作者の地元もかなり揺れて、我が家が崩れないかかなりビビりました。
読者の皆様がご無事であることを祈りながらの更新です。
ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ブラントン男爵屋敷ーーー
離れでカイトとその妻たち、そして第3王女アイネが淫蕩な宴を愉しんでいるのと同時刻、この屋敷の主人である現ブラントン男爵ヴェルゼン・ブラントンは自身の執務室で子飼いの間諜からの報告を受けていた。
男爵の前に立つ男は疲れ果てた顔で、今にも眠りそうなほど消耗していた。
「随分と疲れているようだが、お前が間諜だと
「はい…単に人手が足りず全員に過剰な仕事が課されまして…。一週間も報告が滞ってしまい申し訳ありません」
「構わん。あの腹黒梟は勘が鋭いからな。下手な動きをして疑われる方がまずい」
ブラントン男爵は謝罪する間諜の男へ鷹揚に頷く。
この間諜は内務省からの出向という形で受勲式典準備評議会へ送り込まれ、他の間諜が自らの雇い主の陣営が有利になるように書類を改竄しようとする中、カレウスの監視を優先して真面目に仕事を行っていた。
お陰で他の間諜達の様に正体がバレ、終わるはずのない果てしない仕事を押し付けられた挙げ句精神と肉体に不調をきたし病院送りにされることなく任務を果たしていた。
とはいえ、ここ一週間程は間諜を排除した影響による人手不足で残った人員の負担が嵩み、評議会のほぼ全員が一週間ほど会議室に閉じ込められ只管仕事をこなす羽目になっていた。間諜からの連絡の途絶えたブラントン男爵は、正体がバレて病院送りにされたかと考えていたが、無事間諜が戻り事情を説明したことで納得した。
「ご苦労だったな。報酬には色をつけておこう」
「ありがとうございます。それとですが…」
「ああ、明日の休養日はお前もしっかり休むといい…代わりに」
「はい。リガール中尉とウォーカー大尉の動向も可能な限り報告させて頂きます」
一週間ぶりの間諜の報告は、大半は代わり映えしないものだった。腹黒梟ことカレウス・グランツ准将は、その異名に似合わず真面目かつ公正な仕事を行っている。例え対立派閥である革新派であっても功績は功績として、逆に自身の所属する王党派であろうと不正は不正として適切に処理していた。これは下手に公正さを欠くと彼と敵対する派閥や個人的に彼を嫌っている上官たちに付け入る隙を与えてしまう為でもあるためだ。
その為、不正を行わなくても第一功が確定しているカイトの戦功は問題なく承認され、カイトに対抗できる戦功を無理矢理捏造することも不可能だった。
間諜からの報告はそれらを補完する程度で、ブラントン男爵の興味を惹くほどでは無かった。
だが、一つだけ男爵が懸念する情報があった。
それはリガール辺境伯家の令嬢であり、かの家の”祝福の御子“であるエリカに関する事だった。
受勲式典後に、ブラントン男爵の娘婿カイト・ジャッカードは
連合王国最強の騎士のみが継承する“カナンの騎士”は、連合王国の武の象徴として神聖視されている。中でも、初代“カナンの騎士”ロイ・リガールの子孫であるリガール辺境伯家は、歴代の“カナンの騎士”を家をあげて支援してきた。
初代“カナンの騎士”の外孫リシャール・グランツは言うに及ばず、平民出身だった三代目グラッパ・ザーレには一族の娘でありその時代の“祝福の御子”を嫁がせた。
七大貴族バランタイン公爵家の長男であり、
60年前に死去した下級貴族出身の六代目ゲオルク・グレンリベットもまた、リガール辺境伯家の娘を妻としたが、早世した彼には子供はいなかった。
基本的にリガール辺境伯家は、出自に関係なく“カナンの騎士”を尊重する。平民であろうと下級貴族であろうと、そして同じ七大貴族ではあるが疎遠であった相手であろうと。
現在、リガール辺境伯家はカイトの“カナンの騎士”襲名に慎重な立場をとっている。これはカイトが七大貴族ジャッカード家の直系でありながら革新派にも近く、彼が“カナンの騎士”を襲名することは派閥の均衡を著しく崩す事に繋がるからと予想されている。
だが、実績からもそして本人の実力からもカイトが“カナンの騎士”を襲名するのは最早確定事項であり、これ以上反対することはむしろリガール辺境伯家の名を落とすことになる。
そしてカイトが“カナンの騎士”を襲名した後、カイトとの関係改善をはかり、更に革新派の゙中心人物であるカイトを王党派へ引き戻す為に、リガール辺境伯家が取れる
リガール家は確実に、カイトへの抑えと王党派とのパイプ役として彼に
ここまでが、ブラントン男爵及び革新派の中枢が予想していた今後の展開だった。
そしてカイトがエリカを新たな妻とすることで、リガール家の力すら取り込み、彼を中心に革新派を更に躍進させ、その先に…と彼らは野心を滾らせていた。
だからこそ、この日エリカが起こした騒動は決して座視できるものではなかった。
冤罪とはいえ、カイトが捕らえた士官を助けるためにカイトを殴り飛ばすという暴挙は、ブラントン男爵の燃え上がる野心に冷水をかける程度の効果はあった。
更に、間諜の報告からエリカは助けた士官と共にカレウスの下で受勲式典まで働くこと、またその士官とエリカがかなり親しそうにしていることが分かり、ブラントン男爵は顔を顰めた。
また、間諜の伝えた“アレクサンダー・ウォーカー”という名が、2年前からスペイサイド州で活躍する隠れた英雄の名であることを思い出したブラントン男爵は、舌打ちする。何故ならアレクは、2年前から革新派にとってはカイトの対抗馬になる可能性が僅かながらある存在として、排除対象になっていたからだ。
ブラントンは、スペイサイド州方面の革新派の間諜がアレクに釣り出されて壊滅したことは知らない。だが、スペイサイド州方面の情報が滞り、アレクについての詳細な情報は集まっていなかった。
また、
だからこそ彼は子飼いの間諜に新たな指令を出す。
『アレクサンダー・ウォーカーについて、より詳細な情報を集めろ』
受勲式典まであと10日で、可能ならばアレクを亡き者にするために。
「では、私はこれで失礼します」
「ご苦労だった。ああ、これは危険手当だ、持ってゆけ」
報告を終えて退出する間諜に、棚からそれなりに高価な酒瓶を一本取り出して渡す。
顔を輝かせ嬉しそうに部屋を辞する間諜を見送り、ブラントン男爵は棚から出した別の酒をグラスに注ぎ、香りを楽しみながら飲み干す。
「…ふぅ、厄介な事になったものだ。だが、この程度では私の勝ちは揺るぎない…か」
執務室の二重底の引き出しから取り出した手紙を読み直しながら、ブラントン男爵は溜息をつく。
近い内に歴代カナンの騎士のプロフィールを載せたい