※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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33話 犠牲の対価

ーーー征服歴1500年9月 ラバナキア平原西部ーーー

 

 時間は少しだけ遡る。

 

 アレク率いる騎兵隊が獣国軍本陣へ突入する前、獣国軍野営地から煙が上がったのを、連合王国軍本陣で指揮をとるアーカイム・オンタリオ中将と彼の幕僚達は確認した。

 

「中将殿…!!」

「ええ、どうやら彼はきちんと作戦を遂行出来ているようですね」

 

 歓喜する幕僚達に、アーカイムもまた安堵の溜息をつきながら応える。

 どうやら味方だけでなく、獣国もまた自軍の後方で起こった異変に気付いたのだろう。連合王国軍の陣を攻め立てていた獣国軍のにも動揺が広がってゆく。

 

「さて、ウォーカー大尉()がきちんと任務を遂行しているのですから、我々もまた作戦通りに動きましょう」

「勿論です。おい、予備隊を全て出せ!! 獣国の連中を防御陣地から叩き出せ!!」

 

 4日間、この瞬間の為に温存し続けた最後の予備隊を投入した連合王国軍は、最終防衛線まで押し込まれていた前線を一気に押し返す。

 

「…どうにか振り出しに戻せましたな」

「ええ…あとはウォーカー大尉()がガッフェル将軍を討ち取ってくれれば、今日を凌いで無事に撤退も出来ます」

 

 アーカイムの言葉に反応して、彼の隣に立つ()()()()()が尋ねる。

 

「勝ちきれはしませんか…?」

「…例えウォーカー大尉がガッフェル将軍を討ち取ったとしても、数の上では獣国軍の方が遥かに上です。混乱から、今日の攻勢は凌げるでしょうが、明日以降はもう保たないでしょう」

「なぜです? 総大将が討ち取られれば…」

「少なくとも、前線で軍を率いている指揮官はなかなか有能です。今は野営地が攻撃された混乱を突いて押し返しましたが、あちらも既に軍を立て直し始めています。例え総大将が討ち取られても、最低限、軍を退かせることは出来るでしょう」

「ですが…」

「…それに、この戦場に居ない帝国の第七皇子はなかなかの遣り手です。おそらく獣国軍の総大将が死ねば、彼が代りにこの地の獣国軍を纏め上げるでしょうね」

「そう…ですか」

 

 その士官は、極力感情を廃した平坦な声音でアーカイムの言葉に頷く。

 

「それに、こちらの被害も甚大ですしね。今は士気が上がっているから良いですが、追撃に移れるほどの余力は残っていないでしょう?」

「はい…」

 

 重ねて撤退する理由を説明するアーカイムに対して、銀髪の士官は不満を、そして不快感を押し殺した声で応える。

 そんな若い士官の心情を察したアーカイムは、()()の不満を言い当てる。

 

「ウォーカー大尉が死を賭して成し遂げる成果がこの程度なことが不満ですかな? ()()()()()()

「……」

 

 会戦3日目の夜半、ラバナキア平原に辿り着いた直後に、軍団長の命令で隔離され、ガラクタ中隊との接触を禁じられたエリカは、監視の名目で本陣に控えていた。

 そして彼女は、かつて共に戦い、一度は窮地から救ったガラクタ中隊が、獣国軍本陣へ辿り着く事も出来ずに嬲り殺しにされてゆく様を見ているしか無かった。ガラクタ中隊の先頭に立つ顔に包帯を巻いた男が馬から引きずり降ろされ、槍や剣で滅多刺しにされる様を見せられた時には、戦場へ向かおうと駆け出したが周囲の兵に抑え込まれた。

 

 そして獣国軍野営地から煙が上がった事で、ガラクタ中隊が全滅覚悟で囮になった事、そしてアレクが獣国軍の後背を突いた事を知らされた。

 

 下手に彼女がガラクタ中隊に接触すれば、アレクの不在が分かってしまい、今日の会戦の推移に支障をきたす可能性が高かったと、軍団長(アーカイム)本人から説明されてしまえば、エリカも納得せざるを得なかった。

 

 だからこそ彼女は、最後に残った疑念を口にする。

 

「…ここを守り切るだけなら、わざわざウォーカー大尉が特攻して、獣国の総大将を殺す必要は無いのでは? 今日までこの地を守りきりたいのなら、それこそ予備隊を温存せずに使い切れば、負けはしなかったはずです」

「ええ、ウォーカー大尉を斬首作戦に使わず、あくまで牽制として活用していても、今日くらいは凌げたでしょう」

 

 エリカの言葉にアーカイムも頷く。そもそも、本来の作戦案では万が一の際にアレクが特攻する以外は、陣地の守りを徹底的に固める予定だったのだ。

 

「ウォーカー大尉に無理をさせた理由はいくつかあります。一つは、難民の避難が予定通りにいくか確信が持てなかったこと」

 

 アーカイムが人差し指を立てる。

 

「そしてもう一つは、この大戦を終わらせるためです」

「大戦を…?」

 

 エリカの宝石のような金色の瞳に困惑が浮かぶ。

 

「ええ。西ではトランバレム公爵家が滅び、それを支援したファガリア王国も打撃を受け連合王国領から撤退しました。北東では帝国はブリュンヒルド要塞を突破できず、ギールマ山脈の東側に青角城を築き睨み合っています。そして獣王国はスペイサイド州の大半を制圧しました」

 

 アーカイムが語る状況は、征服歴1500年9月の時点における大戦の経過。西では連合王国が国土を守り、北東では帝国が強固な拠点を築き、そして獣王国は連合王国から国土を奪った。

 

「少なくとも連合王国は限界です。西では勝ちましたが、内乱で国土は荒れ、治安も悪化しています。北東も要塞を守るなら兎も角、築かれた帝国の城を攻め取る余力はありません」

「ここで手打ちにするべきだと?」

「ええ、そうです。そしてそのためには獣国が、もっと言えば獣国の主戦派であり、スペイサイド州から更に先へ進行しようとしているガッフェル将軍が邪魔です」

 

 国力が限界なのは連合王国だけでなく獣国も同じ。むしろ国力が低い獣国はこの大戦の参加国の中で最も苦しいはずなのだ。それが継戦出来ているのは、連合王国への敵愾心と帝国の支援だった。

 

「主戦派の将軍が死ねば獣国の勢いも緩むでしょう。その上で帝国との交渉が成功すれば、スペイサイド州を放棄する形ですが講和の可能…というのが参謀本部の見解です」

 

 それは本来ならば方面軍上層部のみに伝えられた極秘事項。七大貴族の直系とはいえ、一介の中尉には本来明かされない、戦略の更に先の情報だった。

 

「その為に、ウォーカー大尉を?」

「ええ、むしろ彼はこの事すら想定していたようです。この泥沼の戦争をここで打ち切る一手を。そしてその為には、将軍を殺す人間は()()()()()()()()()()()事も」

「なっ…!?」

 

 エリカが目を見開く。

 

「…獣国の面子の問題です。曲がりなりにも獣国の武官の頂点、八大将軍が討たれるのです。その下手人を取り逃がすのは、軍として問題でしょう?」

「っ…!」

 

 好好爺然とした表情のアーカイムの目に、暗い感情が浮かび、それを見たエリカは畏れを抱く。それは戦場で、必要ならば万の兵達に容赦なく死ねと命じる、冷徹な将の物だった。

 天賦の才を持つエリカですら圧倒されるほどの深く冷たい眼で、彼は未熟な”英雄”を射竦める。

 

「リガール中尉、貴方はウォーカー大尉を()()()()()と言っていましたね?」

「…はい」

 

 老将の冷たい眼に見つめられながら、それでもエリカは黄金の瞳で彼を真っ直ぐに見つめ返す。

 

「彼を助ければ、彼が生きて帰れば、この大戦は続くかもしれませんよ? スペイサイド州から逃げた難民達が、そしてカユシコワ州から西に住む多くの民達が、危険に晒されるかもしれませんよ?」

 

 老将はエリカに言葉を重ねる。

 

「それでも貴方は、ウォーカー大尉を助けに行きますか?」  

 

 エリカは瞑目する。

 

 高位貴族の子女として幼少期から英才教育を受けた彼女は、理性でアーカイムの言葉を理解する。アレクが犠牲になれば、より多くの命が救われる事を。

 たった一人の、誰からも惜しまれることのない士官とその男の率いる大隊にも満たない兵士達の命で、戦争を終わらせることが出来る。

 それは多くの、自身が貴族として、軍人として守らなければならない民にとっては最良の選択で…。

 

「私は…」

 

 エリカは師の、祖父の、そしてアレクの気遣いを無視してこの地まで戻った。アレクを助けると、彼を死なせたくないと誓って。

 

「わたし…は…」

 

 だがその先で、助けようとした相手は、死なせたくないと誓った相手は、“死ぬべきだ”と、改めて味方から宣告されて。

 

「……」

 

 唇を引き結び、俯いたエリカは、ほんの1週間ほど前の記憶を思い出す。

 

 

──────────

 

 最前線の砦を守るアレク達ガラクタ中隊の窮地を、エリカ率いる騎兵中隊が救った翌日。

 まだ太陽が昇る前の、薄っすらとした明かりの中で、傷だらけの男が剣を振っている。

 

 顔の包帯を外し、軍服の上着も抜いだラフないで立ちで、見張り以外は誰も起きていない砦の一角で。

 

 ただ真っ直ぐに、愚直に素振りを行うその姿を発見したのは偶然で、あまりにもひたむきなその姿に声をかけることも出来なくて。

 

『そこで何をしている』

 

 こちらを振り向きもしないでかけられた声に驚いた。

 

『ごめんなさい、迷惑だった?』

『…気にはならないが、休んでいなくていいのか?』

 

 自分こそ、砦の防衛戦で疲れ切っていた筈なのに。

 

『貴方こそ、疲れてるんじゃないの?』

『…日課だからな』

 

 話しながらも、素振りを止めることはなくて。その剣先は、欠片も乱れていなかった。

 

『真面目なのね。貴方あんなに強いのに』

『…俺は才能が無いからな。一日でも訓練を怠れば、何処かであっさり死ぬだけだ』

 

 自分が見た中で誰よりも強い剣士はそう言って、また剣を振る。その姿が、とても綺麗なものに見えて。

 誰よりも多くの人間を殺した彼の剣は、邪念も、憎しみも無くただ真っすぐで。

 

『貴方がそう簡単に死ぬとは思えないけど?』

『死ぬさ、あっさりと』

 

 素振りを続けながら、彼はまるで当たり前のことのように、自分が死ぬことを想定していた。

 

『だから毎日、疲れてても鍛錬を?』

『ああ、そうだな。もう()()だけはしたくないからな』

『…後悔?』

『…もしも戦場で負けて死ぬ時に、出来ることをやらなかったから仕方ないと、そう思いたくないだけだ』

 

 彼はきっとこの時から、いやきっとずっと前から、自分が戦場で野垂れ死ぬと割り切っていて。それでも、彼の太刀筋は欠片も乱れていなくて。

 

 だから、その綺麗な姿が頭から離れなくて。

 その綺麗な姿を、ずっと見ていたくて。

 

──────────

 

「ああ…そっか」

 

 エリカが呟く。

 

「中将閣下、やっぱり私は、ウォーカー大尉(アイツ)を死なせたくありません」

「…彼が生きていることで、多くの民が犠牲になるとしても?」

「…確かに、ウォーカー大尉(アイツ)を見捨てたら、この戦争は終わるかもしれません」

 

 エリカは清々しい顔で、自らの祖父ほどの年代の老将に語る。

 

「でも、助けられた筈の仲間を見捨てた果の平和なんて耐えられません。私は、英雄の末裔(リガール)ですから」

「…?」

 

 エリカの言葉に、長く生きた老将は困惑する。

 そんな老将に、エリカは悪戯っぽく笑いかける。

 

「だってここで、私が、ウォーカー大尉(アイツ)を見捨てたら、初代カナンの騎士(ご先祖様)に顔向けできないじゃないですか」

「…ああ、そうでしたね」

 

 エリカの言葉に、アーカイムは苦笑する。

 

 愛する妻を護るために、三倍以上の獣国軍と戦うことを迷わず決意し、そして勝利してみせた初代カナンの騎士の伝説。連合王国人ならば子供でも知っている英雄譚。

 その子孫が、その先の戦争を言い訳にして仲間を見捨てることなど、出来るわけが無いのだと。

 

「中将閣下、私は行きます。仲間を助けに」

「ええ、分かりました。リガール中尉、貴方にカナンの騎士の加護があらんことを」

 

 アーカイムの言葉に、エリカは敬礼を返して颯爽とその場を離れる。

 “英雄”として、彼女の大切な“仲間”を助けるために。

 

 

 

「…宜しかったのですか?」

「ええ、大問題ですよ」

 

 エリカが去った後、参謀長がアーカイムに尋ねると、アーカイムは楽しそうに答える。

 

「…参謀本部にも、それにリガール辺境伯家にも睨まれますね」

「そうですね。ですが痛快ではないですか。それに…」

「それに…?」

 

 楽しそうに笑っていたアーカイムが、目つきを鋭くする。

 

「ろくな支援もしないどころか、我々の恩人(英雄)をあれだけ貶めて、挙げ句の果に“死ね”と命じた連中が何を言おうと、老い先短い爺には関係ありません」

「フフ、そうですね。まあ参謀本部と、この大戦を防げなかった外務省にはせいぜい苦労してもらいましょう」

 

 老将と、彼とともに四年間苦労し続けた参謀達が笑う。

 

「さて、きちんとリガール中尉がウォーカー大尉を助けに行けるように支援をしましょうか」

「ええ。本営の部隊を出します、宜しいですね?」

「ええ、助けましょう、私達の英雄を」

 

 オンタリオの目線の先には、前線を越えて戦場を駆け抜ける騎兵隊が、そしてその先頭を駆ける銀髪の士官の姿が写っていた。

 

 

 

 

 




考えれば考えるほど生存ルートが削られていく主人公(幸運E)
ヒロインが居なかったら多分この戦場までに死んでるけど、そもそも戦場に居続けないといけなかった遠因もヒロインだったりする。
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