ーーー征服歴1500年11月 連合王国陸軍参謀本部ーーー
予定に無かった会議に出席させられたカレウス・グランツ准将は、不機嫌な様子を隠そうともせず早足に廊下を歩いてゆく。
「成金共め…テメェの財布から金が出ていかないからと大風呂敷広げやがる」
「口に出ているよ、准将?」
「っ!?」
独り言を聞かれたカレウスがハッとした様子で立ち止まり振り返る。そして独り言を聞かれた相手が、一応味方であることを知って安堵の溜息をつく。
「驚かせないで下さい
「師団長閣下は止めてくれ、王族だからと形だけ渡された地位をひけらかすのは恥ずかしいよ。あと、そうやって直ぐに嫌味を返すから周りに嫌われるんだよ…? 」
「性分ですので」
カレウスは皮肉げに頬を歪め、自身を呼び止めた貴公子の忠告を受け流す。
そんなカレウスの態度に、彼を呼び止めた二十代半ば程の金髪の貴公子と、彼の後ろに控える同年代の黒髪の青年が揃って苦笑する。
金髪の貴公子、この国の第一王子であり、名目だけとはいえ近衛第2師団師団長としてカレウスと共に西方戦線で戦ったアリウス・ヴィーテ特任少将は、女性ならば誰もが見惚れる整った顔立ちに心配そうな雰囲気を滲ませる。
「受勲式典のせいで随分と苦労しているみたいだね?」
「ええまぁ少々想定外の事態もありましたが、なんとか式典までには各軍の軍功精査は終わりますよ」
「苦労をかけるね、
「まあ、
かつて侍従武官として、先代リガール辺境伯と共に幼いアリウスを教導したカレウスは、激務で少しやつれた顔に不敵な笑みを浮かべる。
元々、革新派の偏った論功行賞を阻止するためにカレウスが提案した戦功評価だが、それを積極的に支持したのは王党派の主流派と、第一王子であり、立ち位置的にも王党派に近いアリウスだった。
そして殊勲式準備評議会の責任者にカレウスを推薦したのもアリウスだった。他に適任者がいなかったのもあるが、アリウスが最も信頼する軍人がカレウスだったのも理由の一つではあった。
代わりに王都へ帰還した近衛第2師団の事後処理や再編についての諸々を押し付けられた形にはなるが、学園に入学する前から聡明で、周囲に有能な側近も揃っていたアリウスは危なげなくそれらの仕事を処理していた。それ故に、苦労しているカレウスを心配する余裕ができたので、こうして参謀本部まで足を伸ばしたのだった。
「まあ人手に関してもなんとか補充の目処がつきましたので。ご心配には及びません」
「おや? 人望が無いカレウス先生が、良く人手を確保出来ましたね」
カレウスの言葉を、アリウスの後ろに控えていた黒髪の青年が茶化す。
「おいおい、昔教えた事を忘れたのかダニエル? 人をこき使う時に必要なのは人望じゃなく、適切な報酬と適度な脅迫だぞ?」
「ハハハ、そういえばそうでしたね。僕と殿下がそれをやると問題が出ると
キョトンとした顔で外道な発言をするカレウスに、王子の側近候補として幼い頃からアリウスと共に行動し、カレウスの教導も受け、軍内や貴族社会では密かにカレウスの一番弟子と評されるリガール辺境伯家の次男、ダニエル・リガール少佐は朗らかな笑顔で皮肉を返す。
自身の師と側近であり親友の腹黒いやり取りに苦笑しつつ、アリウスは改めて、カレウスに確認する。
「
「まあ無理でしょうね。戦功評価については可能な限り公正に行っていますが、あの男に関しては欠片も痂皮が見つかりません。それどころか、総合するとむしろ戦功が増えます」
「…彼自身には
「そうですね。つい先頃、
「先生のせいでむしろ頭に血が昇ったのでは?」
「うるせぇ、はっ倒すぞ!」
途中で茶々を入れたシリウスに、カレウスが大貴族の当主とは思えない伝法な口調で切り返す。
そして一つ咳払いをして息を整え、改めてアリウスは自身の師に問いかける。
「大戦の終結は遠そうだね…」
「革新派はともかく、王党派にも領土奪還を強く希望する者達が多いですので。議会の論調も、戦争継続一色でしょう?」
「バランタイン公爵やリガール家のご隠居が頑張っているようだけど、他の七大貴族ですら戦争継続には消極的に賛成みたいだね」
「…厄介な。連中は国家の財政が破綻しても気にしないと?」
「というよりも、力を持ち始めた民衆の反発が怖いのさ。貴族以上に、むしろ平民の方が獣国や帝国への反発が強い。ここで弱腰を見せれば、王族ですら槍玉に挙げられるだろうね」
建国から300年、経済発展により力をつけた平民達は議会という形で国政にすら関与し、民衆の意思は時に戦争の行方すら左右するほど巨大になっている。
「カナンの騎士の推挙についても、革新派は民衆を味方につけているようだね」
「空恐ろしい話ですね。民衆の支持を受けた新時代の英雄様ですか」
「ああ。誰にも、それこそ彼を支持する民衆にすら制御できない…ね」
アリウスは肩を竦める。次代の王として、制御不能な英雄など敵よりも恐ろしい事をよく理解しているが故に。
「カナンの騎士の推挙には七大貴族の内三名の推薦か、王位継承権を持つ王族、または議会の三分の二の賛成…でしたね」
「ジャッカード少佐はいずれもクリアするだろうね。実力、戦功、出自、そして縁戚。どれを用いても余裕だろう?」
「正直、ジャッカード少佐が革新派に担がれていなければ、諸手を上げて歓迎すべき相手ですね」
ダニエルが苦笑するが、カイトが“カナンの騎士“を襲名した場合、彼を旗印として結集した革新派かわ戦争を拡大し、多くの王党派の子弟達が、そして何よりも民衆が犠牲になると、彼らは全員理解している。
「残る対抗策は、
「残念ですが、兄上はブリュンヒルデ要塞から戻れません。ですので、
”カナンの騎士“襲名において、初代カナンの騎士の子孫であるリガール辺境伯家のみが有する特権にして、”カナンの騎士候補”にとっての最大の障壁が存在する。
リガール辺境伯家当主またはその代理が、カナンの騎士候補がその任に相応しくないと判断した場合に限り、就任前のカナンの騎士に決闘を挑むことが出来る。決闘を行うのは、リガール家の係累または、当主が推薦する戦士が選ばれる。
歴代6名のカナンの騎士の中で、初代と二代目、そして内乱期に特例で襲名した四代目を除く3名はその決闘において勝利し、カナンの騎士を襲名した。逆に、それ以外の23名の候補達は敗北し、栄誉を逃した。
だが現在、“カナンの騎士候補”に勝利できる手札は、武の名門リガール家であっても一人しかいない。
辺境伯家の嫡男ゴードン・リガール中佐であれば、カイト・ジャッカード少佐に勝てるかもしれない。
それ故か、それとも偶然か、ゴードンは自身の任務地である帝国軍との最前線ブリュンヒルド要塞から動けない。
「帝国と革新派が繋がっている可能性は?」
「否定はできませんが、証拠は出てきませんね。まあ丁度いい
カレウスの言葉に、アリウスとダニエルが眉を顰める。
「また悪どいことしてます?」
「あまりやり過ぎると、ただでさえ少ない人望が底をつくよ?」
「人のことを何だと…ともかく、餌は死んても惜しくないし誰にも惜しまれない最適な人材ですよ。使い潰しても損は無い割に、思いの外使い勝手が良くて重宝します」
人の心が無い外道の発言に、まだ人の心の残っている(片方は少し怪しい)は、自分達が巻き添えを喰らわないために念を押す。
「カレウス、一応確認しておくけどその餌は何処かの貴族や有力者に本当に繋がってないだろうね? いくら国の為とはいえ、僕でも庇えないときは庇えないよ?」
「グランツ家はリガール家の分家ではなく既に別家だときちんと証言して下さいね?」
「ダニエル、お前は後で説教な。大丈夫です殿下、その餌は出身こそスペイサイド州の領主貴族ですが、既に戦争で滅んでそいつ以外全滅していますし、縁戚も王都の力のない子爵家ぐらいです。ついでにいうと王党派にも革新派にも疎まれてますので、取り込まれる心配もありません」
自己保身に走るダニエルを一睨みし、アリウスに餌の事情を説明するカレウスは、ふと思い出したように付け加える。
「あー…懸念といえばお前の妹がいたな」
「…? エリカに何か関わりが?」
ダニエルが首を傾げる。
「その餌…もとい
「
「…? どうしました殿下?それにダニエルも」
「いやすまない、続けてくれ」
訝しげな二人の様子にカレウスは首を捻るが、問題なかろうと説明を続ける。
「2年前、ジルベルト子爵の子息が
「…あぁ、そういえばそういう事件があったね」
「色々複雑な話でしたが、そのお陰で俺に逆らえない便利な人材が手に入ったので、スペイサイド州で活用してたんですよ。それでもって、エリカ嬢の護衛みたいな仕事も任せたんですが、あの我儘娘が思いの外絆されたようでしてね」
「スペイサイド州の撤退戦で、エリカ嬢が功績を挙げたとは聞いていたけど、もしかして…」
「いくらかは彼女自身の実力ですが、相手の総大将を討ち取ったのは
「…良く
「言ったでしょう? 人をこき使う時は適切な報酬と脅しが必要だと。相手が暴発しない程度の弱みを握ったうえで恩に着せれば、頭の足りない狂犬でもなければ容易く扱えますとも」
義理人情を理解した上で、平然と他者を道具として使い潰すある意味貴族らしい思考をさらりと開陳したカレウスは、普段なら皮肉を言いはしても非難はしない弟子たちが、何処か咎めるような視線を向けていることを僅かに訝しむ。
「どうしました二人共、俺もまあ非道な事をしてる自覚はありますが、貴族としても軍人としても必要な事ですよ?」
「…いや、その通りだ。僕達に君の策謀を避難する権利も意思もないさ」
「カレウス先生、因みにですが、その
「あぁ、丁度今日から評議会の仕事を手伝わせるつもりで呼び出してる。ついでにお前の妹もな」
「エリカが何処まで書類仕事を出来てるのかも心配ではありますが…そうですか、
どうにも噛み合わない会話にカレウスが違和感を覚えていると、目線だけで互いに意思疎通を図ったアリウスとダニエルが、お互い頷きあった後、カレウスに提案する。
「折角参謀本部まで来たんだ。少し君の仕事を手伝わせてくれないか?」
「まぁ人手があるにこしたことはありませんが…」
流石に身分的にも役職的にも上の相手に仕事を押し付けるのは、と迷うカレウスだったが、目の前の二人の能力の高さは折り紙付きなので、厚意に甘えることを即座に決心する。
「ではお願いします…後悔しないでくださいよ?」
「大丈夫ですよカレウス先生、先生の一番弟子と呼ばれるようになった時点で後悔はしてますから」
「…殴っていいか?」
「まぁまぁ」
ダニエルに拳を振り上げるカレウスをアリウスが押し留め、三人は気をとりなおして第13会議室へと向かった。
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「「「バンザーイ!!バンザーイ!!」」」
「良かった…やっと、やっと家に帰れる」
「ありがとう…ありがとうウォーカー大尉」
「コロス…グランツ准将ヲコロス…」
「落ち着きなさいリガール中尉、殺したら決済印を押す人間がいなくなります…右手と頭さえ無事なら他は好きにしていいですから」
扉を開けたカレウス達三人を出迎えたのは、処理が終わりカレウスの決済印が押されるのを待つだけの書類の山と、部屋の中心で胴上げされる顔に包帯を巻いた士官、歓喜にむせぶ軍人や文官達、ついでに胴上げに参加しながらもカレウスへの殺意が漏れ出している銀髪の美女(だったモノ)だった。
「「「ナニコレ?」」」
彼らの疑問が解消されるのは、部屋の住民達が冷静さを取り戻し、ついでにカレウスの鳩尾にエリカが良い一撃を叩き込んだ後だった。