ーーー征服歴1500年 スペイサイド地方東部カルメリア基地
「お、おいサレ…本当にいいのか!?」
「問題ない。俺は自分の正しいと思ったことを貫くだけだ」
「そうじゃねえよ!相手はあの“伯爵殺し”だぞ!
あいつは2年前の撤退戦で、一人で獣国軍に切り込んで裏切り者のソレム伯爵と護衛の騎士を皆殺しにしたイカレ野郎なんだぞ!」
練兵場の控室で黙々と防具を着込むサレ中尉に、彼の友人であり士官学校の同期だったレト・イルム中尉が冷や汗をかきながら捲し立てる。
「それに、噂じゃあ決闘で倒した相手が潔く負けを認めなかったからって頸を刎ねたらしいぞ。そんな奴と決闘なんて絶対にヤバいって」
「決闘に使う剣なら訓練用で刃引きしてあるはずだ。
そんな剣で頸を刎ねるなんてできるはずがないだろう?」
「いやそうだけど…でもあの包帯男、戦場でボロボロになったサーベルで平然と敵兵の首を切り落として回ってるって噂だ。もしかしたら刃引きした剣でも…」
噂好きで臆病な質の友人の言動に苦笑しながら、サレ中尉は立上り、決闘で使う長剣を検分する。
「問題ない。それに俺の剣の腕は知ってるだろう?
戦場で名を上げているようだが、所詮は野戦任官で無理矢理士官になった奴だ。それに残虐な手段で敵も味方もかなり殺しているんだろう。噂が独り歩きしているだけだ」
「そ…そうか? でもなあ…」
だが、口でいうほどサレ中尉も余裕があるわけではなかった。
先程感じた殺気。このスペイサイド地方に着任するまで、この戦争の前線に出ることは無かったが、後方で野盗の討伐等は行い、それなりに人を殺すこともあったサレ中尉だが、あんな風に殺気だけで竦むことなど今まで無かった。
「それに軍人として、連合王国の男として決闘を挑んだのだ。
それを今更撤回などできん。」
準備を整えたサレ中尉は背筋を伸ばし、控室を出て決闘を行うため訓練場へと向かった。
ーーーーーーー
連合王国では決闘は法的に禁止はされていない。
だが、建国初期に決闘が大流行し死者も多く出た。決闘禁止令は貴族だけでなく庶民からも猛反発を受けて撤回されることとなった為に、王国政府は決闘を禁止するのではなくルールを定めて死傷者の抑制を図る方針に切り替えた。
決闘で使うことが出来るのは基本的に刃引きした剣のみ。剣の形状自体はサーベルや長剣、レイピア等、使用者の好みに合わせて特に制限は無いが、刺突に特化したエストック等は、死傷者を抑制するという観点から推奨はされていない。
また胸部と手足、それに頭に防具を着用することも義務化されている。
決闘で相手を殺めることは基本的にマナー違反であり、可能なら寸止めし相手を傷付けずに負けを認めさせることが理想だと、少なくとも公式には規程されている。
「おいアレク、くれぐれも、くれぐれも相手を殺すなよ!
いいな、絶対だからな! 俺はこれ以上、お前のせいで余計な書類仕事を増やしたくないんだ!」
「分かっている。それと午前に終わらせた書類は全てデスクに置いておいたからとっとと承認しておいてくれ。
貴方がサボるとこっちの仕事まで滞るんだ、大隊長殿」
サレ中尉が使用しているのとは別の控室で、騒ぎを聞きつけて駆け込んできた上司を適当にあしらいながら、アレクは自らの装備を確かめる。
アレクにぐだぐだと文句をつけているうだつの上がらなそうな中年の将校、アレクの所属する大隊の大隊長エスタ・ハワード少佐は、そんなアレクの様子にばつが悪そうに目を逸らす。
「い、いや〜俺は書類仕事は…」
「何時もは出世して後方勤務がしたいと宣っておいて、肝心の書類仕事が出来ないならいつまで経っても前線でこき使われるだけでは?」
「うるせぇ、むしろなんでお前、大隊付の幕僚連中より書類仕事早くて的確なんだよ!?」
「元々は文官志望だっただけだ。まあ、戦争のせいで志望がどうだなんて気にならなくなったが…」
「…そうだったな」
アレクの顔の疵がどういう経緯で負わされた物かを知っている今では数少ない一人であるエスタ少佐は、気まずげに目を逸らすと懐から煙草を取り出す。
口に咥えるとアレクがポケットからオイルライターを取り出し、火をつける。そしてアレク自身も、懐から煙草を取り出し火をつけた。
エスタ少佐とアレクの二人は、ゆっくりと煙草の煙が肺を焼く感覚を楽しみ、紫煙を吐き出す。
気まずい雰囲気を変えようと、エスタ少佐が口を開く。
「しかしお前、とんでもない奴に目をつけられたな」
「サレ中尉か? ただの
「そっちじゃねえよ。そのバカを煽って決闘を挑ませた嬢ちゃんの方だよ!」
「ああ…あれか。確か“リガール”と名乗ってたが、あのリガール辺境伯家の係累か?」
アレクが興味無さそうに煙草を燻らせる。
エスタは呆れた様子で、この有能だが興味のないこと…否、自分の目的に関係ない物に一切頓着しない部下に、事情を説明する。
「係累どころかそこの直系だっての。今の辺境伯の次女だよ」
「成る程、正真正銘のお嬢様と言うわけか」
「しかもあの髪と瞳の色だ。ガキの頃から婚約の依頼が殺到したらしいぜ?」
銀髪金眼の美人士官エリカ・リガール中尉。名門リガール辺境伯家の次女である彼女は、その血統だけでなくその容姿にも、単なる美形というだけではない付加価値があった。
「
「嘘か真か、他の大貴族どころか他国の王族からもお見合いの話が来たらしいぞ?」
リガール辺境伯家の始祖、初代“カナンの騎士”ロイ・リガール。仮面に覆われた彼の顔で唯一、隠されていなかったその瞳は金色だったと伝わっている。また彼は妻として、“ガスク氏族”から族長の弟バスカードの一人娘エリーゼが嫁いでいる。彼女はガスク氏族でも珍しく、瑞祥であるとされる銀色の髪の持ち主だった。
リガール辺境伯家の係累には稀にそれらの特色を継ぐ者が産まる。だがその中でも初代夫婦の特色を併せ持つ子供は珍しく、縁起の良い子供として特に大切に育てられてきた。
「なんでそんな大事な娘がこんな最前線に?」
「さてな。大貴族様のお考えなんざ俺達庶民には分からんよ」
「俺も一応生まれは貴族だが、確かに“七大貴族”の一角に名を連ねるような大貴族は雲の上だからな」
アレクの真っ当な疑問にエスタは投げやりに答える。
そしてぼんやりと煙草を吸っていたアレクはふと、普段は滅多に思い出さない学生時代の噂話を思い出した。
「ああ…思い出した。そういえば“学園”にいた頃に、下の学年にとんでもない美人の令嬢がいると話題になっていたな」
「へーぇ、確かあの嬢ちゃんはお前さんより2歳ほど年下だからな。学園の年次が被ってるか」
「1年生と3年生では殆ど接点は無いがな。確かウーサーの奴が言っていたな。なんでも交際を申し込んできた相手に片っ端から決闘を挑んで打ち負かす猛獣みたいな美少女、だそうだ」
「そいつぁ何とも剛毅な嬢ちゃんだな…」
「ああ、確か同学年どころか卒業生まで返り討ちにあったらしい」
アレクは紫煙を吐きながら、懐かしそうに過去の噂話を語る。だが煙草を咥えたその傷だらけの唇は、どこか皮肉げに歪められていた。
「案外、血に飢えてわざわざ前線まで来たのかもな」
「おいおい、決闘を煽って味方まで血塗れにするつもりかよ、物騒だな…」
「確かに…少なくとも一緒に戦いたくない狂人だな」
「物騒な狂人はお前だけで十分だっての…」
エスタはうんざりした顔で短くなった煙草を灰皿で揉み消す。少し遅れてアレクも煙草を灰皿へ捨てたところで、控室の扉が開かれる。
「おいアレク、そろそろ時間…っと、申し訳ありません少佐殿!」
「いや構わん構わん。ご苦労さん」
アレクを呼びに来たウーサーは、部屋に少佐であるエスタがいることに気付いて慌てて敬礼する。エスタはぞんざいに答礼し、ウーサーとアレクにとっとと行けと促す。
「おい、さっきも言ったが絶対に殺すなよ。俺まで始末書書かされちまう」
「安心してくれ。前みたいに、負けを認めた振りをして後ろから斬り掛かってでも来ない限り、わざわざ首を刎ねるようなことはしないさ」
最後に物騒な言葉を残してアレクとウーサーが控室から出てゆく。
エスタは次の煙草に火をつけ、口から紫煙を吐きながら考える。
「まあ相手はバカだが真面目そうだからなぁ…。
負けて心が折られた挙げ句自暴自棄に…なんてならない、よな?」
エスタは、サボっている彼を探しに来た幕僚に見つかるまで控室で悩み続けていた。
〜補足説明〜
“学園”
正式名称は王立カルネア学園。元々は貴族の子女の教育機関だったが、王国の隆盛と共に規模が拡大し、現在は庶民からも広く生徒を募っている。
三学年制で入学は15歳から。いくつかの科に別れているが、元々は貴族の子女を官僚や軍人に育て上げる為の学校だったためどの科でも最低限の軍事教練が課される。
基本的に卒業後に士官になるのは騎士科の卒業生のみだが、他の卒業生も兵役の際には少尉相当官として任官できる。
エリカは騎士科を首席で卒業したエリート、アレクは3年目の夏季休暇のタイミングで戦争に巻き込まれた為、本来は卒業していないが、士官が足りないため2年前に卒業生扱いで少尉に任官させられた。
“士官学校”
学園とは別に、連合王国軍の士官を育成するために設立された教育機関。
現在は学園に併設する形で建てられた第一士官学校の他、北部の第二士官学校と、南部に設立された第三士官学校および海軍士官学校の4校が存在する。基本的には爵位を持たない平民や、学園に通える経済力の無い下級貴族の子弟が入学する。
サレ中尉は北部の第二士官学校の卒業生。