終わりの見えない仕事を引き受けてくる上司は好きですか?(作者は嫌いです)
ーーー征服歴1500年11月 連合王国陸軍参謀本部 第十三会議室ーーー
元はバランタイン公爵家の屋敷であり、現在は連合王国陸軍参謀本部でもある要塞城には大量の部屋があり、その中には普段活用されず、倉庫や会議室として最低限の手入れのみされている部屋も多い。
そんな使われていない会議室の一つを改装して設置された“受勲式準備評議会”の仕事は、11月の半ばに行われる受勲式で受勲される軍人達の戦功評価だった。
とはいえ、既に受勲される人員の選定や彼らに与えられる勲章は決定している。アレクとエリカも、式典への参加指令及び自分達が受け取る勲章の概要は事前に受け取っている。そもそもエリカが王都に戻っているのも、スペイサイド方面軍が再編中で主だった士官達に休暇が与えられた事と、受勲式に出席する為だった。
今この会議室で行われているのは、受勲される兵卒及び士官達の戦功の裏付け調査である。戦時において戦功は基本的に上官からの評価や、率いた兵卒達からの推薦等を評価し決定される。だが、最前線では情報の錯綜は日常茶飯事であり、そこに恣意的な功績の水増しや、他者の戦功の横取りが加わる事も多々ある。
戦時であり、余程露骨でなければ後日再調査として勲章や恩給を授与する事がこの四年間は続いてきた。
今回の受勲式にしても、当初の予定では詳細な調査は大戦終了後とし、参謀本部内で細々と行われる予定だった。
だが、いくつかの事情から受勲式は王宮で大々的に行われることとなった。
理由の一つは、この大戦でトランバレム公爵とファガリア王国に
もう一つの理由は、帝国及び獣国との停戦交渉が決裂した事だった。戦争の継続が決定的になり、負担にあえぐ民達の不満を逸らすための催しとして、本来なら小規模なはずの受勲式が、まるで戦勝時に行われる凱旋式の様相を呈する事となった。
だが、それだけであれば、この会議室に
問題になったのは、この受勲式を西方方面軍の中核を担った軍人達とその後援である革新派、そしてそれらと協力関係にある王党派の一部が自分達の勢力拡大に利用しようとしたためだ。
今回の大戦で、連合王国における第2派閥であった貴族派は壊滅した。また、第1派閥である王党派の中核である七大貴族の中でも武闘派であるバランタイン家とリガール家は、そうであるがゆえに大戦初期に主力としてを西方方面軍とブリュンヒルド要塞防衛軍に投入した為、戦力をすり減らされ影響力を減じてしまった。
その反動として、第3派閥であった大商人や新興貴族中心の革新派と、七大貴族の影で逼塞していた王党派の非主流派の貴族達の影響力が増し、彼らは革新派の長であるブラントン男爵の娘を側室に迎えていた
受勲式では、既に戦功第一功としてカイトが選ばれることが決定している。逆に、王党派で最も戦功を挙げているリガール家の嫡男ゴードン・リガール大佐は、前線で帝国軍が不穏な動きを見せているという理由で彼の父親でありブリュンヒルド要塞防衛軍軍団長であるヴィスト・リガール大将と共に王都へ帰還できず、戦功も第二位以下に置かれてしまった。これは、ブリュンヒルド要塞防衛軍が、要塞を維持しつつも帝国軍を撃退はできず、帝国側に青角城という拠点の建設を許してしまったという失態も加味されている。
更に、スペイサイド方面軍は最終的に守るべきスペイサイド州から撤退し、スペイサイド州そのものを失陥してしまった咎で、評価を著しく下げられてしまった。スペイサイド州でまともに受勲できたのはエリカのみで、軍団長であるアーカイム・オンタリオ中将の強い要請がなければ、アレクの受勲も無かった程だった。
このままでは、連合王国の政治バランスが著しく傾き、戦後だけでなく戦争継続そのものにも支障をきたすと危惧した王党派の主流派は、対抗措置として今回の大戦における戦功の精査を提案した。これは革新派による自派閥の軍人の戦功の水増しを抑制し、更に不当に戦功を低く算定された軍人達の救済に繋がったが、そのためには当然ながら膨大な量の
派閥の、ひいては国家の安寧の為には必要な仕事ではある。だが、誰も過労死確定の地獄に自分から飛び込もうとはしなかった。それ故に、貧乏籤はこの案の提案者であり、王党派主流派のエースでもあるカレウス・グランツ准将が引くこととなった。
元々前線で戦うよりも後方での作戦立案や謀略を得手とするカレウスは、自分にこの厄介な仕事が振られるであろうことは予想していた。
近衛第2師団師団長代理として西方攻略戦を終えた彼は、王都へ帰還すると即座にスタッフを確保し、四年間の全軍の戦功評価を開始した。ついでに、集めたスタッフの中に潜んでいた敵対派閥の人員を、仕事の海に沈めて病院送りにする事で排除し、信頼できるメンバーのみを選抜する有能さも見せつけ、周囲の畏怖と信頼も集めることに成功した。
だが、“頭脳のみであれば2代目カナンの騎士の再来”と評される彼をして誤算があった。それは、集めたスタッフに想像以上に敵対派閥の間者が潜り込んでいたため、それらの人材を排除すると人員が当初の予定の7割を切り、その負担によりスタッフ全体が疲弊してしまった事だった(実はカレウス自身の人望が少なく、元々集った人員が少なかった事も影響している)。
書類の山に埋もれ、更に翌年に行われる事が半ば決定した
「
流石のカレウスも日々の過重労働で精神に限界が訪れ始めていた。そんな彼に、親友であるバーナード・ジルベルト大佐から私信が届いた。
内容は一見すると他愛ない戦地での報告に過ぎなかったが、実際には、カレウスとバーナードが学生時代に自作した独自の暗号によって書かれた、スペイサイド州における彼らの携わった謀略の顛末だった。
「ほぅ、結局アレクサンダー・ウォーカーは生き残ったか。しかもあのエリカ嬢が絆されるとは…巷の三文小説でも見ない愉快な展開だな」
バーナードからの私信には、王党派上層部からの密命でアレクを暗殺しようとしたが、エリカの手により半ば偶然であるが阻止された事、そしてリガール家の先代当主が派閥の者達に、アレクへの手出しを止めるよう通達を出したことが綴られていた。
また、瀕死の重傷を負ったアレクが僅か数日で立ち上がれるほどに回復し、近日中に王都へ異動する事も記されていた。
「アレクサンダー・ウォーカーか…それにエリカ嬢も受勲式典前にはこちらへ戻るはず……
カレウスは即座に、自身の権限で二人を一時的に受勲式典準備評議会へ異動する辞令を書き上げる。受理されるのに多少手間はかかるが、必要経費と割り切る。
「使い物になるか分からんが…戦場で鍛えられたんだ。体力は有り余ってるだろ」
疲弊した頭で、新たな地獄への道連れが出来たことに昏い笑みを浮かべたカレウスは、副官のカマル中佐に辞令の提出を指示すると、再び終わりの見えない書類の山に戦いを挑み始めた。
これは、アレクとエリカが地獄へ引きずり込まれる一週間前の午後のお話…。