※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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56話 信頼

ーーー征服歴1500年11月 連合王国陸軍参謀本部 中庭ーーー

 

 参謀本部の中庭は、かつてのバランタイン公爵家の時代の頃から殆ど改装されること無く引き継がれている。

 要塞城と呼ばれるほど外観も内装も無骨な館にも関わらず、この中庭は他の大貴族の庭と比較しても遜色がない、豪華さと優美さを兼ね備えていた。

 

 そんな中庭の一角、小さな噴水に併設された喫煙所のベンチに座りながら、アレクは安物のタバコを無表情で燻らせていた。

 

 ぼんやりと、晩秋の曇り空を眺めながら紫煙を吐き出し、短くなった煙草を灰皿へと放り込む。そしてシガレットケースから次の煙草を取り出し、火をつける。

 

「そんなに吸ってたら身体に悪いわよ?」

「だから良いんだろう?」

「それは私には分からない感想ね」

 

 後ろから聞こえた銀鈴の美声に、アレクは振り向く事もなく応える。そして何事も無かったかのように煙草を吸い続ける。

 

 そんなアレクの姿に呆れたエリカは溜息をつくと、アレクの座るベンチに背中合わせに座る。

 

「…狭いぞ」

「貴方が詰めればいいだけよ」

「はいはい」

 

 アレクは面倒くさそうに座る位置を調整する。

 そうするとエリカは満足そうにアレクの背中へ体重を預ける。

 

「おも「重いとか言ったら斬るわ」」

「…見た目通りだ」

「…ギリギリ合格かしら」

「採点基準が理不尽だな…」

 

 アレクは呆れたようにぼやき、ため息と共に紫煙を吐き出し、吸い終わった煙草を灰皿へと放り込む。だが、今度は新しい煙草を取り出さず、自身の背に体重をかけてくるエリカを押し返す。

 やや猫背気味になるまで押されていた背を真っ直ぐになるまで押し返したところで、アレクが口を開く。

 

「…ありがとうエリカ、助かった」

「どういたしまして。さっきも言ったでしょ、貸しにしといてあげるって」

「…危うく捕まりそうだった件もそうだが、レナの件も、だな」

「当たり前よ。これ、大きな貸しよ?」

「…ああ」

 

 ”ぐぐぐ“とアレクの背中を押し返しながら、エリカは鷹揚に感謝の言葉を受け入れる。

 そしてアレクの背を押す力を強めながら、自身に面倒事を押し付けて逃げた男を糾弾する。

 

「貴方から預かってたペンダント、あの子に返しておいたわよ」

「………そういえば、預けたままだったな」

「…ねぇ、カユシコワ州にいる時、貴方が何も言わなかったから返しそびれたけど…貴方忙しいフリしてわざと何も言わなかったんじゃないの?」

「………」

 

 無言になるアレクの背にエリカは体重をかける。ジワジワとアレクの背が曲がり、最初の猫背気味の体勢よりも押し込まれてゆく。

 

「なにか言ったらどうかしら? 今なら怒らないで聞いてあげるわよ?」

「それは怒る前振り…いや、すまないお前の言う通りだ。正直、目を覚ました時に返してもらうべきだったんだが…どうにも言い辛くてな…」

「ふぅん…言い訳は?」

 

 エリカが更に体重をかける。アレクの背が更に曲がり、流石に苦しそうにアレクが顔を歪める。

 

「ぐっ……あー、何と言うか…、あれだけ格好つけてお前にレナへの伝言まで託した手前、返してくれと言うに言えなかったというか…」

師匠(せんせい)をあれだけ強気に煽っておいて情けなくない?」

「……それとこれとは話が別だろう」

 

 アレクが普段の彼からは想像できないほどバツが悪そうに事情を話すが、エリカは容赦なくその言い訳を一刀両断する。

 

「そもそも、()に別の女への贈り物託すとか刺されてもおかしくないわよ?」

「贈り物ではな…いや、すまない。だがあの状況だとそうするしか…」

「だったら目を覚ましたら真っ先に謝って回収しに来なさいよ! 目を覚ましたら次の日には病室に書類持ち込ませて処理してた癖に!」

「書類仕事も大事で…っ痛、やめろ一応病み上がりだぞ!?」

「軍医が自信無くすくらい早々に回復しておいて、今更怪我人扱いしてもらえるとでも?」

 

 完全に体が折れ曲がるほど体重をかけられ苦悶の声を漏らすアレクに、エリカは冷たい声でいたぶる。

 

「そもそも貴方、レナ(あの子)に再会してから2年間も手紙一つ書いて無かったそうじゃない。事情は聞いたし同情もするけど、もうちょっとどうにかしてたら今日の事件は避けられたわよね?」

「そうは言うが、あの直後に色々あったからな…。それに、下手に手紙を書いてそれが届く頃に俺が戦死すれば、またレナが傷つくかと…」

「そっか…あの子、貴方にとってほぼ唯一の()()だものね。下手に連絡をとれば貴方にとってもあの子にとっても危険になる訳か…」

「ああ…だから、ぐぇ」

「それでも、王都に戻ってるなら連絡くらい入れてあげなさいよ。今なら2年前よりは危険はないでしょう?」

「そうでも無いんだが…いや、確かに連絡を怠ったのは俺のミスか…」

 

 エリカの圧力に物理的にも精神的にも押しつぶされたアレクが、流石に今回の騒動が身から出た錆でもあったと自覚し反省する。

 

 そしてようやくエリカの圧力が緩み、お互いが背を伸ばした状態に戻る。

 

「という訳で、レナにはきちんと貴方に会って話をするように言っておいてあげたから、早めに会いに行きなさい」

「ああ、分かった」

「あ、でも流石に今日は駄目よ。エバンスに言って家に送らせたし、女の子なんだからちゃんと準備も必要だもの」

「…分かってるさ。先ずきちんと手紙を出してから会いに行くさ」

「なら良いわ」

 

 エリカは嬉しそうに、アレクは疲れたような、それでいて少しだけ救われたような面持ちで語り合う。

 

 そこでふと、アレクは何かに気付いたような顔でエリカに尋ねる。

 

「…今更だが、ジャッカード少佐を思いっきりぶん殴って大丈夫だったのか?」

「あああれは良いのよ。いつかあの澄ました顔を殴ってみたいと思っていたから」

「…お前がそこまで嫌うほど悪人には思えなかったんだが?」

「貴方殴られた癖に何言ってるのよ?」

「公正に見ればあの場面だと俺は殴られても仕方ないかなと…それに躱せなかったのは俺の未熟さが原因だ」

「真面目ねぇ…ま、仕方ないか」

 

 エリカは曇り空を見上げ、アレクの言動に呆れたような顔をする。

 

「まぁ私以外でカイト・ジャッカード(あの男)を悪く言う奴なんてまずいないし、大抵初対面の印象も良いのよね、あの男…」

「助けてもらっておいて言うのもおかしいかもしれんが、なんでそこまで嫌ってるんだ?」

「うーん…まぁ初対面で()()()()()()だったのもあるけど…」

「…かなり酷い事言ってないか?」

「いやホントに、もう10年くらい前になるけど、初めて会ったとき思ったのよ『あ、これ無理だわ』って」

「……そうか」

「…そうよ?」

 

 色々な意味で枯れているアレクだが、それでもエリカ程の美女に”生理的に無理“と言われた相手は相当ショックだろうとは想像できる為、己を殴り冤罪で捕縛しようとした相手であるカイトに心底同情する。

 

「しかも面と向かってそう言ったのに、気にしないどころか親しげに話しかけてくるのよ? しかも周りも私が悪いみたいな反応だし…気持ち悪くて何度殴りそうになったわよ」

「一応今までは殴らなかったのか」

「あんなのでもカルネアス流の達人で、錬武舘の大師範(グランドマスター)の直弟子だもの。殴る隙が無かったわ!」

「あったら殴ったのか…」

 

 憤懣やるかたない様子で語るエリカに、アレクはやや引き気味に相槌をうつ。

 

「まあ確かに独善的で視野が狭そうではあったが…」

「でしょう! なのになんで皆あんな奴の言うことを疑わずに信じちゃうのか…」

「そこはまあ人徳じゃないか…?」

「むぅ…なんか納得いかないのよね」

「相性は人それぞれではあるが、少なくともお前とジャッカード少佐が相容れないのは良く分かったよ…」

「ま、そういう事よ。もしまたジャッカード少佐が因縁付けて来たら言いなさい。またぶん殴ってやるわ!」

「仮にも大貴族のご令嬢が言う言葉では無いだろう…だがまあ、その時は頼らせてもらうか」

「そうしなさい…だってそうしないと、貴方は()()守らないでしょ?」

「っ!!」

 

 さり気ないエリカの言葉にアレクは絶句する。

 そして逃げるように口に煙草を咥え、火をつける。そして紫煙をゆっくりと吐き出してから、可能な限り平静を取り繕って言葉を発する。

 

「…なんのことだ?」

「惚けるつもり?」

 

 エリカの怒りの籠もった糾弾に、アレクは観念して吸いかけの煙草を灰皿へ放り込む。

 

「あの場で下手に抵抗すればレナに、それに下手をすればボウモア家自体に迷惑がかかった」

「でしょうね。でも貴方なら何とかできたんじゃないの?」

「かいかぶり過ぎだ…俺一人ではどうしようも無かったよ」

「だったら…! だったらそれこそ私を頼りなさいよ!」

 

 エリカは血を吐くように叫ぶ。

 立ち上がり、アレクの襟首を掴んで無理矢理立たせて、包帯で隠された傷だらけの、疲れ切り悄然とした顔を睨みつけながら。

 

「全力で抵抗して、無様でもなんでもいいから逃げて、私に助けを求めなさいよ! そんなに私は頼りないの!?」

「いや…そうは思わないがあの場では…」

「私の名前を出すなり、それこそリガール家の名前を出すなりすれば良いじゃない!」

「お前に…迷惑がかかるだろう…それだと」

「迷惑だなんて思うはずないでしょ!」

 

 エリカが再び怒鳴る。

 

「貴方は私の戦友で、恩人で、私の…英雄よ。貴方が理不尽に晒されるのなら、いくらでも助けてあげるわよ…だから、あの時みたいに一人で何でも背負い込んで、死のうとしないでよ…」

「…すまない」

 

 黄金の瞳に涙を浮べ、自身に縋り付くエリカを、アレクは突き放すことも、ましてや抱きしめることもできず、ただただ立ちつくす。

 

「…ごめんなさい、理不尽な事言ったわ」

「いいや…()()を蔑ろにしたのは俺だ。次があったら…頼らせてくれるか?」 

「勿論よ。貸しだけどね」

「…そうか」

「そうよ」

 

 エリカが悪戯っぽく笑い、アレクも包帯の下で苦笑する。

 

 そしてエリカは少しだけ恥ずかしそうに顔を背けると、中庭の出口へと歩き出す。

 

「さ、そろそろ行くわよ。貴方()、グランツ准将に呼ばれてるんでしょ?」

()?」

「そうなのよ。私()今日、あの人の所に来るように伝えられたの。だから一緒に行くわよ」

「まだ時間はあるし俺はもう少し煙草を吸ってから…」

「行くわよ!」

「…分かった」

 

 業を煮やしたエリカがアレクの腕を掴み、アレクを引き摺ってゆく。

 

「俺は一人でも…」

「貴方一人にしてまた騒ぎを起こしたら助けに行くの大変でしょ?」

「む…」

 

 抵抗しようとしたが瞬時に切り捨てられ、アレクは観念してエリカの隣に並ぶ。

 

「エスコートさせて頂きますよ、お嬢様」

「ええ、私だけだと迷子になるから宜しくね!」

「…おい待て」

 

 

 そうしてアレクに先導されながら、二人は時間よりかなり早く、カレウス・グランツ准将に指定された部屋へと辿り着いた。

 

 

 

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