「全く……わざわざ腕を斬らせる必要はあったのかしら? アンタならば初手で織斑の専用機を全壊させるのは簡単でしょ?」
医療棟へ向かう道すがら、篠鴉は隣を歩く和奏に小言を言っていた。無論、内容は先の決闘擬きの件であった。
医療棟にて学院内での怪我(腕欠損や足欠損、内臓が体外に出た等を含む)をした囚徒を治療もとい『修復』する担当をする囚徒達はクラシックタイプのナース服と拘束衣を折衷した様な囚人服を身に付けている。篠鴉も例外なく白い囚人服をその身に纏っていた。クラシックナースの服装に合わせた白色の胸ベルトで相変わらず胸部を強調し首輪と鎖が連結されているのは共通だったが。
「男性操縦者は仮にも専用機持ちだ。……それにIS学園の生徒としても立場上の面子はあるだろ。何も出来ずコテンパンになっては立つ瀬が無い。多少なりとも手傷を負わせた程度の実績が無いと本人も納得出来んだろうさ」
「呆れた……。そんなアリもしない面子で腕を斬り落とすのを見届けるなんて……すぐくっつけれるとは言え、変に怪我を増やすんじゃないわよ、この馬鹿。
『防腐処理』が無かったらアンタ、あんな動きしたら一瞬で骨とか筋肉とか内臓とかズッタズタになっていたでしょうね」
「……『防腐処理』様様だな」
「……全く。本当に無理するんじゃないわよ。アンタは日頃から負担が大きいんだし、何の為にガイア様がアンタに二重の枷を付けたか忘れたの?」
篠鴉は呆れるしか無い。と言うよりも学院側の大半の囚徒は今回の争いでは何方が勝つと言うよりも一夏がどんな肉体欠損をするかで賭けていたように、もし和奏が一切手加減しなかった場合は初手の一撃で本当に全て終わっていた。
「はいはい。話を戻すと、中途半端な力があって、制御も覚束なく感情的な奴が振るっているとなると問題事が起きるのは明白だからな。喧嘩を売られた事を逆手にとって合法的に奴の専用機を破壊した」
一夏のようなタイプは力があると振いたがる。IS学園内であれば良いが五稜監獄学院だと話が変わって来る。
「最初に3分間の時間を作ったのも、男性操縦者に傷が入らないよう奴のISを破壊するにはどうしても、最初の時に集中して計算する必要があった。初手から殴り合っているとズレて、身体を抉りかねんからな。『防腐処理』があるから直しやすいとは言え
一夏本体には傷を付けずに機体のみ破壊する。言うのは簡単だが結構難しい。何せ、常に動いているのだ。確実かつ安全にやるには機体構造を理解しなければ不可能だ。
「……成程、そう言う事。確かにあの馬鹿連中は戦争がしたいのであって弱い者イジメをしたい訳じゃないからね。その程度の分別は付くわ」
内乱やら戦争が頻発する学院だが、その実は囚徒は戦えない者を巻き込んだりはしないと言う妙な所で律儀な面がある。
例えばウィキリピアやリィエルと言った精神的に幼い幼女は絶対に巻き込まないようにしている。当人達が近くに来た場合はお互いに速やかに停戦する程だ。何かの間違いで怪我させる訳には行かない。
あくまで戦争であり虐めと言う物は唾棄しているのだ。あのクズで悪党でそれこそ死刑を言い渡された連中でも矜持と言う物がある。
それを踏まえISを完全に破壊された一夏は相対的に誰からも攻撃される可能性が低くなった事を意味する。何故なら、戦う力が無くなったからだ。馬鹿共は戦う力がない奴と戦争しても何の意味も見出せないと判断する。
なまじ『戦う力』を持っていると何処で戦争を起こされるか分からない。かと言って仕事の都合の上に敵意を持たれている……。ならば、一夏に向かうヘイトを0にした方がまだリスクが低いと判断したのだ。
「……男性操縦者自身には傷は入れる訳にはいかないが、専用機自体は破壊しても何の影響も無い。ISコアが無事であれば蓄積されたデータを抽出出来るからな」
「モノは言いようね……。当人は納得するかしら?」
「其処までは知った事じゃない。最も奴は聞く耳を持たんだろうからな」
「はいはい。そう言う事にしておくわ……さっさと腕を着けないと、姫姉が五月蝿いわよ?」
「……頭が痛いな。病欠は通ると思うか?」
「それすると、姫姉が病室に乗り込んで来てもっと酷い絵面になるわよ?」
「だよな……」
その光景を想像すると本当に倒れそうだ。と言うか後で入院コースが確定しているから尚更、恐怖を抱く。
「更に大浴場の天井を派手に壊しちゃったから後でユリエメイド長からも小言を言われるわよ?」
メイド長であるユリエ。運営の予算絡みも担当する会計役を担っている為、お金には滅茶苦茶五月蝿い面がある。小さい体躯だがツンツンな性格なので妙な迫力がある。
「……見舞、拒否出来ねぇかな?」
「する訳無いでしょ、馬鹿」
僅かな希望を乗せた提案は素気無く却下された。その後、何処かで見た事のある眼帯銀髪メイドを引き連れたユリエメイド長に大浴場の二次被害の破壊により修理費が発生した事に関して小言を言われたのは全くの余談。
一夏は白い天井を見ながら目覚めた。
「う、あ……此処は……?」
知らない場所だった。薬品特有の匂いが漂う、そんな白い病室で一夏は目覚めた。その瞬間、思い出した。
——た、確か和奏と戦ってて……俺の雪片弐型を奴が……。
其処から先の記憶は無かった。朧げとかそう言うレベルでは無く、寸断されたかの様に全く覚えていない。
「……何がどうなったんだ?」
頭に手を当てて思い出そうとするも、全く思い出せない。あの後、何がどうなったのか……?
「一夏‼︎ 目が覚めたのか⁉︎」
「一夏。やっと目が覚めたのね‼︎ 心配させるんじゃないわよ、全く‼︎」
「一夏さん‼︎ 良かった、流石に肝が冷えましたわ……‼︎」
その時、病室の扉を開けて箒達が心配そうな表情を浮かべて入って来た。
「皆……‼︎」
「余り無理するな。医療棟の連中が言うにはお前本人は軽い打撲程度だったそうだ」
「本当に心配させるんじゃないわよ……。3日も目を覚まさないから、一時はどうなるかと思ったわよ、本当に……‼︎」
「み、3日⁉︎」
何と3日間もぶっ倒れて寝ていた様である。寝過ぎと言うか何と言うか……。
「……な、なぁ。あの後……どうなったんだ? 俺が覚えているのはアイツに雪片弐型を奪われた所までなんだ」
「「「…………」」」
一夏の言葉に箒達は言い難そうな表情を浮かべて顔を見合わせる。どう言うべきか悩んでいるのだろう。
意を決した箒が口を開き顛末を一夏に聞かせる。
「……私達もハッキリと理解した訳じゃない。私達もその時、全く理解出来なかったんだ。
ただ、事実だけを言わせて貰おう。奴が一夏の雪片弐型を居合の構えをした時、全てが終わっていた」
「大浴場の浴槽の水が消えたわ。いえ、浴槽の水が全部吹っ飛んで観戦していた私達に降り掛かって来たのよ。それは良いの……その、その後の光景は」
「水が無くなり空になった浴槽に気を失った横たわる一夏さんだけがその場に残されていました」
「……私達は思わず飛び出して駆け付けた。その時、一夏……お前の『白式』は構成する全てが破壊されていたんだ」
「完全大破って奴よ。原型を留めていない、それこそ残骸の山と言って良い程の壊れ方よ」
「え……?」
その言葉に一夏は頭が真っ白になった。『白式』が完全大破? 確かに高出力スラスター・ユニットと左腕部装甲、右脚部装甲は破壊されたが、原型は留めていた。それが、全て破壊された?
「う、そ……だろ?」
受け入れ難い事実だった。IS学園の時でも試合等でパーツが破壊される事は多々あったが、完全大破と言うのは今までに無い経験だ。
それは相棒であり『皆を守る』と言う誓いを失うと言う同義に等しい。
「……いいえ、事実ですわ」
セシリアはハッキリと事実だと告げる。確かにショックを受けたが、紛れもない現実だったが故に、否定しようがない。
「……一夏」
辛い現実を突き付けた手前、掛けられる言葉は見つからない。だが、此の儘の状態で居るのは宜しくない。其処で箒は一夏の前に大食堂を借りて作って来た3個のおにぎりを差し出した。
「辛いのは分かる……。3日間、何も食べていないだろう……先ずは食え。何も手が無い訳では無い筈だ」
「箒……‼︎」
「アンタが倒れている間、私達は刑務作業でCPを稼いでいたのよ。何はともあれ情報が欲しいからね」
「ほ、殆ど簡単な作業しか出来ていませんが……え、エリートと聞いて自分に呆れていますわ……」
「……積もる話は後だ。先に何か食べておけ。気を病んだままだと先には進まん」
「あ、ああ……」
一夏は箒に渡されたおにぎりを受け取って食べた。久しぶりに食べる箒の手料理と言うには簡単なモノ。でも、この場においては本当に嬉しかった。おにぎりを食べ終えたタイミングで話を切り出したのは鈴音だ。
「……刑務作業しながら横耳に聞いたんだけど、五稜監獄学院にはISの整備室と呼ばれる区画は無いらしいのよ」
「……仮にもこの監獄学院はIS関連の教育機関なのでしょう? それは可笑しな話ではなくて?」
「うん、それで調べた結果……2人、囚徒にIS関連の専門家と言うべき囚徒が居るらしいのよ」
「……囚徒でISの整備に詳しい奴が居るのか?」
「ええ。五稜監獄学院のISの整備開発は一括としてその2人が担っているみたいなのよ。ソイツならば一夏の『白式』は如何にかなるんじゃない?」
「……鈴よ。ソイツの名前は?」
「確か……レーキュって名前らしいわ。ただ」
「ただ?」
「……数日間、過ごして分かったけど此方の事情を話して協力してくれるって言う甘い話は此処じゃ通じないでしょうね。それでレーキュは商業棟にラボを設置しているらしいわ」
「鈴。何処でそんな情報を?」
「あの乙音とか言う商人囚徒からよ‼︎ 思いっきりボッタくられたわ‼︎ ……もうスッカンカランよ……」
情報元は乙音らしく、その情報料は高くついたらしい。
「おい、病室で騒ぐんじゃない。直ったのならばさっさと去れ、貴様ら」
その時、病室の扉付近の壁に凭れ掛かる人物がぶっきらぼうな口調で叱責を飛ばす。一夏達が其方に視線を向けると、囚人服の上に白衣を羽織った姿の目付きの悪い少女が立っていた。囚人服が無ければ女医にも見える。
囚人服の存在から彼女もまたこの学院の囚徒なのだろう。此処も囚徒達が運営している様だ……医療の腕には凄く不安が出て来るが。
「……も、申し訳ありませんわ。流石に病室で騒ぐのはマナー違反でしたわね」
「医療棟で暴れる馬鹿共も居るんだ。そんな事よりも貴様も目覚めたのならば、とっとと独房へ帰れ。病室は長居するような所では無いぞ」
「……さ、流石にキツ過ぎないか?」
その囚徒のそっけない態度に一夏は顔を引き攣らせる。流石に仮にも病人相手にあんまりな態度だ。
「あぁ゛? あの馬鹿の極みと言える和奏に喧嘩を売っておきながら雑魚のボコボコにされても五体満足でいられたのは貴様が男性操縦者だからだ。そうじゃなければ、貴様は今頃、文字通りの活け造りにされていただろう」
その囚徒はオラ付いたような口調で一夏の末路を語る。
「い、活け造りと言うと……魚や海老を生かしたまま捌き刺身にしたもの、だったな?」
箒はその言葉の意味を知っている。だが、それは魚の料理の一種だった筈……。
「ああ、そうだ。皮膚を裂いで要らん内臓を取り除いて、筋肉を一口大に切り分けて盛り付けてのお前の首や肋骨を添えての活け造りの完成だ」
「う゛っ……‼︎」
「……ッ」
その光景を想像してセシリアは思わず吐きそうになった欧州出身故にその調理法はゲテモノだ。一夏も顔が引き攣ったままだった。
「冗談だ」
とても冗談とは思えない凄みがあった。
「病床が足りていないんだ。患者を独房で寝かせる訳には行かん。逐一、伺うのが面倒だ。直ったのなら、さっさと退け」
「病室が足りないのか?」
箒の問いにその囚徒はそっぽを向きながら理由を答えた。半ば嫌嫌な横顔で。
「…………ついさっき馬鹿共が暴れて、医療棟の一部が使えなくなった。以上だ」
医療機関だろうがお構い無しに暴れる時は暴れるらしい。なんて連中だ。
結局、一夏達は医療棟を追い出される結果となった。確かに一夏は長居するような状態では無いので問題なく動ける。……が、その囚徒の態度は些か納得しかねたが。
「……はぁ、何とも厄介な囚徒ばかりな気がするわね〜」
「仕方ありませんわ。全員が全員、マトモとは限りませんし……」
「一夏。取り敢えず、そのレーキュと言う奴を探して見るか?」
「ああ……。『白式』を直せるならば、それに賭けたい」
「それで、鈴さん。その方は何処に?」
「……それがね。あの時に私が支払った金額だと商業棟の何処か、しか教えてくれなかったのよ。アイツ、情報を売る時に買う側がどれだけの『価値』を見出して支払うかの額で教えてくれる範囲が変わるのよ。つまり、高額で払えばより細かい情報を売るってスタンスなのよ」
「何と言うか足元を見てくるな……」
「……1人で行う情報のオークションみたいですわね」
「そう言う訳だから、一夏‼︎ アンタも刑務作業でCPを貯めなさい‼︎ 次に会う時は私達で合算して支払ってキッチリ最後まで教えて貰うわよ‼︎」
「お、おう‼︎」
「はぁ……仕方ありませんわ。……私達も一歩間違えればそうなっていた未来もありえますし」
「うむ……。時間の浪費をしてしまうが、『白式』が壊れたままと言うのは後々にしてはマズいかも知れんしな」