ーーー征服歴1500年11月 繁華街 路地裏ーーー
死角から放たれた凶弾を、アレクはわずかに頭を傾けるだけで避ける。
「
「なっ!?」
左側の建物の屋根に潜んでいた二人目の狙撃手が射た矢は、アレクが半歩下がっただけで空を切る。
「俺を排除する時に失敗しても、『部下が勝手にやったこと』と言い逃れるか…いやあの性格が捻くれた連中がそんな稚拙な事はしない、ということは…」
二本の矢をかわし、僅かに体勢の崩れたアレクが絶対避けられない角度で、アレクの後方の建物に隠れて機を伺っていた三人目の射手が必殺の一矢を放つが、標的の体を貫く前にアレクが左手でその矢を掴む。
「馬鹿な…」
「えぇ…」
驚愕で固まるラドロス少尉と部下たち、そしてファラム准尉と対象的に、アレクは掴んだ矢をくるくると回しながら、この襲撃の黒幕達の意図を推測する。
そして結論に至ったアレクは溜息をつく。
「俺に
そう呟いたアレクは、懐に忍ばせていた拳大の石を取り出し、己の射た矢を振り向きもせずかわされ呆然とする一人目の射手めがけて投げつける。
アレクの鍛え上げられた膂力で投擲された石が肩に当たり、”グシャリ“と骨が砕かれる音と共に射手が悲鳴をあげる。
「ぐぇっ!?」
「射た後に呆然とするとか論外だろ」
2つ目の石を取り出したアレクは、次弾を装填しようとしていた二人目の射手に容赦なく投擲する。
「ごうぇ!?」
「装填が遅い、それと一度狙撃した場所からはさっさと移動しろ」
アレクの辛口の批評と共に投擲された石は、射手の腰に直撃し、腰椎と骨盤を粉砕する。
流石に3つ目の石は持っていなかったアレクは、左手に持ったままの矢をダーツの要領でその場を離脱しようとしていた3人目の狙撃手に投擲する。
「っ…ぐぁ!」
「逃げようとするのは関心だが、自分の射た矢に毒を塗ってた報いだな」
僅かに頬をかすめた矢に塗られていた麻痺毒により、足をもつれさせた射手は建物の屋根から転げ落ちる。
瞬く間に狙撃手を無力化したアレクは、どうでもよさそうな目で改めてラドロス少尉に向き直る。
「さて、これで俺は味方のはずの王都警邏隊の隊員を負傷させた犯罪者なわけだ。良かったな、準備が無駄にならなかったぞ?」
「なッ…きさ、ま」
そんなアレクの姿に、ラドロス少尉は愕然とする。
アレクが王都へ戻ってからおよそ半月、ラドロス少尉は上司のアトラムと共にアレクを殺そうとした襲撃者達の成れの果てを毎日の様に処理してきた。
多い日には十人以上の武器を持った男達を、殆どの場合素手で(稀にその辺りに落ちている木材を使うことはあった)殺さずに制圧するアレクの実力を、ラドロス少尉は忌々しく思いつつも過小評価はしなかった。
だからこそ、自身に接触してきた”革新派“の貴族たちの伝手を使い、アレクを襲撃するために密かに内務省の王都警邏隊を動員し、重装備や本来なら都市部での使用を制限される
にも関わらず、アレクは狙撃手を一蹴し、己を路地の前後で包囲する兵士達を前にしても欠片も恐れることなく、それどころか自分達の襲撃すら、己の上司の陰謀だと口にする。
「まあお前も大変だな。多分だが、もうお前の身辺も洗われて”革新派“との繋がりの証拠が見つけられてるころじゃないか? 危険な俺を排除して、ついでにそれを餌に”革新派”を釣り上げる訳か。まあ勢力の逆転は無理だが、エリ…リガール中尉が嫁ぐ時に不利にならない程度の札にはなるな」
「ふ…ふざけた事を言うな!」
「そうだな、確かに俺の考えすぎかもしれないが…あの腹黒共が同じ派閥だから程度で味方を捨て駒にしてしないとは思えないんだがな。特に
アレクの言葉に、ラドロス少尉は目を見開き激昂するが、必死に斬りかかろうとする己を理性で抑え込む。
「っ…フー…それ以上動くな、アレクサンダー・ウォーカー。虚言で我々を動揺させ逃げおおせるつもりだろうが、いかにお前でもこの数を正面から相手にすれば無事ではすまんぞ」
「へぇ…挑発にのってくるかと思ったら思いの外冷静だな」
意外そうに、アレクは少しずつ間合いを詰めていた足を止める。ラドロスと彼の集めた部下たちは抜剣し盾を構え、アレクが奇襲を仕掛ける隙を潰す。
思ったより高い練度を示した襲撃者達に、アレクは残念そうに溜息をつく。
「できれば、わざわざお前達を殺したくはない。ここは見逃してくれないか?」
「ふざけるな! 貴様がここで死ぬのは決定事項だ!」
「俺は今夜中に王都をでる。北か南からこの国を出てもう戻ることもない。実質死ぬようなものだし、構わないだろう?」
アレクは何の未練もなさそうに、故国から姿を消す予定であることを明かす。
事実、アレクにとって
僅かな知人達との縁も、リガール家から貰った金を部下や世話になった友人、商人達に渡した事で精算できた。
唯一、自分が姿を消すことに文句を言いそうな銀髪の美女の顔が思い浮かんだが、彼女もまたこれからジャッカード少佐との婚姻で苦労するはずだ。己のことなど考える余裕はすぐに無くなると、心に僅かに刺さった棘の痛みを、かつて復讐の為に全てを捨てた時と同じ様に、意識の彼方へと捨て去った。
「却下だ。改めて確信した、貴様は危険すぎる」
「成る程…悪いが、
アレクは、瞳に徒労感と諦念を浮かべながら、僅かに重心を下げる。無手ではあるが、この程度の相手ならば即座に武器を奪って、返り討ちに出来ると確信しながら。
アレクにミスがあったとすれば、王都に戻ってから約半月で何度も経験した襲撃を全て返り討ちにしたことで、己の実力に無意識ながら驕っていたことかもしれない。
少なくとも、スペイサイド州にいたときのような絶望的な戦闘に比べれば、王都で経験する戦闘など児戯に等しいと、本人すら気付かない程、僅かに警戒心を下げていた。
また、アレクはたとえ
事実、カレウスはアレクを排除する策謀を展開した時点で、アレクを殺すのはほぼ不可能と考えていた。だからこそ、アレクに怨恨のあるラドロス少尉が暴発し、アレクが仕方なく味方を殺す事で、この国にいられないようにする作戦を立案し、実行した。ついでに、弟のアトラムを通じて、アレクを過小評価しない程度には優秀なラドロス少尉が、“革新派”を巻き込んで上手く自滅するよう誘導もした。
そして、今この時点ではアレクとカレウスの予定通り、アレクが国外へと実質追放される代わりに、カレウスは“革新派”を強請るネタを手に入れる事ができる状況な整っていた。
優秀な頭脳を持つ二人は、互いに一切図ることなく、それでいて相互が妥協できる落とし所に、上手く状況を落とし込むことに成功していた。
だが、謀略家であり、“王党派”随一の頭脳派であるカレウスですら見落としていた点が一つあった。
アレクサンダー・ウォーカーを危険だと思っている人間は、連合王国内だけではなく
帝国第四皇子にして、帝国軍西方征伐軍総司令官藍凱馮は、アレクを最重要抹殺対象に指定し、連合王国の王都カルネアスに潜伏していた帝国の諜報員達に指令を下した。
”玄鴉隊“と呼ばれ、帝国の諜報組織の筆頭に君臨する彼らは、藍凱馮の期待に応える働きを行った。
連日、アレクの下へ雑魚のごろつきや貴族崩れの私兵を送り込み、アレクの油断を誘い、一方で元々繋がりのあった”革新派“のブラントン男爵を通じて、アレクに怨恨をもつラドロス少尉を煽った。
更に、万全を期すためにアレクの
アレクは重心を下げ、ラドロス少尉の部下達で最も練度の低そうな兵士に狙いを定める。即座に無力化し、武器を奪った上で、付近の数人の首を刎ね、ラドロス少尉達が怯んだ隙に突破しようと、脳内で動きを確認しながら。
そんなアレクを油断なく観察していたラドロス少尉に、後ろから部下が抑え気味に声をかける。
「少尉殿、
「チッ…業腹だが仕方ない。使うとしよう」
ラドロス少尉と部下の会話を訝しんだアレクは、嫌な予感に従い即座に包囲の突破を図ろうと足を踏み出す。
たが、本来なら相手に反応すら許さない速度で間合いを詰めるはずだったアレクの足は、最初の一歩を踏み出す寸前に止まる。
「なっ……、レナ…?」
「っん〜〜」
踏み込んでくるアレクに対する盾にするように、ラドロス少尉の部下の一人が、隊列の後ろから手足を縛られ猿轡を噛まされた黒髪の少女を、アレクの
「やめッ…ぐぅ!?」
「んーー!!」
僅かに食い込んだ刃が皮膚を破り、赤い血が流れ出した瞬間、アレクはレナを救おうと駆け出し、そして後ろから切りかかってきた兵士の剣を躱しきれず、その額を、顔を隠す包帯ごと切り裂かれた。
次回はヒロイン(エリカ)視点の予定てす。