※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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62話 兄の肖像

ーーー征服歴1500年 連合王国陸軍参謀本部 第13会議室ーーー

 

 奇妙な沈黙に支配され、カレウスがひたすら判子を押す音だけが響く部屋で、エリカの兄でありアリウスの側近でもあるダニエルが口を開く。

 

「リガール大尉、教えてくれ…レイは、君の兄は…()()()()()()()()?」

 

 そう言って縋るような、まるで自分の言った言葉を()()()()ほしがっている目をするダニエルと、そして無言だが同じ目でアレクを見つめるアリウスに、アレクは冷たく冷え切った声で答える。

 

「兄は死にました。四年前のあの日、義姉と甥、祖父や叔父と従兄弟たち、そしてウォーカー領の住民達と共に」

「君は…それを見たのか?」 

「ちょっ…ダニエル兄様!?」

 

 エリカがダニエルへ咎めるような声を上げる。

 一瞬だけ、エリカに柔らかい視線を向けたアレクは、再び視線を凍てつかせ、ダニエルの問に答える。

 

「…ええ、この目で見ました。街の広場に並べられた兄達の首を。燃え盛る屋敷の中で焼け死んだ義姉達の遺体を」

 

 なんの感情もこもっていない、淡々とした口調で()()の最後を語るアレクに、エリカは悲しそうな目を向ける。

 だが、ダニエルとアリウスは異なる視線をアレクへと向けた。それは怒りか、嘆きか、それとも…アレクを咎めるような。

 

「だったら…()()()()()()()()()

 

 それは決して大きな声ではなかった。だが、絞り出されるようにダニエルの口から漏れたその言葉はアレクの耳に、重く染み渡るように響いた。

 

()()()()()()!」

「よせ、ダニエル!」

 

 アリエスがダニエルを止めようと彼の肩を掴む。

 

「っ…申し訳ありません、殿下」

「いいさ。ウォーカー大尉もすまない」

「いえ…失礼ですが、何故お二人は兄の事を?」

 

 ダニエルの憎しみさえこもった視線を無表情に受け止めながら、アレクは非礼を承知しながらアリエスに問う。

 

「レイは、イースレイ・ウォーカーは僕の、そしてダニエルの友だ。同じ学び舎で学び競い合った…ね」

「……兄がかつて言っていました。学園で良き友に出会ったと。誰かは教えてくれませんでしたが、まさか殿下達だったとは」

 

 アレクの言葉を聞いて、アリエスは嬉しさと寂しさの混ざりあった表情で苦笑する。

 

「あぁやっぱり君は、レイではないんだね」

「殿下…」

「君の予想、いや願望は外れだよダニエル」

 

 ダニエルは奥歯を噛み締め、涙をこらえるように俯く。

 

()を失った兄が、弟の自分を騙っていたと?」

「…信じたくなかったんだ。僕もダニエルも。四年前にレイが死んだと、一族郎党そして領民も全滅したなんて」

「…レイは強かった。学園時代、唯一カイトと…ジャッカード少佐と剣の試合で引き分けに持ち込んだ。それに座学でも、僕や殿下よりもいつも上だった」

「…首席で卒業したと知ってはいましたが、まさか殿下達より上に?」

 

 学園に在籍している間は、身分については不問とされてはいるが、卒業後の事を考えれば上級貴族やましてや王族に忖度しないのは問題になってもおかしくはない。

 アリエス達の言葉にアレクは無表情に少しだけ冷や汗をかく。

 

「僕が頼んだのさ。遠慮はいらないから本気で競ってくれってね。正直、派閥や政治的な柵がなくてあれだけ優秀な男はいなかったしね。気がつけば、身分など関係なく友になっていたよ」

「そう…でしたか」

 

 懐かしそうに笑うアリエスの様子に肩の力を抜いたアレクは溜息をつく。

 

「卒業してからも、レイは近衛第一師団に入隊したから交流はあったんだよ? まあ、彼の父の先代ウォーカー男爵が急逝して領地に帰るまでだけどね…」

「兄は、あまり中央の出世に興味のない人でしたから」

「そうだね。本人も、さっさと予備役になって領地経営に専念したいとぼやいていたよ」

「領地の引き継ぎが終わったら、また共に殿下の下で働いてくれと頼んでいたんですけどね」

 

 漸く感情の整理がついたのか、ダニエルが苦笑しながら肩を竦める。

 そしてアレクに頭を下げる。

 

「すまないウォーカー大尉、僕は言ってはならない酷いことを言ってしまった」

「いえ…お気になさらないでください」

「僕からも改めて謝罪させてくれ。辛い記憶を、思い出させてしまったね」

「いえ…」

 

 アレクは穏やかな、肩の荷の降りた表情で自身よりも遥かに格上の、だが自身の尊敬する兄を対等な友人だと言ってくれた二人に頭を下げる。

 

「自分の方こそ、ありがとうございます。兄を、家族を覚えてくれていて」

「いや、君が頭を下げることは…」

「いいえ、これは感謝と嘆願ですので」 

「嘆願?」

「はい。自分のような卑賤の者が殿下や、その側近の方へこのようなことを頼むのは不敬かもしれません。ですが叶うなら、どうか我が兄との友誼に免じて、どうかお聞き届けください」

「…ああ、良いだろう。構わないね、ダニエル?」

「ええ。レイとの友情には、それだけの価値があります」

 

 本来なら不敬な行為を、アリエスもダニエルも笑顔で受け止める。

 

「では聞こう、アレクサンダー・ウォーカー大尉。君の願を言いたまえ。ヴィーテ・ガスク連合王国第12代国王ロジアス・ヴィーテが第一子アリエス・ヴィーテが、聞き届けよう」

「それでは一つだけ。殿下、どうか兄の最期を、最後まで家族を、領民を、そしてこの国を護ろうとした我が兄の生き様を、どうか忘れないで下さい。確かに兄が生きていたのだと、たとえ記録に残らなくとも、どうか殿下の記憶の片隅に残しておいて頂きたい」

 

 アレクは語る。

 四年前、突然侵攻した獣国軍と、それを手引したソレム伯爵の軍によって逃げることもできず包囲された己の故郷を。

 彼の兄が、援軍を呼ぶためにアレクと僅かな供を包囲から脱出させたこと、だが援軍を要請した軍の駐屯地もまた獣国に攻められ援軍は一人も得られなかったこと。

 僅かな供も失い、それでも家族を護るために故郷へ戻り目にした地獄を。

 そしてその地で嬲りものにされながら知った、兄の壮絶な最期を。

 

「兄は、敵軍の降伏勧告に一切応じませんでした。ですが援軍もなく、小領のわずかな兵では籠城もままなりません。それでも兄は、可能な限り時間を稼ぎました。そして限界がきた時、慰み者にされないために女子供を屋敷に集め火を放ち、街に雪崩込む敵軍に斬り込み、指揮をとっていたソレム伯爵の嫡男を討ち取りました。力尽きた兄も、それに従った家臣たちも全て殺され、死体は弄ばれましたが、兄は貴族として、そして軍人として義務を果たしました」

「そうか…レイは最期まで彼らしくあったんだね」

「はい…」

 

 語り終えたアレクが再び深々と頭を下げる。

 

「ウォーカー大尉、君の願を聞き届けよう。僕は決して、我が友の最期を忘れない。そして我が友の名誉が貶められるようなら、私は私の持てる力を使いそれを阻止すると約束する」

「有難う御座います、殿下」

 

 アリウスは優しい笑顔でアレクの肩を叩く。

 

「それとウォーカー大尉、僕はきちんと記憶してから良いけど、レイの活躍は君が語り継ぐんだよ?」

「はい…え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「………はい」

「よろしい」

 

 一瞬だけ、優しげな目に鋭い光を宿したアリエスに、アレクは何も言い返せずただ肯定の言葉のみを返した。

 

「さて、では僕もそろそろ行くとしよう。ダニエル、もうエリカ嬢へのお説教は良いのかい?」

「ええ、続きは屋敷に戻ってから」

「ちょっ!?」

 

 不穏な言葉を残してアリエスとダニエルは部屋から去って行った。

 

「期待しているよウォーカー大尉。レイの弟なら、どんな逆境でも耐えられるさ」

「あ、ウォーカー大尉。エリカがあと一時間正座を崩さないよう見張っておいてくれるかな?」

「了解しました」

「了解しないで!?」

 

 という言葉を残して。

 

 

「さて、そろそろいいな。来い、ウォーカー大尉」

「…足が震えていますよ准将?」

「うるせぇ、とっとと来い」

 

 アリエス達が去ったことを確認したカレウスが、不機嫌そうにアレクを呼び、部屋に併設された応接室へ足を向ける。

 

「だそうだ。行くぞエリカ、立てるか?」

「え、立っていいの?」

「…まあいいんじゃないか?」

 

 許可のでたエリカが嬉しそうに立ち上がる。だが痺れた足をよろめかせ、見かねたアレクの差し出した手を取りながら、二人はカレウスに続いて応接室へと向かった。

 

 

 




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