戦闘シミュレーション開始までのカウントが0になった瞬間、周辺に展開されていた半透明の包囲壁が消滅する。
「……来た……‼︎」
前方に広がる景色、その空間の一部に亀裂が走った。その亀裂が徐々に広がり最終的に割れ、その向こう側から巨大な存在が悠々と現れた。
——お、大きい……‼︎ 大き過ぎる……‼︎
遠くからでも分かる程の巨躯。外観は全体的に青白く胸鰭や尾鰭が結晶な質感を感じさせる。頭部には大型の角らしき鋒が生えており超巨大な鯨を彷彿させる姿をしていた。
仮想現実空間とは言え、あの様な巨体の存在に立ち向かうと言うのは生まれて初めての対峙と言えた。
『オォォオォオォオォ……‼︎』
ゆっくりと口を開き咆哮をあげる【呑星】。その咆哮に呼応して周囲の空間に亀裂が走り、複数体の同様の質感を持つ鮫の群れが現れる。
アレが召喚されるエナミーなのだろう。増え過ぎると【呑星】に攻撃が通らなくなってしまう。
「ドロシーさん‼︎ 私達は【呑星】を直接叩くから呼び出された鮫をお願いしても良い⁉︎」
「私達はラファールだけど、流石に捌き切れないの……‼︎」
ラファールは『飛翔する武器庫』の異名を持つが、それは搭載する銃火器の扱いには搭乗者の技量に左右される。即ち1度に使い熟す事が出来なければ殲滅力にムラが出やすい事を意味している。
「うん、任せて……‼︎」
簪の機体『打鉄隷式』にはマルチロックオン・システムを搭載したミサイルが搭載されている。現状、集団戦に強い機体とも言える。
作戦は決まった、後は各自行動移るだけ。
『オォォオォオォオォ……‼︎』
【呑星】は咆哮を上げて上昇し空間を突き破り虚空へと潜って行く。残された鮫が自分達に反応して突っ込んで来る。
——【呑星】の行動パターンは不明。乱戦になるとあの巨体でぶつかられるだけでも損害が大きくなる。それに数に比例して威力が増減する……なら‼︎
簪は両手両足の装甲を解除。素肌の指が晒される。ならば初手で数を減らし切る‼︎
「オニール、ファニール‼︎ 鮫型エナミーを一掃するから、接近を阻止して‼︎」
今、【呑星】は姿を消している。なら、今手が空いていると言う事。簪は姉妹に指示を飛ばす。仮想現実空間内でも『公開通信』が使える。
『『了解‼︎』』
通信越しで2人から応答が飛び、簪の前に陣取り、防衛線を構築する。マニュアル誘導システムを起動する時、其方に意識を割かねばならない為にどうしても無防備となる。
——マニュアル誘導制御……並列多重……‼︎
簪の両手両足の指先の先に空中投影キーボードを展開。上下を挟み込む形で展開し、その数は計8枚。指5本で2枚の球体型キーボードに一斉で入力を開始する。
『キーボードを2枚を片手、片足で打つって言うの⁉︎』
迫り来る鮫に銃弾を打ち込み怯ませるファニールがハイパーセンサーで簪の姿を見て驚愕の声をあげた。
「仮想現実空間の大気状態、各弾頭の機動性、タイムラグ……爆発における範囲や相互干渉、発揮される威力」
簪の前には幾重にも展開されては消滅を繰り返される空間投影ウィンドウ。最大48発の高性能弾薬弾頭ミサイル、1基ごとに制御しマニュアルで操作して命中させる様な神業。並の思考回路の人間では成し得ぬ。
——すー、はー……。良し……‼︎
「2人とも、散開‼︎」
その言葉が伝わった刹那、オニールとファニールは道を開ける様に左右反対側に瞬時加速で退避、同刻に『打鉄隷式』の肩部ウィングスラスター『山嵐』の砲門の貌を覗かせる。
「リンク確定‼︎ ロックオン確立‼︎」
轟音と共に立て続けにミサイルが発射され、それら全てが迫り来る鮫へと襲い掛かる。
鮫の
それらがぶつかり合う。いや、お互い三次元なる動きの応酬が始まった。
鮫は複雑な三次元駆動でミサイルの直撃を躱すが、完全なマニュアル制御されたミサイルはその動きに合わせて旋回、加速、減速、方向転換し追い詰める。
鮫の一部は鋭利な尾鰭を振るい居合斬りの要領でミサイルを撃墜しようとするも、ミサイルは加速や減速、方向転換しては旋回して躱して的確にその隙を突いて別のミサイルが直撃を喰らわせる。
『ドロシーさんッ‼︎ 下から来るッ‼︎』
「ッ⁉︎」
『オォォオォオォオォ……‼︎』
ファニールの通信越しの声‼︎ ハイパーセンサーで簪の真下の空間に亀裂が走って行く、簪は速やかにスラスターを噴かせてその場から離脱しようとした直後、【呑星】が口を広げ咆哮をあげつつ天へ昇るかの様な動きで飛び出して来た。
最初こそは遠目で動きは鈍く見えたが急接近された時、巨体に見合わぬ速い動きであり、間に合わずその巨大な胴体に激突して吹っ飛ばされた。更に追加で、【呑星】の周囲に小規模の瀑が降って来ている。巨体を躱しても瀑が直撃しただろう。
——ッ⁉︎ 体当たりされただけでシールドエネルギーが4割削られた⁉︎ そう言えば【呑星】の移動速度が2割増しだった……‼︎
簪は【呑星】の体当たりを喰らって吹っ飛んで姿勢を立て直した後、機体のシールドエネルギーが4割程、削られた事に驚愕する。たかが体当たり、されどその巨体故に侮れない質量兵器と化す。IS同士の戦闘ならば想定出来ない光景だ。
『ドロシーさん‼︎ また、【呑星】が消えた‼︎』
オニールの声。見れば【呑星】は再び空間を破り虚空へと潜り込んで行く。
『また出て来る‼︎ それに、まだ鮫も残っているわ‼︎』
【呑星】が割り込んで来た為にミサイルの制御が乱れてしまった。その為、鮫を殲滅し切れずにいる。残り6匹。
——鮫の数で【呑星】本体の攻撃力が変動する……‼︎ きっと、減ったらまた召喚する筈……‼︎
常に鮫の数に気を配らなければならない。それに加えて【呑星】本体も攻撃して来る。鮫の数が減っていたからこの程度で済んだが増えれば威力も増える。
鮫と【呑星】、何方にも意識を割かねばならず掛かり切りだと、片方に潰されかねない。
受付担当が複数人で挑戦する事を推奨したのも納得だ。
「鮫は私に任せて‼︎ 2人は【呑星】を‼︎」
現実と仮想現実空間の違い。それは実弾系統の武装は自動で補填される。つまり、先程吐き切ったミサイルも時間が経てば再度補充されると言う事である。2人は【呑星】に当たらせて簪は薙刀を展開して残りの鮫へと突撃を敢行した。
その最中、空間が砕かれ再び【呑星】が姿を現した。咆哮を上げながら上空を遊泳し背中にある噴出口付近に青白い渦を形成しているのが見えた。鯨と言えば潮吹きだろう。
『オニール、ドロシーさん‼︎ 降って来る‼︎』
『うんッ‼︎』
ファニールが警戒を呼び掛ける。一際大きい咆哮をあげた直後、放出され上空から無数の瀑が空間全体に降り注いで来る。直撃すればシールドエネルギーが大きく削られるのが目に見えて分かる。【呑星】自体は降り注ぐ瀑の中、ゆっくりと遊泳しているのが遠目に見えた。
——ッ‼︎
簪は降り注いで来る瀑を躱しながら撃ち損ねた鮫に薙刀の刃を叩き付けて撃破してい行く。幸い、耐久性は低いのか薙刀の刃を叩き付けた直後、光の粒子と化して消滅して行く。
——全体に及ぶ攻撃を躱しながら倒せって結構、無茶だと思う‼︎
瀑の数自体が多く、最短経路で鮫に肉薄する事すら難しく、攻撃しようとした瞬間に眼前に狙ったかの様に瀑が降って来る。その為、瀑が降り注ぐ中で倒せたのはたったの2匹程。
『また、空間を破って消えた‼︎』
『でも、ゆっくり泳いでいる間にダメージは稼げたかな……?』
その通信の最中、再び別の方角から空間に亀裂が走って【呑星】が姿を現した。
『オォォオォオォオォ……‼︎』
咆哮を上げながらその巨体が虚空から這い出て来る。同時に再び鮫が多数、召喚される。
『ちょっと⁉︎ 多くない⁉︎』
最初に召喚された鮫の群の倍近く、纏めて召喚された。一定数の鮫が生存と言うトリガーが達成された為、【呑星】を覆う程の巨大なバリアシールドが展開された。
『オォォオォオォオォ……‼︎』
【呑星】はバリアを纏ったまま、泳ぐ速度を急速に上げて此方へ向けて突っ込んで来る。バリアを纏っている為にその範囲は更に大きくなっている。あの巨体で戦闘機並みの速度で迫って来る光景は中々、恐怖ものだ。
『オニール、避けてッ‼︎』
『お姉ちゃん、間に合わな』
通信が途中で途切れた。恐らく巨体+バリアの体当たりの直撃を受けて一撃でリタイアに追い込まれたのだろう。実際に目の前に小さな小型の空間投影ウィンドウで『オニールさんがリタイアしました』と言うシステムメッセージが表示されたからである。
【呑星】は其の儘、空間を破り虚空へと消えたかと思うとほぼ中央の下に亀裂が走って【呑星】が姿を現し咆哮をあげながらその巨体がゆっくりと上昇して行く。
『オォォオォオォオォォォォォォ……‼︎』
同時にこの空間全体に変化が訪れ、下から無数の光の柱が次々と昇って行き、上から無数の光の柱がこの世界全体を覆い尽くさん勢いで降り注いで来る。大瀑布もかくやと言わんばかりの光の奔流が頭上から降り注ぐ。
——こんなの、躱し切れないッ‼︎
理不尽とも言える圧倒的な攻撃の物量。視界が真っ白になった直後に
『戦闘不能、リタイアです』
と言うシステムメッセージが脳裏に響いた。
「お疲れっス〜。いやぁ、案の定、DPSチェックに引っ掛かったっスね〜」
全員がリタイアした為にその時点で挑戦終了となった。気になる挑戦結果はと言うとダメージスコアは2段階レベルまで達成したとの事。2段階目の挑戦報酬は仮想コイン300枚だった。
「【呑星】は初回に召喚されるお供の鮫を一定時間内に全滅させないと次回召喚時に最大数まで召喚される上に間髪入れずに即死級の全体攻撃で全滅させる仕様になっているんスよ」
早い話が最初の内に召喚された鮫を全滅させれないと攻略は無理との事で早々に御退場させられる仕様との事だった。
「殲滅力や単発火力、更には機動制御能力も求められるんだ……」
「そうっス。何処ぞの女尊男卑塗れの女性権利団体の様な弾撃ってりゃ攻略出来る難易度にしていないっスからね〜」
高難度と謳っているだけはあった。
限られた時間内に敵を倒せる集中力や技量、それに加えて周囲の環境を速やかに察知する観察力……。
「普通の人だと心折れそう……」
——代表候補生でも無理ゲーに近い……。敵の数が多過ぎるし、かと言って時間制限もあるから退き撃ちなんてしていられないし……。
「そうスね〜。その為、難易度高過ぎて万年閑古鳥が鳴いている状態なんスよ」
受付担当の少女はカラカラと笑うが、体験した後だと笑えなかった……。