「どこだ! どこで会った!?」
「ヒっ!?」
エリィが父の怒声に小さな悲鳴を上げた。
だが、彼にはそれをおもんばかる余裕すらないようだった。
「そんな、まさか、もう回り込まれていたのか!? エリィ、もう一刻の猶予もない。今すぐ逃げるぞ!」
エリィの父が、彼女の腕を掴んだ。
ムリヤリに引っ張って歩き出す。
「イ、イヤっ!」
「エリィ! 僕のいうことを聞くんだ!」
「絶対にイヤっ!」
「早くっ!」
エリィと父は激しく揉めていた。
今なら気づかれずにこの場を離れられそうだった。
ボクが逃げるべきか迷っていると……。
遠くのほうからまたべつの、それも複数の声が聞こえてきた。
「おい、あっちから声が聞こえたぞ!」
「急げ! 3班に分かれて追いつめろ!」
「このバカ新人が! お前、監視を怠っただろ! 包囲から漏らしやがって!」
「ひぃっ!? す、すいませんッス!」
それらはエルフであるふたりとは似ても似つかぬダミ声。
いや、普通の……
「しまった! 気づかれたか! エリィ、たしか前に秘密基地があると言っていたな? そこへ逃げて隠れるんだ。そして3日間、絶対に出てくるな」
「え!? どういうこと? なに言ってるのお父さん? 今日、なんだか変だよ。それに今の声はいったい?」
エリィも大勢の声を聞き、ようやく冷静になりつつあった。
彼女の父は膝を着き、目線の高さを合わせて伝えた。
「よく聞きなさい、エリィ。あいつらは……」
「――”奴隷商団”だ」
「どれ、い?」
エリィがまるで聞いた言葉の意味がわからなかったかのように、その単語を繰り返した。
正直、信じられない思いなのはボクも同じだった。
(奴隷商団だって? そんな設定、この
呆然とするボクたちを置いてけぼりにして、事態は急展開を見せはじめていた。
* * *
――僕が注意を引きつける。隠れてやり過ごしたあと、すぐにこの場を離れるんだ。
エリィの父はそう言い残し、マジックで奴隷商団の人間を挑発しながらこの場を離れていった。
彼女は木の陰に座り込んで、小さくなってしまっていた。
「……ぅっ、ひっく」
やがて、エリィは耐え切れなくなったように嗚咽を漏らしはじめた。
秘密基地で見せていたような傲慢さは見る影もなく、まるで迷子のようだった。
「え、と……」
ボクは意を決し、巨大樹の陰から姿を現した。
まぁ、正確にいえば『ボクを背負ったテオが姿を現した』のだけれど。
「ひくっ、なに、よ……ひくっ」
「ぁ、その……」
ボクはじっとエリィを見つめる。
彼女の目元は赤らんでいた。頬を伝って涙がまた一滴、地面へと落ちた。
もはや隠さずにいうが、ボクは彼女のことを心配していた。
しかし、どう声をかけていいのかわからない。
「なによ。人の泣き顔なんて覗き込んで……ひくっ。あんた、ほんとに悪趣味で……サイテー、ね」
「ぃっ、ぃや! ち、が……」
慌てて否定しようとするが、言葉に詰まった。
ボクがコミュ障だからというのもあるが、一番の理由はほかにあった。。
まったくもって彼女の言うとおりだったのだ。
ボクは彼女の泣き顔に、興奮していた。
「……ごくっ」
思わずのどが鳴った。
なんというか、エリィはすごく泣き顔が似合った。
彼女の泣き顔はすごくいい《・・》。
その美しい相貌が涙で濡れ、悲しみに歪むのはとても
ボクはそんな思いを誤魔化すように「そうだ!」と声をあげる。
テオに話しかける。
「テオ、さっきの人も言ってたしボクたちは帰ろっか!」
言った瞬間、エリィはキッとこちらを睨みつけた。
「ひっ!?」
ボク、なにか間違えたこと言ったか!?
反射的にテオを盾にするが……やけに静かだった。
「わかってる、わよ……」
エリィは弱々しい声でそう呟いた。
しゅんと項垂れまま立ち上がり、ボクたちがやって来た方向――秘密基地へと、とぼとぼ歩きはじめる。
てっきり怒られると思ったのだが、そうはならなかった。
それほどまでに、落ち込んでいるということだろう。
「テオ」
ボクもテオに指示を出し、エリィのあとを追って歩かせる。
……沈黙が痛い。
今まで、あれだけやかましかった彼女が大人しいと調子が狂う。
この空気を変えようとボクは意を決し、口を開いた。
そして、知ることになる。
コミュ障はなにもしゃべられないだけじゃないのだ、と。
「にしても、さっきのエリィのお父さんさぁ……マジで最低だったよな!」
もちろん話し相手はテオだった。
空気が凍る、というのはこのことを言うのだろう。
「――は?」
エリィがゾッとするほど冷たい声を出した。
ボクは沈黙を誤魔化そうとした結果、余計なことを口走ったのだと気づいた。
しかし、すでに口は止まらなかった。
「い、いや! だってさっ、なんだったのかなアレ! 普通あんなのムカつかない? 自分勝手なことばっか言って、子どもの話も聞かないで。最低だろ、そんなの。マジで、あんな親は死んだほうが――」
その言葉には、自分の父親に対する怒りも混ざっていた。
そして、次の瞬間。
――ボクは吹き飛んでいた。