今回はアレクの戦果の補足回です。
ーーー征服歴1500年9月 スペイサイド州西部 ステュクス川ーーー
衛生兵に簡易の治療を施されたアレクは、本格的な治療を行う為に、腕利きの騎兵達の護衛、ついでに強行に同行を志願したエリカと共に一足先に連合王国軍の本隊へと向かった。
残されたバグラム軍曹とエバンスは、戦場となったステュクス川の石橋周辺を、敵兵の逆襲を警戒しながら見聞していた。
「准尉殿、これを」
「これは…お嬢様の槍か?」
「自分には馬を頭から串刺しにしてるように見えるんですが…、こいつぁ多分、大尉殿がやったんでしょうなぁ…」
部下達の報告に、バグラムとエバンスが冷や汗を流す。
他にも、明らかに100を越える矢が突き刺さった地面や、折り重なるように死んでいる
「これ…本当にあの大尉が全員殺ったのか?」
「同士討ちには見えないが…」
「うげ…こいつ喉を握りつぶされてやがる…」
「こっちは両手と首を斬りとばされてるな…」
「本当に人間なのかあの大尉?」
連合王国でも屈指の精鋭部隊である彼らをして、尋常ではあり得ない光景に、これが本当に現実なのか訝しむ者も出てくる程だった。
「おい良く見ろよ、なんだこの痣?」
「ん? …っよく見せろ、これは!!」
“黒狗隊”の死体を確認していたベテラン兵の一人が、異変に気づく。
「フィデック准尉、これをご覧ください!!」
「この痣は…まさか!?」
「あー、准尉殿? 一体何をそんなに驚いてるんでさぁ?」
ベテラン兵やエバンスの驚愕に着いていけないバグラムが、同じく困惑している若い兵達を代表して問いかける。
「…もう30年も前になりますか、私は北域大戦に御隠居様、先代リガール辺境伯閣下の率いる騎兵隊に所属していました」
「…連合王国と神聖ミトラリア帝国、それに青麟帝国の支援を受けた騎馬民族達の戦争ですなぁ。俺はまだガキの頃でしたが…」
「私はあの頃が、騎兵として、そして剣士として全盛期でした。あの戦争で私は、辺境伯閣下の親衛隊の隊員を務めさせて頂いていましたからね」
バグラムの合いの手に、エバンスが懐かしそうに答える。
”北域大戦“、連合王国と北の大国である神聖ミトラリア帝国の領土紛争に、当時新興国家だった青麟帝国が介入した事で、3カ国に加えて周囲の有力な騎馬民族氏族や、果ては西のガルアーク聖王国まで参戦する大戦へと発展した。
この”北域大戦“は、今回の大戦が勃発するまで、連合王国が経験した最後の大戦だった。
「あの戦争の終盤、青麟帝国は劣勢を立て直すため、切り札である特務兵団…”黒狗隊“を含むかの帝国の精鋭部隊を投入しました」
「こいつらみたいな連中が…」
「ええ、純粋に強い“黒狗隊”の他にも、山岳戦や情報戦、それに毒などを用いた特殊戦に特化した厄介な連中に、我々は大いに苦戦させられました」
言葉とは裏腹に、エバンスが声にはどこか懐かしさと、そんな強敵相手に生き残った自負があった。
「…我々リガール家の騎兵達は、奴等相手に一歩も引かず戦い、大半に勝利しました。ですが一度だけ、我らが遅れをとった戦いがありました」
エバンスが表情を曇らせ、顔を青ざめさせながら、過去の己の敗北を、そして恐怖を語る。
「大戦の終盤、我々は青麟帝国に与した騎馬民族の氏族”アグニ氏族“の主力を壊滅させ、その残党を追撃していました」
それは連合王国の最精鋭である彼らにとってなんてこと無い、簡単な仕事だった。逃げる敵を背後から痛め付け、二度と連合王国に敵対出来ない程に追い込むこと。
だが、そうして突出した彼らの前に、ソレが現れた。
「追撃を続け、突出していた私と仲間の騎兵達の前に、
「そいつ等に、追撃を止められたんですかい?」
「……いいえ」
エバンスはバグラムの言葉を否定する。だがその言葉は、苦渋で満ちていた。
「
「…な!?」
バグラムが、そして若年の騎兵達がエバンスの言葉に驚愕する。彼らが戦った“黒狗隊”は、確かに厄介な相手ではあったが、同数どころか10倍の相手を圧倒できる程、恐ろしい相手では無かったはずなのに。
「生き残ったのは私も含めてもごく僅か…後に残された奴等の死体を検分した結果、奴等がある種の薬物を使用していた事が判明しました」
「薬…ですかい」
「はい…命を削り、ヒトを超えた力を得られる青麟帝国、いや恐らく極東の中原に勃興したかつての超大国達が連綿と受け継いできた秘薬の一つでしょうか。少なくとも、それを使用した兵の力は、我々の理解を超えていました」
生き残った騎兵達は、運良く”黒狗隊“達が
「その秘薬を使用した時に奴等に浮き出た“痣”と、この一帯の死体に浮き出ている“痣”は酷似しています。恐らく、少なくともこの一帯の約100人程の“黒狗隊”は、その秘薬を使用したのでしょう」
「……なあ准尉殿、その薬は、使ったら死ぬってぇことでいいんで?」
「ええ。確実ではなく、鍛えた人間なら生き残る者もいるとも言われていますが…」
「その薬は…死ぬ時に勝手に首や腕が切り離されたりは…?」
「そんなオカルトは聞いたことがありませんね…」
エバンス達は、首や腕、時には胴が切離され絶命している数多の
「…バグラム軍曹、私の今の話は他言無用です。大尉殿の戦果として、この状況は報告しますが、秘薬については眉唾ですので」
「……承知しやした。まあ、言っても信じて貰えないでしょうがね」
二人は頷きあう。
少なくとも、一人が連合王国の精鋭騎兵10人以上に匹敵する怪物共が、たった一人の士官に皆殺しにされたなど、まともな感性の人間なら信じないだろうと、二人だけでなく彼らの部下も認識していたから。
その後、残された彼らは戦果報告のため敵の装備や一部の死体を回収後、可能な限り死体を埋葬し、その場を後にした。
後日、その地を訪れた帝国軍の調査隊は、抹殺対象であったアレクサンダー・ウォーカーの死体を確認出来なかったことから叱責された。
また、その後の調査でアレクの生存が確認されたことから、責任者である“黒狗隊”の副長は、彼らの主君である帝国の第七皇子藍劉貭が直々に“処断”した。