早く濡れ場を書きたい…
ーーー征服歴1500年10月 カユシコワ州 軍病院ーーー
アレクは、自身に死刑宣告を告げたバーナードの、能面のような感情を排除した顔を見て失笑する。
「フッ、クク…っ痛た、傷に響くな」
「何が可笑しい」
自身の死を告げられ、しおらしくするでも命乞いをするでもなく、不気味に笑い始めたアレクに、バーナードは顔を顰める。
「いや何、わざわざ
「……本音だと?」
今まで笑うどころか、表情を変える事すら滅多に無かったはずのアレクが、傷の痛みに苦しみながら笑っている姿を、悍ましいモノの様に感じながら、バーナードは尋ね返す。
「なんだ、わざわざ言わないといけないのか?」
「…その礼儀を無視した巫山戯た態度を止めろ、不愉快だ」
「自分を殺しに来た相手に礼儀も何も無いだろう。特に、大義名分を盾にしないと、憎い相手を殺す事も出来ない卑怯者にはな」
「ッ…!? 貴様、何を!!」
「何をも何も、2年前にアンタの甥の頸を斬り飛ばしてから今日まで、何度も俺に殺気を向けておいて、今更憎くなんぞ無いなんて言えないだろう? ああ、ついでに今回は、お前らの大事なお嬢様が、俺みたいな何も持たない男にご執心なのが気に入らないのもあるのか?」
アレクがニヤニヤと、侮蔑の籠もった視線と共にバーナードがこれまで隠せてきたと考えていた、アレクに対する憎しみを、そして嫉妬を言い当てる。
「どうした大佐殿、そんな顔するなよ。今から俺を殺すんだろう? 嬉しそうにしろよ。仲間と主君の敵討ちに俺を殺そうとした奴はもっと楽しそうにしてたぞ?」
「っ…なんだ…貴様は
あまりにも、今までのアレクとかけ離れた態度にバーナードは怖れを抱き後退る。
バーナードにとって、アレクは確かに殺したいほど憎い相手ではあった。可愛がっていた甥を、手ずから剣を教えた弟子を呆気なく殺された。確かに甥の自業自得ではあったが、殺した相手はそれを毛ほども後悔することも、懺悔することもなく平然としていた。バーナードの兄であり、殺されたショーン・ジルベルトの父親の様に声高にアレクを殺せと叫ぶことこそしなかったが、誰よりも、アレクが戦場で惨めに死ぬことを望んでいたのも彼だった。
だがアレクは、バーナードの願望とは裏腹に生き残り続けた。甥を殺した剣技で、甥よりも遥かに有能な野戦指揮官として。そして甥がどれほど切望し、努力しても得ることが無かった
だからこそ、軍の上層部、バーナードも所属する王党派から、戦争終結の障害となり得るに至ったアレクの殺害を指示された時、バーナードは逆らうこと無くそれに従った。
容易い仕事だと、その指示を受けた際は考えていた。
バーナードの知るアレクは、生きる気力も無く、ただ指示に従って戦い続けるだけの便利で従順な猟犬だった。半端に有能で、無駄に強いからこそ、戦場で死にはしなかったが、そもそもアレクに“死なずに戦い抜け”と命令したのも自分達だったのだ。万が一、息の根を止める前に目を覚ましても、彼の唯一の弱みを握っている自分達の命令に逆らうことなどあり得ないと、そう考えていた。
それなのに、今バーナードの目の前にいる男は、誰にも悟らせることなく隠していたはずの殺意と憎悪を、そして嫉妬心を言い当てられて困惑し、後退る己を嘲笑っている。瀕死の重傷を負い、身動ぎすることすら苦痛の筈の半死人の分際で。
「おいおい、そんな怯えた顔をするなよ大佐殿。何者も何も、俺は俺だ。単にアンタにわざわざ敬語を使う気が無くなっただけだが?」
「…貴様はもっと無口で笑わない男だと思っていたが?」
「そうだったか? まあ今際の際だ、好きにさせてもらうさ」
傷だらけで元の顔が分からないほどボロボロになった顔を歪ませ、歴戦の軍人ですら怯む異相の男が嗤う。
そこには、寡黙で生真面目な、生気の感じられないやさぐれた軍人の姿は無い。傷だらけで、今まさに死に瀕しながら、己を殺そうとする相手を嘲笑う狂人が、ニヤニヤと唇を歪ませている。
「それでどうするんだ? さっさと殺さないのか?」
「…遺言位は聞いてやるつもりだった。だが、必要ないようだな」
「ああ、今更だろう? 必要な言葉は必要な人間に全て伝えた。わざわざお前ごときに伝言役を任せるつもりもない」
「……」
明らかに挑発混じりのアレクの言動に、バーナードは苛立をを抑えるために拳を握りしめ、深呼吸をして呼吸を調える。
「…抵抗する気は無いようだな」
「流石に無理だな。良かったな、今ならアンタ如きでも俺を殺せるぞ?」
「…狂人め」
バーナードが吐き捨てる様に呟く。今のアレクは確かに、狂っていると言っても違和感はない。そしてそのつぶやきを、アレクは耳聡く聞き取っていた。
「まあそうだろうな。正直色々面倒になったし、下手に生き残っても煩わしいだけだ。最後に嫌いな相手に嫌がらせも出来たし満足だよ」
「嫌がらせ…か」
「ああそうさ大佐殿。ようこそ、復讐の泥沼へ。任務や大義で人を殺すより楽しいぞ? まあ、殺した後に虚しくなって死にたくなるかもしれないが、それは人それぞれだな」
「貴様っ…」
「だからいっただろ、嬉しそうにしろって。アンタは今から憎い相手を自分の意志で、自分の我儘で殺すんだ。国や民のためなんてお為ごかしは使うなよ? アンタはもう、そんな立派な人間にはなれはしないんだからな」
「何故だ…何故今になって…俺を憎んでいるのなら…」
「憎む? ああ、別に憎んではいないさ。単に前からアンタの“自分は傍観者です。陰謀家の親友に巻き込まれて苦労してます”って態度が気に入らなかっただけだ。別に何も無ければ無視したんだが、わざわざ俺を殺しに来たからな。折角だから俺が死んだ後にできるだけ悩んでもらおうと思って色々言っただけさ」
バーナードの勘違いを正し、アレクは顔から笑みを消し、再び真面目な態度をとる。
「さあどうぞジルベルト大佐殿。抵抗は致しません。斬るなり縊るなり好きになさって下さい。手間取ると、リガール中尉が目を覚ましますよ?」
「……未練は無いのか? お前の従兄弟叔父の一家も…」
「無いですね。借金は返済し義理は通しました」
さらりと、悩む様子も見せずアレクが言葉を返す。
アレクの言葉に瞑目し、一度呼吸を整えたバーナードは懐から小さな瓶を取り出し、その中から一粒の丸薬を手のひらに乗せる。
「…一粒で呼吸を止める効果をもつ毒薬だ。貴人が命を断つ時に使われてきた。効果は保証する」
「そうですか。では無駄に苦しまずに済みそうですね。生憎と、まだ腕がうまく動きそうに無いので口に放り込んで下さい」
「本来なら酒に溶かして飲み干すのだが…良いだろう。貴様のために酒を用意してやる程の義理もない」
言葉こそ丁寧だが敬意の欠片もないアレクの物言いに腹を立てる気も失せたバーナードは、指で摘んだ丸薬をアレクの開けた口に近づけ…
「ぅん〜、とっとと…起きなさい〜…」
「な…!?」
「ぐはっ…!?」
アレクの胸の上で寝返りをうち、無意識にかアレクの顎を裏拳で殴ったエリカの手が、バーナードの摘んでいた丸薬を弾き飛ばした。
「ん〜…ってアレク!? 起きてたの!?…え、あ…せ、
「……起きたか」
「
目を覚まし、思いがけない状況に困惑するエリカと苦虫を噛み潰したような渋面をつくるバーナード、そして思いの外いい打撃を食らい、全身の傷に響いて悶絶するアレクという、混沌とした状況が出来上がった。
この章はあと1話で終わる予定です。
…長くなった理由はだいたいアレクのストレス解消(捨て身の煽り)が原因かも?