なんとか2話で収めるつもりですが、代わりに一話一話が長くなりそうです。
ーーー征服歴1500年 バランタイン公爵家王都屋敷 大ホールーーー
王都カルネアスの一等地に軒を連ねる貴族たちの屋敷の中でも、バランタイン公爵家の屋敷は最大の敷地面積を誇る。
“要塞城”と畏怖(または揶揄)される旧バランタイン公爵邸と異なり、現在のバランタイン家の屋敷は派手さは無いが、品の良くまとめられたデザインの建物と、調和の取れた調度品、そして丁寧に整えられた庭園と、連合王国の貴族筆頭にふさわしい上品な雰囲気の屋敷であった。
もともと、屋敷を移転する際に当時のバランタイン公爵は旧屋敷と同じ様に軍事基地顔負けの屋敷を建てようとしていたのだが、嫡男であり四代目“カナンの騎士”を襲名したフィラルド・バランタインとその双子の姉であり、王太子妃となったフレデリカ・バランタイン、そしてトランバレム家から嫡男へと嫁いだリディア・トランバレムが断固反対し、最終的に隠居に追い込まれた末に、まともな屋敷が建てられることとなった。婚家のトランバレム家は、七大貴族ジャッカード家と同じく芸術の保護に熱心だったため、当時のトランバレム公爵は婿殿の為に子飼いの芸術家や職人たちを総動員し、連合王国筆頭の公爵家にふさわしい屋敷の建築を助けた。
そんなトランバレム公爵家も内乱の首謀者として滅び、かの公爵家の支援によって建てられた屋敷で、その公爵家の滅亡を祝うパーティが行われているのは皮肉な話ではある。
「〜〜♪〜♪」
パーティの会場である大ホールの壇上に立った少女が、楽団の演奏をバックにその美声を披露している。
透き通る様なその歌声によって紡がれるのは、一人の英雄の物語。
それは故郷を海賊に滅ぼされた少年が、自身を保護してくれた貴族のもとで一人前の騎士へと成長し、かつて自身の身に降り掛かった悲劇を防ぐため、その剣を振るった戦いの歌。そして彼が戦った海賊達への鎮魂歌であり、英雄に寄り添い続けた一人の女性への愛の歌。
歌のクライマックスで、かつて少年だった英雄は王から龍の仮面を授かり、海賊達の楽園を滅ぼす。そして物語は、比類なき武勲をたてた英雄が寄り添い続けた女性へと永遠の愛を誓って締めくくられた。
歌い終えた少女へ、この大ホールへ集まった数多の貴族や有力者達は惜しみない拍手を送る。
拍手を受けて微笑む桃色のドレスを着た、赤みがかった金髪の少女は、優雅に一礼し壇上から降りる。
パーティーの余興として一曲披露した歌姫を労う様に、グラスに注がれたジュースが手渡される。
「ありがとう、エリカ」
「相変わらず素晴らしい歌声だったわね、リーズ」
差し出されたジュースを飲み干し、乾いた喉を潤した少女、リーズ・ミスト侯爵令嬢はグラスを手渡してくれた
「珍しく貴女がリクエストしてくれたんだもの。気合を入れて歌わせてもらったわ」
「フフ、ありがとう」
「でも、意外だったわね」
「…? そうかしら?」
リーズの言葉にエリカは首をかしげる。
「だっていつものエリカなら、
「…貴女のご先祖様の歌が聴きたくなったのよ」
エリカは答えづらそうに目をそらす。
七大貴族の一角、『海』の二つ名を冠するミスト侯爵の長女リーズは、同じく七大貴族の令嬢であるエリカにとっては数少ない対等な立場の友人である。それは単なる出自に留まらず、その才覚においても同様だった。
一族の、それどころか連合王国そのものにとっても“瑞祥”とされる銀色の髪と金色の瞳を持ち、更に類稀な武の才能を誇るエリカに対して、リーズもまた秀でた才能を有している。
同年代のエリカと比べても数歳は幼く見える可愛らしい容姿と、エリカと比較しても見劣りしない抜群のスタイル、そして貴族令嬢として恥ずかしくない教養と礼儀作法を有するリーズだが、流石に武術の才覚は並程度でしかなく、エリカとは比べるべくもない。
代わりに、天が彼女に与えたのは“女神”とまで形容される美しい歌声だった。
幼い頃から才能を見出され、現在では自身の出身地であるミスト侯爵領の領都にちなんで“エルデシアの歌姫”と呼ばるようになった彼女は現在、連合王国海軍特任中尉として、この戦争中は慰問の為に連合王国の各地を廻り、その知名度は王都の大物舞台俳優を凌ぐほどとなっている。
そんな彼女が慰問先や今回のようなパーティーで主に歌うのは、彼女が自分で作詞作曲した6曲の歌だった。
初代から六代目まで、六人の“カナンの騎士”の事跡を、多少の脚色はあれど一曲ずつに纏めたそれらの歌は、連合王国の民にとっては最も親しみやすく、共感しやすい物であり、同時にどの“カナンの騎士”の曲が好みかで派閥が形成される程だった。
だからこそリーゼは、親友が自身のいつもの好みと違う曲をリクエストしたことに疑問を呈したのだ。
確かに、”王党派“だけでなく他の派閥も含めた多くの貴族や有力者達が集まるこの場では、
だが、おっとりしているようで勘の鋭いリーゼは、それだけが理由では無いとなんとなく察していた。
「ふぅん…エリカ貴女、何か心境の変化でもあった?」
「ないわよ…強いて言うなら、面倒くさい噂への当てつけかしら」
「あら、私はだしにされたのね」
エリカが嫌悪感を隠さない視線を向けた先を見て、リーゼは苦笑する。
二人が目を向けた大ホールの舞台では、次の余興としてカルネアス流剣術の剣舞が披露されている。
剣を振るっているのはエリカの剣の師であるバーナード・ジルベルトと、”西の英雄“としてこのパーティーでも話題の中心であるカイト・ジャッカードだった。
滑らかで、それでいて決して目で追えない速さにはならない程度に抑えた二人の剣舞は、お互いカルネアス流剣術の達人なだけあって見応えがある。
”カナンの騎士“への推薦がほぼ確定しているカイトにとって、ほぼ唯一の障害と言って良いのは、リガール家が有する”カナンの騎士“候補に対する決闘挑戦権だけだ。かつて多くの候補達が、リガール家の推薦する決闘人(大半はリガール家の当主や嫡男、稀に親族で最も剣に長けた者)に打ち負かされ、栄誉を逃してきた。
バーナードは今回の推薦において、リガール家がカイトにぶつける刺客として最も有力視されていた。だが、壇上でカイトの相手役として剣を振るうバーナードの額には、深い皺が刻まれている。
二人一組の剣舞は、実力の等しい者達でない場合、実力の高いものが低いものに合わせるのが通例だ。バーナードはこれまで何度かカイトと共に剣舞を行ったことがあり、少ないくと以前、今回の大戦が勃発する前に剣舞を行った際には、経験の差もあったがバーナードがカイトに合わせていた。
だが、今おこなっている剣舞では完全に立場が逆転している。バーナードですら、カイトの剣舞にボロが出ないよう合わせるのが精一杯で、むしろ心配そうな目をしたカイトが気を遣っているほどだった。
それは、同じ“練武館”の
目の肥えた貴族達は、この演舞を観て改めて確信した。
『7代目”カナンの騎士“を襲名するのは、カイト・ジャッカードだ』と。
演舞が終わり、バーナードは無表情に、カイトはにこやかに一礼して壇上を後にした。
「苦労知らずの”英雄“の前座に、最も悲惨な境遇だった”英雄“の歌を歌わせるなんて、ひどいわね」
「その割には楽しそうね、リーズ」
「カイトさんは嫌いじゃないけど、私も”カナンの騎士“の末裔だもの。こんなふうにトントン拍子に”カナンの騎士“を受け継ぐお膳立てされてるの、なんだか気に入らないのよね」
ふんわりと微笑みながら、言葉に毒を込める親友に、エリカは苦笑する。
「それに私の耳にも
「ああ…
心配気な顔のリーゼに、エリカは眉を顰める。
「腹立たしいけど、もう水面下でかなり話は進んでるみたい…」
「そう…流石にエリカでもカイトさんに決闘では勝てないものね」
「忌々しいわ…確かに今まで気に入らない婚約者候補を決闘で倒してきたけど…本当に嫌な
”カナンの騎士“を襲名したカイトが、リガール家の“祝福の御子”を娶る、という
エリカが肯定したのは、その
「私のお母様はきっと反対するわよ。エリカのこと気に入ってたし、貴女に無理に政略結婚させるなんて」
「いつか年貢の納めどきか来るとは覚悟してたわ。正直、リーゼが羨ましいとは思うけどね…」
エリカはチラリと、自分とリーゼを背に彼女達に群がろうとする有象無象達を牽制し、二人がゆっくり会話できるよう体を張ってくれているリーゼの婚約者を盗み見る。
ついでに、リーゼの婚約者が日に焼けた浅黒い肌に冷や汗を浮かべ、捨てられた子犬の様な目で『助けて!』とメッセージを発信している様な気がしたが、エリカとリーゼは『あと少し頑張れ!』と幼馴染でもある彼にウインクを送る。
「私は運が良かっただけよ…もちろんフリッツが頑張ってくれたのもあるけど」
「私にはそんな幼馴染はいなかったもの。いたのは私の生まれと、この髪と瞳に価値を見出す男達だけ」
「そんなこと…でもないか。でも、貴女に釣り合う身分ではじめから貴女自身を見てくれる人はそうそういないものね」
リーゼはいつもは自由奔放な親友がずっと心の奥に抱いていた諦念に悲しみを抱く。同情は、彼女の生き様を侮辱することだと知っているため、決して表に出すことは無いが。
そこでリーゼはふと気がつく。親友が意識してか無意識にか、普段の好みと違う曲を自分にリクエストした理由に。
「もしかしてエリカ、貴女の御眼鏡に叶う
「なっ…そ、そんなことないわよ!」
顔を赤らめ慌てて否定するエリカを見て、リーゼは自分の推測が当たったと確信する。
「ふぅん…でもそんな人がいるなら、いつもの貴女の我儘でリガールのご隠居様にお願いすればいいじゃない」
「だからそんなんじゃ…ってもうわかったわよ」
「あら、もっとムキになって否定するかと思ってわくわくしてたのに、残念ね」
「たまに貴方からカレウスおじ様とかダニエル兄様と同じ気配を感じるわ」
「エリカ、それは私達の友情を終わらせる言葉よ?」
「そんなに嫌なの!?」
割と本気で据わった目で睨まれたエリカは、ビクリと体を震わせる。
「それは兎も角、それでエリカの良い人はどんな人なの?」
「話題そらせなかったか…じゃなくて、言う意味は無いわよ。多分
「…?」
「身分も違うし、私は
「エリカが気に入るような人なら身分差くらいなんとかできそうだけど…」
「
寂しそうに笑うエリカに、リーゼは首をかしげる。
「あいつは私のために命を懸けて戦ってくれた。
「…横恋慕?」
「どうかしら? はっきり聞いてないし、恋愛感情かはわからないけど、少なくともあいつにとって
エリカは手に持っていたグラスの果実水を飲み干す。
リーゼは、どこか自棄になっている親友を何とか慰めようと言葉を探すがなかなかいい言葉が見つからない。
「り、リーゼ…エリカ…そろそろ限界だ。というかカイトさんまでこっちに来てる!」
「ごめんフリッツ、もうちょっと頑張って!」
「そろそろ言い訳のネタも尽きそうなんだよ…」
そんなにリーゼ達に、二人を守ってくれていた
今のエリカに、カイトや有象無象の男達の相手をさせるのは酷だと判断したリーゼは、親友のために体を張ることに決めた。
「エリカ、疲れたでしょ? ちょっと庭園で休んできたら?」
「そんなこと…ううんそうね、ちょっと涼んでくるわ」
リーゼの真意に気づいて、少し火照っていた顔を扇で仰ぐと、エリカは親友にこの場を託して大ホールを後にした。
彼女を追おうとした男達は、フリッツの的確な牽制と、再び歌を披露し始めたリーゼの活躍で全て阻まれた。
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大ホールの喧騒を離れて、屋敷の庭園へ足を踏み入れたエリカは、噴水の側のベンチに座り溜息をつく。
親友に気を使わせたこともそうだが、それ以前に想像以上に自分の心が乱れていることに、我がことながら呆れてしまったからだ。
「ハァ…情けないわね」
エリカは、できるだけ目をそらしていた、自分の婚約にまつわるあれこれが想像以上に広まっていた事を知って、パーティー会場でイライラしていた。さらに親友に自分の心の内を見透かされた事で、蓋をしようとした想いが制御しきれなくなっていたエリカは、澄み切った冬の夜空を見上げ歌を口ずさむ。
「〜〜♪〜♪」
親友が壇上で歌っていた仮面の英雄の物語、そのクライマックスで、かつて全てを失った少年が、想い人へと愛を誓う場面を、親友に比べると技術では劣るが、鈴の音の様な美しい声で歌い上げる。
「…我ながら女々しいというか、未練がましいかしら」
もしも自分がこの歌のヒロインなら…と少女じみた想いを抱いてしまった時点でエリカは皮肉げに頬をつり上げる。
エリカとて貴族令嬢の端くれだ。いつか家のために政略結婚する事は覚悟していた。それに抵抗して色々やってはみたが、平和な時代ならともかく、この戦時に自分の我儘を許容できる余裕は、いかなリガール家といえども存在しなかった。
「せめて一緒にパーティーに来てくれたら…ま、無理よね」
冗談半分でアレクを誘ったことを思い出し、エリカは自嘲する。無理矢理にでも連れ出していたら何かが変わったかもしれないけれど、これ以上、あの悲しいくらいに強く孤独な“英雄”に迷惑をかけたくなくて…
「ハァ…煙草でも吸いたい気分ね…吸ったことないけど…うん?」
気を紛らわせるように独り言を言っていたエリカの耳に、微かな喧騒が耳に入る。
「おい、どうしたその怪我!?」
「早く医者を!」
「何でわざわざこんなところに…」
「たのむ…リガール家の…」
気配を消して、こっそりと屋敷の正門の脇、門番用の詰所に忍び寄ったエリカの耳に、門番達の慌てた声と、息も絶え絶えな男の声が耳に入る。特に、その男の口にした自分の家の名が。
「どうしたの?」
「うん? なんだおま…ってエリカお嬢様!?」
気になってついつい声をかけてしまったエリカに、声をかけられた門番は初めは怪訝そうに、そしてその声の主が自分達の仕える家の女主人の妹だと気付き驚愕する。
そんな顔見知りの門番達の驚きを無視して、エリカは詰所内で応急処置を受けている血塗れの男を覗き見る。
その男は、背中と肩に剣で斬られたとおぼしき刀傷と、顔に殴られたかのような打撲痕こそあるが、身につけている衣服自体は上品なのでおそらく貴族か、それに近しい存在だと推測できた。
詰所の簡易ベッドの上で、うわ言のように『リガール家に…』と言い続ける男に、エリカは漠然とした不安を抱きながら近づく。
それは男の血と傷を恐れたわけではない。だがエリカの勘が告げている。“何かまずいことが起きている”と。
「リガール家のエリカよ。私の家に何か用かしら?」
「ああ…あなた…は…がっ…」
負傷によって意識が朦朧としていた男は、エリカの名と聞き、彼女の銀色の髪を見て目を見開く。
男は血にまみれた手をエリカへ伸ばす。門番達が静止しようとするが、エリカは自分の手が汚れるのも構わずその手を取った。
「助けて…助けて、下さい…」
「…わかったわ。だから、何があったか話して」
エリカは真っ直ぐに、涙を流しながら助けを求める男を見つめ返す。
「娘を…
「なっ!!?」
血塗れの男、ボウモア子爵の嘆願を聞いたエリカは、驚愕に目を見開いた。