今回から主人公視点へ戻ります。
ーーー征服歴1500年 王都カルネアス 繁華街裏路地ーーー
だが、後方から完全に不意打ちで放たれた斬撃を、アレクは無理矢理体をひねって辛うじて躱す。それでも完全には避けきれず左の額を切り裂かれ、彼の無惨に失われた貌がさらされ、血飛沫が人質となったレナの頬を汚す。
「ぐぅ!?」
「んーー!!」
猿轡を嵌められたレナのぐもった叫びを背に、アレクは追撃しようとした兵士を蹴り飛ばす。胸甲が歪む威力で蹴られた兵士は後続を巻き込んで吹き飛ぶ。
「レナぁ!!」
血を拭う手間すら惜しみ、盾を構える兵士達へ襲いかかろうとするアレクの耳に、再びレナの悲痛な叫びが届く。
「んんーっ!!」
「おっとウォーカー大尉、そこまでだ。彼女の綺麗な顔が
「っ!!?」
レドロス少尉が自身の細剣でレナの白い頬を切り裂く。パックリと割れた傷口から赤い血が溢れ、彼女の頬を汚したアレクの血を洗い流す。
「くっ…」
「抵抗すると今度は彼女の目を潰す。次は耳だ」
斬りかかって来た兵士の斬撃を躱したアレクへ、レドロスはさらなる脅迫を行う。レナの血で濡れた剣先を彼女の翠の瞳へ向けて。
「やめろ、やめてくれ!」
この場にエリカや、かつてのアレクの部下がいれば己の目と耳を疑っただろう。切り刻まれ、焼け爛れた異相をに悲痛に歪め懇願するアレクの姿など、戦場で想像すら出来ないものだったから。
そしてアレクは抵抗を諦め、両手を上げる。
「これ以上抗戦しない、だからレナを解放してくれ」
周囲を抜刀した兵士達に囲まれながら、アレクは無抵抗を示し襲撃者達へ懇願する。
だが、アレクを憎むラドロス少尉はその程度ではアレクを信用しない。
「まだだ…膝をつき頭を垂れろ、貴様の大切な
「分かった…」
悪意と殺気に満ちた視線に晒されながら、アレクは膝をつく。顔の左半分を血に染めながら、手をつき、額を地面にこすりつける。
「頼む…どうか、俺はどうなってもいい。殺すなら殺せ。
だからレナを…家族を開放してくれ」
戦場で何百もの人間を無慈悲に屠り去った男が、たった一人の家族の為に膝を折り、不様に地面を舐める。
それでも、ラドロス少尉の溜飲はまだ下がらない。
ニヤニヤと粘つく不快な笑みを浮かべたラドロスは、地面に額をついたまま動かないアレクの頭を踏みつける。
「ぐぅっ…」
「誠意が足りないなぁ!! えぇおい! そんな程度で義兄の…ショーンの無念が晴れると思っているのか!!」
「がっ、ぐぁっ」
何度も何度も、アレクの頭を、腕を、背中を、ラドロスは執拗に踏みつける。
「何とか言えよ!」
「っう!」
アレクの頭を、切り裂かれた額を蹴りつけ、腹を蹴り飛ばして地面に転がし、血と泥に塗れたアレクを嘲笑う。
「おいどうした、まだ土下座をとけとは言っていないぞ!?」
「……」
アレクは無言で、汚れを払うことなく再び額を地面に擦り付ける。
その無様な、あまりにも情けない姿を、ラドロス少尉と彼の部下たちは嘲笑う。
「ハ、ハハハハハ!! 情けない姿だな、アレクサンダー・ウォーカー!」
「ギャハハハ、これが本当にスペイサイド州の英雄なのかよ」
「どうせ賄賂と脅迫で嘘の報告を通したんだろ、見ろよあの情ねえ面!」
「どうせあの顔も”俺は歴戦の猛者です“って周りを騙すためだろ!」
「やり過ぎて見るに耐えねぇ顔になってるけどな!」
「「「ギャハハハハ!!!」」」
あまりにも醜悪な光景に、ファラム准尉は目を逸らす。
短い期間とはいえ、ともに机を並べ仕事をした同僚が、家族を人質にされ嬲りものにされている姿も、それを嘲笑う者達も、少なくとも見ていて楽しいとは思えなかった。
人質として、首筋にナイフを当てられたままのレナもまた、自分の為に無様な姿を曝すアレクの姿に涙を流す。
自分が捕らえられなければ、アレクがこんな目に会うことなど、同じ国の人間からこんな風に嘲笑われることなど無かったはずなのに、と悲しみながら。
ラドロス少尉に何度も蹴られ、地面を転がされたアレクは、その度に土下座の体勢に戻される。
延々と続いた醜悪な儀式は、とうとうアレクが仰向けのまま動かなくなった事で終わりを告げる。
「ハァ…ハァ…は、ハハ…死んだ…いや、私が殺したんだ…義兄の仇を…ハハ、ハハハハハ!!」
肩で息をするラドロスが狂ったように嗤う。
最早彼の頭には、最早”王党派“への忠心も”革新派“への傾倒も、何よりも先程アレクが語って聞かせた己の破滅への道すじも無い。
あるのはただ、己の敬愛する義兄を殺しながら、戦場で名を馳せ、そして自身が憧れた
だからこそ、彼は気づくことが出来なかった。
「ハァ…ハァ…おい、さっさとその小娘を殺せ!」
「な、少尉…それは…」
「さっさとしろ! そいつは曲がりなりにも子爵家の娘だ。そこらの町娘と違って攫われた事に気づかれれば我々も面倒な事になる。殺して適当な貧民街にでも放り込んでおけ」
レナの処遇を口にした瞬間、閉じられたアレクの瞳が、薄っすらと開いた事を。
「少尉どの!!」
「なっ!?」
彼らは気づかなかった。ラドロス少尉如きの力では、アレクの過酷な戦場で鍛え上げられた肉体に、蚊ほどの痛痒も与えられていなかった事を。
「まっぶぎょふぇあ!!?」
アレクの拳が、ラドロスの醜悪な笑みの浮かんだ顔面に叩き込まれる。
鼻を粉砕され、前歯を砕かれたラドロス少尉は宙を舞い、レナの前面に展開し盾を構えた兵士達に激突する。
「ぐへ!?」
「ぷげ!?」
体勢が崩れた兵士達の隙間を、ラドロス少尉が手放した細剣をキャッチしたアレクが駆け抜ける。
慌てて振り向こうとした兵士達だが、それは叶わなかった。
何故なら、彼らに見ることが出来たのは、血を吹き出しながら地面に倒れてゆく
「ヒッ」
「その汚い手を離せ」
レナを拘束する兵士の眼の前に辿り着いたアレクは、剣を持たない左手で、ナイフを持った兵士の腕を掴む。
「やめギャアァァァ!!」
手首を握りつぶされ、腕を捻り上げられて肘と肩の関節をへし折られた兵士は、泡を吹いて意識を失う。
「すまん、レナ」
「んー!」
レナを抱えたアレクは、自分達へ斬りかかる兵士達の斬撃を躱し、その場を離脱する。
「何をやっている!! 逃すな! 囲め!」
ラドロス少尉ではなく、レナをアレクの前に引きずり出した兵士…実際は帝国の精鋭諜報部隊”玄鴉隊“の隊員が、アレクを殺す為に浮足立つ兵士達を叱咤する。
「レナ、これを被って伏せていろ。絶対に頭を上げるな」
「アレク兄様!?」
壁際へ追い詰められたアレクは、手足と口の戒めを解いたレナへ、自分の着ていた外套を被せる。
「大丈夫だ、レナ。兄さんを信じろ」
「兄さま、私は…っ!」
幼少の頃のように優しい声で、
「ころへ!! へっはひににがふな!!」
顔を抑え、歯がおられたせいでまともに喋ることも出来ないラドロス少尉が立ち上がり、憎悪に塗れた目でアレクとレナを睨む。
「…ラドロス少尉、お前を殺す前に一つだけ言っておく」
呼吸を整え、腕を軽く開いた隙だらけの構えをとったアレクが、昏く生気の無い目をラドロスに向ける。
「ショーン・ジルベルト中尉の件だが…」
アレクの語る言葉を聞こうと、ラドロス少尉が口を噤み身構える。
「あれはあいつが弱かっただけだ」
「殺せぇ!!」
激昂したラドロス少尉が先頭を切って
「お前が馬鹿で助かったよ」
ユルリ…とアレクが足を踏み出す。
使う
かつて仮面の英雄が、己の敵を滅殺せんが為に生み出した殲滅の型。
己の家族を傷つけたクズ共を地獄に叩き落とす、無慈悲なる剣をアレクが迷わず振るおうとし━━━━━
「へぶろふぇ!!!?」
白馬に乗ったエリカが、ラドロスを跳ね飛ばして裏路地へと現れた。
主人公追放フラグ④
『虐殺』→不成立
〜余談〜
土下座か裸踊りか迷いましたが、裸踊りだと手足が自由なのでアレクがすぐに反撃し始めてエリカが間に合わないので土下座にしました。