ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州 ステュクス川ーーー
業火の壁を背に武器を構えるアレクの威圧に、スバルテインと”黒狗隊”は僅かに後退る。だが、スバルテインは復讐心から、“黒狗隊”の隊員達は義務感と、アレクを倒した先にある
そして事前の手筈通り、スバルテインは命令を下す。
「“顔無し”、貴様は確かに強い。我々は最早貴様を
スバルテインが掲げた腕を振り下ろすと、アレクを半包囲していた“黒狗隊”の隊員達の中で、特に騎射に長けた約50人が、一斉に矢を放つ。
帝国に隷属した騎馬民族の末裔である彼らは、連合王国のバランタイン家やリガール家の私兵達と同じく、単純な乗馬技能だけでなく、騎射にも優れている。木だけでなく家畜の骨や腱、金属で各所を補強した合成弓は、小振りで取り回しが良く、威力も短距離であれば
半包囲された状態で、後ろを除く3方向から弓により攻撃されたアレクを、スバルテインは勝ち誇った眼で眺める。一射目で殺し切ることはできないだろうが、動きを止めれば二射目、三射目で仕留めきる事が出来る。その…はずだった。
「……馬鹿な」
「なんだ、たったこれだけか? 俺を殺したいのならあと3倍は持って来い」
目を見開いたスバルテインの視線の先には、放たれた矢を尽く両手に構えた武器で叩き落とした、自身どころか乗っている馬さえ無傷なアレクの姿だった。
「う…撃て!!さっさと二射目を撃て!!」
「矢弾の無駄だぞ…っと」
再び放たれた弓は、やはりアレクの構えた槍とサーベルによって叩き落される。動きを止める目的で、アレクの騎馬であるベルガを狙った弓も、アレクは器用に槍で叩き落とす。
「おいおい、帝国の精鋭が聞いて呆れるな。止まっている的も射殺せないのか。お前達、よく今日まで戦場を生き抜けたな」
「っ…ほざけ!!」
アレクの言葉に激昂した若い騎兵が弓を投げ捨て、アレクへと斬りかかる。
アレクは周囲を警戒しつつ、斬りかかってきた騎兵の腕をサーベルで斬り飛ばし、何が起こったか理解できず呆けるその騎兵の首を刎ねる。
文字通り片手間で騎兵を処理したアレクだが、勢いをつけて突撃してきた騎馬の勢いまでは殺せず、足だけで騎馬を操りなんとか馬を躱すが、体勢が崩れる。
「今だ、斬り込め!!」
血気に流行った若者の無謀な突撃だが、僅かに緩んだアレクの警戒を敏感に察知した“黒狗隊”の隊長が激を飛ばし、抜刀した“黒狗隊”の騎兵達がアレクに殺到する。
「流石に、実質的な指揮官は馬鹿じゃなさそうだ…が、温いな」
アレクは即座に体勢を立て直すと、突撃してくる騎兵の群へ自ら飛び込む。
「な!?」
「グハッ…!」
先陣を切った騎兵を二人、纏めて首を斬り飛ばし、相手の騎馬を避けるのではなく逆に避けさせて騎兵達の中へ割って入る。
「殺っ…!」
「ぎぁっ…!」
「この…がは!?」
「ぐぇ」
アレクは足だけで巧みに愛馬を操りながら、まさか自分から斬り込んで来るとは思わず面食らっている“黒狗隊”の騎兵達の首を斬り飛ばしの、槍で喉を貫き、石突で脳天を叩き割る。
「か、囲め!! 奴は一人だ! 馬を潰して嬲り殺っ…!」
「ぶ、分隊長!!?」
混乱を収めて指示を出そうとした分隊長に、アレクは殺した黒狗隊から奪った剣を投擲し、その指示を無理やり途切れさせる。
無理やり突撃を中断させられ、乱戦に持ち込まれた“黒狗隊”の騎兵の大半は、混乱する騎馬を宥めるのに精一杯になり、暴れまわるアレクにまともに対応出来ない。
「何を無様に混乱している!! 構わん、さっさと射殺せ!!」
「か、監察官殿!? 今撃てば味方に当たります!!」
「それがどうした!! むしろ今ならやつとて矢を打ち払う余裕は無い!! さっさと撃て!!」
不甲斐なく混乱する味方に業を煮やしたスバルテインが、味方ごとアレクに矢を放てと命令を下す。
“黒狗隊”の隊長は逐次たる思いに苛まれるが、真っ当な方法でアレクを仕留める算段が思い浮かばず、結局は言われた通り、味方を殺して回っているアレクに矢を集中させる。
味方を撃つことを躊躇う者がいた事や、アレクが動き回って狙いが定めにくかった事から、最初のニ射ほどアレクに向かって放たれた矢は多くなかったが、それでも“黒狗隊”の隊員達と斬り合うアレクが対応出来ない数の矢が四方から撃ち込まれる。
「獣国にしても帝国にしても、味方に容赦が無いのはお国柄か?」
「いだい…なんで…」
「あ…が…」
矢が放たれるのを察知したアレクは、右手の槍で手近な騎兵を串刺しにし、そしてサーベルを鞘に収めてフリーになった左手で別の騎兵の喉を握りつぶし、その二人を盾代わりにして自身を狙う矢を防ぐ。
「…考えてみたらうちの国も似たようなものか?」
背中に何本もの矢を生やした哀れな騎兵達を投げ捨て、巻き添えで矢を食らった周囲の騎兵達を蹴散らしながら、アレクは炎につつまれたままの石橋の前まで戻る。
「…化物め」
「ふぅ…心外だな、味方を容赦なく巻き込むお前達よりはマシだろ?」
アレクは呼吸を整えつつ、スバルテインの言葉に反論する。
「貴様っ…」
「監察官殿、お下がり下さい」
アレクの言葉に怒鳴り返そうとするスバルテインを、“黒狗隊”の隊長が抑える。
「なんだ、実力じゃ敵わないから声の大きさで勝負でもしてくるのかと思っていたが、お前が相手をしてくれるのか?」
「…アレクサンダー・ウォーカー、貴様は危険だ。このまま戦えば、貴様が疲労で力尽きる前に私の部下達の半分は殺されるだろう」
スバルテインを部下に抑えさせて後方に下げつつ、アレクの煽りを無視して“黒狗隊”の隊長が前に出る。
「第6分隊、
「「ハッ!!」」
隊長の言葉に、彼の後ろに控えていた隊員達が騎馬を降り、懐から丸薬を取り出し、飲み下す。
「アレクサンダー・ウォーカー、貴様は確かに強い。だが、帝国の為、そして我らが主君の為、今ここで確実に貴様を討つ!!」
「どうやら、その体に悪そうな薬に相当自信があるようだな」
アレクはぼやきつつも、油断なく武器を構える。
「シィィィ」
「ビィィィィィ」
丸薬を飲んだ”黒狗隊“第6分隊20名は、明らかに正気を失った眼で、涎を垂らしながら唸り声を上げ始める。
「これは…不味いな」
「行け!!」
明らかにまともな状態でない”黒狗隊“の隊員たちが、アレクと、そして彼の騎馬であるベルガに襲い掛かる。
「チッ、厄介な!」
「アァァァ!!!」
明らかに人間の限界を超えた跳躍力で飛びかかってきた兵士を、アレクは槍で叩き落とし、ベルガに剣を突き立てようとする兵士たちを蹴散らそうとする。
「がァァ!!」
「なっ!?」
ベルカの蹄で踏み潰され、胸部を粉砕された兵士が、まるで痛みを感じないかのように、自身を踏み潰したベルガの前足を掴む。
無理やり動きを止められたベルガに、アレクの防御線を突破した兵達が剣をつきたてる。
「っ…ベルガ!!」
剣を突き刺され、苦しそうな唸り声を上げてベルガが倒れる。
「済まないベルガ、今までご苦労だった…」
愛馬が倒される直前、ベルガから飛び降りたアレクは、ここまで共に戦い抜いた戦友に言葉をかける。
だが、戦友の死を悼む隙さえ無く、薬で強化された“黒狗隊”の隊員たちが地に落ちたアレクに襲い掛かる。
「っ…流石にこれは、キツイな」
地面に落ちた衝撃で、前日折れた肋骨が疼き、ほんの僅かにアレクの動きが鈍る。
「ざァァァ!!」
「マァァァ!!」
よろめくアレクに、明らかに正気を失ってい“黒狗隊”の隊員達が斬りかかる。
「チッ…明らかにまともな人間の膂力を超えているな」
まともに受ければ剣が折られ、そのまま鎧ごと肉体を切り裂かれそうな重みのある斬撃を、サーベルで受け流し、短く持った槍で隊員達の喉を貫きながら、アレクは後退する。
「ッ…ガハッ!?」
そしてついに、20人の薬で強化された“黒狗隊”の隊員を全滅させたアレクの肉体に限界が訪れる。
ラバナキア会戦初日からこの時まで、限界を超えて酷使し続けられたアレクの体が悲鳴を上げる。最初に音を上げたのは、骨折した肋骨によって損傷し、その上で限界まで稼働し続けた彼の肺だった。肺腑が破れ、肺の中に溜まった血が、アレクの喉から溢れ出す。
どれほど頑強であろうと、鋼の如き精神を誇ろうと、そもそもまともに呼吸の出来ない状態では、まともに立つことさえままならない。
地面に膝をつき、槍を支えに辛うじて立ち上がろうとするアレクに留めを刺さんと、“黒狗隊”の分隊長の一人が、部下を率いてアレクに突撃する。
「“顔無し”…悪いが死んでもらうぞ!!」
辛うじて立ち上がったアレクの眼前に、“黒狗隊”の騎馬が、アレクを轢き潰す寸前まで迫っていた。アレクの目と鼻の先に、戦闘で興奮した馬の、獰猛な瞳がある。
(ああ、これは死んだな)
アレクは冷静に、自身の死を悟る。
騎馬も失い、肺はボロボロでまともに呼吸も出来ない。手足にもまともに力が入らず、こちらを踏み潰そうと迫ってくる馬を避ける事も出来ない。
呆然と、自身に迫る馬を見つめるアレクの脳裏に、懐かしい光景が浮かぶ。
━━それは、幼い頃に兄と共に剣の稽古をした故郷の丘
━━それは、1年間だけ同じ屋敷で過ごした又従姉妹が、別れ際に贈ってくれた木彫りのペンダント
━━それは、学園を首席で卒業した兄が記念にと受け取ったという、王家の紋の入った短剣
━━それは、学園に通っている間住んでいた寮の、雑多な自室
━━それは…焼き滅ぼされた故郷と、首を切り落とされた親しい人達の姿
━━それは、名前を捨て、貌を失い、復讐の為だけに殺し続けた戦場の景色
━━
(走馬灯か…)
次々と思い浮かび、そして消えてゆく過去の記憶に、アレクは他人事の様な感慨しか抱けない。
(碌でも無い人生だったな…まあ、仕方がないか)
懐かしい過去も、苦難と怨嗟の日々だった過去も、死ぬことすら許されない虚無の日々も、これで終わると分かっているのならただの記憶でしか無い。
だが…
━━『なんだ、結構いい顔してるじゃない』
(ああ、これは…)
━━それは、厩舎での記憶。無理やり顔の包帯を剥ぎ取り、無遠慮に顔を覗き込んできた面倒な女の、その輝くような綺麗な瞳に魅入られた…大切な…光景
(最後まであいつは…余計な事ばかりする奴だ)
幸福な過去は色褪せ、ただ死なないために殺し続ける日々に倦み、ようやく楽になれるはずなのに。
最後に思い出すのは、ほんの僅かな期間だけ、共に戦った美しい
(
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目前に“黒狗隊”の隊員の駆る騎馬が迫る。
あとほんの刹那で、ボロボロのアレクの体など撥ね飛ばされてしまうというタイミングで、アレクの瞳に光が宿る。
「死ねぇ!! “顔無し”ぃ!!」
“黒狗隊”の分隊長が、アレクの死を確信して叫び…
アレクは自身を踏み潰そうと突っ込んでくる馬の顔面に槍を叩きつける。勢いに乗っていたことで顔面から胴体まで一気に槍に貫通された馬は、驚愕の表情をした分隊長を乗せたまま絶命する。
アレクはそのまま、馬を刺し貫いたままの槍を振り回し、分隊長と共に突撃してきた騎兵達を弾き飛ばした。
そして、口から大量の血を流し、元々負傷していた右腕からも血を噴き出しながら、
ーーーステュクス川の戦い 第二ラウンド 開始ーーー
主人公無双はあともうちょっとだけ続きます