2話で終わりませんでした…
追記:
分かりにくかった会話を一部修正しました
ーーー征服歴1500年11月 バランタイン公爵家王都屋敷 遊戯室ーーー
貴族の屋敷において、遊戯室は単なる娯楽のためのスペースである以上に、交流や密談のための場所であることが多い。
今回の様な大規模なパーティーにおいては、普段ならばなかなか集まることの出来ない有力者達が一同に会することができる。そして、そんな有力者達が落ち着いて話が出来るように、大貴族の屋敷には専用の遊戯室が複数用意されている。
様々な余興や美酒と美食で賑わう大ホールから離れた、歴代バランタイン公爵が親しい友人と会合を行うための遊戯室(他にも招待客のランクによって複数の遊戯室がある)で、カレウス・グランツ准将は緊張で乾いた喉を潤すためにグラスのワインをあおる。
「で、カレウスよぉ…評議会の進捗はどうだったんだ?
部屋の中心で、最も豪華なソファに座った男、この屋敷の主であるヴォルス・バランタイン公爵が獰猛な笑みを浮べながらカレウスへ問いかける。
歳は五十を越えているはずだが、鍛え上げられた肉体は欠片も衰えておらず、白髪の無い黒髪を総髪にしたヴォルスは、陸軍大臣としてカレウスを受勲式準備評議会のリーダーに指名した責任者としてその進捗を確認しただけだが、傍からみるとヤクザの大親分が舎弟を脅しているようにしか見えない。
たがカレウスは怯える様子を欠片も見せず、むしろ呆れるように溜息をついてヴォルスを窘める。
「初めから言っていたでしょう。盤面を覆せるようなネタはまず上がらないと…少なくとも大幅不利から、多少なりとも渡り合える程度まで戻した事を労ってもらいたいですね」
「まあそうだがなぁ…ったく、面倒くせぇ」
ヴォルスは忌々しそうにグラスのワインを呷る。大戦勃発時、陸軍参謀総長だった彼は、この大戦が『始まる前から負けている』と大戦初期から察していた。王都直撃を意図したトランバレム公爵軍とファガリア王国軍の合同軍を、自らの影響下にある北方の第5師団を投入して叩き返し、北東部のブリュンヒルデ要塞に公爵家の私兵である精鋭騎兵隊を援軍に送ることで『完敗』を阻止した彼は、2年前の西方攻略戦でファガリア王国軍を徹底的に叩き潰し、公爵軍と和睦してこの戦争を幕引きする算段をつけていた。そこには、大戦初期に自身が率いる“王党派”の士官たちが献身的に戦ったことで多くの犠牲を払った事も大きく影響している。彼は、このまま泥沼の戦いが続けば“王党派”の影響力が著しく低下すると冷徹に判断していた。
だが、決戦においてファガリア王国軍は早々に潰走しトランバレム公爵軍の本隊が味方を守るために矢面に立ったことでヴォルスの計算は崩れた。
立場上、カイトの活躍を称賛はしたが、その後に発生した“革新派”系将校の過剰なまでの“貴族派”及びトランバレム公爵軍への追撃は、トランバレム公爵及び彼を慕う領民の反発を煽り、その後の徹底抗戦に繋がったため、ヴォルスは今に至ってもカイトの“カナンの騎士”襲名に反対している。
また、大戦において発生した犠牲に対する責任を取る形で参謀総長を辞任に追い込まれ、なんとか戦争の拡大を防ぐために陸軍大臣の椅子をもぎ取った彼にとって、現在の”革新派”の隆盛と、それに流される形で主流となった主戦論など酒を飲まなければ直視することもしたくない醜悪な現実だった。
「落ち着かんかヴォルスよ。カレウスはようやっておる、あまり責めるでない」
不機嫌そうなヴォルスに責められるカレウスを庇ったのは、先代リガール辺境伯であり、現在王都におけるリガール家の代表でもあるレオポルド・リガールだった。
同じ七大貴族の長老格になだめられ、ヴォルスは鼻を鳴らして口を噤み、カレウスは会釈して自身を庇ってくれたレオポルドに感謝を示す。
ここまでのやり取りはカレウスにとって想定通りであり、バランタイン公爵と先代リガール辺境伯のやり取りも、所詮は身内のじゃれ合いであり、そこまで緊張感を持つものでは無かった。
カレウスの隣に立つダニエル・リガールが小声で話しかける。
「大丈夫ですか、先生?」
「正直胃が痛い。俺はあの
「エリカやユリア姉様がいれば話が弾むんですけど、僕達は
「本当になんでだろうな」
小声で訝しむ
「おやあリガールのご隠居殿、貴方方が私達をこの場へ呼んだのは終戦工作に協力させるためだと思っていたのだが? そのために必要なのは
「…まあそうですな。戦争を止めるにしろ止めないにしろ、意思統一が出来なければ議会は混乱するだけです。戦争の継続と、獣国への逆侵攻まで主張する“革新派”やそれに迎合する議員達を抑えるためにも、“王党派”の弱体化は看過できません」
燃え盛るような緋色の髪の美女、現ミスト侯爵ミランダ・ミストは、言葉とは裏腹に愉しそうに赤い口紅で彩られた唇を釣り上げ、隣に立つ“衆民議会議長”ヘリオス・アーフェンに水を向け、ヘリオスもまた難しそうな顔で肯定する。
ちなみに、いかにヘリオスが衆民議会のまとめ役とはいえ、準男爵の位しか持たない彼が七大貴族の当主やその代理、そして係累であるカレウスやダニエルと同じ部屋に招かれたのは、彼の息子であるフリッツが、ミランダの愛娘リーズと婚約しているからでもあった。
「お前のことだから、何かひねくれた手を打ってるんでしょうカレウス?」
「人聞きの悪い事を言わないで頂きたいなミスト侯。勿論手は打ちましたが、貴女に咎められるようなものではありませんよ」
ミランダに問いかけられたカレウスは、普段の傲岸不遜な彼には珍しく腰が引けた態度で対応する。ヴォルスとさほど歳は変わらないはずなのに、未だに匂い立つような色気と、それ以上に得体のしれない覇気を放つ女傑は、カレウスにとって数少ない苦手な相手だったからだ。
「ふぅん…で、お前の策は成りそうなのかしらぁ?」
「問題ありません。明日には吉報が届きますよ」
獲物を甚振る猫のような目をするミランダに、自身の隙を見せないようにカレウスは不敵に笑う。
「上手いこと暴走してくれる奴がいたので、“革新派”を巻き込んで自滅するように仕向けておきました。運が良ければ、疑惑だった“革新派”と帝国の密偵との繋がりも見えてくるかもしれませんし、厄介だった密偵共も一掃できるでしょう」
「ほぉ、お前にしては最近妙に大人しいと思ったら、裏で随分と面白ぇことやってたんだな!」
「まあ丁度いい
ニヤリと楽しそうに笑うヴォルスに、カレウスもまた満足気に唇を歪める。
策謀家であるカレウスにとって、他人を意のままに操りながら目的を達成するのは最上の快楽だ。流石に、眉を顰めているレオポルドとダニエルに配慮して喜びをそこまで表に出してはいないが。
そして、レオポルドとダニエルの表情を訝しんだミランダが
「ところでカレウス、その
「あぁ…屍人ですよ。国への忠誠心も派閥への関心も無い、本当ならとっくの昔に戦場で野垂れ死んでた男です。互いの利害が一致したので、今は俺の部下として使っていますが、この仕掛けが終わればもう関わることもありませんよ」
カレウスは吐き捨てるように、
「貴方がそこまで悪しざまに言うのも珍しいし興味もあるけど、その言い方だと
「…さてね。殺して死ぬような奴じゃないので死んではいないでしょうよ」
ミランダの指摘に、カレウスは素っ気なく応える。
カレウスはこのパーティーにくる前に、弟のアトラムから『今晩ラドロス少尉がアレクを襲撃する』という報告を受けていた。
時間からすると、そろそろ打ち上げの飲み会が終わり、“革新派”の間諜だったファラム准尉辺りがアレクを襲撃地点まで誘導している頃合だと、カレウスはさり気なく懐中時計を確認する。
「カレウス先生、自慢気に言っていますけど彼への報酬と
「あー…そこは感謝してる」
「なんだ
「ええまあ成り行きですけどね」
ついつい口を挟んだダニエルを咎めるでもなく、ミランダは疑問を口にする。
「カレウス先生、件の士官に欠片も信頼されてないので、僕を通じてリガール家が囮になる事への報酬を渡して、国外へ逃亡できるお膳立てもしたんですよ。まあ名目は
「エリカを救った…ああ、スペイサイドの無貌鬼ね」
「…ご存知でしたか、ミスト侯」
「フフ、あの地と我がミスト家は少々縁があるもの。貴方達の都合で功績が盗まれた
ミランダは愉しそうに唇を歪めながら、目だけは冷徹に
貴族として時に冷酷な手段を行使することも厭わないミランダだが、自分の美学に反する行いは決して行わない。だからこそ、時に己の美学からかけ離れた手法を用いるカレウスやダニエルは彼女にとっては有用ではあるが好きにはなれない存在だった。
故に、二人が行った必死で戦ったアレクの功績を踏みにじる行為に不快感を示したのだ。
「必要な事です、ミスト侯。むしろ貴女のお気に入りであるエリカ嬢の戦績に箔が付きますよ?」
「はぁ…それもそうね。やれやれ権門に生まれるのも楽ではないわねぇ」
ミランダはつまらなそうにキセルを咥え直す。
七大貴族の一角である彼女もまた、この戦争が始まる前から詰んでいる事は理解している。おそらくこの大戦を引き起こした帝国の総指揮官が、自分達七大貴族の権勢を削ぎ落とし、大戦が終結した後も自分達へ報復できない様に謀略を張り巡らしていることも。
そしてカレウスが、後手に回った状態でその謀略を可能な限り阻止しようとしていることも。
「ままならないわねぇ…本当に」
「ミスト侯…」
忌々しそうに呟くミランダに、隣に座るヘリオスが気遣わし気に声をかける。
絶大な権力を持つミランダでさえ、時には己の美学を曲げねばならない事もある。可愛がっていた娘の親友が望まぬ婚姻を結ばねばならないことも、そしてそのエリカが婚家で不利にならないよう、外道な手段を裏で用いなければならない事も、彼女には腹立たしい限りだった。
重苦しくなった空気を払拭する様に、ヴォルスが口を開く。
「さぁて、じゃあ飲むとするか。気に入らん話題ばかりだが、兎も角エリカ嬢がジャッカードのところの餓鬼に嫁いでも、こちらの不利にはならねぇんだ。嫌な気分も酒と一緒に飲み下せ」
「そういうことじゃミランダ。ほれ、マーグレムの家から貰ってきた蒸留酒じゃ、美味いぞ?」
それに乗るように、長老であるレオポルドが後ろに控える執事から酒瓶を受け取りグラスへと注ぐ。
そしてこの場に集まった者達がそれぞれグラスを持ち、琥珀色の蒸留酒が注がれたグラスを打ち鳴らした所で、この場で最も聴覚の鋭いヴォルスが異変に気付く。
「なんだぁ…おい?」
「何だか騒がしいわねぇ」
扉の外で、ヴォルスの家臣たちが誰かを押し留めようと言い争っている様子が伝わってくる。
「大方、カレウスの陰謀に気づいたエリカちゃんが殴り込みに来たのかしらぁ?」
「ハハハ、だったらおもしれぇな!」
ミランダの冗談にヴォルスが笑う。他の面々も流石にそんな事は無いだろう、おそらく酔っ払った馬鹿がここに迷い込んだのだろうと考え、ダニエルが様子を見るために扉の外に出ようとして━━
「一体どうし…ぶへ!?」
勢いよく開かれた扉にふっ飛ばされる。
「は?」
「あぁ?」
「ふむぅ」
「あらぁ?」
「え!?」
額を抑えて悶絶するダニエルを踏み越え、般若の形相で遊戯室へ現れた
カレウスとヴォルスは驚き、レオポルドは呆れ、ミランダは面白がり、ヘリオスはひたすら困惑して。
「あー…エリカ嬢、一体どうし、ぶへらぁ!!?」
そして迷わずカレウスの顔面を殴り飛ばしたエリカは、白目を剥くカレウスの襟首を掴み怒りのまま叫ぶ。
「アレクは今どこにいるの!! 言わないならそのいけ好かない顔をジャガイモみたいにボッコボコに歪めるわよ!!!」
あと1話で主人公視点に戻ります。