ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 蒼葡萄亭ーーー
「「「乾杯!!!」」」
王都カルネアスに複数存在する繁華街、その中でも主に中産階級の人々が利用する街で、値段の割に料理が美味く酒はそこそこと評判の料理屋”蒼葡萄亭“は本日、急遽貸し切りで宴会が行われている。
普段は地元の客で賑わう店内には、店長夫婦の娘婿であり内務省へ入局したエリートでもあるファラム准尉と、彼の同僚達が大仕事をやり遂げた達成感を胸にジョッキの麦酒を打ち鳴らしていた。
「いやぁ終わった終わった」
「あぁ酒がうめぇ~。こないだの保養施設で飲んだ酒も美味かったけど、大仕事が終わった後の酒は格別だぜ」
「ウォーカー大尉が来てくれなかったらほんとにヤバかったな…」
「
「あれはいつか実行したいが、まあ今回の宴会も准将が金出してくれたからチャラだな!」
「俺はあの苦虫を噛み潰した忌々しい顔の准将見られただけで満足だぜ」
ゲラゲラ笑い、酒を飲みながらここ一月程の鬱憤を吐き出す彼らは、一週間前の生きた屍の様な姿からは見違えるほど生き生きしている。
そんな連中に混ざって、アレクもまたジョッキに並々と注がれた麦酒を煽る。ほぼ一口で大ジョッキを満たしていた麦酒を飲み干したアレクは、二杯目を頼みながらつまみとして出されたツマミのチーズと枝豆を口に放り込む。
「確かに酒は普通だが、料理は悪くない」
「あはは、料理は工夫でなんとかなりますけどお酒は基本的に値段相応の物しか揃えられませんので」
アレクの言葉に、隣に座ったファラム准尉が苦笑する。
「おーい飲んでるかぁ大尉殿!」
「無事仕事が終われたのはあんたのお陰だ、好きなだけ飲んでくれ!」
「まあ金は
アレクの席には次々と同僚が酒を注ぎに現れ、その度にアレクはジョッキの麦酒を飲み干すのだが、包帯に覆われた彼の顔色は、一見すると変化していない様に見える。
「お酒、強いんですね?」
「昔から余程の事が無いと酔わないので」
一通り挨拶という名の絡み酒が終わり、全員なかなかに酔いが回ったところでファラム准尉が尋ねるが、アレクは平然と答える。
事実、傷の治りが早いことと酒に強いことはアレクにとって数少ない自慢の種である。
「それにこの麦酒はあまり強い酒ではないでしょう?」
「それでも10杯以上飲んで平気なのは珍しいですよ」
ファラム准尉が辺りを見渡すと、既に酔いが回って言動や行動がおかしくなってきた同僚で溢れている。
「皆、酔うのが早いですね…」
「連日の激務で疲れていたんでしょう。というかファラム准尉は飲まないので?」
「酒に強くないので…一口で倒れるのでもっぱらお茶やジュースで済ませてるんですよ」
ファラム准尉はそう言って手に持ったコップからリンゴジュースを飲む。
「それにほら、幹事が潰れると後始末が大変ですよ?」
「それは確かに」
困った顔で酔っぱらい共の喧騒に目を向けたファラム准尉に、アレクも苦笑する。
そうして一通り出された食事を腹に納め、浴びるように麦酒を飲み続けた男達は案の定、机や床に突っ伏し夢の世界へと旅立った。
「あー…悪い予感が当たりましたか」
「ご指示通り、2回の大部屋に放り込んで来ましたよ」
「ありがとうございますウォーカー大尉、というか本当に酔わないんですね」
大の男二人を俵の様に両肩に担ぎ、何度か往復して宿屋も兼業しているこの店の二階にある大部屋へ放り込んだアレクは、流石に喉が乾いたのか果物水を店長の妻から受け取りながら、ファラム准尉に報告した。
「ウォーカー大尉、お疲れ様でした。もうお帰りに?」
「さて、以外と時間も早いですし、適当な店で飲み直しますよ」
料理には満足したが、酒の味には不足を感じていたアレクは、そう言って外套を羽織り帰り支度を整える。
「では、折角ですし良いお店を紹介しますよ?」
「准尉は飲めないのでは?」
「あはは、実は義父の紹介なんです」
ファラム准尉の後ろで、彼の義父がサムズアップをする。
「大尉殿、どうやらうちの婿殿が大分助けられたみたいでありがとうございまさぁ。うちは値段優先で酒は自信がないですが、その店は俺の兄弟子の店で酒に拘ってる店なんでおすすめですぜ!」
「ほう、それは楽しみですね」
敬語など使った例もなさそうな店長の申し出に、アレクは興味深げに答え、ファラム准尉の案内を了承した。
店を出て、既に日が沈んだ夜道をカンテラを持つファラム准尉に先導されながら、アレクは特にふらつくこともなく歩いて行く。
「今日は随分と冷えますね」
「少し早いですが、そろそろ雪が降りそうですね…」
連合王国でも北寄りの王都は、内陸のため雪はあまり振らないが、その分寒さは厳しい。11月も暮れになれば外套を着ていても寒さが身にしみる。
そのためか夜道に人影は少なく、ファラム准尉がいくつか角をを曲がると繁華街の喧騒も聞こえなくなる。
店を出てから15分ほど歩き、人の気配の感じられない小路を進みながら、アレクが口を開く。
「ところでファラム准尉、実は評議会の人達に言い忘れた事があるので、伝言をお願いしても良いでしょうか?」
「伝言ですか? ええ、構いませんよ」
「そうですか…」
アレクは一つ頷くと立ち止まり、ファラム准尉に頭を下げる。
「ファラム准尉、この一週間と少しの間、本当にありがとうございました」
「た、大尉? 一体どうしてまた?」
「…こう言うと少し恥ずかしいですし、准尉や他の人達には失礼だったかもしれませんが、俺にとってはこの一週間足らずの日々は夢にまで見てそして叶わないと思っていた日々なんです」
包帯の下で、寂しそうな笑みを浮かべながら、アレクは困惑するファラム准尉に説明する。
「戦争で全てを、それこそ自分の
「夢…ですか」
「はい。学園を卒業して、軍役が終わったら大学に入学して、どこかの官庁に勤めて、大変だけどやり甲斐のある仕事を同僚達とこなして、終わればこうやって皆で酒を飲んで、そんな未来が来るのだと、ずっと夢見ていました。そして四年前のあの時、俺は戦い抜くためにそれを捨てました」
淡々と、己の過去を語るアレクの姿が、ファラム准尉はどこか儚げで今にも夜の闇に溶けて消えてしまいそうに見えた。
「不思議な事に、もう夢が叶うことなど無いと、もうあとは死ぬだけだと思っていたら、思いもかけず生き残ってこうして仮初ではありますが夢が叶いました」
「…夢と言うには随分と苦労した気がするね」
「ええまあ、ああいう嫌な上司をやり込めるのも含めて仕事の醍醐味では?」
「僕はああいう嫌な上司にそもそも当たりたくないなぁ…」
本心から
「ともかく、こうして夢を叶えることができたのはファラム准尉や、他の皆さんのお陰です。おそらく
「……まるで
アレクと言葉に、ファラムは肯定ではなく疑問で答える。
アレクは穏やかな目のまま肩を竦める。
「名残惜しさはありますが、准尉の
「………いつから気づいて?」
一瞬、なんのことかと誤魔化そうとして、アレクの冷え切った視線に射すくめられたファラム准尉は、観念した様にアレクに問う。少しずつ、気づかれないよう慎重に距離を取りながら。
「いつからも何も、初日にカレウス准将から評議会に残っている間諜については教えられていましたので」
「…バレていないつもりだったのですが」
「
「あの人、性格がひねくれ過ぎてません?」
「それは同意します。きっと生まれつき性格が悪いんですよ」
嫌いな上司の悪口にはしっかり食いつくアレクたが、その視線だけは凍てついたまま、ファラム准尉を見据え続けている。
「…残念ですウォーカー大尉。正直私も、貴方が内務省の同僚なら心強かったし、楽しく仕事が出来そうでした」
「ええ。もしそんな未来があったら、きっと一緒に酒の美味い店も行けたでしょうね」
一瞬だけ、冷え切った視線に確かな親しみを宿したアレクは、再びその視線を凍てつかせ、ファラム准尉の背後の暗がりヲ睨め付ける。
「それで、そろそろ準備は終わったか?」
つまらなそうに、そして面倒くさそうにアレクが声をかけると、その闇の中から人影が現れる。
「…これはまた、どうやら予想以上の獲物が釣れたかな?」
暗がりから、勝ち誇った顔で現れたラドロス少尉の、ここ一週間足らずで見慣れた、内務省監察局の人間の顔を確認したアレクは、包帯で隠された顔に疲れたような笑みを浮かべた。