※この作品はR-18です。

カナンの騎士列伝 −無貌鬼と白銀の戦姫−   作:Recent

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63話 契約更新

ーーー征服歴1500年 連合王国陸軍参謀本部 第13会議室ーーー

 

 会議室に併設された応接室のソファに座ったカレウスは、同じく机を挟んで対面のソファに座ったアレク達を睨む。

 

「何でエリカ嬢までいるんだ?」

「アレ…ウォーカー大尉を放っておくと勝手に死にそうだから見張ってるのよ。特にカレウスおじ様はコイツを容赦なく死地に放り込みそうだし」

「…随分と絆されてるな。まあいい」

 

 呆れ混じりに溜息をついたカレウスは、気を取り直してアレクを睨む。

 

「さて…随分と好き勝手やってくれたな、ウォーカー大尉」

「告発書については軍官僚の当然の権利ですよ?」

「それはいい…いや告発書とか俺の領収書勝手に使うとか色々言いたいことはあるがそっちじゃない」

「…?」

 

 カレウスの言葉にアレクエリカは揃って首を傾げる。

 

「アレ…ウォーカー大尉、あんたカレウスおじ様に他にも何かしたの?」

「今日の事以外だと心当たりはないな。多分」

 

 小声で会話する二人を無視し、カレウスは後ろに控えるカマル中佐から受けった書類の束を、二人の目の前の机に放り投げる。

 

「なにこれ?」

「あぁ…そっちですか」

 

 書類の束の意味が分かっていないエリカに対して、アレクはひと目でそれらが何を意味しているか理解した。

 

「大隊の物資横領、命令書偽造、贈賄、果ては上官暗殺疑惑…たった2年で、よくもまあここまでやってくれたもんだ」

()()()()と命令されましたので。軍人として全力で任務を遂行しただけです」

「限度があるだろうが! 今回の戦功評価の為に見直したらお前関連の書類だけで書類が一山出来たぞ!? これは概要を纏めた分だからな!?」

 

 最低限にまとめられた内容だけでも分厚い書類の束は、アレクがスペイサイド州で、自分と部下達を生き残らせるために行った膨大な量の不正を視覚的にはっきりと示していた。

 

「しかしよくここまで詳細に確認出来ましたね。絶対とは言いませんが、並大抵の相手なら騙せるように偽装してたのですが?」

「…これでも元情報将校だ。信用できない相手が、一分の隙もない報告書をあげてきたら怪しむだろ?」

「確かに、重箱の隅を突いて調べ上げたくなりますね」

 

 身内を殺されたバーナード以上に、アレクを警戒し監視していたカレウスだからこそ、僅かな違和感からアレクの偽装に気付き、膨大な書類の中から証拠を探り出すことが出来た。その能力と疑り深さに、アレクは素直に感心する。

 

「これを公表すればお前は軍法会議にかけられる。よほど上手く弁明できなけりゃ死刑もあり得る」

「それは恐ろしいですね」

 

 欠片も恐れを抱いていない声でアレクが相槌をうつ。

 だが、エリカはカレウスの言葉に反応し身を乗り出す。

 

「ちょっと、おじ様!? アレクはスペイサイド州で、おじ様に押し付けられた無理難題を全部こなしたのよ!? なのに軍法会議なんて!」

「俺は確かに()()()()()()()()と命じた。だが、その為に何をやっても庇うなどとは言っていない」

「そんな…、いくら何でも理不尽でしょ!?」

「理不尽? 命は救った、ついでにそいつの親類を借金取りから守ってもやった。だったら命を賭けるのは当たり前、その上で上司に迷惑をかけないのが優秀な部下だろうが」

 

 あまりにも身勝手な理屈にエリカが絶句する。

 

「そもそも、俺とバーナードがウォーカー大尉に最後に出した指令は“エリカ嬢を護り、功績を譲って死ぬ”事だ。獣国の総司令官を殺したまでは良いが、講和の邪魔になるくせに生き残ったのは契約違反だろう?」

「なっ…いくらおじ様でもそんな巫山戯た話は!」

 

 激昂して立ち上がるエリカを、アレクが手をあげて制する。

 

「落ち着け、リガール中尉」

「むしろ何でアンタは平然としてるのよ!? こんな事言われたら普通怒るでしょ!?」

「そもそも対等な契約ではなかったからな。しかも契約を破ったのも俺だ。何を言われても、それこそ殺されても文句は言えないさ」

「なっ…」

 

 アレクの言葉にエリカは絶句する。

 

「そもそもこんな挑発で感情を乱すな。よく見ろ、准将の怒りも苛立ちも形だけだ。この腹黒はさっきから、欠片も感情を動かしてないぞ?」

「…可愛げのない奴だな、お前」

 

 先程まで、苛立った感情を顔に貼り付けていたカレウスは、黄金の瞳に冷徹な光を宿してアレクを射すくめる。

 

「どうせ軍法会議にかけるつもりもないでしょう? やるなら貴方は問答無用で俺を憲兵に捕らえさせる。そうしないということは、俺にまだ利用価値があるということでしょう?」

「よく回る舌だ。お前、2年前に比べるといくらか、目に生気が戻ったようだな」

「あの後も何度か死にかけましたので。一周回って生き返ってしまいましたよ」

 

 アレクは、包帯で隠されていない黒い瞳に、4年越しに取り戻した生気を宿して、カレウスの鋭い眼光を正面から受け止める。

 

「あまり調子に乗るなよ? 俺の気が変われば、お前は軍人としての全ての権限を剥奪されて縛首だ」

「その時はさっさと逃げますよ。正直、窮屈な思いをするだけのこの国に未練は無いので」

「な、ちょっとアレク!?」

 

 低い声で挑発するカレウスとそれを受けて立つアレクの応酬を、エリカが慌てて遮る。

 

「逃げるってどういう事よ!?」

「どうも何も、死なない為には逃げるしかないだろ。戦時の混乱に紛れれば国境を超えるくらい訳ないしな」

「そんな…っ」

 

 平然と言ってのけるアレクに、エリカは尚も言いすがろとするが、アレクの顔を見て何かを察する。

 

「………ねえアレク、貴方私をからかってない?」

「いいや?」

「目が笑ってるわよ?」

「気の所為だ。まぁ本気で国を出る気は無いから安心しろ」

 

 アレクが肩を竦める。

 

「よく思い出せ。この腹黒はカマル中佐に伝言を残していただろ?」

「……あ」

「ここに来ることは()()()()()()()()()()()()為に必要だった。わざわざ伝言まで残しておいて、俺を殺すなり国から追い出すなりするほど、恥知らずではないでしょう? カレウス・グランツ准将閣下?」

 

 アレクが水を向けると、カレウスもまた肩を竦める。

 

「なんだもう終わりか? エリカ嬢への授業も兼ねてもう少し続けても良かったんだが」

「そこは中尉の兄君に任せましょう」

「それもそうか」

「任せないで!? もう正座は嫌よ!?」

 

 ダニエルのお説教が思いの外効いていたエリカは、真顔で頷きあう腹黒達に涙目で懇願する。

 カレウスは呆れた目でエリカを見据える。

 

「まったく…ダニエルみたいに腹黒くなれとは言わんが、こんな茶番で感情を表に出すな。付け込まれる隙になるぞ?」

「ゔっ…でもカレウスおじ様とかダニエル兄様みたいになったら失うもののほうが多そうだし…」

「もっかい正座するか?」

「ごめんなさい以後気をつけます」

 

 カレウスの脅しにエリカは即座に降伏する。

 そして話題を戻そうと、エリカはカレウスへ問う。

 

「というかおじ様、茶番ってどういうこと? 少なくともこの書類の内容、公開されたらウォーカー大尉は捕まるのよね?」

「ああ、上手くやれば処刑まで出来るぞ? ま、()()()()けどな」

「…? それは一体…」

 

 ()()()()ではなく()()()()とのたまうカレウスの言動に、エリカは首を傾げる。

 

 逆にアレクは口の端を釣り上げる。

 

「流石ですね。仕込みもバレていましたか」

「それも含めて、本当に好き勝手やってくれやがったな…」

「えーっと…どういうこと?」

 

 話についていけていないエリカが、明らかに普段より生き生きしているアレクの肩を助けを求めるように揺する。

 

「准将閣下が最初に言った俺の罪状を思い出してみろ」

「えーっと…大隊の物資横領に命令書偽造、贈賄に上官暗殺疑惑…これ本当にバレたら生きていけなくない?」

「ああ、()()()()()()()()()

「…?」

 

 愚かな訳では無いが、根が善良で清廉潔白を良しとするエリカは、アレクがさり気なく出したヒントに気づけず首をひねる。

 溜息をついたカレウスが、エリカに助け舟を出す。

 

「まあエリカ嬢には縁のない話だろうが…そもそもまともな後ろ盾もコネも無い奴は、最前線では補給物資の分配も一番後回しにされる。実質懲罰部隊だったウォーカー大尉の部隊なら下手すると物資が与えられなかっただろうな」

「ええ。初めの頃は敵から奪った食料で食いつなぎましたよ」

「そんな…」

 

 なんでもないことのように話すアレクの様子にエリカは目を見開く。

 

「だからまあ、非常手段をいくつか使った訳だが」

「何となく想像できてきたけど…それがこの分厚い書類の内容なの?」

「そういう事だ」

 

 エリカは改めて、カレウスが机の上に放り投げた書類の束を眺める。たった2年、戦場で生き延びるために、部下を生き残らせる為にアレクが積み重ねた不正の重みに、エリカは目を細める。

 

「大隊の物資横領は、補給が来ないから勝手に拝借した?」

「ああ、命令書を偽造してな」

「贈賄は…不正をお目溢ししてもらうため?」

「それもあるが、書類の名義を借りるのに支払ったりした分もあるな」

「上官暗殺って…」

「…証拠隠滅じゃないし、流石に俺は殺してないぞ。先代901大隊大隊長殿は部下を逃がすために腹心と砦に立て籠もって、最期は突入した敵軍ごと砦を丸焼きにして亡くなられた。立派な最後だったとも」

「…欠片も心がこもってないわね」

「おいウォーカー大尉、お前が偽造した申請書類の一つに、その時期大量の油があるんだが?」

「冬でしたので。燃料は必要では?」

「…確かにその大隊長は度し難い無能だったが、それほど邪魔だったのか?」

「部下を無策で敵に突っ込ませて、わざとすり減らす上官の部下でいたいとでも?」

 

 アレクの言葉にエリカも、渋々だがカレウスも頷く。

 

「…取り敢えず、情状酌量の余地があるからこの書類の束は表に出せないってこと?」

「いいや? 戦場で立場の弱いやつが淘汰されるのは当たり前の事だ。表沙汰になれば俺は縛首だな」

「だったら何で平然としてられるのよ?」

 

 エリカの心配そうな視線を受け、アレクは苦笑する。

 

「…いつ切り捨てられるか分からない立ち位置だったからな。生き残るためのアレコレと並行して嫌がらせも準備しておいた」

「嫌がらせ?」

 

 エリカは首を傾げ、カレウスは舌打ちする。

 

「さっき、補給を受け取るのに書類を偽造して賄賂も渡したと言っていただろう?」

「ええ」

「あれ、名義を借りた本人には賄賂を渡していないんだよ」

「…え?」

「勝手に借りて、勝手に送りつけておいた。しかも本人に気付かれないように部下宛に。ついでにその部下に着服してもらえるよう工作もした」

「それって…まさか」

 

 エリカは嫌な予感に冷や汗をかく。

 アレクは徐ろに机の上の書類の束から、己の罪状の一覧を1枚抜き出す。

 

「ジルベルト大佐への贈賄に、確認困難だが大佐名義での基地物資の着服。ああ、原本は獣国軍が来る前に焼いたから確認出来なくなってるな」

「…本当に好き勝手やりやがったな」

 

 アレクはスペイサイド州の最前線で戦いながら、万が一自分が死んだ時に、カレウスやバーナードが己の家族へ不当に報復出来ない様に罠を仕掛けていた。

 バーナード・ジルベルトという、真面目で清廉潔白だがカレウスほど謀略に秀でておらず、アレクを憎んでいるが故に視野が狭まっていた男を狙って。

 

「俺がやった不正の大半に、ジルベルト大佐が関わっている事を匂わす証拠を残しておいた。ついでに潔白を証明出来そうな書類の原本は、スペイサイド州が陥落すれば、持ち出しきれずに焼き捨てられる書類に混ざるようにしておいた」

「…ねえじゃあ下手にこの書類の内容を公開すると」

「巻き添えでジルベルト大佐が失脚するかもな。少なくとも今まで積み重ねた汚れのない経歴に泥が塗られる」

「……バーナードの馬鹿が」

 

 カレウスが苦々しく吐き捨てる。人の心など幼少期にゴミ箱に

放り込んだカレウスだが、流石に無二の親友を窮地に立たせるのは情としても、ただでさえ少ない味方が減るという意味でも看過出来ない。

 

「…ウォーカー大尉、分かっていると思うが」

「ええ。俺は自分からはこの書類の内容について一切発言しません」

「そして俺はこの内容を、俺の権限で握りつぶす。そうすればお前は大手を振ってこの国で()()()()()()」 

 

 カレウスが机の上の書類を回収する。

 

「代わりに、もうしばらく俺の下で働いて貰うぞ?」

「報酬次第ですね」

「チッ…戦争終結後、グランツ伯爵()名義でカルネアス中央大学への推薦書を書いてやる」

「流石は名にし負う二代目カナンの騎士の末裔殿、相手の望む報酬を見つけるのが上手いですね」

 

 官僚志望だったアレクへ、官僚の登竜門である中央大学への推薦書を約束したカレウスは溜息をつく。

 

「お前に褒められても気色悪いだけだ。兎に角、これで契約は更新だ」

「構いません」

「エリカ嬢、お前が証人だ。今ここで見て聞いた事は口外するな。同時に、ここで見て聞いた事が表に出た時、疑惑はお互いに向く」

「わ、わかりましたカレウスおじ様」

 

 エリカは慌てて頷く。

 

「はぁ…じゃあさっさと帰れ。どっかの死に損ないのせいでこっちは忙しいんだ」

「手伝いましょうか? 他人のサインの真似は得意分野ですよ?」

「ねえアレク、それ自慢にしていいの?」

「絶対にやめろ。俺まで破滅させる気か」

「心外ですね…俺が大学を卒業するまでは没落してもらっては困りますから、わざと准将閣下の不利になる事はしませんよ?」

「テメェ…まあいい。とっとと帰れ」

 

 敬意の欠片も無いアレクの言動にカレウスは青筋を立てるが、それ以上は何も言わず、二人を応接室から追い出した。

 

 

 

 




作者は善良なので、不正をする人達の心理を描くのは苦手です。
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