シャロットは冷たい板の上で目覚めた。
それは遠慮する事を知らない冷たい鉄板であり、寝転がるのならばまだしも寝るには適さないだろう。その上にシーツを被せただけの雑なベッドだ。
体を起こした。
そして、確かめる様に自分が寝て居た部屋の全貌を見渡す。その光景は一般人から見て、恐るべき光景だろう。
まず、第1に飛び込んでくるのは四方を鋼鉄の如き壁で覆われている点。その一面だけは女子1人如きでは如何する事も出来ない無骨な鉄格子と格子の扉で仕切られている。
つまり、この六畳部屋は外から丸見えだと言うプライバシーもクソも欠片も無いと言う素晴らしいまでのオープンフリーな物件だと言う事。
第2に家具と呼べる物が殆ど無い。寝具と言うにはアレな鉄板台とシーツしか無い。机も無ければ冷蔵庫も無いしフライパンも包丁もある筈が無い。絨毯なぞ以ての外だ。年頃の娘の部屋としては余りにも殺風景な光景と言えた。
しかしながら、住めば都とはよく言った物でもう慣れてしまった。下手にゴチャゴチャしているよりも断然良かったりするし、本来の末路を考えるならば断然此方の方がアリだとも言っちゃいたい。
「んんっ……。今、何時だろ……?」
時間の感覚が狂っている。
何せ、外に出る事がほぼ無いからだ。シャルロットは以前よりも伸びてボサボサになって前に垂れて視界を遮る髪を頭を揺すって後ろに垂らす。いつぞやのイングランドの代表候補生程では無いがそれなりに髪が伸びた気がする。
そして、寝具以外にある数少ない物品である壁の一部に架けられたハンガーラックに吊るされた服に手を伸ばす。寝間着用から普段着兼外出用の服に着替える為だ。
だが、その服は普通の服の構造では無かった。
服の上には胸を上下で挟むように黒い革ベルトが胸元と胸下を走っており、胸が強調される様に縛られている。両方の手首には黒革のベルトを巻いていく。
スカートはサスペンダーで固定されており胸の下の黒革のベルトと連結して固定する。そして首には初めから重厚な首輪が嵌められており、その首輪は胸下の黒革のベルトと余裕を持って連結して繋げた。
「……慣れると結構、良かったりするんだよね。コレ」
——意外と可愛い制服っぽい囚人服だし……。
その装いは誰が見ても囚人服か拘束衣を彷彿させる服装だった。それは奇しくも遊獄島で遭遇したリィエルやその仲間達の装いとほぼ同じ種類の……好き好んで着たいとは思わない種類の服装だ。
最後に灰色のローブを上から羽織って格子扉に手を掛けて外へと出た。鍵は掛かっておらず、すんなりと開いてくれる。
もう、此処まで言えば分かるだろう。
彼女が寝て居た部屋は誰が見ても分かる通り、独房であった。六畳程の広さのあって外から内部が丸見えの牢屋だ。
常人が聞けば眉を顰めるであろうがその牢屋はシャルロットに宛てがわれた独房であり自室でもあった。
「さてと、今日はどうしようかな……」
特に決めていなかった。寝起きだからかも知れない。ただ……誰かに強制される事は無い。その事実が何よりも嬉しい事である。
——普通に授業へ出るか……或いは刑務作業をするか、単価高いの残っていると良いけど……。一層の事、今日はサボって遊んだり家具を買うか……在庫処分セールとかやってるかな?
そんな事を考えながら独房の外へ出る。
視界の先には大きな廊下を挟んで自分と同じ構図の鉄格子で仕切られた独房が団地の如く幾つも並んでいるのが見える。勿論、自分の独房の隣や上階、下階にもまた別の独房が存在している。
鉄格子先の独房の内装も独房によっては個性があり調度品もあれば絨毯があったりと千差万別だが、鉄格子の存在から独房である事に変わりは無い。
そして、大廊下には例の囚人服を纏った少女達が普通に出歩いているし、遠くに見えた独房の中に私物と思わしき物が散乱して『ザ・片付けられていない』ような場合もある。
誰が如何見ても此処は監獄である事は分かるのだが、雰囲気は監獄とは余りにも掛け離れている。
此処は『五稜監獄学院』。
ただのイカれた世界。
そして、シャルロットはその学院の囚人の1人だった。
シャルロットは1ヶ月前まではシャルル・デュノア名義でIS学園に通って居た。
細かい事情は割愛するが……まぁ、本人にとっては不可抗力であると答えさせていただく。世の中、世知辛く如何しようもない事は多々ある。
シャルルの結末は一言で言えば、国際犯罪者として学園から追放され強制帰国からの投獄。判決は恐らく良くて終身刑だろう。
しかも男性と詐称していた事から男と同じタコ部屋に放り込まれる可能性もあり、どうあれど人生が破滅するのは当時の自分でも目に見えて分かっていた。本来ならば、その様な結末をもって表舞台から降ろされる……筈だった。
だが、臨島学校からIS学園に帰って来て生徒やIS学園の殆どの教員も知らない区画に連れて来られた時、運命が変わった。
「ごきげんよう。俺の顔は覚えているかい?」
IS学園の秘密区画にて、会わされたのは臨島学校で目撃した。囚人服の集団のリーダー格だと思われる男性だった。年齢的に見れば自分達と変わらないように思える。
囚人服姿と打って変わって白衣と黒袴と言う日本和風のスタイルであった。
「理解する必要は無い。君には
理解出来なかった。資格?スカウト?何様のつもりだ?
「……何を言っているのか理解出来ないね。もうボクは……破滅するしか無いんだよ。会社の命令には失敗して、男装もバレた挙句に尻尾切りみたいに全部押し付けられて切り捨てられる。その先はもう、日の目を見る事は無いんだよ‼︎」
シャルロットは叫んだ。
お前に何が分かるッ⁉︎ 自分の境遇など知らない癖に‼︎ と。
「誰も理解したなんて言わねぇし、本気で死にたいんなら、止めはしねぇよ。生きるも死ぬも本人が決める事だからな」
「……何が言いたいの?」
「うーむ、やっぱ学院長みたいにはいかんか。……イカれた連中ばっか相手していたから、こう言う語彙やウィットに富んだ言い方は難しいな」
彼は腕を組み暫し考え込んだ。暫くすると内容を決めたのか腕組みを止めた。
「シャルル、いやシャルロットか。もし……国籍も名前も存在其の物を抹消されてでも生きたいか?」
『生きたい』か、と問われた。さっきの様な変な質問に比べればかなり分かりやすい内容だった。
「……生きたいよ。ああ、生きたいよ‼︎専用機だなんて代表候補生だなんて社長令嬢だなんて地位なんて欲しく無かった‼︎ お母さんと静かに暮らしたかった‼︎ なのに、ISの所為で全部、全部メチャクチャだよ‼︎
何が、女尊男卑だ‼︎ 何がIS至上主義だ‼︎
もう、嫌だよ‼︎ 嫌なんだよ‼︎ ボクだって可愛い服着たり、女の子らしい生活したかったよ‼︎ なのに男装してIS学園に行けだの、ISに乗れだの……‼︎ もう、ウンザリなんだよ……‼︎
もう、それすらも叶わないんだよ。今のボクは国際犯罪者で嫌われ者だ。フランスからも都合の良い切り捨て役……。もう、終わりなんだよ……」
女尊男卑は何も全ての女性に恩恵を齎す訳では無い。中には皺寄せの如く不合理を被る者も居ない訳では無い。彼女もその一部として生まれたのだろう。故に早々に諦めた。
シャルロットの本音を聞き届けた彼、和奏は静かに拍手をした。敬意を表するかの様に。
「……君の悲痛。俺が推し量るに余りあるから、コメントは控えさせていただく。生きたい、か。それが叶うなら、如何する?」
「叶うの……?」
「表の世界に馴染めない連中なんて結構居るもんなんだよ。本気で気に入らなくて殺したい奴を殺した馬鹿なんか、表の世界じゃ生きられないだろう?
他にも初めから頭のネジとか吹っ飛んでいたり死生観がズレている奴、特に社会能力の欠如しちまっている奴なんかはもっと散々だ」
「……御託はもう沢山だから結論だけ言って。君は何が言いたいの?」
「……うーむ、やっぱ俺には場を和ませる能力は乏しいか、悲しいやら呆れるやら。じゃあ、君の要求に応えようか。
君を五稜監獄学院へスカウトしたいとさ、ウチの学院長様がな」
「監獄?学院?」
「……字面の組み合わせはアンバランス極まりねぇって意見は否定しない。在籍する連中はどいつもこいつも曲者揃いでな。
学院長が求めているのは良い子振った常人じゃない。頭のネジが吹っ飛んで死生観が終わっていたりと言った要するに
「……監獄だから、元犯罪者ばかりとか言う?」
「元死刑囚、テロリスト、殺人鬼……まぁ、他にも色々とより取りみどりだろうな」
「正気とは思えないな……‼︎」
そんな所に居たら1日経たずに天に……いや、自分の場合は天国とやらには行けないかも知れない。
「逆だ。そんな連中じゃないと……学院長の目的は達成は夢のまた夢だからな」
「何それ、世界征服とかでもするつもり?」
シャルロットは冗談混じりにそんな突拍子も無い絵空事を口にした。教育機関の長がテロリストだの殺人鬼だの死刑囚と言う危険生物を集めている理由が全く理解できない。
そして、その分類に自分が入れられているのも何とも言えない皮肉だと。
「——————」
学院長の目的とその理由を聞いたシャルロットは呆れた様な顔をした。そんな事を本気で考えている者が居たとは思わなかったし、逆を言えば
「君は何故、そんな場所に居るの?」
質問してみた。何故、君がそんな世界に居るのか、馬鹿馬鹿しい質問だと自分でも思った。だが、和奏は律儀に答えてくれた。
「…………他に道が無くてな。苦労はしているがまぁ、なんやかんやで楽しくやってるつもりさ。何はともあれ自分の意志で決めてその『居場所』に居る。
後は野となろうが山となろうが後悔はしねぇ。非合法だろうが自分を騙して生きるよりは何倍も前を向いて生きていられる」
どうせ、いつの日かは絶対に死ぬんだから。と彼は薄く笑っていた。
「…………」
そして、その日。シャルル・デュノア及び、シャルロット・デュノアは表の世界から消えた。