推敲不足なので暫くしたら修正するかもしれないです
ーーー征服歴1500年10月 王都カルネアスーーー
ヴィーテ=ガスク連合王国の王都カルネアス。
100万を超える人口を誇る連合王国最大の都市であり、王国の政治経済の中心でもあるこの都市には、当然ながらこの国を支える貴族達の屋敷も多く構えられている。
王都を生活の中心とする宮廷貴族だけでなく、王国各地に領地を持つ領地貴族達も、王都の貴族街に屋敷を持つことが一般的だ。
そんな貴族街の一角に、他の屋敷よりも一際大きな屋敷がある。
連合王国でも抜きん出た権力と財力を有する七大貴族の一つ、リガール辺境伯家の屋敷だ。
既に日もくれた夜間、本来なら当主が使用する執務室で、禿頭の老人が難しい顔で手紙を読んでいる。
「ご隠居様、文にはなんと?」
「う~む、
老齢の執事に尋ねられた禿頭の老人、先代リガール辺境伯にして現在本領であるリガール領防衛のために軍を率いてブリュンヒルデ要塞に詰めている現リガール辺境伯とその嫡男の代理として、王都でのリガール家派閥の取り纏めを行っているレオパルト・リガールは溜息をつきながら答える。
「エリカお嬢様がご隠居様とグランツ伯爵の指示を無視して、スペイサイド州のラバナキア会戦に参加したという報告は先日ありましたが…」
「ふぅむ、どうやらあのお転婆娘め、随分と無茶をしたようじゃのお。部隊から逸れたと早馬が来たときは寿命が縮んだわい」
「ご無事に戻ったはずですが?」
「うむ、エバンスの文に詳細が書いてあるが、どうやらこのウォーカー大尉がエリカを先に逃がして“黒狗隊”と殺り合ったようじゃ」
「まさかとは思いますが、それを撃退したと?」
「そのようじゃのう。瀕死の重傷を負ったようじゃが、何とか命は繋いだらしい」
“困ったのぉ”とボヤきながら、レオパルトは執事の淹れたコーヒーを啜る。
「エリカの文にも書いてあったんじゃが、このウォーカー大尉じゃが、ジルベルトの小倅を決闘で殺した男のようじゃ」
「まさか…2年前の?」
「父親のフィニアスが大騒ぎしておったからのお。グランツ家の坊主が上手く収めたようじゃが…最前線に送られて尚生き残っていたようじゃの。…そういえば弱味は握ってあるから裏切ることは無いはずだから、エリカの補佐に使うとグランツ家の坊主とバーナードが言っておったな」
「…お嬢様はその辺りの事情は?」
「手紙の雰囲気からすると気付いておるの。それかバーナードが喋ったかの?」
再び“困ったのぉ”とレオパルトがボヤく。
「せめて
「…ご隠居様、今からでも対処は出来るのでは?」
「そうじゃのう、儂が何かせんでも、既に軍の上層部や派閥の者達が、今の内に排除しようと手を打っておるかもしれん」
「下手をすれば停戦にも影響しかねんからの」
「確かに…報告が正しければこのウォーカー大尉は獣国と帝国に恨みを買いすぎていますね。死んでくれていれば、あちらも溜飲が下がったでしょうが」
「生きていると分かれば、面子の為にもなんとしても殺そうとするじゃろうな。暗殺者を送るか、戦争を継続するか…それとも停戦の条件にウォーカー大尉の首を求めるか…」
「最後に関してはこちらの面子にも関わるのでは? いくら後ろ盾も何も無い一士官とはいえ、むざむざ大功を挙げた人間を生贄になど…」
「そうじゃろうな。じゃが、停戦や講和の条件をつり上げるネタにもなろう。そうなる前に、さっさと殺してしまえば後腐れはあるまい」
淡々と、
そしてレオパルトは冷めたコーヒーを一口飲み、溜息をつく。
「我が家に何の関係も無い士官なら、こんな危険しか無い男はさっさと排除するんじゃがのぉ…」
「…一応、ジルベルト家の子息を殺した相手なのですし、見捨てようが排除しようが、周囲から批判されないのでは?」
「決闘に負けて逆上して斬り掛かってきた相手を返り討ちにしたら、その一族の本家が出てきて最前線に送り込んだ挙げ句、武功を挙げれば邪魔だから殺すか。儂が敵対派閥なら鬼の首を取ったように噂をばら撒いて非難するのぉ。しかも本家の娘はその男に命を救われておるのにじゃ。」
執事の意見にレオパルトは皮肉げに嗤う。
孫娘とその守役の手紙と、事前に得ていた情報から、レオパルトはアレクの状況を正確に把握していた。
元々はスペイサイド州で戦功を挙げたアレクが、ジルベルト家の子息であるショーンや彼の周囲の若手将校からの嫉妬と、革新派の陰謀に巻き込まれて、汚名を着せられた上で殺されかけていた。そして近衛第二師団の参謀長グランツ大佐と、リシャールの叔父でありスペイサイド州へ異動予定だったバーナード・ジルベルト大佐が革新派への対抗札としてアレクの身柄を確保し、彼の身内の借金を盾に、スペイサイド州の最前線で戦わせ続け、挙げ句の果てに生き残る可能性など皆無な、獣国軍本陣への特攻作戦に参加させた。
だが、アレクは生き残り、それどころかレオパルトの孫娘を命懸けで守り通して見せた。
もしもアレクが、単に孫娘を救っただけなら話は拗れなかった。恩人として彼を歓待し、庇護を与えても良かっただろう。だが、派閥の重鎮の子息を殺し、更に現在王党派が苦心して纏めようとしている停戦交渉に水を差す程に過大な戦果を挙げたアレクは、むしろ邪魔な存在として排除しなければならない。この矛盾した現状に、レオパルトは疲れたような溜息をつく。
レオパルトとて、出来れば孫娘の恩人であり、間違いなく当代屈指の優秀な軍人であるアレクを殺したくは無い。だが、アレク一人を生かすよりも、ここで殺してしまった方が派閥としても、そして連合王国としても利益は大きい。故に悩む。若い頃から迅速果断な判断を是とする生き方をしていた彼が、かつて無いほどに。
そしてふと目を上げ、執務室に飾られた古い肖像画を見る。
それは約300年前、
長身の偉丈夫に、美しい銀髪の美女が寄り添うように立っている。金色の目をしたその偉丈夫は、整った顔立ちをしていたが、その顔には左の眉間から右の首筋まで走る
この国で唯一、
肖像画の中の金色の瞳が、まるで自分を咎めているように感じたから。
「まぁ、無理に干渉せん方が良いか。そもそも停戦にしても、革新派と彼奴らの推す“カナンの騎士”候補が強硬に反対しておるしの」
「ジャッカード家のご次男様ですか…」
「儂はあの坊主がカナンの騎士を襲名するのには反対なのじゃが…。連中からすれば、更に武功を挙げて派閥の勢いを増したいのじゃろうからのう…ふむ?」
「ご隠居様?」
「いや何、考えてみれば
”初代カナンの騎士“の子孫として、新たな”カナンの騎士“選定において強い発言力も有するレオパルトは、ようやく悩みに光明の見えたと、皺だらけの顔に僅かに喜色を浮かべる。
「派閥の者達には、ウォーカー大尉に手を出すなと勧告しよう」
「よろしいのですか? ジルベルト家が反発するやも…」
「勧告するのは我が家の息のかかった者達だけじゃ。他の貴族家や、革新派の連中にまでは何もせん」
レオパルトは遠い目で、肖像画を眺めながらひとりごちる。
「それで死ぬのならそれまでの男じゃ。だが…もしもそれを撥ね除けるようなら…」
言葉を切ったレオパルトは、どこか楽しそうな雰囲気で、カップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干す。
「新たな“カナンの騎士”を、この目で見ることができるやもしれんのう」
主人公追放フラグ②
『奇貨居くべし』→達成