それは『蝕』と『傀』の象徴。
世界を侵す様に生まれた番う狂忌。
世界に宛もなく彷徨うは幼き脅違。
世界と異なる者達が閉ざした罪害。
異なる者達の檻を開けてはならない。それは世界を共有出来ぬ者達の楽園。戯れなれどそれは狂気を伴い、脅威となり、果ては災害となるだろう。
なればこそ、かの蓋を開けてはならない。
だから、放っておいてくれ。
どうして興味を持つんだ?
そんなに憎いのか⁉︎
世界と『異なる常』である事はこんなにも苦痛なのだから。
更識 楯無はIS学園の生徒会長だ。
他にも肩書を上げればロシアの国家代表に加えて日本の対暗部用暗部の更識家の現当主と言う二足ならぬ三足草鞋である。
表と裏の社会を行き来する……稀有な人生を送っていると言える人間だ。
「……やはり、不安と心配でならないわ」
9月の最初の週。楯無は手に持った扇子で口元を隠しつつそう断言する。
理由は『学年留学』ならびに五稜学院の存在。何から何まで謎に包まれており、その場所に最重要護衛対象である織斑 一夏が留学生の1人として行ってしまった。一応、更識家の侍女の1人である布仏 本音も同じく留学して行ったのだが、正直な所……役に立っているかは疑わしい。
「……直接、学院に訪問するしか無いわね」
——場合によっては不法侵入も辞さない姿勢の方が良いかも知れない。……此処まで情報が秘匿されているんじゃ、返って怪し過ぎるもの。
それに最近、簪ちゃんの様子も変だった。日本の代表候補生として夏休み中ずっと、学園外に居たし……その間の情報が全くなかった。杞憂であれば良いのだけど……。
「お嬢様。至急報告する事があります」
その時、生徒会室の扉を開けて楯無の従者である布仏 虚が入室し楯無の前にある書類を見せる。
「虚ちゃん、どうしたの? コレは……?」
「五稜学院へ向かう搬入車両の行き先を特定出来ました。……偶然の産物ではありますが」
楯無はその言葉を聞き、その書類を舐める様に見る。それは地図でありある場所に赤線で囲われている。此処に、五稜学院があるとでも言うのだろうか?
「……私達が必死で探した甲斐があったわね」
「如何しますか? 直ぐに動きますか?」
「…………ええ。直ぐに動きましょう」
暫し考えた後、楯無は敢行を決断した。……『学年留学』ではスマートフォンの類は持ち込めない。と言うよりも五稜学院自体、携帯電話の類を持ち込む事を禁止していた。昨今では珍しいが学校に学業に関係ないモノを持ち込ませないと言うスタンスの学校も無くは無い。
ただ、更識家の使用人の本音には超小型の通信機を持たせていたのだが、それからの連絡が1度も無いとなればいよいよ、不穏な気がして来た。どう言う環境なのかは一切、想像は付かない……万が一の事もあると考えると深みに入ってしまいそうだ。
「……今夜、この地図の通りの場所に向かうわ。最初は穏便に対話する事で展開を進めたいわね」
一応、表向きは『生徒会長』として相手校の『生徒会長』との対話をしたい。自分の考えている事が全て杞憂であれば尚よしと考える。仮にも『学年留学』での負担は相手校が全て担っているのだから尚更。変な言い掛かりを掛けて最初から喧嘩腰で挑むのは流石にマズいだろう。
IS学園もIS学園で知られちゃマズい事を隠蔽している……その点ではお互い様と言えるからだ。
「……しかし、場合によっては誤解を招く恐れがありますので充分にご注意を」
「ええ……その時はその時よ」
——渡りに船とは正にこの事ね。どうやってその情報が私達に溢れて来たのかは分からないけれど、今は目の前に湧いて来た情報を元に乗り込む事が最優先‼︎
「私は夜になったタイミングでこの場所へ向かうわ。虚ちゃん。私がいない間、IS学園の生徒会は頼むわね」
「はい。畏まりました」
その日の夜。
楯無は速やかに準備を済ませて単身、五稜学院がある場所だと目される地図に示された場所へ向かって行った。その後ろ姿を虚は校舎の屋上から確と見届けた。
「…………」
虚は生徒会室へ戻らず、誰も居なくなった本校舎を歩く、しかし寮棟へとは向かわずにある場所へと足を運んで行く。其処はかつて簪と神楽が使っていた懲罰房がある区画だ。
「……君の変装は実に役に立った。感謝しているよ、布仏 虚。お陰でスムーズに更識を誘導出来た」
「……んぅぅ‼︎」
そして、とある懲罰房を外から眺める。その懲罰房の中には全身を黒革のベルトで簀巻きの様に拘束され蓋付きのリングギャグを嵌められた布仏 虚が転がされていた。
その虚を眺めているのは同じ髪色の女性だった。結んでいた髪を解き、眼鏡を外した後は虚とは全く違う人物が其処に立っていた。
彼女は布仏 虚に変装をしていた。変装と言ってもちょっとした内容で事足りる事が多い。
「安心したまえ。君も大切な商品だ。丁重に扱わせて貰おう」
無表情で冷淡な口調で懲罰房の扉を開ける。全身を拘束された虚には抵抗する術は無いが必死の抵抗として身体をくねらせる。
「んんぅう‼︎」
「そう騒ぐな。別に傷付けるつもりは無いさ」
そう言い、彼女は制服の裏から1本の注射器を取り出して露出している首元に突き刺し中身を注射した。すると途端に抵抗する力が無くなりぐったりした様に動かなくなった。
「……此方、七実。議長、依頼通り我々の周囲を這い回るであろう更識を無事、誘導に成功した」
『ありがとー、七実ちゃん。後顧の憂いは全部、圧し折っておかないとね〜』
彼女の連絡相手は姫舞であった。
連絡をした彼女は錫波 七実と言う。
乙音と同じく、五稜監獄学院にて商売を担う囚徒の1人だ。今回、姫舞の依頼を受けて邪魔になるであろう楯無に先手を打って対処する事にしたのである。
「……依頼の他に追加報酬もあるとなれば私には文句は無い」
『ほよ? 何か副産物でも手に入れたの?』
「ああ……バイヤーの中で要望のあった商品を確保した。何分、首席クラスであり尚且つ、生徒会長の側付きだ。学園側としても裏工作で放学処分にして売却は不可能だった」
『ふーん。まぁ、その辺は〜君に全部任せるよ〜』
「では、私も速やかに帰投する。彼女の調整に関しては彼女達に任せよう」