ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州 ラバナキア平原東部ーーー
既に日は沈み、この地で行われた戦いは既に終了した。
両軍は死傷者を回収しそれぞれの野営地へ撤収し、
連合王国軍は撤退の、そして獣国軍は追撃の。
だが、既に殿を残して夜陰に乗じた撤退を開始した連合王国に対して、獣国軍の動きは鈍い。
これは、総大将であるゾードが討ち取られた混乱で獣国軍全体が大きな損害を受けたこと、更にその前段階として野営地をアレクに焼き討ちされていたことで、指揮官は兎も角、末端の兵達の士気が限界まで下がってしまっていたのだ。
それでも生き残ったゾードの参謀や、第二軍、第三軍の将軍達は連合王国を追撃しようとしていたが、そこへ待ったがかかった。
「何故ですか!? 撤退している連合王国の軍を叩きのめしガッフェル将軍の仇を討たねば!!」
「そうです! ここで奴らを打ちのめし、スペイサイド州から避難する難民を奴隷にしなければ何のために我らが戦ったのか!!」
総大将を討ち取られ、兵糧の大半も焼かれた獣国軍首脳部は、後方からゾードの代わりに指揮をとるためにやってきた青麟帝国の将軍であり、皇帝の第七皇子である藍劉貭に向かってまくし立てる。
その無礼な態度に、劉貭はその整った顔を僅かに顰め、現実を見ることの出来ない無能達に通達する。
「本気で言っているのか、お前達。兵糧すら私が運ばせた物で辛うじて賄っているというのに、追撃など出来るわけが無いだろう?」
「連合王国の兵糧を奪えばよろしいでしょう!」
「奪えればな。正直、半数の連合王国相手に4日も手古摺って、兵糧を焼かれ総大将をあっさり殺される連中に、そんな事ができるとは思えんが?」
「な…い、言わせておけ…っガは!?」
劉貭の物言いに激昂した参謀の一人が、劉貭に詰め寄りうとすると、彼の後ろに控えていた護衛がその参謀を斬り殺した。
「ヒっ…で、殿下…何故!?」
「無能な無礼者を処理しただけだ。お前達、自分の立場が分かっていないのか? もし貴様たちが我ら帝国の将兵であれば、無能な上に皇族に口答えするなど一族郎党死刑だぞ? それでなくとも今回の不手際は万死に値する。今ここで全員の首を刎ねない私の寛容さに感謝することだ」
劉貭は怜悧な視線を獣国軍の首脳部へ向けて、改めて命令する。
「撤退する連合王国を本格的に攻撃することは許さん。一度体勢を立て直し、奴らがこのスペイサイド州から撤収するのを待って、この州を占領する。いいな?」
「は…ハハ!!」
「フム、せめてこの程度の仕事位はこなしてくれよ?」
劉貭は尊大な態度で獣国軍の首脳部達を見渡し、彼らを天幕から下がらせた。
そして後ろに控えていた、頭に包帯を巻いた姿のスバルテインに確認する。
「それで? ”顔無し“の死体は確認できていないのだな?」
「はい…誠に申し訳ありません。回収に行こうにも既に日が沈み…」
「ああ、日が昇ってからの捜索は獣国軍に任せておこう」
「な…!?」
劉貭の言葉にスバルテインは驚愕する。
「いくら無能とはいえ獣国軍は味方だ。一応奴らの面子にも配慮してやらねばな」
「そ…それはそうですが」
不服そうなスバルテインに対して、劉貭は言葉を続ける。
「それに、死体は見つからんかもしれんからな」
「…!? 殿下、それは…」
「ああ、お前や“黒狗隊”の報告を疑っているわけではない。だが、奴は二年前、僅かな兵だけで獣国軍本陣に特攻しソレム伯爵とお前以外の護衛を殺し、私の顔に傷を負わせた男だ。崖から落ちた程度で死んでいると楽観したくは無い」
「承知しました。日が昇ればすぐに“黒狗隊”を率いて山中に」
「…いや、お前達は“顔無し”の部隊が奇襲の為に使用した道を逆に辿れ」
劉貭は手を叩き、側近に周囲一帯の地図を広げさせる。
机に置かれた地図は獣国軍が作成した物であり、詳細な地形や主要な街道以外の道は記載されていない。
それでも大まかな位置関係は理解できるため、劉貭は“顔無し”アレクサンダー・ウォーカーとエリカ・リガールが崖から落ちた地点を指で示す。
「“顔無し”はおそらく、山中で“黒狗隊”を撒いた後、自身が奇襲に使用した道を辿って山を迂回し、味方と合流を図ろうとしたのだろう」
「なるほど」
「もしも奴が生きていれば、この道筋を辿る可能性が高い。お前達は夜が明けたら、“顔無し”の通った道を辿って奴の足跡を追え」
「承知しました!」
スバルテインは劉貭に敬礼する。
「頼むぞスバルテイン、お前の執念は本物だ。例え草の根を分けてでも奴を、“顔無し”を探し出し、奴を八つ裂きにしろ」
「必ずや、殿下のご期待に応えましょう」
劉貭の底冷えするような殺意に僅かに背筋に冷や汗を流しつつ、彼と志を同じくするスバルテインは改めて敬礼しその場を辞し、明朝に出発するための準備に向かった。
短いですが、区切りが良かったので今回はここまで。
主人公達の動向は次回。