「だれがっ! 直接っ! 口をつけていいなんて言ったぁあああっ!?」
トリップから回帰したエルフ少女がブチ切れていた。
えっ、そうしろって意味じゃなかったのか!?
「キモい、キモい、キモいキモいキモいッ! マジでイミわかんない! なんで直接、咥えるの!? ありえないでしょ!? サイッテー! もうやだ、死にたい! 殺すっ!」
「ヒィイイイ!? たっ、”助けて”テオっ!」
命令を聞いたテオは、すぐさまボクを担いで逃げ出した。
背後でマジック発動の予兆であるエフェクトが光った。
テオは巨大樹の裏側へと飛び込む。
爆発音が響き、遮蔽物にした巨大樹の木片と爆風が飛び散った。
「……っ!?」
ボクは恐怖で悲鳴をあげることすらできない。
そんな中、テオは爆風に紛れ、ボクを担いだままほかの巨大樹へと場所を移動した。
「チッ、いない!? クソッ、逃げるな! 殺す! 絶対に殺してやる! ……そうよっ! あんた、全部飲めなかったじゃない! これは正当な罰よ! 約束だったでしょ!? だから戻って来なさい!」
あれはエルフじゃない。鬼だ!
いずれはここも見つかるだろう。
もうダメだぁ! ボクはここで死ぬんだぁ~!
そう、諦めかけたときだった。
「――”エリィ”!」
どこからか声が響いた。
男性の声、だと思うのだがやけに透き通った音色をしていた。
どこか中性的で、妙に耳に心地良くって……。
それが逆に、なぜかボクの癇に障った。
「え!? お、お父さん!?」
エルフ少女――エリィが慌てた様子で返答する。
って、お父さんだって!?
ボクは状況を察した。
娘を心配して彼女の父が探しにやってきたのだ。
(というか彼女、エリィって名前だったのか)
そういえばボク、今まで名前すら知らなかったのか。
そのことに、ボクは驚……かないな、べつに!
コミュ力を考えれば、むしろ当然の成り行きだわ。
ボクは息を潜め、エリィたち親子の会話に耳を澄ませた。
「エリィ、なぜここにいる。いったい、ここでなにをしている」
「それはっ。お、お父さんには関係ない、もん」
あれだけボクに対して高圧的だったエリィだが、今は形無しだった。
もにょもにょとはっきりしない声で、口先だけの反論をしている。
「魔法を使っていたようだが、まさか敵でもいたのか!?」
(もしかして、ボクの存在はバレてない!?)
一瞬、光明が差しかけたが……どうやら、そんなことはなかったらしい。
「その質問を待ってた!」と言わんばかりに、エリィは声のトーンを上げた。
「そ、そうじゃないよっ。でも、聞いて! あのねっ! あたし、おもしろいものを見つけたのっ!」
あぁ~っ! 終わった!!
ボクはこのままエリィの父に見つけ出されて、処刑されるのだろう。
全裸のおっさんと、年頃の娘。
なにもしていません、と言って信じるやつがどれだけいる?
ボクが死んだ原因でもある、弟の彼女に対するレイプ未遂と同じだ。
結局、人は真実よりも外見やステータスですべてを判断する。
「それでねっ! 今、そいつがあっちのほうに逃げたから、捕まえようとしてて……」
「なんだ――
「……え?」
エリィに対する父の反応は、驚くほどにそっけなかった。
一瞬、それがボクの父の声とダブった。
「勝手なことをするんじゃない。それよりも急ぐから、僕について来るんだ」
「……そんなこと、じゃないもん」
エリィがぽつり、と反論した。
2人の間に不穏な空気が流れはじめていた。
「どうした、エリィ?」
この状況は、ボクにとっては幸運なことのはずだ。
逃げ出す隙が生まれるかもしれない。
(そのはず、なのに)
ボクは木の陰からわずかに顔を覗かせ、様子をうかがった。
ふたりは会話に意識を取られているようで、こちらには気づきそうもなかった。
なんだか、やきもきする。
一見、父が悪く見えた。
しかし、外側から見ていると、エリィの父がどこか切羽詰まっているようにも見えるのだ。
彼女はそのことに気づいていない。
ふたりがなにか
すこし冷静になれば、ふたりとも……。
(はっ、バカバカしい)
もしかして、エリィに同情しているのか?
ボクはくだらないことを、考えかけている。
「あたしはほかの子とはちがうの! 特別なの!」
「いったいなんの話だ。とにかく、今はこんなこと話しているヒマは……」
「また、そうやってはぐらかすの!? あたしはみんなとちがうもん! そうよ、あたしはみんなが行けない村の遠くにだってひとりで行けるし……」
まるで駄々をこねる子供だ。
……いや。
エリィは事実、まだ子どもなのだ。
ボクよりもずっとエラそうにしゃべっていたから、そんな実感はなかったが。
「っ! まさか”外”に出ていたのか!? ひとりで遠くまでいくなと言っただろう!」
エリィの父が大声を上げた。
「ぁ、ぅ……で、でも! あたしは……」
「まったく、もうすこし
聞き分けのない子供を叱るように、エリィの父は言った。
当然のようにその言葉は悪い方向に働いた。
「ふ、フンっ! 人間? お父さんは『人間は人間は』って言うけど、本物を見たことがないんじゃないの!?」
「……どういう意味だ」
そして、エリィはまるで父親を挑発するかのように言い放つ。
その致命的な一言を。
「人間って、お父さんが言うのとは全然違ったわ! お父さん、今日ね、あたし……」
「――人間に会ったのよ!」
次の瞬間、エリィの父は態度が豹変した。