1話で終わらせる予定だった話が3話に…
ーーー征服歴1500年 スペイサイド州西部 ステュクス川ーーー
中天に輝いていた太陽が次第に傾き、そしてその輝きを隠すように雨雲が急速に広がってゆく。
元々雨の多いスペイサイド州、しかも晩秋のこの時期は天気が崩れやすい。
血みどろの殺し合いを続けるアレクと“黒狗隊”に、冷たい雨が降り注ぐ。
「ジェアァァ!!」
「ゼェ…ゼェ…っ鬱陶しい!!」
雨が降る前から既に血で泥沼の様に泥濘んだ地面を危なげなく踏みしめながら、アレクは斬りかかってきた敵兵の斬撃を躱し、回避と連動した動きで相手の首を刈り取る。
「ハァ…ゼェ…きりが…ないな…ガハッ…!」
既に何人殺したのか、数えてすらいないアレクだが、100人はいた“黒狗隊”の隊員達は殆ど減っていないように感じられる。
奥の手であるカルネアス流剣術第七の
初めに持っていたサーベルは既に折れ、代わりに殺した“黒狗隊“の隊員から奪った剣を両手にそれぞれ握って応戦しているが、そろそろ手の感覚も無くなってきた。
「コフッ…えぇい、クソっ!」
「ギヘッ…!」
「グッ…捉えたぞ“顔無し”!」
左右から斬りかかってきた敵兵に対して、あえて踏み込み剣の間合いの内側へ潜り込み、左右の手に持った剣で同時に首を斬り飛ばそうとしたアレクだが、左手で斬った相手は狙い通り首を刎ねる事ができたが、右手で斬った相手は、傷の影響で僅かに力加減を誤り、首の半ばで刃が止まってしまう。
首の半ばまでを切り裂かれながらも即死しなかったその“黒狗隊”の隊員は、最後の力でアレクの右腕を掴む。
「くっ…離せ…っ!」
「ヴォぉぉ!!」
「ガァぁ!!」
アレクが掴まれた腕を振りほどく僅かな間、ここまで止まらなかったアレクの動きが止まる。そして秘薬により強化された”黒狗隊“の隊員達は、その千載一遇の好機を見逃さず、捨て身の特攻を仕掛ける。
体ごとぶつかるように突進してくる敵兵を躱し、その首を刈ろうとするアレクに、別の敵兵が斬りかかる。アレクはさらに躱そうとするが、泥濘に足をとられバランスを崩す。
「ぐぅっ…」
「ハハ、やった…っぎ!?」
背中を斬られ血を噴き出しながらも、アレクは自身を斬って勝ち誇る敵兵の首を刎ねる。折れた肋骨を固定するためにきつく巻いていた包帯のお陰で、傷は骨に達してはいなかったので、致命傷には程遠い。
だが、一人を殺しても、秘薬で闘争本能を強化された”黒狗隊“の隊員達の勢いは止まらない。
「動きが鈍った…ハァ…殺せぇ!!」
「ジェァ…足を止めろぉ!!」
血を流しながらも剣を構えるアレクに、死を厭わない”黒狗隊“の隊員達が斬りかかる。アレクの反撃で幾人も首を刎ねられ、腕や胴を斬りとばされるが、既に満身創痍のアレクでは、殺到する全員を返り討ちにするのは不可能だった。
躱しきれなくなった攻撃が、次第にアレクの体に傷を刻んでゆく。
背中だけでなく、肩や脇腹、太腿に浅くない傷を受け、冷たい雨で体温を奪われながら、それでもアレクは剣を振るい続ける。
「ギャッ!」
「バッッ!」
「グベッ!」
斬撃を躱しながら体を回転させ、同時に三人の敵兵の首を刈り取り、アレクは自身を囲う”黒狗隊“の隊員達の壁をすり抜ける。
そして呼吸を整えようと動きを止めたアレクに、”黒狗隊“の隊長ゴルスレンが渾身の一撃を叩き込む。
「ガハっ…っクソ…」
「ゴァァァ!!」
辛うじて右手の剣で受け止めるが、剣を折られ左肩から脇腹までを斜めに切り裂かれ、アレクはついに膝を折る。
そして勝利を確信したゴルスレンが剣を振りかぶり…
「グゥッ!?」
「…悪いな、いくら痛みに鈍くなっても、視界は変わらないんだろ?」
アレクが地面から掬った泥で目潰しをされたゴルスレンは咄嗟に後退し、泥を掬うために
「っ…見事…だ…」
「ああ、お前も…な。強かったよ」
ゴルスレンの最後の言葉に、アレクもまた敬意をもって応えた。
アレクがゴルスレンの体から剣を引抜き、周囲を見渡す。
気がつけば、自分を囲んでいた“黒狗隊”の隊員は隊長のゴルスレンを含め全滅していた。
「ハァーっ…ゼェ……物語だと、ここで味方が助けに来てめでたしめでたし…にならないか?」
「残念だが“顔無し”、貴様に許されている結末は“死”だけだ」
アレクの言葉に、スバルテインは厳かに答える。
彼も含めて、秘薬を飲まずアレクとの殺し合いに参加しなかった“黒狗隊”の隊員達は弓を構え、アレクに狙いを定める。
「お前は先程、自分を仕留めるのなら“三倍”はよこせと言っていたな。三倍とまではいかんが、今の貴様なら、倍の100本の矢であっても、捌ききれないだろう?」
「…さぁて、どうかな?」
アレクは呼吸を整えると、中指と人差し指を立てた左手を前に突き出し、右手の剣を地面と平行に、そして弓を引き絞るように顔の横へと構える。
「第三の
「お前達如きのヘボ矢なら…ゼェ…今でも十分…捌けるぞ?」
「フン…いいだろう、ならば試してみろ!」
スバルテインの声と共に、アレクに“黒狗隊”から放たれた100の矢が殺到する。
「ウォォォォオ!!!!」
アレクは右手に構えた剣で、自身を射殺すべく放たれた矢を叩き落とし、躱し、そして躱しきれず肩を、腕を、足を射抜かれてゆく。
頭や胴などの致命的な部分は辛うじて防いだが、もはやまともに腕も上げられないほど、消耗仕切っている。
「まだ生きているようだが…残念だがまだ矢には余裕がある」
スバルテイン達は新たに弓を番え、体から何本もの矢を生やし、それでも立ち続けるアレクに第2射を放つ。
「っ…グァ…ガァっ…!」
アレクに生える矢がさらに増える。だが、それでもアレクは倒れない。
降りしきる雨の中で、全身から血を流しながら、それでもアレクは剣を構え、戦う意思を捨てていない。
「……化物め!」
そして三度、アレクに100本の矢が放たれ…
「あぁ…ようやく呼吸が整った」
「な…にぃ!?」
アレクの呟くような言葉と共に、”ユラリ“とアレクの姿がブレる。そしてスバルテインの眼前に、矢を切払った体勢のアレクが着地し…
「さて、幕引きだ
「な…やめろォー!」
アレクが再び、両腕を大きく開く独特の構えをとる。
「つれないことを言うな、ここまで人を追いかけ回したんだ。今際の際位は厳かにしろよ?」
「こ…殺せ!! 早く奴を射殺せ!!」
命の危機に、慌てて馬首を反転させて逃げようとするスバルテインに対して、アレクは苦笑を浮かべる。
「フゥ…最後に殺すのが…ゼェ…あんな小物なのは物足りないが…一応指揮官は潰しておかないと…な」
自身に背を向け走り去ろうとするスバルテインへ、アレクもまた駆け出す。全身の筋肉を連動させた、ヒトの限界を踏み越えた加速で、まだ駆け出したばかりでスピードの乗っていない馬ならば余裕で追いつける速度を叩き出し、スバルテインの背後へ肉薄する。
「く…来るな!! 来るなぁ!!!」
振り向いなスバルテインが恐怖に染め上げられた叫び声を上げ…
「これで…っ死んでおけぇ!!」
「嫌だァァァァ!!」
跳躍したアレクが背後からスバルテインを貫き、馬から叩き落されたスバルテインは、そのまま重力に従って墜落し、アレクの剣で地面に縫い留められた。
「あっ…がぁ…嫌…だ…死にたく…な…い…」
「ゼェ…ゼェ…今まで運良く生きてこれたんだ…ハァ…お前はそのツケが回ってきただけだ」
「あ…あぁすみません伯爵さま…若さま…殿…下……」
二年間、祖国を捨て帝国に臣従し、復讐の為に生き続けた男は、復讐を成し遂げること無く、かつて見殺しにした主君と、そして自身を助けてくれた恩人に謝罪しながら、その生を終えた。
「か…監察官殿が…」
「おい…誰かあいつに止め刺せよ…」
「む、無理だろ。隊長も監察官殿も死んで…」
そして指揮官を失い混乱する”黒狗隊“を、立ち上がったアレクが”ジロリ“と睨む。
「ヒィ…に、逃げろぉ!!」
「化け物だ、あ、あんな奴と戦うなんてもう嫌だ!」
「な、待て貴様ら、逃げるな!!」
一人が恐怖に駆られれば最早止めることは出来ない。
隊員の半数以上をたった一人の化物に殺された”黒狗隊“は、副長や残っている分隊長の静止も聞かず、来た道を逃げ帰って行った。
「………ふぅ」
”黒狗隊“の撤退を見届けたアレクは溜息をつくと、仰向けに地面に倒れる。”ドシャリ“と、雨で泥濘んだ地面がアレクを受け止め、全身が粉々になりそうな激痛が走るが、アレクにはもううめき声を上げる体力も残っていない。
雨が降り注ぐ空を見上げながら、アレクは全身から血が失われ、体が冷たくなってゆくことを自覚する。
「あぁ…」
次第に手足の感覚が無くなり、視界も暗くなってゆく。
疲れ切り、ぼんやりと夢と現実が入り交じる頭で、最後に思い浮かべだのは、宝石のようにきれいな金色の瞳と、輝くような銀色の髪で…
「死にたくない…な」
口から漏れた言葉は、奇しくも彼が最後に殺した相手と、同じ言葉だった。
━━━ステュクス川の戦い━━━
勝者 アレクサンダー・ウォーカー