この世界がまだゲームだったころ、イベントに出てきたキャラクター。
それが生きていのが、100年前だって?
「ほぉ新人、お前詳しいな。俺も大昔に聞いた気がせんでもないが、ぼやっとしか覚えとらん」
新人の言葉に陰毛髪が感心する。
ボクも同じ気持ちだった。情報提供助かる。
「あ、いえ、自分はそういう歴史の話好きで、書物読みあさってたことあるだけッスよ。って、そんなことよりもッスよ! もし、あのエルフの姉がエルフェイだとしたら……」
新人たちがリョウへと視線を向けた。ボクもつられてそちらを見る。
彼はエリィの父に向って、問うていた。
「オメェ、名前はァ?」
「……”アーサルト”だ」
「くは……くはははッ! お前が
ボクはその名前も知っていた。
姉であるエルフェイとともにイベントに出てきていたからだ。
「くははッ! まさか死んでなかったとはなァ。こりゃァ、いい拾いモンをしたもんだ」
周囲の奴隷商からも感嘆の声が漏れていた。
珍しいものを見た、と。
「いやはや、ほんとにおもしれェな。くはははッ! 神話にゃ近親相姦が多い、英雄色を好む、なんてェのはよくある話だが……くははッ」
「っ……」
「それに、過去の英雄も現代においてはただの人ってェことだァな。弱ェ弱ェ、100年前で止まってやがる。悪いが今の人間サマの敵じゃねェよ」
なんてことだ。これは警戒しないといけない。
もしかしたら、ボクのマジックやスキルも通じないことがあるかも。
「あいにく、そんな旧式の攻撃魔法なんざ通用しねェよ。わざわざ人族が自ら魔法の詠唱をして、発動するなんざもってのほか。戦闘はただ指先ひとつ――引き金を引けば、それで済むんだからよォ」
手に持った魔銃をちらつかせ、リョウは言う。
彼を含め、奴隷商人みんなの腰にホルスターがあった。
どおりでエリィの父――アーサルトが現れても、平気だったわけだ。
文字通り、戦力がちがった。
「つっても、ここまで威力が高いのはオレらにとっても貴重だがよォ」
たしかに、言われてみると。
リョウや巨漢の男、少年がもつ魔銃と、それ以外の連中が持つ魔銃では細工の精密さに差異があった。
「しっかし、くははッ。100年もの間、姿を消していったいなにをしてたのかと思えば、ただセックスしてただけかよォ。お高くとまってやがってるけどよォ、所詮はエルフも下半身の生きものってか!」
リョウは周囲へ問いかけるように叫ぶ。
「えェ、オイ! なァエルフども! おまえらも、こんな同族嫌いじゃねェのか? だっておまえらときたら、なんちゃって潔癖ヤロウの集団だもんなァ?」
今、アーサルトに突き刺さっている視線は、奴隷商人のものだけではない。
同族からの鋭い視線もまた、彼に向けられていた。
『裏切り者め』
『汚らわしい』
『所詮は過去、人間と手を組んでいたような者』
『結局は戦闘好き、人間のような野蛮人』
アーサルトに投げられたのはそんな罵倒、ではなかった。
「――アーサルトはワタシたちの大切な仲間です!」
だれかが言った。
その声にみんなが続いた。
「そうだ! 彼はたしかに道を誤った。だが、それをきちんと清算して余るほどのことを、彼は成し遂げた」
「彼の償いはすでに済んでいる!」
「アーサルトさん! わたしたちはみんな、あなたの味方ですよ!」
「そうだ、そのとおりだ」
「ここにいるやつで、あんたに助けられたことのないやつなんていない!」
エルフたちの声援がアーサルトへと届く。
彼らは「諦めるな!」と叫んでいた。
「ふゥん。だが、いいのかァ? コイツァ今、オマエたちは見捨てて、自分の姪だけを救おうとしてるんだぜ。そんなヤツァ、死んだほうが……」
「それはわたしたちを助けることが不可能だとわかったからだ! 彼は英雄としてではなく、ひとりの人族として、自身の大切な人を願った。それのなにがいけない! どこがおかしいと言うんだ!?」
「チッ、つまんねェヤツらだなァ」
リョウが呟いた。
ボクはそれらの話を聞き終え、あまりにも残酷な可能性に気づいてしまった。
アーサルトは姉と子を作ったという。
しかし、話を聞くにエリィとエレナの母親は同じではない。
ならば今、エリィの母親はどうなっているんだ?
そもそも……生きているのか?
そんな疑問に答えるかのように、エルフのひとりが叫んでいた。
「アーサルトの妻がエルフェイを殺してしまったのだって、事故みたいなものだった! エルフェイが抵抗せずにそれを受け入れたのだって! そして、後悔した彼女が自ら命を断ったことも――」
「おいバカっ!?」
残酷以上に、最悪の事実だった。
これをエリィはどんな気持ちで聞いているのだろう?
「なんだァ、アーサルトよォ! テメェ、ただ近親相姦するだけじゃ飽き足らず、不倫だったのかよ! それで姉も妻も殺しちまってるとか……くはははァ! マジで救えねェ! ただのゲスじゃねェかァ!」
リョウはそう挑発した。
しかし、エルフたちのアーサルトを擁護する空気は変わらなかった。
――ただ、エリィだけを除いて。
彼女は……いや、彼女だけが、知らなかったのだろう。
推測でしかないが、アーサルトが本当に愛したのは姉のほうだったのではなかろうか?
ゲーム時代の設定では、戦場では鬼神のごとき働きをする彼女も、平時ではとても”おしとやか”だった。
そのギャップが人気だった。
だとしたら、今までずっとエリィが「おしとやかになれ」と言われていたのは。
エレナと比べられることが多かったのは。
アーサルトの気持ちもわからないではない。
本当に愛した人との娘は姪扱いで、2番目との女との子どもはじつの娘扱いなのだ。
だが、それはあまりにも……。
点と点とが繋がって線になっていく。
エリィの瞳に、暗い色が宿っていた――。