一瞬ですが日刊1位になってテンションが鰻登りになりました(笑)
ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 連合王国陸軍参謀本部ーーー
連合王国陸軍参謀本部の庁舎は、約200年前の王宮及び行政府の諸官庁の再編時、税金対策から王国政府へと寄贈されたバランタイン家の敷地と建物を流用している。
王国最大の権勢を誇りながら、質実剛健を是とするバランタイン家の家訓からか、建物は非常に無骨かつ頑丈に作られており、簡単な改修だけで現在でも使用可能であり、元々屋敷に併設してあった巨大な厩舎や練兵場も、ほぼ当時のまま利用されている。
ただしそのためか、他の大貴族の屋敷を流用した他の官庁と比較しても、目に見えて威圧的で、看板が無くとも“軍事施設”と分かる建物として、官庁街の中心に鎮座していた。
建物の中もある程度手は加えられているが、廊下の構造はほぼ当時のままであり、敵に攻め込まれた際に相手を惑わすためか、非常に入り組んだ、初めてこの建物を訪れる人間にとっては迷路と変わらない構造をしていた。
参謀本部で働く軍人達にとっては迷惑極まりない構造なのだが、建物が頑丈過ぎて下手に取り壊したり改造することもできず、そうこうしているうちに歴史的価値までついてしまい、下手に改造することすらできなくなってしまっていた。
口さがない者は、この参謀本部を“バランタイン要塞城”などと呼んでいるが、一度でもこの建物で迷った者は誰もが首を大きく頷かせるだろう。
毎日のように続出する迷子に、誰も彼もがうんざりはしているのだが、改善の兆しは今のところ皆無だった。
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「……参ったな」
アレクは、スペイサイド州の戦場でも中々しないであろう途方に暮れた表情で、壁に設置された案内板を眺める。
カレウス・グランツ准将から参謀本部へ呼び出されたアレクは、新品の軍服を纏い、参謀本部を訪れた。
悪名高い要塞城の噂はアレクも耳にしていたので、かなり時間に余裕を持って来たのだが、時間を潰そうと喫煙所へ向ったせいで、見事に道に迷ってしまった。
運良く、迷子対策で設置された案内板で現在地を確認したアレクは、見ているだけで頭痛のしそうな複雑に入り組んだ施設の構造を改めて頭に叩き込む。
「ここで毎日働く位なら、最前線に居たほうがましだと思えてくるな…」
下手に地図を覚えるほうが誤認に繋がり危険だと警告されている要塞城の構造を、持ち前の記憶力で正確に頭に刻み込んだアレクは、疲労で鼻の付け根を揉みながら、一番近い喫煙所を目指して廊下を曲がった。
もしも…、アレクが喫煙所へ向かうほど時間を持て余していなければ、そして迷わないように全力で通路を記憶し疲弊していなければ、そしてそもそも、今日この日に参謀本部に呼び出されていなければ、この先の悲劇は防ぐことが出来たかもしれない。
だが、いかにアレクが戦場で“鬼”と呼ばれるほどの実力者であっても、病み上がりでかつ、安全な後方で、常に気を張っている事など出来ない。
故にこれは、アレクサンダー・ウォーカーの生来の運の悪さが巻き起こした、偶然から連鎖した悲喜劇である。
「きゃっ…」
「っと、すまない、大丈夫か?」
廊下の曲がり角を曲がったアレクは、運悪く書類の束を運んでいた若い女性職員とぶつかってしまった。普段のアレクならば人の気配を感じて避けることも出来ただろうが、油断と、この迷宮城の複雑な構造の影響で反応が遅れてしまった。
“学園”の制服を着ている事から、職場体験のような形で参謀本部の業務を手伝っていると推察したアレクは、即座に謝罪し彼女の落とした書類を拾おうとした。
膝をつき、散らばった書類を拾い集め、尻餅をついて呆然としている女性職員に手渡そうと彼女の顔を見た時、アレクの動きが凍りついた。
まだ少女と言っても差し支えない、若い女性職員の容姿は非常に整っていた。背中まで伸びた艷やかな黒髪と、憂いを帯びた緑色の瞳、化粧など必要ないほどの透き通るような白い肌と、薄く口紅の塗られた瑞々しい唇。
ドレスを着て夜会を訪れれば彼女を巡って争いが起こるだろうと、誰もが思うほど美しい少女の顔を、アレクは無言で見つめ続ける。
だが、アレクが動きを止め、声を上げることすら出来なくなったのは彼女の美しさに目を奪われたからではない。
なぜならアレクは、彼女の顔も、声も、幼い頃からよく知っていたから。
そして、最早二度と会うことは無いと、今この瞬間まで信じていたから。
「レナ……か…?」
アレクが震えた声で言葉を絞り出す。その声は、スペイサイド州での彼を知っているものなら誰もが自身の耳を疑うほど、普段の彼とはかけ離れた、弱々しく怯えを含んだものだった。
レナ・ボウモア、彼女はアレクの再従妹であり、戦争で親族の大半を失ったアレクにとって唯一、家族と呼べる少女、
だが、それは最早過去の事でしか無い。2年前、戦場から王都へと帰還したアレクはレナと、彼女の父であるボウモア子爵と再会し、その後は一度も顔を合わせることは無かった。
2年ぶりに再従兄と再会したレナもまた、突然の再会に驚き、そのエメラルドのように美しい瞳を見開き、可憐な唇から弱々しく、声を発する。
「アレク…兄さま」
互いの名を呼び合い、そしてまた沈黙が二人の間を支配する。
アレクもレナも、相手に言いたい事は沢山あった。だが、
アレクが無言で、レナに手を差し伸べる。それは、尻餅をついたままのレナを助け起こそうとしたようにも、かつてのように、実の妹のように可愛がっていた少女の頭を撫でようとしたようにも見えた。
だが、アレクの指先がレナへと触れる直前、変化が起こった。
アレクの傷だらけの手を目にしたレナの瞳に怯えが宿る。
そしてその手が自身に触れそうになった瞬間、レナは無意識にその手を払い、そして叫んでしまった。
「イャァァ、来ないで!
絹を裂くような悲鳴が廊下に響いた。
手を払われたアレクは呆然と立ち尽くした。怯えて頭を抱えるレナを、生気を失った虚ろな目で見下ろす。
アレクが僅かに後退る。だが覚悟を決めて再びレナに近づこうとした時、アレクの視界は反転した。
「大丈夫かいお嬢さん? 安心したまえ、君を脅かす悪漢はこの
金髪碧眼の美丈夫が、怯えるレナの前で拳を振り抜いた体勢で見栄を切る。
「な…え…? にいさ…」
「さあもう大丈夫だ。この不審者はすぐに憲兵に拘束させるよ!」
「ま、待ってくださ…」
自然な動きでレナの手を取り、優しく彼女を経たせたカイトと名乗る男は、レナの困惑を、脅かされた恐怖と勘違いしたのか、彼女を自分の副官である亜麻色の髪の女性士官に任せ、レナを庇うように前に立ち、芝居がかった仕草で、床に倒れたアレクを指差す。
「こんな幼気な少女をここまで怯えさせるとは。貴様、まさか他国のスパイか? おい憲兵、早くこいつを拘束しろ!!」
「待って、違っ…」
「大丈夫、安心して。ジャッカード少佐ならあんな悪漢、簡単に倒してくれるわ」
レナが誤解を解こうと声を上げるが、副官の女性士官は彼女を落ち着かせようと肩を抱き、この場から離れさせようとする。
そして悲鳴を聞きつけて集まった憲兵が、連合王国の”
「ガハッ…!」
「チッ…おいしっかり立ちやがれ」
「おいあんまりイライラすんなよ。あのジャッカード少佐の拳だぜ。そら足に力なんざ入らないだろ」
ふらつくアレクを、憲兵達が乱暴に立たせる。
普段の、それこそスペイサイド州にいた頃のアレクなら、例え不意討ちで殴りかかられたとしても、余裕をもって躱すか、それが出来なくとも衝撃を殺す為に身をひねる程度の事は出来た。
だが、退院したとはいえ全身に負った傷は完全には癒えておらず、更には精神的にも余裕の無い状態だったアレクは、攻撃の予兆に気付くことすら出来ず、
七大貴族の一角、ジャッカード家の麒麟児として幼い頃頃から文武に天賦の才を発揮し、更にその才能に驕らず鍛え上げられたカイトの拳は、アレクの身体の芯に響いた。流石のアレクも一瞬たが意識を飛ばし、膝に力が入らず不様に床へと倒れるしかなかった。
そんな状態のアレクを、憲兵達は乱暴に立ち上がらせ、抵抗出来ないように腕を捻り上げる。
「ぐぅっ…!」
「おい、抵抗するな!」
「グハッ!」
痛みで身じろぎするアレクの動きを、抵抗と認識した憲兵がアレクの鳩尾に拳を叩き込む。その拳は、カイトのものとは比べ物にならない程度の威力だったが、弱ったアレクの動きを止めるには十分だった。
「っ…やめて!」
「お嬢さん、危ないから近寄っちゃ駄目だ。僕の拳を食らっても意識があるんだ、かなりの手練れだよ」
「ええ、離れていましょう。あとは憲兵に任せて」
アレクを痛めつける憲兵達を止めようとレナが涙を流しながら叫ぶが、彼女を被害者だと誤認しているカイトと彼の副官は、アレクを警戒しながらレナを遠ざけようとする。
アレクは朦朧とする意識の中で考えを纏める。これは自身を邪魔と考える革新派や、王党派の高位貴族の差し金か、それともその連中をそそのかしているであろう帝国の間者の陰謀か、と。
だが、革新派の神輿であるカイトの様子から、アレクはこの騒ぎが単なるカイトの正義感によるものだと理解した。そして同時に、そうであるがゆえにアレクの事を邪魔だと考える者達にとっては、幾らでも利用可能な状況だとも理解した。
今ここで憲兵に拘束されれば、何の後ろ盾も無い自分は恐らくあること無いこと多くの罪状を
アレクは生気を失った虚ろな目で、
アレクの視線に気付いたレナが、涙で潤んだ目でアレクを見つめ、何か言葉を発しようとする。だがアレクは小さく首を振り、ぎこちなく微笑んでレナの言葉を封じた。
「兄さ…っ!」
「おい、何を笑っている!!」
「ぐっ…」
その動きを見咎めた憲兵が、再びアレクを殴りつける。
レナはその様子を悲しそうに見つめるが、亜麻色の髪の女性士官に背を押され、ガイドに視界を遮られた。
その様子を、アレクはぼやけ始めた視界の隅に捉え、満足気に唇を歪める。
今ここでレナがアレクを庇ってしまえば、アレクを殴ったカイトや憲兵に恥をかかせることになる。それはレナにとって、そしてボウモア子爵て不幸な結果にしかならない。それならば、例え今ここで捕まることが己の身の破滅に繋がるとしても、自身が泥を被ることが、
ゆえに身体の力を抜き、抵抗の意思が無いことを示す。
その様子を確認したカイトも、そして憲兵達も満足気にアレクを眺める。彼らからすれば、今の状況はか弱い少女を怪しげな悪漢から護った武勇伝の一幕なのだ。
そしてこの茶番劇は、哀れな
“英雄”カイトにとってはなんてこと無い、数ある武勇伝の一つとして記録にも残ることのない、些細な事件として。
アレクは全てを諦め、生気を失った目を閉じようとする。
これ以上、自分を見て怯え、そして悲しむ
閉じようとしたアレクの視界を、銀色の閃光が駆ける。
「おや、エリカ嬢? 久しぶ…ぶへらぁ!!?」
銀色の閃光は、アレクの目の前を駆け抜け、レナを庇うように仁王立ちしていたカイトを、その勢いのまま全力で殴り飛ばした!
「え…?」
「な、カ…カイトー!?」
「おいおい…」
レナもカイトの副官も、そしてアレクも呆然とその光景を、そしてその光景を作り出した、銀髪の美女を見つめる。
カイトを全力で殴り飛ばした
「私の戦友に何をしてくれているのかしら? ジャッカード少佐殿?」
主人公追放フラグ③
『冤罪』→不成立