8月中になんとかこの章を終わらせたいのに、主人公が不幸過ぎてハッピーエンドが遠い…
ーーー征服歴1500年 ???ーーー
深い眠りに沈んでいたアレクは、胸元にのしかかる重さと、鼻腔をくすぐる爽やかなミントの香りを感じて、その意識を覚醒させた。
「ぅ…っう〜〜!?」
体を動かそうとした瞬間、全身に走った激痛に痛みにかなり強いアレクも思わず呻く。
だが、痛みが気付け代わりになり、ぼんやりとしていた思考がクリアになってゆく。
(確か俺はステュクス川で…いや、確かエリカが…)
瀕死の重傷を負い、半ば諦めかけていたところをエリカに助けられた…所まではなんとなく覚えているが、その後の記憶が無いため、今があの戦いからどの位経過したのか、そもそもきちんと味方の拠点まで辿り着けたのかも分からない。
(それに何か、毛布とは違う重さが…?)
アレクは苦労して、首を曲げて自身の胸元を見る。
次第に曇りが取れてきた視界に、月明かりに照らされて輝く
簡素な、恐らく病院のベッドで寝かされているであろう自身の胸の上に頭を乗せて、スヤスヤと眠っているエリカに、アレクは苦笑しながら、彼女を起こさないよう静かに体勢を戻す。
天井を見上げながら、エリカを起こさないように慎重に自身の身体の状態を確認する。
(両腕…両足…指…全て問題なし。目と耳…それに嗅覚も変化無し)
あれだけの激戦を生き延びながら、未だに五体満足な自身の悪運の強さに、アレクは呆れ交じりに溜息を一つつく。
(声…は止めておこう。呼吸は…まだ痛みはあるがなんとかなる。背中…肩口…それに無数の矢傷、よく生きているものだな)
今回アレクが負った傷の深さと量は、かつてアベラワー防衛戦で、ソレム伯爵を殺した時以上だった。
そういえばあの時も気がついたら野戦病院の簡易ベッドの上だったな…と、最早遥か昔のように感じる2年前の出来事に思いを馳せる。
(あの時よりも待遇がいいのは出世したからか、それとも…)
狭く飾り気が無いとはいえ、個室にベッドの上で寝かせてもらえるなど、最前線では将官でもなかなか出来ない贅沢である。故にアレクは、たかだか1士官が受けるには手厚すぎる厚遇に違和感を覚え、
(さて…)
エリカを起こさないように注意しながら、アレクは首だけを動かし、部屋の入口に目を向ける。
「…目が覚めたようだな」
「ええ、漸く。…今は深夜の筈ですが、休まなくていいのですか?」
もしもこの部屋にアレク以外の人間がいたら、突然闇の中から聞こえた声に、そしてまるで影から浮かび上がるように現れたバーナード・ジルベルト大佐に驚きの声を上げただろう。
だがアレクは、部屋の隅に暗殺者顔負けの隠形で気配を消していたバーナードに特に驚く事もなく話しかけた。
「…生憎と、早めに片付けたい用件が残っていてな」
「そうですか。御愁傷様ですね」
能面のような、表情の抜け落ちた顔で話すバーナードに、アレクもまた無表情に、そして他人事のように応える。
「……貴様に関することだ」
「成る程…自分が目覚めるのを待っていたということですか?」
「
「……」
アレクがごく僅かに目を細める。
「安心しろ、
「そうですか…自分は3日も眠り続けていたと言う訳ですね」
「…いいや、正確には貴様が眠っていたのは一週間だ。貴様は瀕死の重傷でスペイサイド方面軍の陣地に運び込まれ、応急処置をされた後、カユシコワ州にあるこの軍病院へ移送された」
「…死にかけの一士官に随分と手厚い治療をしたようで?」
「方面軍上層部の意向だ。貴様を前線からここまで運んだのも、将官用の高速馬車だよ」
「なるほど…そこまでして
「………
アレクの言葉を、バーナードは一瞬だけ表情を歪めてから肯定する。
「……お前はやり過ぎた。獣国の総大将ガッフェル将軍の子飼いの将軍一人に、ガッフェル将軍本人すら戦場で討ち取り、果ては帝国の切り札の一つ“黒狗隊”の追撃を返り討ちにした。今は情報を制限しているが、既に噂は広がっている。そして厭戦気分の蔓延していた筈の前線が活気づき出した。“
「過分な評価ですね、特に
「ああ、何よりも厄介なのはその
足音も無くアレクのベッドの脇まで近づいたバーナードが、冷徹な瞳でアレクを見下ろす。
「死んでいるのなら、景気のいい事を言う連中も諦めがついただろう。敵国に一矢報いて溜飲も下がり、最終的に負けたとしても面目がついたと」
「だが自分は生き残った。つまり自分は
「そうだ。お前は中途半端に、負け犬共の心に火を着けた」
「ついでに、自分が名門貴族の出身では無いことも、その負け犬連中に評価されているのでは?」
皮肉げに唇を歪めるアレクを、バーナードは苦虫を噛み潰したよう顔で睨む。
「
「雲の上のお姫様が英雄になれば、士気は上がるでしょうが、そのお姫様自身が止めろと言えば騒ぎは収まったでしょうね」
「だがそうはならなかった。
バーナードは感情を殺しきった、冷淡な瞳でアレクを見据える。
「ウォーカー大尉、残念だが
「なるほど…自分が生きていれば、冬期休戦中に行われるであろう停戦交渉に支障をきたすと?」
「そうだ。敵軍にとっては貴様は自軍の総大将を殺した何としても殺さなければならない相手、そして味方にとっては、奪われた故郷を奪還する旗印となりうる。だから、
あまりにも理不尽な、アレクの意思など欠片も考慮される事のない断言を、バーナードは口にする。
「貴様が死んでいれば、敵軍の溜飲も下がり、こちらの軍で景気の良いことを言う者も少なかったはずだ」
「まあ、そうでしょうね」
「…上層部は初め、貴様が治療中に死ぬだろうと考えていた」
「だが最前線の応急処置で自分は死ななかった。だから自分が偶像視されないよう、後方に送った」
「…貴様が移送中や、この病院に到着した後に、そのまま傷の影響で死ぬのならそれで良かった。だが、貴様は死ぬこと無く、それどころか意識こそ戻らないが確実に回復していた」
「意識が戻らなかったのなら、その間に止めを刺してしまえばよかったのでは?」
アレクが皮肉げに提案する。
その言葉にバーナードは忌々し気な顔でアレクではなく、穏やかな寝息をたてているエリカを睨む。
「そこの馬鹿弟子に感謝することだな。
「なるほど。また、命を救われたと言うわけか」
ポツリと呟いたアレクの言葉は、バーナードにも、そして当然だが眠っているエリカの耳にも届くことは無かった。
「それで? 邪魔だったリガール中尉が眠ったのを見計らって、自分を殺しに来た、と?」
「ああそうだ。軍のため、そしてこの国に住まう民達の為にも、この戦争は手仕舞いにしなければならん。その為には、貴様が邪魔だ」
「無駄に武功を挙げて、それでいてどの派閥にも属していない。何の後ろ盾も無く、死んで“悲運の英雄”にでもなってくれたほうが有り難い…本音はこんなところでしょう?」
「…そうだ、それが軍上層部の、そして貴様を今この時まで生かし続けていた
それは、曲がりなりにもここまで、アレクを味方殺しの罪人や成り代わった他国の間者ではなく、役に立つ便利な野戦指揮官として活用し、生かし続けてきたカレウス・グランツとバーナード・ジルベルト、そして彼らが所属するリガール辺境伯家の派閥からの、死刑宣告だった。
因みにカクヨムに投稿した外伝が思いの外好評で困惑しております。
…やはり長文タイトルの方が皆さん読んでくださるんでしょうか?