※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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4話 名誉ある決闘

ーーー征服歴1202年 カルネア地方北部カナン平原ーーー

 

 大陸中央地域と大陸北部の境界に位置するカナン平原で、2つの軍勢が対峙している。

 南側は大陸中央地域を防衛するために諸国の精兵を結集した連合軍。彼らは連合軍を指揮する将軍の名前から“ヴィーテ連合軍”と通称されていた。

 北側には肥沃な大陸中央部への侵攻を目論む北部平原地帯の騎馬民族の軍勢が布陣している。彼らの中核は北部平原でも有力な11氏族の一つ“ガスク氏族”、精強な騎兵と有能な族長の手腕によりその勢力を拡張してきた強力な氏族だった。

 両軍合計約20万の大軍勢は10日間、この地を巡って激戦を繰り広げ互いに1万を超える死傷者を出しながら、互いに一歩も引かずに戦況は膠着した。

 

 そしてこの地での戦闘が始まって11日目、両軍が睨み合う中それぞれの軍から一人ずつ、騎馬に乗った戦士が進み出てきた。

 

 “ヴィーテ連合軍”からは総大将である“傭兵将軍”ジョージ・ヴィーテの腹心にして連合軍最強の騎士“ロイ・リガール”がただ一騎、両軍が睨み合う中心へと進み出る。その表情は、彼が常に身につけている()()()()()()()によって隠されている。

 “ガスク氏族”の軍勢からは、氏族長の弟にして氏族最強の戦士バスカードが不敵な笑みを浮かべながら進み出る。

 

 

 この日の前日、互いにこのまま消耗し続ければ勝ったとしても得るものが無いと悟った連合軍の司令官ジョージ・ヴィーテは、ガスク氏族の族長ドラグモルドへ軍使を派遣し一つの提案をした。

 

・翌日は軍勢による戦闘を休戦し、その代わりとして両軍最強の戦士による一騎打ちを行う

・勝者側は敗者側の有している兵糧の3割を受け取る

・両者が一騎打ちを行っている間、互いの軍勢は相手に決して攻撃しない

 

 他にも細かな条件はあったが、概ねこのような提案が行われガスク氏族族長ドラグモルドはそれを承諾した。

 

 互いに相手を完全に信用したわけではなかったが、激戦で消耗した軍を再編するために一度仕切り直す必要を両軍の指揮官は痛感しており、この一騎打ちの翌日、決戦を行う為にこの一日を利用しようと考えたのだ。

 また、一騎打ちに勝つことが出来れば相手の士気を折り優位に戦えるという目算もあった。

 

 それ故に、両軍の大将は自らが最も信頼する戦士をこの戦いに送り出した。

 

 ヴィーテ連合軍代表“ロイ・リガール”とガスク氏族代表“バスカード”。両者の一騎打ちは太陽が中天にかかる頃に開始された。

 

 そして3()()()続いたこの一騎打ちを制した“ロイ・リガール”はその強さと、敗者であるバスカードの命を取らずその上で彼の名誉を守った騎士道精神を讃えられ、ガスク氏族の族長からは氏族最高の駿馬を、そして彼の親友であり主君でもあったヴィーテ将軍からは“カナンの騎士”の称号を賜った。

 

 後に“カナン平原の決闘”と呼ばれることとなるこの一騎打ちの後、ガスク氏族はヴィーテ将軍に臣従し、また連合軍の支持も受けたヴィーテ将軍は“ヴィーテ・ガスク連合王国”の建国を宣言し、大陸中央部諸国へ戦いを挑むことになるが、それはまた別の物語…。

 

 

 

 故に建国以来、連合王国では決闘は神聖なものであると共に、意見が対立するようなら決闘で決着をつけて互いに遺恨は残さない、という風潮が300年間続いてきた。

 時に死者も出る決闘を、王国政府も本音では禁止にしたいが、幾度か禁止令を出した際に、貴族どころか一般の民衆ですら猛反発したため、早々に諦めることとなった。

 代わりに、決闘における真剣の使用の制限や防具着用義務、また剣術等の武術を奨励することで未熟な剣士同士の戦いによる不慮の事故防止に努めるようになる。

 

 

ーーー征服歴1500年 スペイサイド地方東部カルメリア基地

 

 

「そこまで拘るなら、いっそのこと決闘で決めればいいじゃない」

 

 食堂に響いたその声は、決して大きなものではなかった。だがその鈴を転がしたような美声は不思議なほど食堂の隅々まで届いた。

 

 食堂中の視線が、言い争っていた二人から、その発言をした一人の女性士官へ集中する。

 肩の高さで切り揃えられた輝くような銀色の髪を揺らし、宝石のような黄金の瞳を悪戯っぽく細めて微笑む神秘的な美貌の女性士官は、食堂中の視線など無いかのように自然体で渦中の二人、アレクとサレの前まで歩み寄る。

 

 女性としては比較的長身な彼女だが、どちらも180センチを超える偉丈夫であるアレクたちに比べれば小柄だった。故に、見上げるような角度で当事者二人を、その輝く金色の瞳で睥睨する。

 

「……誰だ?」

 

 アレクは面倒くさそうに、わざわざこの騒ぎに乱入してきた闖入者に尋ねる。

 そんな彼の様子に気を悪くするでもなく、銀髪の美女がその豊かな胸を張り、堂々と名乗る。

 

「私はエリカ・リガール。そちらのサレ中尉と同じくこっちの戦線に転属になった、()()()中尉よ!

 よろしくお願い致しますわ、中尉殿?」

 

 最後だけはその高貴な美貌に見合う言葉遣いで、エリカはまるで挑むようにアレクを見つめる。

 冷めた目で彼女の名乗りを受け取ったアレクは溜息をつき、内心で“どうやってこの面倒な状況から逃げられるだろうか”と途方に暮れる。

 

「…そうか。よろしく頼む」

「ええ、勿論!」

 

 アレクはおざなりに、エリカは楽しそうにお互いに敬礼する。

 

 そしてエリカは、楽しげな笑顔を浮かべながら今度はその美貌をサレ中尉へと向ける。

 サレ中尉は、その攻撃的なまでに美しい美貌に見つめられ、まるで女慣れしていない少年のようにたじろぐ。

 

「ねぇサレ・クラディール中尉?

 貴方の言い分は理解できるわ。でも、まともに反論すらしない相手に一方的に捲し立てて、その上相手が争わないために引いたのにそれを呼び止めてまで責めるなんて、情けなくないかしら?」

「それは…だが自分は…!」

「あら、優秀な軍人を何人も輩出しているクラディール家の三男は、言い返してこない相手にしかまともに意見も言えないの?」

「っ…!!?」

 

 

 サレ中尉の顔が羞恥と怒りで赤く染まる。

 そんな彼に、銀髪の美人士官は更に顔を近づける。

 

「サレ中尉、貴方は自分の意見が正しいと信じていて、そっちの包帯の彼に何が何でも謝罪させたいのでしょう?

 だったら、決闘をして正々堂々、自分の主張を認めさせればいいじゃない」

「だ、だが…わざわざ決闘など」

「ふぅん…その程度の覚悟で周囲の迷惑も顧みず騒ぎを起こしたのかしら?」

「な…決してそんなことは…!」

「そうでしょう?

 だって貴方は自分の意見に命を懸けるどころか、まともな反論すらされる覚悟すら無かったじゃない」

 

 女性士官はその宝石のような瞳に侮蔑と失望を湛えながら、サレ中尉に告げる。

 

「今の貴方は、ただの臆病な卑怯者よ。

 どんなに言ってることが正論でも、卑怯者の言葉に重みなんて無いし、まともに相手なんてされないわよ?」

 

 サレ中尉の顔が青くなる。真面目で軍人としての自分に誇りを持っている彼にとって、その言葉は単なる侮辱を超えて、自らのアイデンティティ自体に疵をつけるものだった。

 

 そんな彼の様子を見て、銀髪の美女はその怜悧な美貌に優しげな笑顔を浮かべる。

 

「もし貴方が卑怯者ではなく誇りある連合王国軍人なら、選択肢は2つよ。そこの包帯の彼とこの食堂の人達に迷惑をかけたと謝罪するか、自分の意見を曲げずに彼に決闘を挑んで謝罪させるか…」

「……」

 

 サレ中尉の青くなった頬に優しく手を当てて、彼女はまるで慈悲深い聖女のように、または甘言で人を惑わす悪魔のように、サレ中尉に決断を迫る。

 

「貴方は…どうするの?」

 

 金色の瞳に見つめられたサレ中尉は、無言で彼女から離れる。

 

 そして、自らの手袋を一連の展開を冷めた目で見つめていたアレクの胸元へと投げつける。

 

 

「サレ・クラディールが貴官、アレクサンダー・ウォーカーへ決闘を申し込む!!

 私が勝ったら、改めて貴官が侮辱した者達へ謝罪してもらう!!」

 

 サレ中尉は頬を紅潮させながら胸を張り、堂々とアレクに決闘を申し込んだ。

 

「……」

「どうした、早く手袋を拾え!」

 

 アレクは、目の前で繰り広げられた茶番劇に当事者として巻き込まれた事にうんざりとした気分になりながら、床に落ちた手袋にチラリと目を向けたあと、それの持ち主である美女にたぶらかされた愚者(バカ)と、そのバカを煽り、その結果を楽しげに観察している元凶(愉快犯)をジロリと睨みつける。

 

「な…っ!?」

 

 殺気の込もった目で睨まれサレ中尉が怯む。そして周囲で彼らの行動を興味深く見ていた士官たちの大半も、自分達に直接向けられたものでは無いにも関わらず、思わず身を震わせた。

 この場に、彼の恐ろしさを身をもって体感している彼の中隊の部下たちがいたら、自らの命を守る為に何ふり構わず逃げ出すだろう。自らの手だけでも優に3桁を超える人間を殺戮した男の殺気など、自分に向けられたものでは無いとはいえ近くで感じたいものでは無いし、巻き込まれたら間違いなく死ぬと体験しているからだ。

 だが、サレ中尉の隣で同じようにアレクの殺気をぶつけられた銀髪の美女は、涼しげに微笑みながらアレクを見つめ返した。

 アレクと銀髪の女性士官は数瞬睨み合う。そして先に視線を外したのはアレクの方だった。

 

「……俺に何のメリットも無いが?」

「あら、少なくとも小五月蝿い男を手っ取り早く大人しくさせられるじゃない?」

「晒し者になってか?」

「今更でしょう?“無貌鬼”さん?」

 

 美女が挑発するかのように、アレクの異名を口にする。

 アレクは溜息をつき、周囲を見渡す。先程は放たれた殺気で後ずさったが、それでも多くの士官たちが自分に注目している。

 その視線の中には、好奇心や野次馬根性の他に、彼に対する嫌悪や侮蔑、嫉妬の感情もかなり混ざっている。普段ならば、多少の悪意を向けられたとしても、彼の圧倒的な武功と強さへの畏れが、その悪意が彼の足を引っ張るような行動へと至る事を防いできた。だがこのまま決闘を受けずに無視すれば、彼は臆病者と侮られる。そして自身に向けられた悪意に足を掬われるだろう、と理解した。

 

 アレクがゆっくりと、床に落ちた手袋を拾う。

 

「いいだろう、その決闘受けてやる」

 

 サレ中尉の目に喜色と戦意が浮かぶ。周囲の士官たちも、娯楽の少ない最前線の基地での珍しいイベントにどよめく。

 

「おい、ここまでお膳立てしたんだ。当然、立会人位はやってくれるんだろう?」

 

 そしてアレクはこの状況を作り満足気に笑っている元凶に、せめてもの意趣返しを行う。

 

「ええ、もちろんよ!

 この決闘は私、エリカ・()()()()が預かったわ!」

 

 銀髪の美女…もといエリカは腰に手を当て、その豊かな胸を反らしながら、アレクとサレ、二人の中尉の決闘が成立したことを堂々と宣言した。

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