※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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※前話終盤を加筆修正しました






43話 無貌鬼②

ーーー征服歴1500年 スペイサイド州東部 ステュクス川ーーー

 

 急流のステュクス川に架かる古い石橋。

 アレクがばら撒いた“メーデイアの火”とも呼ばれる特殊な油による炎は、壁としてこの石橋を塞いでいる。

 

 その炎を背に、血塗れの鬼が嗤う。

 

「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか? それともそこで怯えながら、俺が死ぬのを待ってみるか?」

 

 口から血を流し、右腕に巻いた包帯からも血を滲ませながら、自身へ向けて突撃してきた馬を槍で串刺しにし、その馬ごと振り回してみせた()()に、“黒狗隊”だけでなく、彼らの乗っている馬ですら畏れを抱く。

 

「…隊長、馬が怯えて奴に近づこうとしません」

「それはそうだろうな…まさか“薬”を使わずにあそこまでヒトの限界を超えられる人間がいるとは…」

 

 人間であり、鍛え上げられた軍人である自分ですら、眼の前の光景に背筋を凍らせているのだ。元来臆病な生き物である馬ならば、逃げ出していないだけ上々だろう、と隊長は納得した。

 

「副長、お前とお前の隊は監察官殿と馬を連れて下がれ」

「…了解しました」

 

 “黒狗隊”の隊長は馬を降り、彼の信頼する副官に命令を告げる。

 彼に続いて、この場にいる“黒狗隊”の半数以上、約100名が下馬し、自身の騎馬を仲間に預ける。

 遠巻きにアレクを囲んだ彼らを代表して、隊長が進み出る。

 

「青麟帝国特務兵軍団“玄”所属、“黒狗隊”第七大隊隊長ゴルスレン。悪いが、名前のみで名字はない」

「…ヴィーテ・ガスク連合王国陸軍スペイサイド方面軍臨時編成大隊大隊長、アレクサンダー・ウォーカー大尉だ」

 

 ”黒狗隊“の隊長ゴルスレンの名乗りを、アレクは煽ることなく真面目に自身の名乗りで返す。

 

「ウォーカー大尉、改めて貴官の奮闘に敬意を」

「…そう思うのなら、とっとと剣を納めて帰って欲しいんだがな」

「そうはいかん。改めてウォーカー大尉、君は危険だ。万万が一、君が生き残れば、この先帝国の、そして我らが敬愛する藍剴憑殿下の障害となるだろう」

「……買い被りすぎだと思うが?」

 

 敵意ではなく、敬意を持って自信と会話するゴルスレンに、アレクはやや毒気を抜かれ、たかだか強いだけの1士官をここまで警戒するのかと肩を竦める。

 

「…我々”黒狗隊“は、敵国、特に連合王国の()()を殺すことを目的に鍛え上げられた帝国の猟犬だ。かの名高き“カナンの騎士”すらも、我々であれば討ち取る事も容易い…少なくともそれを前提に、我々は己の技量を磨き抜いてきた」

「その割には…俺ごときに大分手古摺っているようだが?」

「ああそうだ。対“カナンの騎士”を想定して練り上げられた連携も、命と引き換えにヒトを越えた力を得る秘薬も、貴様には通じなかった」

 

 アレクの言葉を、ゴルスレンは素直に受け入れる。

 そして隊長は懐から、先程アレクを追い詰めた“黒狗隊”の隊員達が服用したのと同じ丸薬を取り出す。

 

「謝罪しようウォーカー大尉、我々はつい先程まで貴様を、狩るべき“獲物”だと考えていた」

「今は違うと?」

「誇るといい、ウォーカー大尉。我々はこれから貴様を単なる“英雄”ではなく、“カナンの騎士”に匹敵する“大英雄”級の脅威と認定する!」

 

 これから殺す相手に、最大限の賛辞を送ったゴルスレンは、手にした丸薬を飲み下す。

 

「シィィィ…この薬を分隊長以上が…ハァ…使用できるのは“大英雄”級の相手だけ…と…ハァ…皇帝陛下の勅命に…より…ハァ…定められて…いる」

「それは光栄だが…随分苦しそうだな?」

「秘薬…“轟翠丸”…ハァ…命を削り、ヒトを越えた力を…得る…為…に作られ…た…帝国の…切り札の一つ…だ」

 

 冥土の土産か、それとも薬で理性を削られた影響か、アレクの疑問にゴルスレンは素直に答える。

 そして隊長のゴルスレンに続いて、馬を降りアレクを囲む隊員達も丸薬を飲み込む。

 

「この薬の…ハァ…欠点は、馬を操る理性が…なくなる…ハァ…事だ…」

「成る程…ベルガが生きていたら、全力でお前たちが死ぬまで逃げたんだが…」

「諦め…ろ…今は…我々のほうが…ハァ…速い!!」

 

 目を血走らせたゴルスレンが、そして彼の部下たちが、目を血走らせてアレクへと一斉に飛びかかる。

 

「っ…ガハっ…ハァ…少しは休めたか…」

 

 アレクは、喉から溢れた血を飲み下し、間合いを凄まじい脚力で詰める“黒狗隊”の隊員達を睨む。

 

「フゥ…過大ではあるが、俺如きをここまで率直に評価してくれた礼だ…」

 

 アレクは折れた肋骨の激痛を無視して、深く息を吸い込む。

 そして右手にサーベルを持ち替える。そして両腕を大きく開く、隙だらけの構えをとる。

 

「シィィィ…ネェェェ!!!」

 

 アレクの隙だらけの構えを油断か、それとも諦めと考えたか、丸薬を飲み闘争本能のみに支配された“黒狗隊”の隊員達がアレクを四方から斬り刻もっと飛び掛かり…

 

「ヅェ…!?」

「メ゙ァ…!?」

「ゲァ…!?」

「リァ…!?」

 

 四人まとめて、アレクに一太刀で首を斬りとばされる。

 

「な…あ…」

 

 あり得ない光景に、闘う以外の思考を捨て去ったはずの隊員たちの動きが一瞬だけ止まる。

 そして、研ぎ澄まされたアレクの眼は、その隙を見逃さない。

 

「ぅオォォォ!!」

 

 まるで舞うように、”黒狗隊“の中へ分け入ったアレクがサーベルを振るう。アレクの凶刃が閃くたびに、”黒狗隊“の隊員達の腕が、首が、胴が切り離されてゆく。

 

「呆けるなぁ!! 動きを止めて八つ裂きにしろぉ!!」

 

 秘薬によりヒトを越えた力を手に入れたはずの隊員達を、まるで練習用の巻藁の様に斬り飛ばしてゆくアレクの機動に、“黒狗隊”の隊員達はそれでも、隊長の言葉に従い挑みかかる。

 

 ”無謀鬼(怪物)“と“黒狗隊(英雄狩り)”、ヒトを超越した力を振るうモノ達の殺し合いの、幕が上がった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

「馬鹿な…あれは…あれは…!!」

「監察官殿…?」

 

 後方に下がったスバルテインは、騎馬の上から、“黒狗隊”相手に互角以上に殺し合うアレクの姿に、彼の振るう剣の“(フォーム)”に目を見開く。

 

「何故奴があれを…最強の型を…?」

「監察官殿、何かご存知なのですか? 」

 

 目の前で繰り広げられる戦いに震え上がった副官が、同じく震えているスバルテインに尋ねる。

 

「フエルテだ…」

「は…?」

「あれは…カルネアス流剣術第七の(フォーム)“フエルテ”だ…」

「カルネアス流…連合王国で盛んな剣術にはいくつか型があるとは聞いていますが…」

「そうだ…第一の型ラーヴェから始まる七つの型、派生はあるがカルネアス流剣術はこの七つから成る」

 

 帝国に降ったとはいえ、かつては連合王国の伯爵に騎士として仕えたスバルテインは、自身も幼い頃に学んだ剣術の概要を、帝国軍人である副官に語る。

 

「連合王国人は、多少の余裕のあるものなら庶民でもこの剣術を習う。始めは第一の型から、それを習得すれば自身の適性に合わせた型を習得する。私も、護衛騎士として第三の型ディズヴィオと第四の型ゴルベアを修めている」

「…では何故そこまで驚いているのです?“顔無し”習得している型に、そのフエルテがあったというだけなのでは…?」

 

 副官の疑念に、スバルテインは首を横に振る。

 

「あり得ない…第七の型フエルテ、あれは最強の型であり、同時に禁忌でもあるのだ」

「禁忌…?」

「…カルネアス流剣術は元々は未熟な剣士が決闘で負傷するのを防止する目的で作られた、と言われている。だが、時代が経るに連れて、より戦闘に特化した型が生み出されていった」

 

 機動戦特化の第四の型ゴルベアや、攻撃特化の第五の型ソポールは、決闘よりも実戦を意識して作られた型であることが、それを証明していると、スバルテインは語る。

 

「そして三代目カナンの騎士グラッパ・ザーレは、第一から第五までの型を統合した第六の型コンプエストを編み出し、カルネアス流剣術を完成させた」

 

 剣技に限れば歴代最強と謳われる三代目カナンの騎士グラッパ・ザーレ。彼の数多くの逸話の一つこそ、このカルネアス流剣術の完成だった、とされている。

 

「そして…かの騎士が生み出し、そして戦場で好んで使ったのが、第七の型フエルテだ…」

 

 カルネアス流剣術を完成させたをグラッパが、更にその先として求めた最強の剣技。真面目に研鑽を重ねれば一定の水準に至る最優の型(コンプエスト)ではなく、ごく一握りの才能ある強者のみが扱える究極の型(フエルテ)

 

「一切の守りを捨て、攻撃のみに…敵を殺すことにのみ特化した滅殺の型、それが第七の型だ。当然そんな危険な型、決闘で使うことは出来ない。そもそもまともに扱える者など、剣の才に愛された本物の天才だけだ。故にこの型の習得そのものが、連合王国政府と、カルネアス流剣術総本山“練武館”によって厳しく制限されている」

「“顔無し”に習得の許可が下りていたのでは? 業腹ですが奴の剣技は常軌を逸しています」

「それが有り得んと言っているのだ! “フエルテ”を習得できるのは“練武館”の大師範(グランドマスター)とその直弟子のみだと定められている。奴がそのような扱いをされた事など、この二年間無かったはずだぞ!?」

 

 どれほど才能があろうと、カルネアス流剣術の秘奥たる究極の型を一朝一夕で習得など出来ない。アレクにそんな余裕など無かったと、諜報によりアレクの動向を調べ上げていたスバルテインは確信を持っている。

 

「で、ですが監察官殿の見立てが確かなら、奴はその“フエルテ”を使いこなしているのでしょう!?」

「ああ…」

 

 話している二人の目線の先で、アレクは丸薬でヒトを越えた力を手にした“黒狗隊”の隊員達の斬撃を紙一重…どころか薄皮1枚で回避し、回避の動作と連動して隊員の首を刎ねてゆく。

 

 アレクと“黒狗隊”の、人外同士の殺し合いを遠巻きに観察しながら、スバルテインが呟く。

 

「だが…一つだけ分かったことがある」

「…それは一体?」

「お前達“黒狗隊”が、切り札としてヒトを越える力を得る秘薬を持っていることは殿下から聞いている」

「はい…」

「それを使用したお前の仲間たちが何故、“顔無し”に翻弄されているのか、その謎が解けた」

「なんと…!?」

 

 暗い顔で語るスバルテインに、副官が驚愕の声を上げる。

 

「これは私の私見だ…だが、曲がりなりにもカルネアス流剣術を習得し、かつて一度だが“フエルテ”を使用する場面を見た者の意見だ。参考にはなるだろう」

「それは一体…」

「単純な話だ…お前の仲間達が薬でヒトを越えた様に、“顔無し”は、そして“フエルテ”を習得し使用できる一握りの剣士達は、剣を極めることでヒトを超えたのだ」

 

 それはスバルテインが恐怖と畏れ、そして僅かに残った剣士としての憧れにより辿り着いた真相。

 “神殺し”と讃えられた三代目カナンの騎士が辿り着いた、ヒトを越え神すらも弑する剣の頂き。単なる型の踏襲ではなく、その先の…剣技と呼吸、足捌き全ての合一によるヒトの限界を越える術理こそが第七の型”フエルテ“が生み出された目的なのだと、スバルテインは目の前でヒトを越えた力を振るうアレクを見て確信した。

 

「恐らく奴は、”黒狗隊“が秘薬を用いた後の動きを見て悟ったのだ。”フエルテ“の真髄を…」

「な…つまり我らの行動が…?」

「…かもしれん。恐らくだが、“顔無し”はフエルテの動きだけなら元々知っていたのだろう。確かに業腹だが、あの水準の剣士なら、一度見た剣の型を我流で再現できてもおかしく無い。そして“黒狗隊”の動きを見て、秘薬を使わずとも同じ動きが可能だと理解してしまったのだ。

「そ、そんな事が…」 

「…我らは”怪物“を殺すためにここまで来た。だが、我々は想定を越えた”魔物“を、目覚めさせてしまったのかもしれん…」

 

 スバルテインは震えながら、ただ一人で敵に囲まれ、血塗れになりながら剣を振るう魔物(アレク)を見つめる。

 

「…副官、もしもゴルスレン達が全滅したら、奴へありったけの矢を射掛けろ」

「…隊長達が負けると?」

「勝てると思うか…? あれに」

 

 口から血を吐きながら、それでも動きを鈍らせること無く舞うように戦場を駆け、秘薬で強化された隊員達を雑兵の様に屠ってゆくアレクを、スバルテインは指差す。

 

「”フエルテ“は短期決戦にしか使えない型だ。お前たちの秘薬程ではないが、使えばそれだけ消耗する。目前の敵を全滅させ、奴の意識が緩む一瞬が唯一の好機だ…やれ」

「承知しました…直ちに準備します」

 

 副官が、馬を後方に下げた残存の騎兵達に指示を下す。

 

「…”顔無し“、今度こそ…今度こそ貴様の最期だ…!」

 

 

 スバルテインが拳を握りしめ、魔物(アレク)を倒す最後の、そして最大の好機を見逃さないよう、神経を集中させた。

 

 

 

 





想定外に長くなりそうなので、キリのいいところで分割します。



敵を強化しても、本人にデバフをかけても死なないとか、この主人公しぶと過ぎる…
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