※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

62 / 228
仕事が洒落にならないくらい忙しく、それに伴い作者のメンタルが死んでたのでなかなか書けませんでした…

遅れてしまい誠に申し訳ありません。





47話 あらたなはじまり

ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 ステュクス川ーーー

 

 雨の影響か、石橋を封鎖していた炎の壁は弱まり、事前にバグラム軍曹が準備していた土を被せることで即座に鎮火し、エリカ達は川を渡った。

 

 煙の影響で川の先が見通せなかった為、警戒しながら渡った先に広がっていた光景は、東方の輪廻教の僧侶たちが説く地獄を体現したものだった。

 

 100を越える人間たちが頭や腕、時には胴体を切り離されて、驚愕と苦悶の表情で息絶えている。そして彼らの傷口から溢れた血が、川沿いの大地を泥濘に変えている。

 気の弱い人間なら、それどころか屈強な軍人達ですら、思わず逃げ出しそうになる凄惨な光景だった。だが、立ち竦むバグラムやエバンスを尻目に、エリカは即座に駆け出した。

 

「アレク!!」

「お、お嬢様!?」

「リガール中尉!?」

 

 エリカの駆け出した先、無惨な屍が打ち捨てられている先に、二人の男が地面に転がっている。

 一人は背中から剣をつきたてられ、まるで昆虫標本のように地面に縫い留められて息絶えている。

 もう一人の男は血まみれで、全身を切り刻まれ、更に体から無数の矢を生やし、仰向けに地面に倒れている。

 

 駆け寄ったエリカは迷いなく、仰向けに倒れている男、アレクの下へと駆け寄り、彼の上半身を抱き上げる。

 

「起きなさい! 目を開けなさい! アレク!!」

 

 だが、瀕死の重傷を負い、全身から血を流すアレクはもうエリカの言葉に反応することは無い。

 

「リガール中尉、これは…もう」

「お嬢様…残念ですが…」

 

 遅れて駆けつけたバグラム達は、アレクの無惨な姿と、最早動いていない胸郭を見て、彼が既に息絶えていると判断した。

 そしてそれは、アレクを抱き上げているエリカもよく分かっている。だが、冷たくなってゆくアレクの体に、僅かだがまだ熱が、そして鼓動が残っていると、彼女だけは感じていたから…

 

「呼吸が出来ていないだけ…だったら…!」

 

 エリカはアレクの、傷だらけで血まみれの顔を見つめる。 

 眼は既に閉じ、生気は感じられない。眠るような穏やかな顔で、アレクは既に意識を手放している。

 

 ここ迄のアレクの辿った道筋を考えれば、今こうして穏やかに、眠るように逝かせてやることこそ、彼にとっては幸福なのかもしれない。ほんの僅かに、そんな想いがエリカの頭をよぎる。

 これからすることは自己満足で、逆にアレクに恨まれてしまうかもしれない。ただでさえ苦しみ続け、苦難の道を歩み続けたアレクに、さらなる試練を与えるだけかもしれない。

 

 それでも…たとえ恨まれたとしても、エリカはアレク(彼女の英雄)を、ここで失いたくなかったから。

 

「…ごめんね、アレク」

 

 エリカは自身の唇を、アレクの唇に重ねる。血と泥で自身が汚れることも厭わず、エリカは自身の吐息を、アレクの体内へと吹き込む。

 

「お嬢様!?」

「中尉殿!!」

 

 周囲から驚愕の声が聞こえてくるが、エリカはそれを無視し、一旦唇を離して息を吸い込むと、再びアレクと唇を重ねる。

 

 エリカの熱い吐息が、アレクの口から喉へ、そして肺へと送り込まれてゆく。傷つき、酷使され、その機能を失いかけた肺は、送り込まれた熱の籠もった吐息(ブレス)を、最後の力を振り絞って取り込み、体を活かすために必要なモノ(酸素)を血液へと送り込む。

 そして辛うじて仕事を続けていた心臓がその貴重なエネルギーを全身へ、特に眠りにつこうとしていた脳へと送り込む。

 

「起きてアレク…お願いだから…っ!?」

 

 エリカが再び、自身とアレクに唇を重ねようとした時、変化が起こる。

 

 

「っ…ゲホッ…ガハッ…っ!!」

「っ…()()()!!!」

 

 口の中に溜まっていた血反吐を吐き出し、アレクが薄っすらと目を開ける。だがその目は虚ろで、生気は殆ど感じられない。

 

「アレク…、ぅう…」

 

 エリカはそんなアレクの姿を見て涙を流す。命は一時だけ繋ぎ止められたかもしれない。けどこれでは結局、彼を苦しめてるだけで…

 

「ぁ…な……」

「え…っ」

 

 ボロボロのアレクの手が、自身の瞳から溢れる涙を拭ったことに、エリカは驚き目を見開く。

 

「泣…くな…、()()()…頼……む…」

「っ〜!!」

 

 エリカは唇を噛み、涙を堪えてアレクの冷たくなった手を握る。氷のように冷たくなったその手に、そしてアレクの体に、少しでも自身の熱を分け与える為に。

 

「わかったわよ…もう泣かないから…だから、あなたも死なないで!!」

「随分…無茶…を……言う…な」

 

 アレクはエリカの懇願に、苦笑するように傷だらけの顔を歪める。

 

「無茶じゃ無い!! ここまで来たんだもの、一緒に帰るわよ!!」

「そう…か…」

「そうよ!!」

 

 エリカの言葉に、アレクはどこか安心したような、穏やかな顔で目を閉じる。

 

「っ!? アレク!!」

「少し…休む…あとは…頼…む…」

 

 

 再びアレクは意識を手放した。そのアレクを、エリカは雛を温める親鳥のように優しく抱きしめる。

 

「ええ…お疲れ様…ゆっくり休みなさい」

 

 エリカの瞳から溢れた涙はいつしか止まっていた。

 不思議と、きっとこれからも自分はこの傷だらけの男と共に過ごせると、確信できたから。

 

 

 

 




本当はこの話、前話と合わせて1話の予定でした。
そのためタイトルは2話前の“えぴろーぐ”と連動しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。