「うふふ、まさかあの場所に簪さんが訪れるとは思っても居ませんでしたわね」
簪と別れた後、神楽は口元に先程、簪の股間部を撫でた方の指を添えて舌で舐める。僅かではあるが濡れていた様である。
何はともあれ、自分と同じ性癖の者は歓迎するべき、変に啀み合う必要性は無い。
最初は同じ国の代表候補生と言う事で不穏な空気が漂ったが性癖のお陰で直ぐに払拭出来たのは僥倖と言えた。
——ともあれ、この茶番を切り抜ける事に専念致しましょう。
『
そもそも、今回の事の発端はクラス代表決めの際に、売り言葉に買い言葉が似合う光景の一悶着が起きたからである。その光景を同じクラスであった神楽も見て居た。半ば呆れながら、である。
クラス代表には担任である織斑 千冬が自薦他薦問わないと言ってしまった為に、物珍しさから一夏に推薦する声が多数集まり、それに反発したイングランド代表候補生であるセシリア・オルコット。其処で罵倒し合う醜い争いが勃発した結果、静かに静観して居た千冬は『ISで決着を付けろ。ついでに日本代表候補生の四十院、お前も出ろ』と言う強行手段を行使する顛末となった。神楽にとっては完全なるとばっちりであった。
その思惑に納得半分辟易半分の感情が浮かんだ。
——織斑先生も織斑先生ですわ。替えの効かない要人を戦場に放り込むなんて真似は普通に悪手ですわ。先生本人としては自衛手段の構築及び実践経験を積ませる意味合いもあったのでしょうけど。
一夏は世界初男性操縦者。この肩書きは安いモノでは無い。それこそ天然記念物や絶滅危惧種の比較にならない程の貴重品。文字通り世界で1つだけの替えが効かない存在。代表候補生なぞ霞む程に貴重品だ。
そんな者をIS競技と言う貰い事故と言った不測の事態が予想される環境に放り込む意味が分からない。貴重品は厳重に管理する必要があるだろう、火薬庫とも言える学園よりも高レベルセキリュティを搭載した研究施設に居た方が安全であるのは明白だ。その辺は何かしら取引があった事は予想されるが神楽の憶測に過ぎない。
して、この状況下では一夏自身には数えきれない程の危険が隣人として立っている。寧ろ、目に映る人間全てが自身の生命活動を脅かす存在と言っても過言では無い状態だ。
教師すらも裏で何を画策して居るか分かったモノでは無い。故に何が起こるか予測は出来るが阻止出来る保証は無い為に己の身は己で守る他に無い。一刻も早く世界最強の兵器でありアドバンテージとなるISの操縦技術を体得する必要がある。その為には実戦が1番だ。実戦経験を通して自分の身を守れる程の状態に少しでも持ち込む……。何はともあれ、訓練や実践して動き方を理解しなくては話にならない。
——言わば、私は数増し、と言う訳ですわね。
自分は特に立候補して居ないが千冬による采配の不憫な役回りだった。正直な所、素人相手に負ける訳には行かないだろう。
「……考えても仕方ありませんわね。やるからには確実に仕留めますが」
——獅子、欺からず。織斑先生、申し訳ありませんが、貴方の判断は正直な所……心中は察しますが曲げませんよ?
長い廊下の中、上の階では観客席であり今か今かと言う喧騒が遠く聞こえてくる。その矢先、前方から声が聞こえて来た。
「なぁ、箒さんや。俺達は三日間、何してたっけ?」
「……」
「剣道、しかして居ないんだけど……?」
「し、仕方ないだろう⁉︎ お前の専用機がまだ届いて居ないから他にやる事はそれくらいだろう⁉︎」
「いや、他にもあっただろ⁉︎ ISの動かし方とか、知識とか⁉︎」
「う、五月蝿い五月蝿い‼︎ 仕方ないだろう⁉︎」
——……何か、揉めていらっしゃいますわね。専用機……でしたか、確か、織斑さんの専用機開発の件で簪さんの専用機開発が凍結されていたのですわね……。専用機をあてがう理由は自衛手段の確保でしょうけど。
ピット内では件の男性操縦者である織斑 一夏と、何故か今回の件において部外者である篠ノ之 箒が居た。あーだこーだ言い合っているが、その件に関してはどうでも良い事だろう。
「盗み聞きとは関心せんな、四十院」
「盗み聞きとは人聞きの悪い……。少し野暮用で遅れて来ただけですよ、織斑先生」
ピット内に入らず扉付近で聞いて居た所、千冬が現れる。
「遅刻はするな、と言いたい所だが織斑の専用機がまだ搬入されて居ないんだ」
「契約破棄して無理矢理捩じ込んだ挙句に納期を守れない。技術者は元より企業としては信用喪失倒産コースですわね」
——……そんな企業をのさぼらせる必要は無さそうですけど。お兄様ならば『邪魔』と言って潰しそうですわね。
神楽はその言葉を投げ掛ける。倉持技研は日本有数の研究機関。まず何事にも経営においてまず第一に『信用』が優先される。信用が無くなれば仕事は来なくなる。その前に日本代表候補生の契約を一方的に破棄し(違約金代わりにISコアで示談に持ち込んだ)た上にこの為体では、神楽の主観的にも対応に問題があると認知出来る。
「……四十院。倉持と何か関係があったか? お前は四十院グループ傘下の開発だった筈だが」
「いえいえ、客観的な考察に過ぎませんわ」
そんな他愛も無い話で場を繋いでおく。神楽としては千冬は警戒している。理由は言わずもがな。
「……そもそも、何故、私を今回の件に巻き込んだのですか? ただの当て馬ならば今すぐに辞退させて頂きますが?」
貴重品である男性操縦者の積ませる実戦経験の頭数ならば、頼む相手が違うだろう。それこそ、教師がマンツーマンで行っても特例で押し通せる筈だ。
「……人聞きの悪い事を言うな。代表候補生の実力を測りたいと言う意図もある。入学試験の時、お前……専用機を持っているにも関わらず量産機を使って試験の時は一切攻撃せず逃げ回ってばかりだったそうじゃないか。教員として生徒の実力は把握するべきだからな」
——成程……。上手く言って居ますが四十院家の開発した第三世代機に興味がお有りの様子……。提出したカタログスペックには当たり障り無い事しか記述しませんでしたし。
「能ある鷹は爪を隠すと言いませんか? 大っぴらに見せびらかすのは三流よりも酷い五流のやり方です」
「……自分は一流と言いたいのか?」
「まだまだですわ、精々高く見積もっても二流の下ですわ」
顳顬が僅かに動く千冬の凄みに対して神楽は柳の様に受け流す。そうこうして居る間に副担任の山田 真耶が一夏の専用機が到着した事を伝えに大慌てでやって来て、直様にセッティングが始まる。
「……お前の専用機、白式だ」
「コレが、白式……‼︎」
——あらあら、意図が分かりやすいですわね。読み方を変えてアナグラム。ふむ……狙われ易い理由が山程ある状態で学園生活を送れている理由が分かりましたわ……何とも滑稽な話ではありますが。そして……証明完了、ですわね。
神楽は離れた位置で一夏が搭乗しカタパルト云々や一次以降の説明を受けて居る様子を眺めていた。そして、ある小細工も並行して行っていた。
「オルコットを待たせて居る。時間が無いから、諸々の事は実戦でやれ」
「あ、ああ‼︎ 千冬姉‼︎」
「織斑先生だ、馬鹿者‼︎」
「一夏、勝って来い‼︎」
「ああ‼︎」
箒のエールを受けた一夏がカタパルトで射出されてアリーナ内へと飛び出して行った。陸に動かした事の無い素人と代表候補生の試合……正直な所、出来レースな気がするが当人が納得して居るのならば良いだろう。
「……篠ノ之、今迄見逃していたがお前は部外者だ。見物するならさっさと観客席へ行け」
「え、で、ですが」
「行けと言った‼︎」
「は、はいッ‼︎」
——あらあら、あの暴れ娘も世界最強には敵いませんか。
居座ろうとする箒に対して千冬は一喝。其の儘、ピット内から追い出し残るは千冬と神楽の2人だけとなった。
「……全く、今年は問題児が多そうだ」
千冬は首を鳴らしながら嘆息する。その視線は陰に隠れる様に離れた位置に立っている神楽に向けられている。今の千冬にして見れば神楽は得体の知れない代表候補生に映るのだろう。
——私も問題児に加えるのは些か不本意ですわね。まぁ……視点が変わればそうかも知れませんが……。