ーーー西● 20☓☓年 ???ーーー
瓦礫の山、元々は何かの研究施設のあったであろうその場所は、何か強大な力によるものによって破壊の限りを尽くされていた。
瓦礫の上に、一人の男が仰向けに倒れている。
その男は左肩から右の脇腹までを斬り裂かれ、一目で致命傷と分かる重傷を負っている。溢れ出た血が男の横たわる瓦礫を赤く染めている。
手足を動かす力も失い、死にゆく男の上半身を、涙を流しながら少女が抱き上げる。
「━━っ! ━━━!」
死の淵にある男の耳には、もはやその少女の悲痛な叫びは届かない。男のぼやけた目では、もはや少女がどのような顔立ちをしているのか、どんな髪色をしているのかさえも分からない。
男は戦いに勝利した。自身を抱きかかえて涙する少女を守り切った。そして今、全ての因縁にけりをつけて、その命を終えようとしている。
男は自身の決断に、そして辿り着いた結末に満足していた。後悔は無い。たとえ時間を遡り、やり直す機会を得たとしても、きっと同じ選択をする。
だが、そんな彼がその短い生の最期で、唯一未練があったとしたら…。
「━━…、━━!」
死にゆく自分を必死に助けようと、自分の手が血で汚れるのも構わず血をとめようと足掻き、それが叶わず涙する少女の涙を、拭ってやる事も出来なかった事…
「━━!」
男の視界が暗くなってゆく。腕を上げることも、声を上げることも出来ず、護りきった少女の腕の中で、護ると誓った少女の涙を止めることだけは出来ずに。
(この生に悔いは無い…だが、もしも
かすれゆく意識の中で、最後に男が願った想いは…
━━━━━━━━━━━━
ーーー征服歴1500年 スペイサイド州西部 ステュクス川ーーー
降っていた雨は、いつしか止んでいた。
全身に傷を負い、血塗れになったアレクは、薄れゆく意識の中でぼんやりと、自分の死を悟る。
(これはもう、どうにもならないな)
戦争が始まって四年、死にかけた事は何度もある。家族と領民の死体の山の下で火に炙られた時、深手を負い、最早助からないと戦場に打ち捨てられた時、復讐を果たす為に敵軍の本陣へ斬り込み、負傷と疲労で倒れ伏した時。
他にも枚挙に暇がないほど何度も死にかけ、その度に辛うじて生還し続けたが、今回こそ流石に無理だと、アレクは既に感覚が無くなった手足や、まともに呼吸も出来ない肺を確認しながら考える。
(死にたくない…そう思った時にこそこうなるとは、つくづく俺は運が悪い)
アレクは自嘲する。短い人生だったが、少なくともこの戦争が始まってから今日まで、自分の願いがまともに叶った事など無かったなと、今更ながら巡り合わせの悪さに、口元が皮肉げに歪む。
(たがまあ、結末は意外と悪くない…か)
復讐の為に戦い、そして復讐に溺れることも出来ず、ただ強いだけの
不本意で理不尽な命令ではなく、己の意思を貫いて戦えたのだ。敵味方の数多の命を奪い、地獄に落るだろう自分に、これ以上の最期は望めないと、アレクは考えながら、最早まともに見えない目を、空へと向ける。
(もう何も見えないし…聞こえないか)
体の感覚が無くなったアレクは目を閉じる。記憶の中にある、美しい瞳を思い出しながら。
「━━っ! ━━━!!」
薄れゆくアレクの意識が、体を揺すられた事で僅かに覚醒する。冷え切った体を、誰かの温かい手が抱き上げている。
「━━い! 目を━━! ━━!!」
アレクの耳に、誰かの悲痛な叫びが届く。だが、アレクにはもう、その言葉が理解出来ない。
「呼吸が━━…だったら…!」
冷たくなり、生気の失われたアレクの体に、口から何か、温かいモノが送り込まれて…
「っ…ゲホッ…ガハッ…っ!!」
「っ…
目を開いたアレクの視界に、涙を浮かべた
「アレク…、ぅう…」
目を開き、だがその虚ろな瞳に殆ど生気が感じられない事に、金色の瞳の美女は涙を流し…
「ぁ…な……」
「え…っ」
アレクの手が、その瞳から溢れる涙を拭う。
「泣…くな…、
「っ〜!!」
エリカは唇を噛み、涙を堪えてアレクの冷たくなった手を握る。
その手の暖かさが、アレクの死にゆく体に染み込んでゆく。
「わかったわよ…もう泣かないから…だから、あなたも死なないで!!」
「随分…無茶…を……言う…な」
アレクは目の前の美女の無理な願いに苦笑する。
「無茶じゃ無い!! ここまで来たんだもの、一緒に帰るわよ!!」
「そう…か…」
「そうよ!!」
アレクはエリカの、泣き笑いのような笑顔を見て苦笑しながら再び目を閉じる。
「っ!? アレク!!」
「少し…休む…あとは…頼…む…」
そうしてアレクは意識を手放した。不思議と、次に目を覚ましてもきっと、あの美しい金色の瞳と銀色の髪が見られると確信しながら。
〜簡易登場人物紹介〜
死にゆく男 享年:不明
別の世界、別の時代、別の人生を歩んだ名も無き誰か。
死後、輪廻の輪に還った彼の魂は記憶を洗い流され、数多の人生を繰り返した。前世の記憶を保持できるほど魂の格が高いわけでもなく、宿った肉体が前世の記憶を呼び出せるほど質が高くもなかったその魂は、刻み込まれたほんの僅かな未練のみを継承しながら永劫の輪廻を繰り返し続けた。
そして終わりなき転生の繰り返しの果に、その魂の未練は晴らされた。そうしてようやく、彼の、誰にも語り継がれることのなかった物語は完結した。