※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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第二部王都編開幕です。
…ようやく、本編時空での濡れ場が書けそうなのですが、そこまでたどり着くのが長そう…


52話 面倒な噂

ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアスーーー

 

 ヴィーテ=ガスク連合王国の王都カルネアスの中心にそびえる王城を初めて見た者は、連合王国の国力からするとこじんまりとした城だという印象を受けるだろう。

 建築された当初は、王国の象徴として豪華かつ巨大な王城として建築されたが、建国から100年程経つと老朽化が目立ち、また王城としては兎も角、行政府として使用するには手狭という中途半端な敷地面積しか無かった(これは連合王国の行政府で働く官僚が他国と比較して遥かに多かった為もある)為、王族の生活スペースや謁見等の儀礼的な式典に用いる施設を除いて全て削減する形で建て直しが行われた。

 他国、それこそ超大国である青麟帝国の王城など、小さな都市なら一つ丸ごと収まってしまう程の規模だと言われているが、それに比べれば連合王国の王城は足元にも及ばないだろう。

 その分、維持にかかる経費を削減でき、また外装にも内装にも手間とお金をかけることが出来たため、規模と反比例して見栄えは良く、既に建造から200年近く経ているにも関わらず、輝くような美しさを保っている。

 

 

 そして王城から追い出される形になった行政府達は、元々王城があった地区に加えて、かつて王城のすぐ近くに居を構えていた大貴族たちの屋敷のあった土地を買い占め(地価の高騰により税金を払うのが苦しかった為、大貴族たちが手放した)、内務省や財務省、更に参謀本部など多くの官公庁の為の建物が建てられることとなった。

 

 

 そんな官公庁街のほど近くに、その官庁に務める官僚や軍人の為の宿舎が建ち並んでいる。

 そこに住んでいるのは主に高級官僚や士官の中でも独身の者や、家族が王都の外に住んでいる単身赴任の者達だ。

 

 その中で、陸軍が王都近郊の師団や参謀本部へ務める士官向けに確保している年季の入った宿舎の裏庭で、一人の士官がまだ夜も開けきっていない時間から木刀を降っている。

 

 

「ふぅ…、流石に寒くなってきたか?」

 

 綿のシャツとズボンだけの簡素な服装で、かれこれ1時間近く剣を振り続けていた、顔も含めた全身に醜い疵が刻まれ、一部にはまだ包帯が巻かれている男、アレクサンダー・ウォーカーが独り言を呟く。

 大量の重りをつけた木刀を一旦壁に立てかけ、水筒から水を飲む。鍛え上げられた肉体からは白い湯気が上がり、気温が低いのだと視覚的にもよくわかる。

 

「まだまだ、本調子ではないな」

 

 アレクは火照った身体を解しながら、アレクは自分の退院を許可した軍医の困惑し切った顔を思い出していた。

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 瀕死の重傷を負い、当初の見立てでは全治半年以上と診断されていたアレクは、目を覚ました僅か3日後には自力で立ち上がり、1週間後には病室に持ち込ませたデスクで自身の大隊と、ついでに931大隊の溜まっていた書類仕事を片付けるようになっていた。

 

 そして10月の半ば、戦後処理が終わった臨時編成大隊は解散となり、アレクも大隊長の任を解かれ、立場としては参謀本部預かりとなった。そして軍医からも“傷はもう治ってるけど、普通なら有り得ないから王都でもう一度診てもらえ”と退院許可と王都の軍病院への紹介状を渡された。

 

 傷病休暇と、溜まりに溜まっていた有給休暇の消費も兼ねて王都へ異動したアレクは、王都の軍病院を、”本当に瀕死の重傷を負ったのか?“”狂言では無いのか?“と怪しまれながら、僅か1日入院しただけで追い出されてしまった。そしてそのまま入居を申請していた陸軍の独身寮へと住処を移した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 汗を拭いたアレクは上着を羽織り、鍛錬用の木刀を用具室に返却してから朝食を摂るために食堂へ向かった。

 

 食堂のメニューは基本的に軍の食事と同じものなので、寮に住んでいる者の中には外に食べに行く者も多いが、流石に朝食は寮で摂る者が殆どなため、それなりに混んでいる。

 アレクもまた、食事を盛ったトレーを受取ると、食堂の隅で静かにパンを齧り、スープを啜る。

 そしてアレクの耳には自然と、食堂内の会話が聞こえてくる。

 

「おい…あいつが?」

「酷え怪我だがな…」

「獣国の本陣に斬り込んだらしいぞ?」

「俺は手柄を誇張するのに怪我したって聞いたぜ?」

「ああ、なんでも賄賂でリガール家のお姫様の功績を横取りしたとか…」

「え? リガール家のお転婆姫を救うのに帝国の騎兵を100人は殺したって…」

「ありえねぇだろ。どうせ出世目当てに法螺吹いてんだろ」

「いやだが全身傷だらけだぜ?」

「本当に重傷ならまだ病院にいるだろ。普通に出歩いてる時点で瀕死の重傷なんざ狂言に決まってる」

 

 ヒソヒソと、アレクの姿を見た士官達が噂する。

 アレクがこの寮へ引っ越して一週間経ったが、()()()()()噂話の殆どが自身の戦功へのねじ曲がった評価であることに皮肉げに唇を歪める。

 そして再び、食べかけのパンを齧ろうとした所で、後ろから声がかかる。

 

「お隣、よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ、()()()()()()

 

 アレクは振り向くこと無く答える。そして声をかけた相手もまた、気分を害すること無くアレクの隣の席に腰を下ろし、持っていたトレーを机に置く。

 

「いやぁこの食堂はいつも通り賑やかですね」

「同感ですね。軍機が緩んでるのでは?」

「この位は大目に見ておかないと反発がありますよ?」

 

 お互い目を合わせること無く、淡々と会話をするアレクと”グランツ大尉“と呼ばれた、ヒョロリとした長身と蛇のような細い目、そして知性を感じられる眼鏡をかけた、笑顔の男。

 

「ところで、同じ階級なのですし敬語は不要と言ったはずですよ?」

「こちらは野戦任官の臨時昇進ですので、恐れ多いですよ。グランツ大尉殿」

「出来れば親しみを込めてアトラムと呼んで欲しいのですが」

「名にし負うグランツ伯爵家のお方を呼び捨てにするのは恐れ多いですね」

「跡を継げる目もない四男なので大したものではないんですがねぇ」

 

 アレクも、そしてアトラムも食事をしながら、この一週間繰り返してきたあまり中身のない会話を繰り返す。

 そしてアレクがスープを飲み干し、皿に残っていたソーセージを口に放り込んだところで、今までしなかった話題を口にする。

 

「…で、この作為的な尾鰭のついた噂はグランツ家(あなた方)の差し金ですか?」

()()()()()()()()()()()()()()、残念ながら違います」

 

 

 アレクの問に、アトラムは貼り付けたような笑顔を崩さず答える。

 

「我々も困ってるんですよねぇ。一応、情報部(私の古巣)の一部と革新派が積極的に広めてるみたいですけど…」

「不自然な程、噂に説得力があると?」

「ええ。スペイサイド州でウォーカー大尉、というよりグランツ家(我が家)に敵対的な派閥の情報員は一掃しておいた筈なのに、何で上手いこと、内情に詳しくないと作れないような()()()()()()()がばら撒かれているのやら」

「しかも噂が広まり始めた時期も早すぎる…と?」

「そうなんですよねぇ…正直、無能をさらし続けている情報部(私の古巣)や、スペイサイド州での目と耳を貴方に潰された革新派が噂を広めてるには手際が良すぎますよ」

 

 大戦前は情報部に所属し、現在は閑職に追いやられたという肩書で、組織内部の綱紀粛正を行っているアトラムは、蛇のように細く鋭い目を僅かに開き、アレクの表情を観察する。

 だが、アレクの包帯に覆われた顔と、冷え切った目からは何の反応も得られない。

 

「…あまり考えたくないですが、どうやら内部に帝国と繋がりのある連中が残っているようです」

「無能な役立たずだとは思っていたが、ついでに売国奴まで抱えてるのか、情報部(あのクズ共)は」

「大分風通しは良くなったはずなんですが…いかんせん戦時中で手が回らないんですよねぇ…というか丁寧語が崩れてますよ?」

「おっと…失礼しました、大尉殿」

 

 アトラムのボヤキに、ついつい毒を吐いてしまったアレクは、口調を戻し謝罪する。

 

「まあ兎も角、色んな方面から恨みを買っているウォーカー大尉は、身辺にお気をつけ下さいね?」

「…その自分を監察して、裏切り者(間抜け)を釣り上げようとしている貴方も、気をつけておいた方が良いのでは?」

「ハハハ、肝に銘じておきますよ…ああ、それと」

 

 食事を終え、席を立とうとするアレクに、アトラムは今思い出した事のように、今日この席に座った本当の目的を伝える。

 

カレウス・グランツ准将()からの伝言です。本日、参謀本部の指定された場所まで来いと」

「グランツ閣下は近衛第二師団だったはずでは?」

「先日付けで異動になりました。こちらがデスクのある場所です」

 

 振り向いたアレクに、場所と時間の詳細を記した紙を渡し、アトラムはアレクへ忠告する。

 

「先程の話ではありませんが、身辺にはお気をつけを、ウォーカー大尉。貴方に敵意を向ける人間は、敵国や革新派だけではありませんから」

「ご忠告感謝します、大尉殿」

 

 紙と真摯な忠告を受け取ったアレクは、アトラムに頭を下げると、空の食器の乗ったトレーを返却して食堂を後にした。

 




簡易登場人物紹介
アトラム・グランツ 28歳 大尉

先代グランツ伯爵当主の四男であり、現当主であるカレウス・グランツの異母弟。元情報部所属のエリート将校だったが、大戦勃発前に、貴族派と通謀していた同僚に陥れられる形で閑職に追いやられた。大戦勃発後は、貴族派や帝国に内通していない信頼できる情報将校として、所属は閑職のまま情報部の内偵や綱紀粛正を行っている。2年前にアレクの陥れられた陰謀の詳細をカレウスに伝えたのもアトラムであり、一応アレクの恩人でもある。
現在は何かと周囲が騒がしいアレクの近辺で情報収集中で、割とアレクとの雑談を楽しんでいる。アレクは煙たがっているが、一応恩人でもあるため邪険にもできず、一週間ほど今回のような会話を続けていた。
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