「出来たぁ!」
目の下にクマを蓄え、髪の手入れもそっちのけで研究に没頭していた中年の化学班員。まるでクリスマスプレゼントをもらった子供のように飛び跳ねながら歓声を上げる。
「遂にか!」
「俺にも見せてくれよ!」
その言葉を皮切りに、同志である仲間たちがボールに群がるサッカー選手のごとく集い始めた。
「苦節三年……! やっと完成したぜ……!」
眼鏡をずらして目元に溜めた涙を拭い、感動で体を震わせながら卓球ラケット程あるストップウォッチのような機械を持ち上げた。
「対AKUMA用催眠術装置……」
手にした装置。それはこの場にいる四人の化学班員達の五年にも及ぶ製作時間をかけて作り上げた物だ。
AKUMAを催眠状態にし、こちらのスパイとして内部に潜入したり、作戦をリークさせたりと、この戦争において教団側が有利になるというコンセプトのもと研究が進められていたものだ。
「これがあれば教団側が一気に優勢になるはずだ!」
「早速室長のところに行って報告だ!」
「ああ! この戦争! 勝てるぞ!」
男達は意気揚々と装置を手にし、部屋を後にした――
「…………」
「畜生!」
研究員たちは足元に散らばった書類を蹴飛ばしたり、工具箱を投げ捨てたり、机に無言で突っ伏していたり、放心状態の者や怒りに身を任せている者など、それぞれが今の気持ちを体で表していた。
例の装置は企画が通り、実践実験が行われたのだ。しかし――
「出力不足かよ……」
不認可の判子が押された書類をクシャクシャに丸めながら床に投げつける。
そう。彼らの人生をかけた最高傑作は、失敗作の烙印を押されてしまったのだ。
問題は出力不足だった。
「実用化当分延期……実質研究中止だよな……」
「試運転では象も催眠状態にできたのによう……」
「レベル1の【AKUMAに】すら効き目が薄いとは……」
「人知を超えた生命体……ってことだな……」
想像以上の力を示した【AKUMA】を前に、自分たちの想定の低さを恥じる化学班員達。
自分たちの力を過大評価していたわけではないが、それなりの自信と経歴、おしてそれを裏付ける技術があってこの本部に収集されたのだ。それを容易く打ち砕かれたのだ。立ち直るには時間がかかる。
その時——
コンコンコン――
ドアのノック音だ。
意気消沈故に誰一人返答する気力がない中、ノック主はそれを悟ってかこちらの返事を待たずにドアを開けた。
それと同時にコーヒーの香ばしい匂いが研究室に入り込み、男達の汗のにおいをかき消した。
「入りますよー」
「ん? あ、リナリーちゃん!」
コーヒーの入ったカップをトレイに乗せ、天使のような笑顔を浮かべながら入ってきた人物はリナリー・リーだった。
整った顔立ちに完璧ともいえるスタイル。少々目のやり場に困るミニスカートにトレードマークのツインテールを揺らしてこちらに近づいてくる彼女は【教団】の室長であるコムイ・リーの妹で【ダークブーツ】という【イノセンス】を駆使し、【AKUMA】と戦う【エクソシスト】だ。
本来ならばこんな仕事は彼女がやることではない。だが彼女は進んで化学班のメンバーにコーヒーを持ってきてくれる。その優しさと可憐な笑顔に癒され、また頑張ろうと思えるのだ。
「その……研究の方は残念でしたね」
トレイからコーヒーを取り、男達の前に置きながらリナリーが声をかける。
「知っていたのかいリナリーちゃん?」
「はい。検証に兄と一緒に居ましたから」
なんでも実験が失敗し、【AKUMA】が暴走したときの為に室長や化学班班長達を守る役としてリナリーがその場に立ち会っていたのだという。
「じゃあ見事に失敗したところも見られちまったわけかい……」
「ははっ……格好悪いところ見せちまったんだなァ……」
乾いた笑い交じりにコーヒーをすする男達の言葉にリナリーは首を横に振る。
「そんなことないですよ? 兄さん達の基準には満たなかっただけで、【AKUMA】には効果が観られましたから」
「え!? 本当かい!?」
「はい! 【AKUMA】の動きが確実に鈍っていましたし、破壊する時もほぼ無抵抗で簡単でした!」
その言葉に男達の表情からこわばりが消えた。
実験結果だけしか聞かされていなく、途中経過などがわからなかったため、一切効果がなかったと思っていたところに聞かされるその情報に胸が躍る。
「実用化当分延期ってのはそういうことだったのか……! 俺達にはまだ希望があるってことだな!」
「ああ! こうしちゃいられねぇ! 実験再開だ!」
「だな!」
コーヒーを一口しか飲んでいなかったが彼等にはそれどころではない。皆飲みかけのカップを机において新たな計画を立て始める。
「よし! 早速二号機に取り掛かろう!」
「ばか! その前に部屋の掃除だろ!」
「んな時間勿体ねぇよ!」
怒号交じりに活気付く研究室。そんな中、リーダー格の男がリナリーに礼をいう。
「ありがとうリナリーちゃん! 君のおかげで元気と希望が湧いてきたよ!」
「あはは! それは良かったです!」
天使のような笑顔を向けるリナリーにつられ、男達も笑顔や拳を突き上げて返した。
空になったトレイを胸元に抱き、帰ろうとしたリナリーだったが、ふと部屋の中央に無造作に置かれた機械に目がいった。
「あ、これ……」
「ん? ああ、これが【対AKUMA用催眠装置】だよ」
前かがみになりながら機械をのぞき込むリナリーに男が説明する。
「って、リナリーちゃんは実際に見てたもんな?」
「見てたと言っても私は【AKUMA】しか見てなかったので、どんな感じで動かすかはわかりませんよ~」
「そっか。そりゃそうだよな。どれ。軽く説明してやるよ。これが――」
「おっと! あぶねぇ!」
その時――男の一人が足元にあるドライバーを踏み、体勢を崩した。
なんとか踏ん張ろうとしたが、運動不足な上に肥満の体を支えることは難しく、前のめりに倒れこんだ。
「きゃあ!」
その目の前に運悪くいたリナリーは、前かがみという踏ん張りの効かない体勢且つ、自身の二倍以上の体重の男に押され、盛大に倒れこんでしまった。
「リナリーちゃん!? 大丈夫かい!?」
転んだ張本人の男はすぐさま立ち上がり、リナリーに手を差し伸べた。
だが――
「………………」
「? リナリーちゃん?」
返答がない。
上半身だけ体を起こし、内股になって地面に座りこんだまま立ち上がろうともせず、話す気配もないし、起き上がろうともしないリナリー。
打ち所が悪かったのか? 疑問符を浮かべながら男が近寄ると――
「ん? 装置が動いてる?」
男が催眠装置を見てみると、起動して光線が放たれている形跡があった。
巨大な懐中時計のようなこの装置には、円周部分に電源スイッチや出力装置など無数のボタンがあり、時計でいう分針がある場所は催眠光線が出る構造になっており、備え付けのマイクに話し込むと、特殊な音波と電気信号が放たれ命令を聞く――という仕組みになっている。
リナリーは転んだ拍子にスイッチを押して、光線を浴びてしまっていたのだ。
「おいどうした?」
「装置が動いてリナリーちゃんに光線が当たったみたいだ」
「マジかよ」
とはいっても男達は慌てない。なぜならスイッチ一つで催眠状態を解除できるからだ。
「試したことなかったが人間にも効くんだな」
「みたいだな。どれどれ……」
そこは化学班だ。目の前の好奇心にあらがえず、リナリーに命令を出してみる。
《リナリーちゃん。立って》
リナリーはスッと立ち上がって見せた。
スカートの襟や、乱れた髪を直すことなく、言われた命令のみを遂行し、余計なことは一切しない。
「おぉ~」
「ちゃんと機能してるぜ」
「当たり前だろ。なんせ俺達のすべてを注いで作ったんだからな!」
大きな笑い声が研究室に響き渡る。
そして今度は別の男が命令を出す。
《リナリーちゃん。片足上げて》
リナリーは片足を上げた。
ほんの数センチ上げるものだと思っていたが、体の柔らかいリナリーは膝が胸元まで届くほど持ち上げた。
「あ~あ……勢い良すぎだよ」
「だな。リナリーちゃん体柔らかいしバランスもいいからこんなに上がるんだな」
「おいおい。早く足を下ろさせてあげ――」
その時——
少し折れ曲がっているスカートの裾から黒いものが顔を見せた。
リナリーの下着だ。
男達は思わず視線を外すが、男としての本能がすぐに目線を戻させた。
「ぱ、パンツだ……」
「り、リナリーちゃんのパンツ……」
「く、黒なんだな……」
「は、初めて見た……」
生唾を飲み込み発せられた言葉はとてもIQ160を超える者達の感想とは思えないほど幼稚なものだった。
だがそれも無理はない。
質の硬い革製の布ではなく、ひらひらと揺れるスカートを穿き、膝上15㎝近く裾上げしているにも関わらず、活発に動き回るのになぜか見えない可憐な少女の下着が少しとはいえ顔をのぞかせているのだ。
「「「………………」」」
しばしの静寂が研究室に訪れた。
先程までの陽気さはどこへやら。
今、男達の目にはリナリーの下着しか映っていない。
「………………」
そんな中、男の一人がマイクに近づき、命令を出した。
《リナリーちゃん足を下ろして。足を少し開いて、スカートを上までめくり上げて》
「「「!!」」」
男達は驚きのあまり命令を出した同志を見つめる。
だが再び視線はリナリーに向いた。
足を下ろし、肩幅ほどに足を広げたリナリーは両手でスカートをたくし上げていたのだ。
「お、おお……」
「な、なんと……」
「こりゃ……また……」
スカートという視界防御布から解放され眼前に現れたリナリーの下着。
飾り気のないシンプルなデザインに、薄く紫がかったリボンが付いている。更に程よく張った太ももと黒い二ーソックスがスパイスとなって男達の視界に飛び込んできた。
「あ、ああ……」
視覚情報は多くない。
だが別の情報量が多すぎる。
処理が追い付かない。
あのリナリーちゃんが――
黒いパンツ――
太もも――
可愛い――
「っ……!」
気が付けば股間のイチモツは発射寸前にまで膨れ上がり、先走り汁で自分の下着が濡れているのがわかる。心臓も毎分120は下らない速度で鼓動している。汗も噴き出す。
「はぁ……! はぁ……!」
今まで近すぎるがゆえに――
あるいは高嶺の花すぎた――
自分とは住む世界が違い過ぎて手の届かない――
そんな彼女へ抱いたこともなかった感情が彼らの脳でこだましていた。
犯したい――
それをできる装置が俺達にはある。
暗黙の一致。
男達は機械に手をかけ――
『リナリー・リー。直ちに室長室まで戻ってください』
だがそれは叶わなかった。
アナウンスが流れ、リナリーの招集が命令された。
「ちっ……」
途端に流れる険悪な空気。交尾寸前でお預けされた発情中の犬のような心境だ。
だが命令は無視できない。ここで妙なことをするとすぐさまリナリーを探しに他の者が来てしまう。
もしばれたら追放。最悪投獄か死刑もありうる。そこまでの冒険と危険は犯さない。
今は、だ。
男は装置に手を伸ばし、マイクに話しかける。
《リナリーちゃん。ここでのことは全部忘れるんだ。この部屋を出たら全部元通りに過ごすんだよ? そして――》
男は続ける。
《今夜、またこの研究室に来るんだ。いいね?》
「…………」
リナリーは小さく頷くとトレイを持って部屋を後にした。
「さてと……」
残された部屋からは誰の声も聞こえない。だが、話さなくてもわかる。
「今夜が楽しみだ……」
男達は来るその時に備え、様々な準備を考えながら、業務に戻っていった――