立たない少佐より仕事ができるからじゃないか?』
『ええ、文句ばかりで真面目に仕事をしてくれない大隊長よりウォーカー中尉の方が頼りになりますし仕事も正確です』
『…お前ら覚えてろよ!?』
『ねえ貴方本当にウォーカー中尉? その包帯の下に別の人間が入ってたりしない?』
『おいバカやめろ』
ほんの短い間だったのに、不思議とよく思い出す、共に大隊で過ごした穏やかな記憶。
『どうかしら、感謝してくれていいのよ?』
『ああ、助かった。お前は俺達の命の恩人だ。ありがとう』
最早死ぬしか選択肢が無くなった戦場に助けに現れて、嬉しそうに笑っていた、とても綺麗な
『ご苦労だった、中尉。まさか生き残るとはな』
『ありがとう御座います大佐、リガール中尉に救われました』
『…お前に最後の任務《しごと》だ。リガール中尉を無事にこのスペイサイド州の戦場から送り出せ』
『任務了解、ジルベルト大佐殿』
自分を“英雄”に仕立て上げ、戦場に縛り付け続けたモノ達から与えられた最後の仕事。不本意ばかりの仕事の中でそれだけは、やり甲斐があると思えた記憶。
『
恨まれようと、軽蔑されようと構わなかった。この綺麗な
『ありがとう……済まない』
『許さ…な……い』
『……そうか』
何も言わずに、ただの復讐に狂った哀れな男として別れるはずだったのに、無意識に謝罪の言葉を口にしてしまった後悔の記憶。
そして最後の戦場で、磨き上げた己の技量を頼みに、かつて必ず殺すと誓った男を追い詰めて。
『ま、待て待て待て待て待て!! 殺さないでくれ、金か?それとも女か? 何でもやる、だからどうか殺さな…あ…』
命乞いをする相手を、何の容赦も呵責も無く斬り捨てた。
そこには何の感慨も無く、ただ、長くかかった仕事が一つ終わったという気怠さだけが残っていた。
────────
「……思った以上に、何も感じないものだな」
首だけになった、かつて己に消えない傷を刻んだ男の顔を、アレクは冷めた眼で見下ろす。
「大尉殿ぉ、やりましたな!!」
「大尉殿…ありがとう御座います、家族の…妻と娘の仇を…」
「ヒャッハー!! ザマァみやがれ侵略者共がぁ!!」
生き残った部下達が喜色を浮かべアレクに喝采を送る。
アレクはそんな部下達を気怠げに見ながら考える。
(せめてこいつら位は、生きていて帰してやらないとな)
周囲には敵、敵、敵。今は総大将を殺されて放心しているが、もう少しすれば小勢の自分達を殺しにかかるだろう、とアレクは他人事のように考える。
「バグラム、ソレを槍か何かに刺して掲げておけ。連中が混乱している内に離脱するぞ」
「へ、ヘイ!」
部下が拾ってきた薙剣を受け取りながら指示を出す。例え生き残る可能性が低くとも、指揮官の責任として部下に生き残る道を示す為に。
「大尉、急ぎやしょう。そろそろ敵さんが殺気立ってきやしたぜ」
「ああ、そうだ…っ防げ!!」
部下達が慌ただしく隊列を整えた矢先、四方から矢の雨が降る。
「ぐぁ…畜生…」
「ぃ…くそ、馬が…」
咄嗟に全ての矢を叩き落したアレクを除き、矢の雨を受けたアレクの部下達は負傷するか、運の悪いものは致命傷を負い倒れる。
気がつけばアレクを逃さないように、黒い装束に身を包んだ騎兵達が周囲を囲んでいる。
そしてその騎兵達の中から、一人の連合王国人が進み出る。
「見事なものだな、アレクサンダー・ウォーカー。まんまと騙されたよ」
“パチパチ”と拍手をしながら、連合王国を裏切り帝国へ仕えた“復讐者”、スバイテイン・バルバロスがアレク達の健闘を称える。
「まさか本当にガッフェル将軍を殺してのけるとはな。殿下の予想が当たったよ、獣国軍の無能共では貴様は殺せないとな」
今は味方であるはずの獣国兵を蔑みながら、スバルテイルはニヤニヤと嫌らしく笑う。
「だが貴様の悪運もここまでだ。まさかここ包囲から逃れられると、思ってはいまい?」
会戦の一日目以降、戦場を離れていたアレク達は知らない。彼らを包囲する“黒狗隊”達が、獣国軍を奇襲しようとした連合王国軍の部隊を寡兵で殲滅した事も、アレクの部下であるガラクタ中隊を嬲り殺しにしたことも。
だが、歴戦の戦士であるアレク達は、その黒装束の騎兵達が生半可な相手ではないことを即座に理解する。
「チッ…」
「大尉殿…ありゃ…」
負傷しながらも戦意を維持するアレクの部下達の顔には最早、先程までの歓喜の色は無い。
「諦めたまえ、勇敢な連合王国の兵士達。貴様らも、貴様らの頼りになる“英雄”も、今日、ここで死ぬ」
それはありふれた復讐の結末。復讐者は復讐者を生み出し、例え復讐を果たしても惨めに野垂れ死ぬ。
「…ここまでだな」
誰にも、部下たちにも届かないほど小声でアレクが呟く。
気怠げに、最早死ぬことも何もかも、どうでも良さそうに。
溜息をつきながら、それでもアレクは、最後まで自分の責任を果たす。
「バグラム曹長、負傷者を回収しろ。俺はあの裏切者の首を切りに行く。お前らはその隙に囲みの薄い部分をなんとか突破しろ」
「そいつぁ…いえ、貴方にカナンの騎士の加護があらんことを…大尉殿」
「ああ、ここまでご苦労だった。生き残れよ、
「お前もな…
この戦場で最も付き合いの長い、かつて自分を兵士として鍛えた男に別れを告げて、アレクは薙剣を構える。
「ハハハハハ、遺言は考えたか? 安心しろ、お前だけはすぐに殺さず、手足を切り落としてじっくりと苦しめながら殺してやる!! 伯爵様や仲間達にあの世で詫びるがいい!!」
「悪いな、顔も覚えていないからあの世で会ってもきっと誰か分からない」
「…死ね」
スバルテインが右手を掲げると、周囲の黒狗隊の騎兵達が弓を構える。斬り込んでくるアレクを確実に矢で射殺すために。
「…悪いなベルガ、お前には最後まで付き合ってもらうぞ」
愛馬の首を優しく一撫でし、アレクはタイミングを図り、合図のために呼吸を整える。
そして、アレクとスバルテイルが同時に叫ぶ。
「駆けろ!!」
「殺せぇ!!」
二人の言葉に兵達が反応する瞬間、戦場に変化が訪れる。
「ギッ…」
「ぐぁ…っ」
「ぎゃあっ…!」
”
テンションが上がった結果、気がついたら普段の二倍の文量になっていました。