「こうかいしないわね?」
無表情から放たれる凄みを持たせた質問。
本当の意味でもう後戻りは出来ないと言う事を告げている。引き返すのならばコレが最後のチャンスだとリーリスは告げている。その圧力に気圧されながらも簪は自身の返答を伝えた。
「後悔、しません……‼︎」
その言葉を聞き受けた途端、リーリスはその書類を真っ二つに破り捨て宙に放った。破られた紙は量子と化して消滅した。コレでもう後戻りは出来ない事を意味している。
「そう……。分かった、貴方のその意思を尊重するわ」
——言っちゃった……うん、言っちゃった。
「貴方を五稜監獄学院への編入を学院長に代わり許可するわ」
「え……?」
突然の言葉に簪は困惑した。それは一体、どう言う意味なのか?と言う疑問符が頭に浮かんでくる。
「実はアレ、
「え?え? その、意味が分からないのですが……?」
「1から説明するから暫く付き合ってちょうだいな。質問があるならその都度して貰って構わない」
ユリエから渡された『人権放棄』の書類は一種のカモフラージュであり書かれている内容の大半が嘘の内容との事。
その書類の真の内容は五稜監獄学院と呼ばれる完全スカウト制の私立教育機関への
五稜監獄学院は学院長の個人的理由や方針故にかなり特殊な者達を求めている。ただ単純に優秀な
あの様な回りくどく他人に見せるのが憚れる内容なのも五稜監獄学院が徹底的な秘密主義に起因している上に、その学院内の特徴から普通の感性や並の神経では到底、生き残れないと言う配慮から来ている。
また、書類に記載された内容で篩に掛けると言う意味も含まれている……実際に渡された者達が熟考した後に拒否した人数の方が多いのである。
「もしかして『ストラトス・デザイア』って」
「そ。『ストラトス・デザイア』は五稜監獄学院が運営する企業って事。一般的な私立校と違って自分達でお金を稼がなきゃいけないのよ。五稜監獄学院の生徒と言うか囚人が職員として運営しているの。
まぁ、業務内容は可笑しいってのも否定はしないわ。学院長の方針でああ言う形になったからね」
「人権放棄は……?」
「あ、それは本当。私達は国籍も戸籍も無いのよ。それに関してもちゃんとした理由はあるけれど、それに関しては説明は出来ないわ、ごめんなさいね」
流石に全部は説明は出来ないようである。しかし、彼女達に国籍が無いと言うのは意外と言えた。
「遊獄島で『ストラトス・デザイア』の人達を見た」
其処では囚人服を纏ったユリエ達を見た……。思えば拘束衣や囚人服と言う印象を受けたが制服にも見えた。つまりあの服装が五稜監獄学院の制服だったのだろう。
「あの島は五稜監獄学院が保有する島で息抜きがてらにバカンスに行ったらまさかのブッキングだったもの」
「……でも、貴方はいなかった。『ストラトス・デザイア』=五稜監獄学院の人達で、代表である貴方では無くて男の人が仕切っていた……」
簪の指摘にリーリスは流石に気付くかと笑みを浮かべた。
「神楽嬢の言う通りだ。君は中々、聡い」
リーリス……否、和奏は茶髪のウィッグを外して本来の地毛である黒髪を露わにし口調も改める。その顔は遊獄島で遠目に見た顔であった。
「……‼︎」
「変装と言うのは身嗜みや口調や所作を改めるだけで大半は事足りる。まぁ、女装となると必要要素は変わってくるし増えたりもするが……兎も角、改めて自己紹介しよう。俺は宵咲 和奏だ」
袴姿なのも和装なのも男性でも違和感なく行動出来る利便性を重視した結果なのだろう。
「何故、女装していたのか? と言う疑問は最もだろう。外を見てくれれば答えは分かるさ」
リムジンの窓から見えるのは東京都の街並み。其処を歩いているのは服装は兎も角、女性達ばかりだった。それだけで女装する理由が察せられる。
「……女尊男卑の世の中じゃ男性は不条理しか遭わない」
「正解。東京都やその周辺県だと女尊男卑の影響は軒並み強くてな……政治家以外、IS関連企業以外の企業は倒産するか関西や地方に移転するしか無かった。社長や代表取締役が男性ならほぼ100%潰れる異常事態だからな。資本金に余裕があった企業は挙って退避していったよ」
「……」
「話を戻そう。『ストラトス・デザイア』の各所施設に関しては従来通りで、好きに利用すると良い。職員も非番の時は普通に利用しているしな……。
職員=五稜監獄学院の生徒故に関係者以外立ち入り禁止区画も制限はあるが君も立ち入れる事になる」
そう言う和奏の顔は何と言うか窶れている様にも見えた。本人も本人で疲れる事もあるのだろう、精神的な意味で。
——非番の人達も普通に利用しているって話は聞いた事があった。それにレーキュさんのいるような関係者以外立ち入り禁止の区画も当然ある。
「えっと、気になっていた事があって……IS学園の2学期は五稜学院に『学年留学』する事になって……もしかして五稜監獄学院の事?」
その言葉に和奏は頭を抑えていた。その内容に関して本人も呆れている様子でもあった。
「ああ、そうだ。監獄の文字が伏せられているだけで間違いは無い。誰とて監獄に留学しようだのとは思わない。当日になるまで伏せる形式にしたらしい。IS学園の学園長がな」
編入先の学院に行く為にIS学園の事は割とどうでも良くなってはいたのだが……IS学園の学園長は何を考えているのか……。
当事者からすれば騙された気分になるだろう。
「差し当たって問題が出て来る。何時、本格的に手続を完了させ編入するのかだな。流石に8月中に諸々の手続きを済ませてしまうと9月以降に学年留学としてやってくるIS学園の面々と遭遇する可能性が非常に高くなる」
和奏曰く学院は広いと雖も全く遭遇する事は無いと言う保証は持てないと言う。更に代表候補生は一般的にはIS操縦者の中ではエリート格、死亡云々となれば確実に報道で取り上げられるネタになり得る為に簪本人を知らない一般生徒でも名前は目にする可能性はある。
「……あ、た、確かに……‼︎」
「突如、公に死亡届が受理されてその実、留学先の学院で生存していたとなれば、情報社会故に混乱を来たす事になる。学院側としてもそれは避けたい」
「…………じゃあ2学期中はまだIS学園の生徒のままで……12月の冬休み中に手続きします」
それが1番無難と言える。IS学園の冬休み中ならば帰省する機会がある為、そのタイミングで死亡届を受理させれば簪の存在は公から抹消される。
「そうする他に方法は無いだろう。その後のゴタゴタを考えるとかなりギリギリになる。俺達も『学年留学』の件に関しては唐突に知らされたからな……」
簪の返答に和奏も頷いて状況的にそれしか手が無い事を理解する。
「うむ、大体の方針は纏まった。もう分かっていると思うが撤回は出来ない」
「分かっています……。それに守秘義務がありますし」
幸い夏休み中はIS学園の面々と会う事は先ず無いだろう。
「なら良い。『学年留学』の時も配慮するように学院長に掛け合ってみよう。と言っても些細な事に限られるがな」
「あ、ありがとうございます……」
「礼は不要だ」
その後、話す話題も尽きたのか和奏は空間投影ウィンドウを展開して移動中にも関わらず事務作業を開始する。やはり代表と言う役職故に忙しいのだろう。
其の儘、時間が過ぎていき『ストラトス・デザイア』の地下駐車場へと到着するのであった。