まだまだ書きたい事が残ってるのでエタりはしない予定ですが、投稿間隔はまた開きそうです。
ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 連合王国陸軍参謀本部ーーー
突然現れ、カイト・ジャッカード少佐を殴り飛ばし仁王立ちするエリカを、その場にいた人間たちは呆然とした様子で注視する。
アレクも、レナも、カイトの副官も、憲兵も、そして騒ぎを聞きつけて集まった野次馬達も、誰もが状況の急変についていけず、沈黙がその場を支配する中、最初に口を開いたのはカイトの副官である亜麻色の髪の女性士官だった。
「エ…エリカ!! 貴様一体何をやっているのか分かっているのか!!?」
「あら、ルリシア様お久しぶりですね。もう軍務に復帰しても宜しいのですか?」
「あ、ああ。娘は乳母に任せて私は
親しげな笑顔を向けるエリカの言葉に、ついつい怒りの矛先を緩めそうになったカイトの副官であり、彼の
「いきなり上官を殴りつけるとはどういう事だ!! 場合によっては軍法会議ものだぞ!?」
ルリシアの言葉に、エリカが顔に貼り付けていた笑顔が溶け落ち、彼女の金色の瞳に冷たい光が宿る。
「あら? 私の戦友を不当に痛めつけた相手に正当な報復をしただけよ?」
「なっ!?」
エリカの凍てつくような冷たい視線に晒されたルリシアは絶句し、半歩後退る。
そして間合いを詰めるかのように、エリカが一歩踏み出そうとした時、エリカに殴り飛ばされたカイトが、周囲の野次馬の助けを借りて起き上がった。
「痛ったたた、ひどいなエリカ嬢。久しぶりに会ったのにいきなり殴りかかるなんて」
起き上がったカイトは、その整った容姿に人好きのする笑顔を浮かべながら、親しげにエリカへ歩み寄る。
「相変わらずお転婆だねエリカ嬢。僕だからいいけど、他の人をこんなふうに殴ったら大怪我だよ?」
カイトの整った容姿は、エリカに殴られて頬を腫らした状態でも、女性も、そして男性ですら魅了するほどだった。
その笑顔が自身に向けられたものではないにも関わらず、ルリシアは頬を染め、周囲の野次馬達に交じる女性士官や官僚、そして一部の男性も、その笑顔に見惚れてしまう。
だが、その魔性ともいえる笑みを向けられたエリカだけは、顔色を変えることすらなく、それどころか淑女にあるまじき舌打ちまでする。
「チッ…もっと強く殴るべきだったわ」
「な、エリカ貴様っ!!」
「あぁいいよいいよルリシア、僕は気にしてないさ。悲しいけどエリカ嬢には妙に嫌われてるからね…」
カイトは自身の副官であり、第一夫人でもあるルリシアをなだめつつ、寂しそうにため息をつく。それだけでも世の女性の大半が思わず慰めたくなるほど絵になる姿だが、エリカは謝罪することも慰めることもなく、冷めた目つきでカイトを睨めつける。
カイトはそんなエリカの態度に気を悪くするでもなく、むしろ親しい友人が悪ふざけをしているのを咎めるかのような態度でエリカに尋ねる。
「しかしエリカ嬢、いきなりどうしたんだい? 一応ここは軍施設だし、冗談でもいきなり上官に殴りかかるのは問題だよ?」
「あら、どうやらジャッカード少佐殿は耳が悪くなったようですね。私が少佐殿を殴った理由はもう言いましたよ?」
カイトの質問に、エリカは慇懃かつ親しみを欠片も感じさせない声音で返す。
エリカの冷え冷えとした態度に戸惑いつつ、カイトは首を傾げる。
「えーっと…確か君の戦友を痛めつけたから、と言っていたけど…誰のことかな?」
「…心当たりはないのかしら?」
「そうは言っても、僕が
キョトンとした顔で、誤魔化しているわけでもなく本心から、自身の行動に陰りなど無いとのたまうカイトに、エリカは冷え切った目を向ける。
そして低い、感情を殺した声音で、ボソリと呟く。
「相変わらず、視野が狭くて独善で…気色悪い」
「…? 何か言ったかな?」
エリカの呟きはカイトにも、そして周囲の他の人々にも届かなかった。
「…いいえ、何でも無いわ。ただ、正義感のお強い少佐殿にご忠告しますが、人を殴る時はきちんと、相手の立場と状況を見極めてからの方が宜しいですよ?」
「エリカ嬢がそれを言うのかい?」
「ええ。私は貴方と違って、冤罪でいきなり相手を殴るような間抜けではありませんので」
「なっ!?」
エリカの冷たく侮蔑の籠もった言葉に、ようやくカイトの余裕のある笑みが崩れる。
「貴方に殴られて、憲兵に不当に拘束されているウォーカー大尉は私の戦友であり、命の恩人です。もしも貴方がまだ、彼をありもしない罪で拘束し、痛めつけるというのなら…」
エリカはその女神の如く整った怜悧な美貌に、静かな怒気を滲ませながらカイトを睨む。
「私は、
腰のサーベルに手をかけながら、エリカは明確な殺気をカイトへとぶつける。
エリカの本気の殺気を受けたカイトは、僅かに後退り、それでも自身の行動に瑕疵が無いとこを示そうとする。
「ま、待ってくれエリカ嬢。君は何か勘違いをしている。僕はそこの彼が女性を襲おうとしていたのを助けたんだ。間違いない! そうだろう、皆!」
そう言ってカイトは、彼の副官であるルリシアや周囲の野次馬達に同意を求める。
「そ、そうだぞエリカ。カイトは叫び声を聞いて即座に駆け出したんだ! この彼女を助けるために!!」
ルリシアが、彼女の後ろで事態の急展開についていけず半ば放心しているレナの背中を押す。
そして周囲の野次馬達も、”俺も彼女の悲鳴を聞いた““ジャッカード少佐が颯爽と駆け抜けるのを見たわ”等とカイトとルリシアの言葉を肯定する。
中には“リガール中尉、いくらジャッカード少佐の気を惹きたいからとそんな事をしなくても”等と的外れかつエリカの神経を逆撫でする言葉を呟く者さえいた。
そんな、エリカ以外はカイトの行動を肯定し称賛する空間で、レナは真実を打ち明けることも出来ず固まってしまう。
そして憲兵に拘束されたアレクもまた、下手な反論は逆効果だと察して沈黙するしか無い。
そんな、味方が一人もいない完全
「あら、それは
「何っ!?」
エリカの自信満々な姿に、カイトは思わず声を荒げる。
その表情を愉快そうに眺めたエリカは、笑みを深めて断言する。
「アレ…ウォーカー大尉は確かに誤解されやすい見た目をしていますが、彼は私が知る中で最も高潔で優れた軍人です。そんな彼が、戦場ならともかくこんな安全な後方で、わざわざ女性を傷つけるような真似をするはずがありません」
「だが…実際彼女は怯えて…」
「大方、傷だらけの彼の姿をいきなり見て怯えただけでしょう? むしろ大事にした上にいきなりウォーカー大尉を憲兵に拘束させた貴方方の方が怖がられいるのでは?」
カイトのの反論をにべもなく切り捨てたエリカは、先程まで浮かべていた不敵な笑顔ではなく、優しく人好きのする笑顔をその美貌に浮かべて、レナへと近づく。
「ねぇ貴女、怖がらずに落着いて、さっきあったことを話してくれないかしら? 大丈夫よ、何があっても、私が守ってあげるから」
そう言って、エリカはレナの手をとり、自分の手で優しく包みこんだ。
エリカの気遣いと優しい笑みに、ようやく事態を飲み込み安堵したレナが、その翠色の美しい瞳に涙を浮かべ、声を震わせながら、このから騒ぎの発端を語った。
「っ…私が、わたしが悪いんです。私が不注意で…
声を震わせ、涙を流しながらレナの語った真相は、エリカの考えた通り、そしてカイト達にとっては自分たちが完全に事情を勘違いしていたと悟らされる内容だった。
エリカは、泣き崩れたレナを優しく抱きしめ、彼女が落ち着くまで背中を優しく撫でる。そして泣き止んだレナにハンカチを渡しながら、“兄さま…?”と今更ながらレナの言動に疑問符を浮かべるが、より優先しなければならない事をさっさと済ませようと後ろを振り返る。
「さてと…憲兵、事情は今の通りよ。さっさとアレ…ウォーカー大尉を放しなさい」
「し、しかし中尉。我々は…」
しどろもどろに、言い訳をしようとする憲兵に、エリカは凍てついた視線を浴びせる。
「私はもう、放せと言ったわよ。貴方達が職務に忠実なのは理解してるわ。貴方達がわざわざ、抵抗していないウォーカー大尉を殴りつけたのは咎めないであげる。だから…とっとと放しなさい!!」
「は…はい!! 失礼しました!!!」
エリカの言葉を受けて背筋を震え上がらせた憲兵達は、即座にアレクを開放し、一目散にその場を駆け去った。
「ぐぅっ…」
「っと、大丈夫だったかしら? アレ…ウォーカー大尉」
いきなり拘束を解かれ、未だにカイトに殴られたダメージが抜けていないアレクがよろめくが、それを予想していたエリカが即座にアレクを支える。
「…ありがとう。助かった」
「いいわ、貸しにしといてあげる」
「そうか…」
「そうよ♪」
エリカと親しげに会話するアレクに、僅かに嫉妬を滲ませながらカイトがエリカへと声をかける。
「…エリカ嬢」
「あら、ジャッカード少佐。
「っ!!?」
あまりにも冷淡なエリカの言動に、カイトは怒りと嫉妬でその整った顔に似合わない醜悪な表情を浮かべる。
「ほら、貴方達も、見世物じゃないんだからとっとと散りなさい」
エリカはカイトを無視して、野次馬達をひと睨みすると、野次馬達はバツが悪そうにその場を離れていった。
カイトはエリカとアレクを睨みつけたまま動かない。
そんなカイトに、エリカは興味なさそうに言葉をかける。
「ジャッカード少佐、この件は貴方の勘違いですが、まあ私が貴方を殴った事も踏まえて、お互い遺恨は無しと言うことで宜しいですね?」
「エリカ、それはどういう事だ!」
「完全無欠の英雄が、勘違いから味方を殴りつけて憲兵に無理矢理拘束させるなんて外聞が悪いでしょう。今回はお互い運が悪かった、と言うことで水に流そうと言うことですよ、ルリシア様」
ルリシアの反応に、サラリとエリカが反論して黙らせる。
そしてカイトは無言で踵を返すと、その場から立ち去っていった。
「な、おい待てカイト!」
「…もういい、さっさと行こうルリシア」
遠ざかりながら、追いすがるルリシアに目線もくれること無く、カイトはその場から遠ざかっていった。
「ふん、いい気味ね!」
「……」
その様子を見て満足気にその豊かな胸を張るエリカに、アレクは若干呆れた目線を向けたが、結局何も言わなかった。
TIPS:エリカ(ヒロイン)とカイト
二人はどちらも連合王国の大貴族であり、家同士の関係も良好だったので幼い頃からの交流があった。
家柄からカイトもまたエリカの婚約者候補に入っていましたが、エリカ(リガール家の祝福の御子)がカイトに嫁ぐと、ジャッカード家の権勢が強くなりすぎるという理由で、かなり早い段階で立ち消えになった。
エリカは幼い頃からのカイトの雰囲気が生理的に受け付けず、常に塩対応だったが、カイトの方は上記の婚約者候補の話もあったことから、エリカは自分への好意を隠すために冷たい態度を取っていると考えていた。
なお、今回の一件でカイトは自分の考えが完全に勘違いだと自覚したため、最後は何も言わずに立ち去る羽目になりました。